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第四夜

Auteur: mako
last update Date de publication: 2024-10-09 09:54:32

「おはようございます」

ギリギリだ……。朝は本当に戦争のようだ。今日は10分寝坊してしまったのがまずかった。

更衣室のロッカーを開けて、扉の裏についた小さな鏡に映る自分を見てため息が零れる。

髪は振り乱れ、ほとんどノーメイク。確かにこの会社にいる煌びやかな女性たちから見たら、地味とか言われるのも仕方がない気もする。

心の中で盛大にため息を吐いて従業員の事務所に行くと、この会社の清掃員たちのリーダーを務めている三宅さんが私を呼ぶ。

「今日、CEOの部屋の担当のみどりちゃんがお休みなの。代わってくれる?」

「CEOの部屋ですか? 私なんかでいいんですか?」

CEOの部屋は厳重にセキュリティも施されていて、入れるスタッフも限られている。昨日ちらりと見た彼を思い出して尋ねると、三宅さんは苦笑した。

「あなた以外、適任がいないのよ。ここの職場は短いけど、この仕事の歴は長いし、丁寧で完璧って社長からも聞いてるから」

素直に自分の仕事を評価してもらったことは嬉しい。

「わかりました」

そう答えると、私はセキュリティキーとCEOのスケジュールを預かり、事務所を後にした。

CEOの部屋があるフロアはエレベーターを降りた瞬間から違っていた。ふかふかの絨毯に、大きな会社のゴールドのロゴ。その向こうにはすりガラスになった扉。

なんとなく場違いな気がしてしまって、安請け合いをしてしまった自分に後悔をする。

しかし、今更そんなことを言っても仕方がない。そう思いつつ、私はセキュリティカードをかざした。

「失礼します……」

スケジュールから、CEOは会議だとわかっていたが、小声でそう言い部屋へと足を踏み入れる。

広々とした部屋は、ピカピカに磨かれたデスクや大きな窓から見える都会の景色が、まるで別世界のように感じさせる。

「掃除するところある?」

独り言ちながら、私は部屋全体を見回した。しかしいくら綺麗でも仕事だ。掃除機をかけたり、机を拭いたりといつも通りに仕事を始めた。

「あっ、意外にここ汚れてる……」

立派なチェアの足が汚れていると気づき、そこを重点的に拭いている時だった。

「冗談だろ?」

冷たく、本当に嫌そうな声音が聞こえて、私は思わずビクッとして起き上がると、上にあった机に思いっきり頭をぶつけた。

「痛っ!!」

つい声が漏れてしまい、慌てて口を覆った。しかし時はすでに遅かった。

「誰だ!!」

かなり大きな声で怒鳴られ、私はそろそろと立ち上がり頭を下げた。

「申し訳ありません。予定ではあと三十分はお戻りにならないと思っていたので」

私の格好から彼はすぐに誰かわかったようだが、いた場所が悪かった。

「俺の机で何をしてた?」

低く冷たい視線を向けられ、完全に疑われたとわかったが、私は掃除しかしていない。

「掃除です」

そう答えても、なおもCEOは疑いの眼差しで私に一歩一歩近づいてくる。

「いつもの人とは違うようだが?」

「それは急遽休みを……ですので私が代わりでして……誓って、何もしてません! 本当です!」

三十㎝ぐらいの距離で見下ろされて、私は首だけにはなりたくないと勢いよく頭を下げると、彼の身体がすぐそばにあった。

もう何やってるのよ……。

「あの、お仕事の邪魔だと思いますので、これでお暇……」

もう逃げるしかない、そう思った時だった。

「CEO失礼します!」

どこか甘さを含んだ、媚びを売るような声がして、私は慌てて一歩下がると、そこにチェアの足がありバランスを崩す。

倒れる!!

完全に後ろに傾いた身体が、支えられその瞬間彼の唇が私のそれに当たった。

「え……?」

その声を発したのは、今入ってきた人だった。私はあまりの出来事に声すらでなかった。

すぐにCEOから距離をとり、窓を拭く真似をした私だったが、もう何が何だかわからない。

入ってきた人は、あの、私に毒づいていた女性だった。噂話できいたところによると、この会社の社員であり、令嬢でCEOの婚約者候補の神崎綾香さんというらしい。

「神崎さん、どうした?」

さすがと言うべきか、今のことなどなかったようにCEOは椅子に座り彼女に問いかける。

「あの、先ほどの会議のことだったんですが……」

ちらりと彼女をみると、今日も高級なスーツに身を包み、完璧なメイクを施した顔。しかし、その表情は今のことを見てしまったからか笑っていない。そして、大きなため息を吐いた。

「今のは何ですか? 私たちに結婚のお話が出ているのがわかっていての行動ですか?」

彼女を見てから、同僚に話を聞いたところ、彼女の父は大手企業の社長で、父親同士が繋がっていて、二人の結婚を望んでいるという噂らしい。

「何の話だ?」

今の事故のことは知らないふりをするようだが、私もきっと彼女も心中穏やかではない。

私は黙って雑巾を動かし続けたが、二人の会話に耳を傾けてしまっていた。

「CEOのお父様やお母様も、私たちの結婚を望んでいます。それはもうご存じでしょう?家族ぐるみで進めているのですから、そろそろ遊びはやめていただかないと」

その瞬間、部屋の空気がピリッと張り詰めた。私は思わず手を止め、息を呑んだ。

確実に今の遊びというのは、相手が私なのだろう。後ろを向いているのに、睨みつけられているような気がする。

「そうだな」

「よかった、じゃあお父様にご報告を……」

「いや、君との結婚は無理だとはっきりさせる」

その一言に、綾香さんの顔が一瞬固まる。そして、彼女の笑顔が消え、目の奥に怒りが宿った。

「無理って、どういうことですか?」

神崎さんの声は鋭く、詰め寄るようにCEOに問いかけている。

ここはもうこの場から逃げるべきだ。そう思い、ゆっくりとその場を離れようとした時だった。

不意に、私は肩を抱かれて引き寄せられていた。

「遊びじゃないんだ。彼女と結婚する」

「えっ…?」

その言葉が耳に入ると同時に、私は固まってしまった。信じられない。私が?どうして?唖然とする私の前で、神崎さんは驚きなのか怒りなのかわからない表情を浮かべた後、すぐに冷たい笑みを浮かべた。

「この掃除婦が…?」

神崎さんはまるで私を値踏みするかのようにじっと見つめ、嘲笑うように微笑んだ。

「冗談でしょう。こんな人があなたの結婚相手だなんて、ありえない」

私はその言葉に言い返すこともできず、抱き寄せられたままになっていた。

「本当だ」

そう言うと、CEOは蕩けそうな微笑みを私に浮かべた。

どうして??何が起こってるの?

さっきまで、私のことを情報を盗もうとしたとか責めていた人とは、まるで同一人物だと思えないほどの微笑み。

しかし、それはどこかで見たことがある気もして、私は彼を見つめ返してしまった。

「認めないわ!!」

神崎さんはそう叫ぶと、部屋を出て行ってしまった。

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