「おはようございます」
ギリギリだ……。朝は本当に戦争のようだ。今日は10分寝坊してしまったのがまずかった。
更衣室のロッカーを開けて、扉の裏についた小さな鏡に映る自分を見てため息が零れる。
髪は振り乱れ、ほとんどノーメイク。確かにこの会社にいる煌びやかな女性たちから見たら、地味とか言われるのも仕方がない気もする。
心の中で盛大にため息を吐いて従業員の事務所に行くと、この会社の清掃員たちのリーダーを務めている三宅さんが私を呼ぶ。
「今日、CEOの部屋の担当のみどりちゃんがお休みなの。代わってくれる?」
「CEOの部屋ですか? 私なんかでいいんですか?」
CEOの部屋は厳重にセキュリティも施されていて、入れるスタッフも限られている。昨日ちらりと見た彼を思い出して尋ねると、三宅さんは苦笑した。
「あなた以外、適任がいないのよ。ここの職場は短いけど、この仕事の歴は長いし、丁寧で完璧って社長からも聞いてるから」
素直に自分の仕事を評価してもらったことは嬉しい。
「わかりました」
そう答えると、私はセキュリティキーとCEOのスケジュールを預かり、事務所を後にした。
CEOの部屋があるフロアはエレベーターを降りた瞬間から違っていた。ふかふかの絨毯に、大きな会社のゴールドのロゴ。その向こうにはすりガラスになった扉。
なんとなく場違いな気がしてしまって、安請け合いをしてしまった自分に後悔をする。
しかし、今更そんなことを言っても仕方がない。そう思いつつ、私はセキュリティカードをかざした。
「失礼します……」
スケジュールから、CEOは会議だとわかっていたが、小声でそう言い部屋へと足を踏み入れる。
広々とした部屋は、ピカピカに磨かれたデスクや大きな窓から見える都会の景色が、まるで別世界のように感じさせる。
「掃除するところある?」
独り言ちながら、私は部屋全体を見回した。しかしいくら綺麗でも仕事だ。掃除機をかけたり、机を拭いたりといつも通りに仕事を始めた。
「あっ、意外にここ汚れてる……」
立派なチェアの足が汚れていると気づき、そこを重点的に拭いている時だった。
「冗談だろ?」
冷たく、本当に嫌そうな声音が聞こえて、私は思わずビクッとして起き上がると、上にあった机に思いっきり頭をぶつけた。
「痛っ!!」
つい声が漏れてしまい、慌てて口を覆った。しかし時はすでに遅かった。
「誰だ!!」
かなり大きな声で怒鳴られ、私はそろそろと立ち上がり頭を下げた。
「申し訳ありません。予定ではあと三十分はお戻りにならないと思っていたので」
私の格好から彼はすぐに誰かわかったようだが、いた場所が悪かった。
「俺の机で何をしてた?」
低く冷たい視線を向けられ、完全に疑われたとわかったが、私は掃除しかしていない。
「掃除です」
そう答えても、なおもCEOは疑いの眼差しで私に一歩一歩近づいてくる。
「いつもの人とは違うようだが?」
「それは急遽休みを……ですので私が代わりでして……誓って、何もしてません! 本当です!」
三十㎝ぐらいの距離で見下ろされて、私は首だけにはなりたくないと勢いよく頭を下げると、彼の身体がすぐそばにあった。
もう何やってるのよ……。
「あの、お仕事の邪魔だと思いますので、これでお暇……」
もう逃げるしかない、そう思った時だった。
「CEO失礼します!」
どこか甘さを含んだ、媚びを売るような声がして、私は慌てて一歩下がると、そこにチェアの足がありバランスを崩す。
倒れる!!
完全に後ろに傾いた身体が、支えられその瞬間彼の唇が私のそれに当たった。
「え……?」
その声を発したのは、今入ってきた人だった。私はあまりの出来事に声すらでなかった。
すぐにCEOから距離をとり、窓を拭く真似をした私だったが、もう何が何だかわからない。
入ってきた人は、あの、私に毒づいていた女性だった。噂話できいたところによると、この会社の社員であり、令嬢でCEOの婚約者候補の神崎綾香さんというらしい。
「神崎さん、どうした?」
さすがと言うべきか、今のことなどなかったようにCEOは椅子に座り彼女に問いかける。
「あの、先ほどの会議のことだったんですが……」
ちらりと彼女をみると、今日も高級なスーツに身を包み、完璧なメイクを施した顔。しかし、その表情は今のことを見てしまったからか笑っていない。そして、大きなため息を吐いた。
「今のは何ですか? 私たちに結婚のお話が出ているのがわかっていての行動ですか?」
彼女を見てから、同僚に話を聞いたところ、彼女の父は大手企業の社長で、父親同士が繋がっていて、二人の結婚を望んでいるという噂らしい。
「何の話だ?」
今の事故のことは知らないふりをするようだが、私もきっと彼女も心中穏やかではない。
私は黙って雑巾を動かし続けたが、二人の会話に耳を傾けてしまっていた。
「CEOのお父様やお母様も、私たちの結婚を望んでいます。それはもうご存じでしょう?家族ぐるみで進めているのですから、そろそろ遊びはやめていただかないと」
その瞬間、部屋の空気がピリッと張り詰めた。私は思わず手を止め、息を呑んだ。
確実に今の遊びというのは、相手が私なのだろう。後ろを向いているのに、睨みつけられているような気がする。
「そうだな」
「よかった、じゃあお父様にご報告を……」
「いや、君との結婚は無理だとはっきりさせる」
その一言に、綾香さんの顔が一瞬固まる。そして、彼女の笑顔が消え、目の奥に怒りが宿った。
「無理って、どういうことですか?」
神崎さんの声は鋭く、詰め寄るようにCEOに問いかけている。
ここはもうこの場から逃げるべきだ。そう思い、ゆっくりとその場を離れようとした時だった。
不意に、私は肩を抱かれて引き寄せられていた。
「遊びじゃないんだ。彼女と結婚する」
「えっ…?」
その言葉が耳に入ると同時に、私は固まってしまった。信じられない。私が?どうして?唖然とする私の前で、神崎さんは驚きなのか怒りなのかわからない表情を浮かべた後、すぐに冷たい笑みを浮かべた。
「この掃除婦が…?」
神崎さんはまるで私を値踏みするかのようにじっと見つめ、嘲笑うように微笑んだ。
「冗談でしょう。こんな人があなたの結婚相手だなんて、ありえない」
私はその言葉に言い返すこともできず、抱き寄せられたままになっていた。
「本当だ」
そう言うと、CEOは蕩けそうな微笑みを私に浮かべた。
どうして??何が起こってるの?
さっきまで、私のことを情報を盗もうとしたとか責めていた人とは、まるで同一人物だと思えないほどの微笑み。
しかし、それはどこかで見たことがある気もして、私は彼を見つめ返してしまった。
「認めないわ!!」
神崎さんはそう叫ぶと、部屋を出て行ってしまった。
「寝ようか」陽介さんの低い声が、静まり返った空間に響いた。私は少し遅れて頷くと、当麻が眠る寝室へと向かった。ドレスを脱ぎ、メイクを落としながら、なんとなくまだ胸のざわつきが残っているのを感じる。今日の出来事、陽介さんの言葉、そして彼が持っていた指輪──。(……考えすぎ、なのかな)そう思おうとしても、頭の奥に残った違和感は消えなかった。ベッドに入る前に、ふとクローゼットの奥に視線を向ける。ずっと触れていなかった、小さな木箱。私はそっと扉を開け、その箱を手に取った。白い手のひらに収まるほどのサイズ。蓋には薄く彫り込まれた模様があり、時間とともに少し色あせている。それでも、この箱だけはずっと手放せなかった。ゆっくりと開けると、中にはいくつかの小さな宝石、古いアクセサリー──そして、一つの鍵があった。「……」金属の表面は、長年触れられずにいたせいか、わずかにくすんでいた。それでも、形は鮮明に覚えている。(あの夜、ポケットに入っていた鍵)それが何なのかも分からず、ただずっと持っていた。無くすこともできず、意味を知ることもなく、ただここにあった。(でも……)リビングで見た陽介さんの指輪。それを見つめる彼の表情。なぜか、それがこの鍵と重なるような気がした。「まさか……ね」私は小さく苦笑し、鍵をそっと指先でなぞった。考えすぎかもしれない。でも、もしも──。そのとき。「……っ」静かな寝室に、小さな泣き声が響いた。私はハッとして顔を上げ、すぐに当麻のベビーベッドへ向かった。鍵は、とりあえずバッグの中へ。今は、考える時間ではない。私は当麻を優しく抱き上げ、背中をさすりながら、小さく息を吐いた。朝の光が差し込むオフィスビルのエントランスをくぐると、いつもの風景が広がっていた。スーツ姿の社員たちが行き交い、忙しそうにスマートフォンを操作している。私は清掃用具を抱えながら、小さく息をついた。(……今日も、いつも通り)パーティーの余韻がまだ少し残っているような気がしたが、私はすぐに頭を切り替えた。ここでは、私は"CEOの妻"ではなく、ただの清掃員なのだから。「おはよう、美優ちゃん」「あ、おはようございます、安田さん」通りかかった受付の安田さんが、にこやかに挨拶をしてくれる。エレベーターへ向かうと、すれ違いざま
「それで子供を?」陽介さんは何も気づいていないようで、静かに私を見た。「はい」ただそれだけの返事をするのに、私はかなり勇気を振り絞った。これを言えば、彼も思い出すかもしれない。しかし、でも、あの彼は目が見えなかった。この指輪は誰かからもらっただけだという可能性もあるし、似たものかもしれない。(この指輪はどうしたんですか?)そう尋ねるべきかもしれない。そして、(これは知っていますか?)あの日、私が彼からもらったかもしれないもの。お互いまた会う日のために交換をしたのかもしれないもの。記憶があいまいな自分を呪うしかない。しかし、きっとお互いのものを交換したのだと思う。そして、あの日、私はこの形見を渡してでも、彼にもう一度会いたいと思っていたのかもしれない。「あの……」あの日、ポケットから見つけたのは見覚えのない、アンティークの鍵のようなものだった。それが何かもわからなかった私は、ただずっと小さな宝石箱の中にしまっていた。彼のものだという保証もないし、何かもわからない。家に帰ってから、その存在に気づいただけで、もうそれを二度と話に出すことなどないと思っていた。「ん?」やわらかく聞き返す彼に、私は言葉を探す。『鍵を知っていますか?』そう尋ねれば、答えはもちろんYESだろう。誰だって知っているはずだ。部屋から持ってきて見せるのが一番いいだろうか。そう思った私だったが、陽介さんが口を開いた。「たぶん、弟が三条に騙されているのだろう。そして、母も」話がもとに戻り、一番の核心部分になったことで、私はきゅっと鍵のことを飲み込んだ。途端に、現実へと引き戻された。私はきゅっと鍵のことを飲み込む。(……そうだった。いま、目の前の問題はこれ)悠馬COOが三条に利用され、そして陽介さんの母親も、もしかしたらただの操り人形になっている可能性すらある。母親が悠馬さんをCEOにすることを強く望んでいることは、私も知っている。そのためなら、どんな手を使っても、どんな危険な取引でも、躊躇しない。陽介さんはずっとこの母親の意向に逆らい、自分で会社を守ろうとしていた。そして――その戦いの最中で、彼は失明し、あの夜に私を助けた彼となったのかもしれない。鍵と指輪のことを話すべきか、迷いながらも、私は陽介さんの横顔を見つめた。彼は静かに、しかし鋭い眼
ーー美優眠れなかった。パーティーの余韻がまだ体に残っていて、ベッドに横になっても意識が冴えてしまう。 陽介さんの言葉が、ずっと胸の奥でこだましている。「俺が……お前を守る」あの言葉に嘘はなかった。 けれど、それは契約上の責任としてなのか、それとも――。自分の中に芽生え始めた感情に、どうしても整理がつかなくて、私はベッドから抜け出した。静まり返った廊下を、そっと歩く。 夜の空気がひんやりと肌を撫でるなか、リビングの方から淡い光が漏れているのが見えた。(まだ起きてる……?)静かに覗くと、陽介さんがソファに深く座り、ワイングラスを片手に、何かをじっと見つめていた。「眠れないのか?」不意に私をみて陽介さんが、静かに問いかける。「はい……」素直にそう答えると、陽介さんは何も言わずに立ち上がり、ワイングラスをもう一つ用意してくれた。「飲めるか?」「……少しだけなら」ワイングラスを受け取ると、赤ワインのかすかな香りが鼻をくすぐる。 グラスの中でゆっくりと揺れる深紅の液体を見つめながら、私は小さく息を吐いた。しばらくの沈黙。夜の静寂が、二人の間に漂う。口を開くべきか迷いながらも、私はゆっくりと切り出した。「三条のこと……黙っていてごめんなさい」陽介さんの手が一瞬だけ止まる。「いや……あの男との縁談のことを聞いて、色々と納得した」そう言いながら、彼は静かにグラスを傾ける。「それにしても、お前の語学力とパーティーでの振る舞い。掃除婦とは思えないほどだった。素性を聞いてもいいのか?」言葉の端々に探るような気配を感じた。私は小さく笑いながら、ワインを一口含む。「そんなに特別なことではありません。私はただ、昔そういう環境にいた……それだけです」「環境?」「……母が華族の家系で、父は京華堂の社長でした。だから、小さい頃から社交の場に出る機会が多くて。おかげで、礼儀作法も語学も、叩き込まれました」陽介さんは声を発することはなかったが、かなり驚いた表情をした。そんな彼から視線を逸らすと、私は続けた。「でも、父は私のことを"商売の道具"としか見ていなかった。私が大学院へ進学しようとすると、いい縁談の話ばかり持ってきて……。三条との縁談もそのひとつでした」「それで、家を出たのか?」「はい。でも、家を出たからといって、すぐに自立で
「大丈夫か?」会場へ戻る途中、陽介さんが小さく囁く。彼の手はまだ私の手首を軽く掴んだままで、そのわずかな体温が妙に意識に残る。「ええ……」 私はゆっくりと頷く。 「でも、三条は私たちの結婚に何かしらの興味を持っているみたいです」「そうだろうな」陽介さんは眉を寄せ、険しい表情を見せた。 厳しい眼差しの奥に、鋭く研ぎ澄まされた警戒心が見える。「お前は彼と話したことがあるのか?」少し迷ったが、嘘をつく理由はない。「いいえ……正式に会ったことはありません。でも、昔、私の父が彼との縁談を進めようとしていました」陽介さんの歩みが止まる。「それは……初耳だな」「私自身が断ったので、結局会う前に破談になりました。ただ、彼がどういう人かは、調べて知っていました」私の声が少し硬くなるのを、自分でも感じる。三条のことを思い出すだけで、背筋に冷たいものが走る。彼がどういう男なのか、私は十分に理解していた。 あのとき、逃げてよかったと今でも思っている。陽介さんはしばらく黙っていた。 視線を伏せ、考え込むような表情を浮かべている。 やがて、彼は静かに息を吐き、低く言った。「これ以上、三条に関わるな」その言葉には、いつもより強い感情がこもっていた。 私を見つめる瞳は真剣そのもので、彼がわからなくなる。「俺が……お前を守る」低く、しかし確かに響くその言葉に、私は小さく息を呑んだ。(どうして……こんなふうに言うの?)彼の言葉は、あまりにもまっすぐで、強い。 なのに、それが胸の奥に深く染み込んで、揺さぶられる。契約結婚のはずなのに。 ビジネスとしての関係のはずなのに。「……はい」それ以上、何も言えなかった。 ただ、陽介さんの隣を歩きながら、彼の言葉の余韻に囚われていた。帰宅して、私はドレスを脱ぎ、静かにベッドへ腰を下ろした。(俺がお前を守る)あの言葉が、ずっと頭の中に残っている。冷徹でビジネスライクな人間だと思っていたのに。 今夜の言葉や行動には、確かに温かさがあった。(……どうして?)形式上の関係だったはずなのに、少しずつ「夫婦」としての実感が湧き始める。 だけど、それを認めるのが怖かった。(これはただの契約のはず)そう言い聞かせながらも、胸の奥が妙にざわつく。 陽介さんのことをもっと知りたくなる。 彼の声が、
そんな中、目の前の老夫婦の女性が、グラスのワインを零してしまったのが見えた。咄嗟にすぐに駆け寄ると、すぐに彼女の和服についたワインを拭き少し会話をする。「お嬢さん、ありがとう。助かったわ」「いいえ、素敵なお着物ですね。小紋が見事です」着物も一通りしつけられ、純粋にその見事な柄に笑顔になる。少しだけ会話をして彼の元に戻ると、陽介さんが私をみて少し眉を寄せた。「何者?」陽介さんが冗談めかして言う。「……何を今さら。あなたの妻で、あなたの会社の清掃員ですよ」私は軽く微笑んで返したが、その瞳には冗談ではない色が混じっていた。「ふーん」それだけの単語からは、彼の意図はわからない。こんなふうに男性から見つめられることなんて経験のない私は、なんとなくあの日の夜のサングラスの奥の瞳を思い出してしまう。なんで今あの日のことを。落ち着かない気持ちをどうにかしようとしていたところで、「そろそろペアダンスの時間にな
会場に到着すると、煌びやかな装飾とシャンデリアの明かりが目に飛び込んできた。ハイクラスなホテルの宴会場は、どこを見ても洗練された雰囲気が漂い、訪れた人々もまた、その場に相応しい服装で会話を楽しんでいる。「緊張する?」 陽介さんが隣でさりげなく声をかけてくれた。「いえ、大丈夫です」 思った以上に自然な答えが出たのは、自分でも驚きだった。昔の私なら、このような場に慣れていたからだろう。今の生活とはかけ離れているけれど、身体に染み付いた感覚は意外にも残っているものだ。受付で名前を告げ、会場内に進むと、すぐに陽介さんに声をかける人物が現れた。取引先の社長だろうか、年配の男性が陽介さんと笑顔で握手を交わす。「奥様ですね。お美しい方だ」 その言葉に思わず頬が熱くなるが、陽介さんがさらりとフォローしてくれる。「ええ、彼女にはとても感謝しています」 そう言う陽介さんの表情から本心はわかるわけはない。しばらくすると、場の空気が少しざわつき始めた。会場の中央に一人の男性が現れ、周囲の人々と挨拶を交わしている。彼こそがフランスの外交官であり、今回のパーティーの主賓だと聞いていた。「初めまして」 男性が陽介さんに近づき、流暢なフランス語で話しかけてきた。その瞬間、陽介さんが一瞬だけ眉をひそめるのが分かった。フランス語を理解しているものの、流暢に話せるほどではないのかもしれない。普通であれば外交官ならば、英語で会話と彼も思っていたのだろう。いつのまに来ていたのかわからないが、いきなり神崎さんがここぞとばかりに間に割り込んできた。「私にお任せください!」 自信たっぷりにそう言う神崎さんが英語で話すと、もちろん彼も英語で答えたが、少しだけ言葉選びに迷いがある気がする。きっとフランス語の方が堪能で、詳しい話はそちらでしたいのかもしれない。その様子を見た私は、自然と口を開いていた。「Monsieur, je suis enchantée de faire votre connaissance. Laissez-moi vous aider si besoin est.」(お会いできて光栄です。必要でしたら私がお手伝いします。)完璧な発音でフランス語を話した私に、外交官は驚いたような表情を見せ、すぐに穏やかな笑みを浮かべて答えた。「Ah, vous parlez