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第290話

Autor: 猫ちゃん
「何を言っているんだ!俺にとっても大切なおじいさんだぞ!」

拓也はしどろもどろに反論したが、その目は床に散らばった契約書から離れず、顔からはすっかり血の気が引いていた。

大輔の婚約パーティーにさえ出席せず海外へ行っていたのも、すべてこの問題を片づけるためだった。

それなのに、自分が処理しきるより先に、空にすべて掘り起こされてしまった。

後ろめたさに加え、妻と息子がこれまで起こした騒ぎまで思い返すと、これ以上強く出ることもできない。拓也は歯を食いしばり、ようやく凪たちのために道を空けた。

「おじいさんには何もしてない。俺たちは、春海さんの事故と、凪さんの妹に関わりがあるんじゃないかって疑っただけで……」

「お兄さんはいつから、疑いだけで人を犯人扱いするようになったんだ?」

空は凪を連れて病室の扉まで歩くと、入る直前に拓也を冷たく振り返った。「人を疑う暇があるなら、まずは契約書を見る目を養ったほうがいい。弟の俺に教えられる前にな」

そう言い残し、空は凪とともに病室へ入っていく。

廊下に残された拓也は、青ざめていた顔を一気に羞恥と怒りで赤く染め、床に散らばった書類を一枚ずつ
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  • 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ   第290話

    「何を言っているんだ!俺にとっても大切なおじいさんだぞ!」拓也はしどろもどろに反論したが、その目は床に散らばった契約書から離れず、顔からはすっかり血の気が引いていた。大輔の婚約パーティーにさえ出席せず海外へ行っていたのも、すべてこの問題を片づけるためだった。それなのに、自分が処理しきるより先に、空にすべて掘り起こされてしまった。後ろめたさに加え、妻と息子がこれまで起こした騒ぎまで思い返すと、これ以上強く出ることもできない。拓也は歯を食いしばり、ようやく凪たちのために道を空けた。「おじいさんには何もしてない。俺たちは、春海さんの事故と、凪さんの妹に関わりがあるんじゃないかって疑っただけで……」「お兄さんはいつから、疑いだけで人を犯人扱いするようになったんだ?」空は凪を連れて病室の扉まで歩くと、入る直前に拓也を冷たく振り返った。「人を疑う暇があるなら、まずは契約書を見る目を養ったほうがいい。弟の俺に教えられる前にな」そう言い残し、空は凪とともに病室へ入っていく。廊下に残された拓也は、青ざめていた顔を一気に羞恥と怒りで赤く染め、床に散らばった書類を一枚ずつ拾い集めた。よりによって、こんな失敗を真っ先に空に知られるなんて……弟に尻拭いをしてもらったなどと周囲に知られれば、黒崎家の長男として面目が立たない。夫が言い負かされるのを見た萌も、しばらく何も言えずにいた。大輔はその場に立ったまま、暗い表情を浮かべている。書類を拾い終えた拓也は、今度は大輔を睨みつけた。「お前がこんな勝手な人間になったのは、萌が甘やかしたせいだ!婚約解消なんて大事を俺たちに相談もせず、いきなりおじいさんに直談判してどうする?あとでおじいさんの前に跪いていろ。目を覚ましたら、きちんと謝って許してもらえ!このままおじいさんに見放されて、遺言からお前の名前まで消されたらどうする!別の人間を後継者にされたら、俺たち一家は終わりだぞ!」萌も慌てて隣で頷いた。春海との縁談がなくなるだけならまだいいが、忍からの寵愛と信頼まで失うわけにはいかない。ところが大輔は父親の目をまっすぐ見返し、冷笑した。「父さんが残したあの問題に比べれば、俺の婚約解消なんて大したことじゃないだろ」息子の反抗的な態度に、萌は驚いて目を見張った。ただでさえ空に痛い

  • 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ   第289話

    拓也は慌てて萌を支えると、鋭い眼光を凪に向けた。「凪さん、この件は本当に君の妹と関係ないんだろうな?」「私には分かりません」凪は困ったように正直に答えた。「でも、先ほど拓也さんがおっしゃったとおり、私は私、葵は葵です。でも、もし本当に葵がやったことなら、警察がきちんと黒崎家と斎藤家に説明してくれるはずですから。今はそれより、お祖父様のお身体のほうが心配なんです」話が再び忍のことへ戻ると、萌は途端に不満を露わにした。「話を逸らさないで!葵はあなたの妹でしょ?あの子がどれだけ汚い手を使う女か、姉のあなたが知らないわけないじゃない!どうせ妹を庇ってるんでしょうね。そもそも、うちの息子の婚約パーティーで起きた騒ぎだって、あなたの妹が……」「萌さん」凪は低い声で萌の叫びを遮ると、落ち着いた口調で続けた。「あの時の騒ぎも、結局は萌さんが二宮家へ乗り込んだことで、おじいさんが黒崎家の大型案件をいくつか謝罪代わりに差し出すことになりましたよね?今回の斎藤さんの事故がどういう経緯で起きたにせよ、大輔さんは事故に遭った婚約者の顔も見に行かず、いきなり婚約を解消すると言い出して、おじいさんを倒れさせました。萌さんも大輔さんも、どうして毎回そこまで後先を考えずに行動するんですか?本当におじいさんを殺したいんですか?」そこまで言われては、いくら萌でも言い返せなかった。自分と大輔がおじいさんを死なせようとしている――そんな話が黒崎家の親族に伝われば、遺産を早く手に入れたくて忍の死を待っていると疑われかねない。そうなれば、一家三人がどれほど激しく責められるか分かったものではなかった。萌はようやく口を閉ざした。騒ぎに頭を痛めていた拓也も、凪へ冷たい視線を向ける。「俺の妻と息子を、弟の嫁である君が偉そうに責めるな。二宮家では、年長者を敬うことも教わらなかったのか?」凪は一瞬、言葉を失った。結局、二人とも肝心な忍の容体だけは教えてくれない。深く息を吸い、凪は辛抱強く口を開いた。「余計なことを争うつもりはありません。私はただ、おじいさんの容体を知りたいだけなんです」「あなたに聞く資格なんてない!事故を起こしたかもしれない女の姉のくせに!」萌が苛立たしげに怒鳴る。凪は唇を固く結び、指先が白くなるほどスマホを握る手に力を込めた。

  • 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ   第288話

    夜明け前は、一日のうちでも特に冷え込む時間だった。二人が急いで階下へ降りると、凪は吹きつけてきた冷たい風に思わず身を震わせた。寒さを堪えながら駐車場へ向かおうとしたその時、ふわりと肩に重みが加わる。空のトレンチコートだった。強い風に髪を乱されながらも、空は凪をじっと見つめている。「風邪ひくなよ」「ありがとうございます」凪は少し呆けたように答え、車までの十数歩を歩きながら、肩を覆う大きすぎるコートを無意識に身体へ引き寄せた。空は政略結婚の相手でしかない自分にこんなにも優しいのに、大輔は婚約者にあれほど冷たい。同じ黒崎家の男なのに、こうも違うものなのだろうか?比べれば比べるほど、その差に呆れるしかない。二人が車へ乗り込むと、すぐに空の兄である拓也から電話がかかってきた。「空、あの馬鹿息子を本邸から連れてこい!あいつのせいでおじいさんがこんなことになったんだ。今さら仏間で死ぬまで正座したって何の意味もない。おじいさんの前で頭を下げさせろ!」「分かった」空は冷えきった表情のまま答えたが、車の進路は変えず、そのまま病院へ向かった。凪は不思議そうに尋ねる。「本邸へ行かなくていいんですか?」「本邸は郊外にあって、今の時間はかなり冷える。先に君を病院へ送るから、おじいさんのそばにいて様子を見ていてほしいんだ。黒崎家のことは俺が片づけるから、君は顔を出してくれるだけでいい」そう言うと、空は速度を上げて病院を目指した。「分かりました」凪も素直に頷く。窓の外を街灯が次々と流れ、その光が空の端整な横顔にまだらな陰影を落としていた。それを眺めながら、凪の胸にはじんわりと温かなものが広がっていく。自分が寒い思いをしないようにという、それだけの理由で、わざわざ遠回りをしてくれる。このビジネスパートナーは、本当に友達以上に気が利くんだから。だったら自分も、空のために彼の祖父のことをしっかり見ていよう。病院へ到着すると、空の車は再び夜明け前の闇へ消えていった。凪は急いで病棟へ上がり、そこでようやく、忍の容体がつい先ほど安定したばかりだと聞かされた。拓也と萌も、片時も離れず忍のそばに寄り添っている。凪も病室へ入った。「おじいさんの具合はどうですか?」「静かに。外で話すから」萌が人差し指を唇に当て、廊

  • 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ   第287話

    男はいやらしい笑みを浮かべ、汚れた指を春海のふくらはぎからゆっくりと這わせてきた。「やめて!離してよ!本当に最低!」春海は必死に暴れたが、その拍子に押し倒され、頭を地面に置かれていた段ボール箱へぶつけた。衝撃で一気に意識が冴え、服を脱ぎながら覆いかぶさってくる男を目にした瞬間、両脚が恐怖で震え出す。「どいて!どいてよ!私から離れて!」「ちょっとくらい楽しませてくれよ」男は獲物に飛びかかる獣のように、春海へ襲いかかった。その一部始終を、物陰から一台のカメラが撮影していた。カメラの向こうでは、春海の悲鳴と泣き声を聞きながら、葵が満足そうに薄暗い笑みを浮かべている。「この女の評判さえ地に落ちれば、大輔さんとは結婚できなくなる。そうしたら、大輔さんは私のもの」一方、春海は恐怖に目を見開いていた。上着を乱暴に引き剥がされた瞬間、頭に血が上り、どこから湧いたのか自分でも分からないほどの力で男を突き飛ばす。そしてすぐさま物陰にあった箒をつかみ、男の頭めがけて力いっぱい振り下ろした。男が悲鳴を上げて横へ倒れる。春海は半ば這うようにして起き上がると、力の入らない脚を必死に動かし、よろめきながら路地の外へ走った。早く!早く走らなきゃ!ここから逃げなきゃ、本当に終わる!思うように動かない自分の身体に腹を立てるように、春海は壁へ拳を叩きつけた。その痛みで意識を保ち、さらに速度を上げて大通りを目指す。撮影していた男も後を追おうとしたが、イヤホンから葵の怒鳴り声が響いた。「逃げたの!?ほんっと、しぶとい女!もうカメラを止めて!」「でも、証拠を撮っておくんじゃ……」「本人が逃げたのに何を撮るのよ!カメラを止めて。ほかにもあの女をどうにかする方法はあるから」撮影者は言われるまま、ひっそりとカメラを止めた。その時には、春海はすでに路地を抜け、大通りへ飛び出していた。ヘッドライトが眩しく輝き、タイヤがアスファルトを噛む音が響いた。周囲から上がる悲鳴の中、撮影者は呆然とその光景を見つめた。車輪の下から、赤い血がじわじわと路面へ広がっていき、血に濡れた春海の目は、それでもなお、撮影者が潜んでいる路地のほうを向いていた。イヤホンからは、葵の冷たい笑い声が聞こえてくる。「覚えておいて。あなたは今夜、何も見ていない。あの

  • 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ   第286話

    「私の気晴らしにって連れてきた場所がここ?」春海は不機嫌そうに柔らかなソファへ身を沈め、テーブルいっぱいに並んだ酒を眺めると、隣に座る令嬢仲間たちへうんざりした視線を向けた。春海は陶芸展で騒ぎを起こしたせいで、両親から2日間の外出禁止を言い渡されたばかりだ。ようやく今日になって外出を許されたところ、友人たちから近くに新しいバーができたからと熱心に誘われ、こうしてやって来たのだった。本当なら、大輔との仲を深める時間にしたかったのに。二人の令嬢は、春海を左右から挟むように座って口々に慰めた。「婚約者に言い寄る女がいるってことは、それだけ大輔さんが魅力的ってことでしょ?そんな女、いちいち気にする必要ないって」「そうそう。春海がその気なら、イケメンの男の子なんて10人でも20人でも呼んであげるからさ」そう言われると、春海の沈んでいた気分もいくらか晴れてきた。自分ほどの家柄なら、男に困ることなどない。ただ、政略結婚の相手が黒崎家の将来を担う男だからこそ、婚約そのものに価値があるだけだ。プライベートで多少遊ぶくらいなら、この世界では結婚後も自由にしている者など珍しくない。葵なんかのことで、いつまでも腹を立ててるほうが馬鹿らしい。そう思うと一気に気が楽になり、春海は何人かの男性スタッフを個室へ呼んだ。ただ整った顔を眺めながら酒を飲むだけでも、気分転換にはなる。その頃、個室の外では、一人の店員が人目を避けて電話をかけていた。「春海さんは確かに新しくできたバーへ来ています。男性スタッフも何人か呼びましたが、酒の相手だけです」「婚約者がいるくせに男を呼んで遊ぶなんて、随分好き勝手やってるのね」電話の向こうで、葵は悔しげに歯を食いしばった。もし自分が大輔の正式な婚約者になれたなら、春海のように外で男を呼んで遊ぶような真似は絶対にしない。春海なんて、大輔の婚約者という立場に居座っているだけの馬鹿な女だ。「そんなに男が好きなら、今夜は一人、たっぷり相手をしてくれる男を用意してあげて。あの友達二人は、私がどうにかするから」「分かりました」店員は物陰で電話を切ると、個室へ運ばれていく酒へじっと目を向け、ゆっくりと近づいていった。深夜、春海はほどよく酔いが回っていた。一緒に来た二人の友人は、どちらも車に傷をつけ

  • 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ   第285話

    まるで空がいつも、凪が父親に言い返すのを黙って許しているように、大輔もまた、春海が葵に手を上げるのを止めなかった。「そんなの駄目!」葵は胸を押さえ、愕然として一歩後ずさった。大輔と春海は、まだ正式に結婚したわけではないが、このまま結婚して、大輔まで空のような愛妻家になってしまったら――自分が黒崎家の妻になる可能性は、本当になくなってしまう!そんなのは絶対に嫌だ。葵は怒りに全身を震わせたが、やがて冷静さを取り戻すと、いつものように健気で可哀想な女を装い、大輔のもとへ歩み寄った。「大輔さん、さっきは私が悪かったわ。斉藤さんを怒らせるようなことをしたせいで、あんな騒ぎにしちゃって……大輔さんにも恥をかかせちゃったよね……」その声を聞いた大輔は、すぐにいつもの表情へ戻った。「気にしなくていいよ。ただ、春海は一応俺の婚約者だし、昔から甘やかされてきたせいで気も強いからね。葵はこんなに優しくて物分かりがいいんだから、これからはあまり彼女を刺激しないほうがいい。怪我でもしたら大変だろ?ほら、こっちにおいで。頬は少しよくなった?」大輔が優しく一歩ずつ近づいてくると、葵の胸は高鳴った。その柔らかな眼差しが自分へ向けられているのを感じ、待ちきれないように大輔へ抱きつく。「大輔さん!やっぱり私のことを想ってくれてるんだね。何があっても、大輔さんが愛してもいない女と結婚するのを黙って見てなんていられない!」突然抱きつかれ、大輔は反射的に押しのけようとした。だが、少し離れたところにいる凪へ目をやった瞬間、思い直す。確かに、自分には婚約を壊してくれる人間が必要なのかもしれない。そこで大輔は葵の肩へ腕を回し、言い聞かせるような口調で呟いた。「俺だって嫌なんだ。でも、家の大人たちが……」「きっと方法はあるよ!絶対に何とかできる。大輔さん、私を信じて!」葵は必死な目で訴えた。その瞬間、大輔の瞳の奥に思惑どおりだと言わんばかりの笑みがよぎる。だが表向きは、どうにもならないと言いたげに小さくため息をついただけだった。あとは、自分に想いを寄せるこの女が、自ら進んで邪魔者を排除してくれるのを待てばいい。日が沈み、月が昇る頃、陶芸展も終わりを迎えた。今日は大勢の人に母の作品を紹介したため、帰る頃には喉がからからになっていた。そ

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    「水でも飲んで。直美がまだ目を覚まさないから、そばを離れられないんだ。凪ちゃん、いい子だからさ。俺も疲れてる。これ以上、わがまま言って俺を困らせないでくれるか?」電話は、一方的に切られた。ツー、ツー、という無機質な音が耳に突き刺さり、凪は目の奥がツンと熱くなった。昔、胃穿孔で手術を終え目覚めたとき、渉は彼女を抱きしめて長いこと泣いていた。ベッドのそばにひざまずき、大きな体を丸めて、まるで迷子になった大型犬のように彼女の首筋に顔をうずめていた。その声はひどく嗄れていた。「凪ちゃん、俺も辛かった。お前が手術室にいた時、胸が張り裂けるほど苦しかったんだ。分かるか?お前は、俺の命そ

  • 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ   第3話

    渉の目に一瞬、気まずそうな色が浮かんだ。「凪ちゃん、直美のマンションがリフォーム中で、ペンキの匂いがひどくて、体に良くないから……」凪の心はきつく締め付けられた。もう気にならないと思っていたのに。でも、息が詰まるほどの痛みが、全身に広がっていく。「ホテルに泊まるお金もないっていうの?」直美は目を赤くしながら、バイオリンを片付け始めた。「私のせいで喧嘩しないで。今すぐ出ていくから」彼女は慌てて荷物を取りに行こうとして、テーブルの角に体をぶつけた。「痛っ」と声を漏らし、胸を押さえる。その息遣いは、か弱くて艶めかしい。「大丈夫か?なんて不注意なんだ。どこをぶつけた?薬

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    今回は文章はなく、写真だけだった。それは、眠っている渉の写真だった。男は後ろから直美を抱きしめ、腕の中にすっぽりと収めて、深く眠っていた。直美は恥じらうような笑顔を浮かべている。唇は腫れあがり、開いたネグリジェの襟元からは、キスマークがいくつも見えていた。昨夜、何があったかは言うまでもない。凪と渉は五年付き合って、一番深い関係には一度もならなかった。付き合い始めの頃、気持ちが抑えきれない渉は、凪を強く抱きしめてこう言った。「凪ちゃん、早く大人になって……」その後、渉はもうそんな風に凪を抱きしめることはなく、ただ、結婚してからにしようと、なだめるだけだった。凪はず

  • 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ   第1話

    二宮凪(にのみや なぎ)はシルクのネグリジェを身にまとい、大きな窓の前に立っていた。外に広がる街の灯りをしばらく眺めた後、スマホを取り出して実家に電話をかけた。「例の縁談、受けるわ」電話の向こうは一瞬沈黙したが、すぐに凪の父親である二宮大地(にのみや だいち)の隠しきれない喜びの声が聞こえてきた。「凪ちゃん、いつ帰ってくるんだ?父さんが迎えに行くからな」久しく呼ばれていなかったその呼び方に、凪は思わず鼻の奥がツンとなった。「来週の月曜」それだけ言うと、凪は電話を切った。母が亡くなった途端、この男は待ちきれないとばかりに、愛人と娘を家に連れ戻ってきた。あの二人を憎

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