LOGIN何より驚いたのは、すべての元凶である晃成だった。彼は自ら警察に出頭し、自分が私に対して犯した数々の罪をすべて認めた。この数年、彼がやってきたこと、それらすべてを白状したのだ。出頭する前に、菅田グループの全財産を寄付していたという。彼は何も持たず、ただその寄付の感謝状だけを手に、毎日地面にひざまずいて祈り続けた。愛する人の今後の平安を願って。「これが本当の愛し方ってやつじゃない?」同僚は目をきらきらさせながら言った。「逮捕されるとき、カメラに向かってこう言ってたんだよ。『雨音、君に負った借りはもう返せない』って。『俺にできるのは、君の願いを叶えることだけだ。二度と君の前に現れない』って。なんで私があんなイケメンで金持ちの男に巡り会えないんだろう。尊すぎる……」彼女の顔は、完全にときめきと憧れで満ちていた。私はちらりと彼女を見て、冷たく返した。「あれはただの犯罪者でしょ。そんな男に愛される?結婚したら、あちこち切り刻まれそうだけど」その言葉が終わるか終わらないうちに、ニュースのトップ記事が次々と彼の罪証を流し始めた。妻を拉致したこと、そして妻を利用して彼の本当に好きな女に取り入ろうとしていたことまで、すべて明るみに出た。同僚は即座に表情を引き締め、なんとも言えない顔になった。「今の言葉、撤回。あの男、クソ野郎だわ。許せるかって?なんで死なないんだよ」少し間を置いて、彼女は急に声をひそめた。「……あれ?雨音って名前、彼の奥さんのと同じじゃん。こんな男に付け回されるなんて、どんだけ運が悪いんだよ……」彼女の大げさな反応に、思わず笑った。本当にそうだ。あんな男に関わったら、誰でも運が尽きる。彼の後悔や、最後になって見せた一途なふりは、むしろ余計に気持ちが悪いだけだ。あんな男の深情けなんて、私が受けてきた苦しみを少しも埋め合わせられない。……晃成が刑務所に入る日、空は分厚い雲に覆われていた。私が誘拐されたあの日と同じだった。あの時、彼は瑠花と一緒にいて、私の地獄の始まりを祝っていたのだ。収監される直前、刑務所から一通の手紙が届いた。晃成が書いたものだった。【雨音:すまなかった。結婚式の日、俺の胸にあったのはただやるせなさだけだった。愛してもいない女と結婚し
「この人、変だよ!先生、怖がらないで。僕たちが守るからね」いつも一番のやんちゃ坊主が、涙声で叫んだ。一瞬で騒然となった。私は苦笑いを浮かべ、子どもたちをなだめた。「大丈夫。みんな教室に帰ってください。この人のことは先生が知っているから」「ほんと?」不安げに振り返りながら、子どもたちはようやく遠ざかっていった。晃成は呆然と立ち尽くしている。「雨音……俺たちの子どもは……」掠れた声に、私は冷たく笑った。「子ども?あれは、あなたの大事な人の息子を助けるための道具だったんでしょう?」容赦ない言葉に、晃成がよろめいた。「違う。雨音、違うんだ。あれも俺の血を分けた子だ。ただ、少し臍帯血を使おうと思っただけなんだ。君たちを傷つけるつもりなんて微塵もなかった。悪かった、でも、俺も騙されていたんだ」「償いたいと言うなら、どうして今さら言い訳をする?」「……え?」私は嫌悪を隠さず、彼を睨み据えた。「あなたのやったことをよく見なさい!まさか私があんな目に遭って、あの子を無事に産めたと思ってるの?まさか、あなたのために跡取りを残したとでも?はっきり言うわ。あり得ない。あなたに関わったものは、全部汚いのよ。今さら何のつもり?私を誘拐するために人を雇い、散々苦しめた挙句、救世主のふりまでして結婚したくせに、今度は上から目線で償うだなんて、図々しいにも程があるわ!」晃成は頭を抱え、崩れ落ちるように膝をついた。「違う……俺は、君が助けてくれたことを、あの女がやってくれたと思い込んでいたんだ。あの女に騙されていたんだ!あの女が君の手柄を横取りし、家族まで独占し、そして、婚約を奪われた、散々いじめられたと嘘を吹き込んできた……だからつい、手を出してしまったんだ。でも、君の苦しみの百倍は苦しんだよ。信じられないなら一緒に戻れ。今の彼女がどんな姿になっているか……見せよう」哀れな懇願をする彼の前で、私はしゃがみ込み、低い声で言った。「許してほしいなら、私の子どもを返して。そして私の人生と健康も返して。知らないでしょうね。私、もう二度と母にはなれないの。全部あなたのせいよ。あなたが私の人生も、お腹の赤ちゃんも壊したんだから。今の私には何も残っていない。なのに許しを請う?すべてを引き起こしたのはあなた自
すべては自分のせいだった。晃成は痛感した。一日が過ぎた。充血した目で、彼はただスマホを見つめていた。夕暮れ時、スマホが鳴った。向こうから、沈んだ声が聞こえてきた。「菅田さん、もう手遅れだ。お前の妻はな、ボコボコに殴って海に沈めた。引き上げたときには息も絶え絶えで。お前に電話したら、好きにしろだとよ。結局、助からなかった。遺骨は後で送るから、受け取れ。ああ、そういえば、あの女、最後にひとつ頼んでたぞ。離婚してって。最期の願いらしいぜ。せっかくだから、叶えてやったらどうだ?離婚届を届けるから、サインしとけよ」晃成はソファに座り込んだまま、微動だにしなかった。やがて、屋敷中に慟哭が響き渡った。翌日、雨音の遺骨と離婚届が届いた。同封されていたのは、あの銀の結婚指輪だった。ごくシンプルで、何の装飾もない。晃成がいい加減に選んだものだ。なのに、雨音は何年もずっと身につけた。最後まで、彼は一度もまともな贈り物をしなかった。……その頃、飛行機は異国の砂漠の地へ降り立った。私はジャケットの襟を立て、人混みの中に「清原雨音」と書かれたプラカードを見つけた。瞬間、目頭が熱くなった。プラカードを持った人が近づき、私を呼んだ。「先生……」懐かしい人に会えた安堵が胸を満たし、私は思わずその胸に顔をうずめて、涙をこぼした。「よく帰ってきてくれましたね」あの拉致事件は、私の尊厳も婚約も、人生も夢も、すべてを根こそぎ奪った。それでも正気を保てた。それだけでも、まだ救われていたと思う。車窓の外には、広大な空の下、果てしない黄色い山並みが続いている。都会の賑わいより、この荒れ果てた大地の静けさのほうが、ずっと心を落ち着かせてくれた。研究所に着いてからは、実験に没頭した。日々は忙しくも充実していた。時折、隣の小学校で授業をすることもあり、子どもたちは「お姉ちゃん」と駆け寄ってきて、手作りのお菓子や道端の花をくれた。そんな穏やかな日々が、三年間続いた。そして、かつての知人と再会することになった。その日、授業を終えたばかりの教室で、子どもたちが突然歓声をあげた。「あの人、新しい先生? かっこいい!テレビのスターみたい」「ずっとドアのところで清原先生のこと見てたよ。先生
「嘘ばかり!私、何もしてない!うそつき!あんたなんか……」瑠花は叫びながら旭に飛びかかった。力任せの男と狂気じみた女がもつれ合い、あっという間に、二人の体に傷が刻まれた。隠していた事実も、すべて暴かれた。雨音が公海に突き落とされたと聞いた瞬間、瑠花は顔を仰け反らせ、甲高い笑いをあげた。「死んだの?ざまあみろ!あの女、昔から気に食わなかった。金持ちの親に一流の婚約者……何がそんなに恵まれてるのよ!新浜の御曹司のあんたも、なんでやつに一目惚れしたのよ!私のどこが劣るってのよ!あの女が死ぬとこが見たかったの。どこの馬の骨もわからん男どもに抱かれまくって、ボロボロになるのを、見たかったのよ!ただの使い古された女。そんな女のどこがいい?」「この……!」晃成は青筋を浮かべ、瑠花の首を力いっぱい締め上げた。そういうことか?最初から、すべてが間違いだった。雨音を死なせてはならない。絶対に!そう思うと、晃成は瑠花を地面に叩きつけ、ボディーガードを連れて駆け出した。去り際、旭に言い放った。「生き延びたいんだろう?じゃあ、俺の妻にしたことを、この女にもう一度やれ。いや、二倍だ。それと、あのガキ。病気のふりが好きだったろう?今度は本物にしてやれ」……晃成は急ぎ足で立ち去り、背後の叫び声に耳を貸さなかった。公海までは遠くない。彼は信号を無視して車を飛ばし、心の中で祈った。「待っていてくれ、耐えていてくれ……神様、もう一度だけチャンスを……」――ブーン……スマホが震えた。表示された番号を見て、無視しようとしたが、画面を見ると動きが一瞬凍りついた。震える手で通話ボタンを押す。画面の向こう、雨音が血の海に横たわり、大勢の男たちに囲まれていた。「雨音に触れるな!」怒りで顔を歪ませ、晃成が絞り出す。電話の相手は嘲るように鼻で笑った。「へえ、好きにしていいよ、死んでも構わないって言ってたんだけど、お前さん、気にしてなかったんだろ?使い古された女だってさ。なかなか良いアイデアだと思ってよ、こいつらを集めてみたんだ。見てみなよ。みんな立派なチンピラだぜ。お前が昔用意した連中と変わらねえだろ?奥さんもきっと気に入るぜ」映像が数秒間停止し、再び動き出した。すると、男が邪悪な笑みを浮かべ、雨音に
「さっさと調べて。できれば、晃成の名義で伝えて。雨音なんて、どうでもいい女だと。もしあいつらの手元で雨音に何かあっても、こちらの知ったことじゃない。とにかく、雨音を生かして帰さないで。でないと、こっちもタダじゃ済まないんだから。忘れないで。最初にお金もらって嘘の証言したのはあんただろ?今度は雨音を嵌める手を貸した――あんたも共犯なんだから」「……なに?」ドアが開いた。晃成が食器を手に、何気ない顔で立っていた。その目だけが、冷たく凍りついていた。スマホを取りに戻っただけのはずだった。なのに、耳に入った言葉が幻聴かと思った。偽証?共犯?ずっと清らかな人だと思っていた女の口から、そんな言葉が出てくるなんて。「瑠花……雨音をどうした?」電話越しの冷たい声を思い出し、晃成は体が震えた。器を床に叩きつけ、瑠花の肩をつかんで揺さぶった。「言え!雨音に何をした?お前と周藤、一体何をしでかした!」瑠花はスマホを落とし、強張った笑みを浮かべた。「聞き間違いよ。雨音を傷つけるわけないじゃない。あの子は妹だもの……さっきのは、あの男がどこまでやったかを聞いただけよ。絶対に雨音を傷つけたりしないわ。信じられないなら旭に聞いて。私は雨音があれだけのことをしでかしたから、つい……」晃成は唇を歪めた。「そうか。じゃあ、周藤に直接聞いてみようか」スマホを取り、即座に指示を出した。ほどなく、旭はボディガードに捕まり、邸宅へ連行された。証拠はすでに押さえられていた。晃成は冷ややかに笑い、瑠花の顎をつかんでしゃがみ込んだ。「最後のチャンスだ。雨音に何をした?」「私、何も知らない!全部旭の仕業よ。彼が雨音と不倫してて、逃がそうとしてただけ!私には関係ない!信じて!雨音の赤ちゃんがいないと困るのに、どうして傷つけるわけないの?」晃成は黙って見つめ、手を振り上げて何度も平手打ちを浴びせた。そして旭に歩み寄った。「お前はどうだ。話す気はあるか?」旭は震え上がり、嘘を飲み込んで土下座した。「違います、菅田さん!この女の息子は病気じゃない!全部嘘です!小さい頃から嫉妬してたんです。奥様が優秀で、コンテストの賞も本来は奥様のものだった。俺はただ相手を間違えただけなんです……菅田さんに怒られるの
一方、その頃。菅田晃成の手から、スマートフォンがするりと滑り落ちた。憎しみを込めたその一言が、呪いのように胸に突き刺さった。眉間を揉みながら気持ちを落ち着けようとした。口を開こうとしたそのとき、受話器の向こうから無機質な電子音が流れてきた。「……くそっ」鼓動が早まり、背筋に不吉な予感が這い上がった。一瞬迷ったが、立ち上がり、コートを手に玄関へ向かう。すると、ベッドで寝たふりをしていた瑠花が目を見開いて飛び起き、後ろから腰にすがりついた。「晃成、どこに行くの?行かないで……一人じゃ怖いの」晃成は眉をひそめたが、背中に伝わる微かな震えに、表情はすぐ和らいだ。振り返り、そっと頬を拭った。「雨音がごねてるんだ。ちょっと戻ってくるだけだ。彼女のお腹の赤ちゃんが君の子どもを救えるかもしれないからな」瑠花は瞳の奥で嫉妬をぎこちなく隠し、か細く言った。「雨音はもともと、汚された過去があるのよ。晃成に見染められたことだけでも、どれだけありがたいか……なのに、感謝もせず他の男と無茶なことを……それに、彼女のお腹に宿っているのは、本当にあなたの子なの?」気にしないと言えば、嘘になる。晃成は怒りが再燃しかけた。だが、心の奥では「そんなはずはない」という声が確かに鳴っていた。彼はよく知っていた。あの女が自分に抱いてきた執着を。何年も、命綱にすがるように媚びることさえ厭わなかった。そんな女が、浮気をするわけがないだろう?それでも、電話越しの断固とした口調が脳裏をよぎる。何か言い返そうとした瞬間、瑠花の涙に気づき、言葉は深いため息に変わった。「わかった。行かない。あっちには使用人もいる。俺が行く必要はないさ。横になってな。ご飯を用意するから」晃成が部屋を出ていくと、瑠花は手慣れた様子で彼のスマホを手に取り、メッセージの作成を始めた。彼女の考えは単純だった。雨音が自分の男を奪ったのなら、晃成のスマホで、汚い言葉を浴びせてやる。愛という名の刃で、じわじわと追い詰めるつもりだった。送信し終える前に、一本の電話がかかってきた。あまりの驚きにスマホを落としそうになった。見知らぬ番号だったが、瑠花は迷わず通話ボタンを押した。「晃成のやろう、お前の妻とその腹の子がどこにいるか知りたいか?北町の土