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第4話

Auteur: ニコ
「明日の式が終わったら、子供を作ろう。俺たちには、そろそろ子供が必要だね」

そう言うと、宏樹は慌ただしく部屋を出て行った。

私は離婚協議書をウェディングドレスの上に置いて、自分の荷物をまとめ始めた。

明日、私はここを出ていく。

もう二度と、宏樹と会うことはないだろう。

宏樹は一晩中帰ってこなかったけど、私は気にしなかったし、何も聞かなかった。

翌朝早く、勇太が手配してくれた迎えの人が、もう家に着いていた。

ここを離れる前に、会社へ寄る必要があった。祖母とのツーショット写真を取りに行くためだ。

両親が離婚した後、私を女手一つで育ててくれたのは祖母だ。たった一枚のツーショット写真は、どうしても持っていきたかった。

会社に足を踏み入れると、同僚たちが奇妙な目で私を見ていた。自分のオフィスに着いて、ようやくその理由が分かった。

遥がオフィスに座っていて、挑発するような顔で私を見つめていた。

「優香さん、社長が、新薬発売後の業務は私に任せるっておっしゃいました。わざわざオフィスも用意してくれましたよ。

ここがちょうど良いと思ったんですが、かまいませんか?」

新人にこんな大事なプロジェクトを任せるなんて、宏樹は本当に遥を可愛がっているんだね。

それとも、私が彼女をサポートするとでも思っているのかしら?

私は遥を見て、笑顔で言った。

「ご自由にどうぞ。私はすぐに出ていくから」

私の言葉を聞いて、味方になろうとしてくれていた同僚たちはがっかりした様子だった。

宏樹の妻であり、開発部の責任者でもある私が、あんな女にいじめられてるなんて、情けないと思われたんだろう。

迎えに来てくれた人は下で待っている。会社まで送ってもらっただけでも迷惑なのに、ここで遥と口論して時間を無駄にするのは申し訳ない。

祖母の写真を持ってオフィスを出ようとした時、宏樹が現れた。

彼が、私が写真をカバンに入れるのを見て、顔をこわばらせた。

「どこへ行くんだ」

「私……」

遥が口を挟んだ。

「優香さんが、私がここを気に入ったからって、わざわざオフィスを空けてくれたんですよ」

私が行こうとするのを見て、宏樹は慌てて私の腕を掴んだ。

「駄目だ。このオフィスは君のものだ。誰にも……」

彼が言い終わる前に、私はその言葉を遮った。

「彼女が気に入ったなら、譲ってあげればいいわ」

退職届はもう提出済みだ。

宏樹が承認しようがしまいが、私の決意は変わらない。

これは、ただの通知にすぎないのだから。

私たちの結婚と同じように、もうすぐ終わるんだ。

宏樹は、複雑な表情を浮かべて、その場に立ち尽くしていた。

私の後ろ姿が見えなくなると、彼ははっと我に返った。

宏樹は、鼻歌を歌いながらオフィスを片付けていた遥を突き飛ばした。そしてオフィスから押し出すと、社員たちの前で、いきなり彼女の頬を平手打ちした。

「言ったはずだ。優香は俺の妻で、開発部の責任者だ。彼女のサポートがなければ、新薬のプロジェクトは進まない。優香には常に敬意を払えと。

俺が君を甘やかしすぎたせいで、勘違いしたのか?よくも彼女を挑発するような真似ができたな」

階下に降りると、宏樹からメッセージが届いていた。

【今夜7時、聖マリア教会で。必ず来てくれ】

【S国のP市へハネムーンに行くぞ。明日出発だ】

【君が妊娠するまで、国内には戻らない】

私は首を振ると、スマホからSIMカードを取り出し、真っ二つに折ってゴミ箱に捨てた。

吐き気がする。

そして、迎えの車に乗り込み、空港へと向かった。

夜7時。宏樹はタキシード姿で花束を抱え、教会の入り口に立っていた。
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