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買い直されたので、私のご主人様はもう別の人です
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Auteur: mezashi

第一話 濡れ衣の鞭

Auteur: mezashi
last update Date de publication: 2026-05-10 17:29:26

背中が熱を持って痛む。

その日も私は、ありもしない罪で鞭打ちを受け、冷たい床に倒れ伏していた。

「真衣が一体何をした!? 善良な人間を傷つけるのが、お前の望みなのか!?」

硬い鞭を握りしめているのは、施設が破産し放り出された私を奴隷として買い上げた……主人の綾間慎司(あやましんじ)だ。

その後ろでは、慎司の恋人の雪城真衣(ゆきしろまい)が、目を潤ませて、震えていた。

私は何もしていないと訴えても、帰ってくるのは罵声ばかりだった。

そして、私に投げつけられたのは、私の名前が書かれた売却証明書だった。

「お前を奴隷市場に送り返す。もう手続きは済ませた。自分のしたことを後悔しろ!」

奴隷市場は、この世の地獄とも言える場所だった。

最低限の衣類しか与えられず、鎖に繋がれ、資産家のじめじめとした視線に晒され続ける……

普段通りの私なら、泣いて謝り、売却を取り下げて貰っていた。

しかしその日の私は、売却証を手に、落ち着いて部屋を出ていこうとした。

「待て! ……真衣に謝らないつもりか?」

私は、慎司の目をまっすぐ見た。

「……私はもう奴隷市場に売り渡されました。あなたはもう、ご主人様ではありません。」

慎司は怒りに任せて、私に掴み掛かろうとした。

その時、使用人が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。

「慎司様! 大変です!」

「どうした!?」

「たった今、木凪葉子さんが買い取られ、別の方に所有権が移りました。手を出してはいけません!」

◻︎◻︎◻︎◻︎

2xxx年。

この国にも奴隷制度が息づいていた。

借金のカタに売られた者や、両親に捨てられた者、身寄りのない者が、年齢や性別を問わず、奴隷市場に売りに出されていた。

資産家は挙って質の良い奴隷を買い漁った。

買われた奴隷は、必ずしも手酷い扱いを受けていたわけではない。

質の良い奴隷は、主人にとって代え難いパートナーとなり、ステータスでもあった。

学があれば秘書となり、家事ができれば家政婦として、重用され、大切にされた。

しかしそれは、まともな主人に買い取られた場合だ。

綾間慎司は一流企業の社長で、ビジネスの場において彼の名を知らぬ者はなかった。

涼しげに仕事をこなす慎司は、周囲からの評価も高く、誰もが憧れる人物だった。

ただ、彼が酷く冷酷な人物であることを、知る者は居なかった。

奴隷として買い上げられた私、木凪葉子(きなぎようこ)ただ一人を除いて。

「お前はこうしてやらないと、反省もできないのか!」

背中に焼けるような痛みが走る。

私は、慎司の重要な書類を紛失したと言われ、三十の鞭打ちを受けていた。

その鞭は硬い木を編んだもので、一打でも受ければ、仮にそれが大男でも悲鳴を殺せないだろう。

しかし、悲鳴を上げれば「演技をするな」と叱られることを知っていた。

だから私は、必死に唇を噛んで耐えていた。

「これで何度目だ!? 本当に使えないやつだ。今度同じことをしてみろ、奴隷市場に送り返してやるからな!」

慎司が力任せに振り下ろした三十回目の鞭を受けると、痛みで意識が遠のき、硬い床に倒れ伏した。

それを見計らったかのように、地下室の扉が、音を立てて開いた。

「慎司さん!」

顔を覗かせたのは、雪城真衣。

慎司の恋人だ。

「慎司さんの書類、ありました!」

真衣の手には、白い封筒が握られていた。

それを見て、慎司は笑顔を見せた。

「助かった。どこにあったんだ?」

「お庭の茂みに。きっと、郵便受けからお屋敷に運ぶときに、落としてしまったんじゃないかしら」

彼女は、百合の花のように色が白く線の細い指で、書類を慎司に手渡した。

「真衣。お前は本当に何でもできるな。こいつとは大違いだ」

慎司は、床に倒れている私を足で小突いた。

「少し躾けてやっただけでこれだ。仕事はできない癖に、演技だけ大袈裟なんだよこいつは」

私の下唇には、ぽつぽつと血が滲んでいた。

しかし、慎司がそれに気づくことはなかった。

「慎司さん。書類は見つかったんだし、葉子さんを責めないで」

真衣は、優しく、憐れみを込めた声で言った。

「彼女には両親がいないのよ。教育を受けていない人が何もできないのは、仕方のないことよ」

真衣の言葉は、私を庇っているようで……明確に見下していた。

そんな真衣の肩を抱き、慎司は微笑んだ。

「真衣は優しいな。奴隷なんて物と同じだ。呼び捨てで構わないと言っているのに、『葉子さん』だなんて」

「誰にでも優しくしなさいって、祖母の教えなの」

奴隷にも丁寧に接する真衣は、現代社会において、天使にも勝る優しい人物に見られていた。

しかし、私は知っている。

私を誰よりも私を見下し、道具として利用しているのは、彼女だった。

私は書類を失くしてなどいない。

郵便受けを開けたとき、あの封筒は確かに入っていなかった。

これまでも、私が失くしたとされたものは全て、真衣が見つけてきた。

慎司の大切なものを隠し、私に罪を押し付け、自分でそれをフォローをする事で、慎司からの信頼を買っていた。

真衣を見上げる私の目には、きっと恨みの色が浮かんでいたのだろう。

私の顔を見た真衣は、慎司の服の袖を掴み、怯えたように言った。

「葉子さん、そんな目で見ないで……!」

怯えたように震えながら、彼女は言葉を続けた。

「育ちのことを言ってごめんなさい……! 私の言い方が悪かったなら謝るから、怒らないで……」

私が真衣を見上げていることに気づいた慎司は、足を上げて頭を踏みつけてきた。

「おい! 真衣はお前のミスの尻拭いをしてくれたんだ。礼の一つもないどころか、恩を仇で返す気か!?」

……私は奴隷だ。

背中に血が滲んで、じくじくと痛む。

反抗すれば、もっと酷い目に遭うだろう。

私は床に正座し、ゆっくり頭を下げた。

「雪城さん……。書類を見つけてくださって、ありがとうございます……」

私の惨めな姿を見て、慎司は鼻で笑った。

「そんなことも言ってやらないとできないのか。学がないなら、家の中の仕事だけでもしっかりやれ。……真衣、行くぞ」

慎司が真衣の肩を抱いて扉の方へ向かう。

「そこで反省していろ」

慎司が冷たく言い放つ横で、真衣はこっそりと舌を出した。

扉が重い音を立てて閉まり、外側から鍵のかかる音がした。

私は再び倒れ、焼けるような痛みにようやく少しだけ声を漏らし、荒い呼吸を繰り返した。

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    「……」 申し訳なさそうな表情で私を見る真衣に、私は返事ができなかった。 すると真衣は、息を詰まらせながら言った。 「返事もしてくれないのる やっぱり……怒ってるのね。私が余計なことをするから……」 このまま真衣に泣かれては、また罰されてしまう。 私は、わずかに残った自尊心すらも押し殺し、座を正した。 「なんでしょうか……」 真衣はゆっくりと私の前に歩み出た。 「両親がいないことを言ってごめんなさい。あなたを不快にさせる気じゃなかったの。許してくれる?」 私が怒っている理由は、それではない。 真衣が……慎司が私を罰するように、仕向けたことだ。 しかし、ここで感情を露にしては、真衣の思う壺だ。 私は頭を垂れ、平静を装って言った。 「いいえ。真衣さんは悪くありません。私のミスを許すように仰ってくださり、ありがとうございます」 「……まあ、ずいぶん素直なのね。やっぱり葉子さんは、良い方だわ」 その言葉と裏腹に、真衣は不服そうだった。 私が怒りだせば、また慎司に泣きつく口実ができるからだろう。 私が平静を保っていると、真衣は私の耳元に口を寄せてそっと言った。 「親がいなくて学がなくても、従うべき相手は分かってるのね。奴隷って、本当に可哀想。私は絶対になりたくないわ」 その言葉に、かっと頭に血が昇るのを感じた。 膝の上で拳をギュッと握って肩を震わせた。 怒ってはいけない、と自分に強く言い聞かせ、頭が痛くなるほど奥歯を噛み締めた。 屈辱に震える私を見て、真衣は少しだけ満足そうに顔を上げた。 そして、慈悲深い顔を作り、私に言った。 「あのね、あなたと仲直りしたいの。慎司さんと、あなたと、私の三人で、外食でもどうかしら?」 ──絶対に嫌だ。 体が反射的に拒絶しそうになる。 なんとか衝動を抑え、声を絞り出した。 「……私などがお二人とご同席するなど、身分不相応でございます」 真衣は小さく、ふんと鼻を鳴らすと、わざと大きな声を出した。 「葉子さん、まだ私のこと怒ってるのね。私と食事なんて、やっぱり嫌なんだわ……!」 熱を持っていたはずの背中に、ひやりと冷たいものが走る。 その予感通り、地下室のドアから、人影が現れた。 「葉子! いい加減にしろ!」 慎司が怒りを露にして、部屋に入ってきた。 「真衣がせっかく、贖罪の

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