Masuk「……」 申し訳なさそうな表情で私を見る真衣に、私は返事ができなかった。 すると真衣は、息を詰まらせながら言った。 「返事もしてくれないのる やっぱり……怒ってるのね。私が余計なことをするから……」 このまま真衣に泣かれては、また罰されてしまう。 私は、わずかに残った自尊心すらも押し殺し、座を正した。 「なんでしょうか……」 真衣はゆっくりと私の前に歩み出た。 「両親がいないことを言ってごめんなさい。あなたを不快にさせる気じゃなかったの。許してくれる?」 私が怒っている理由は、それではない。 真衣が……慎司が私を罰するように、仕向けたことだ。 しかし、ここで感情を露にしては、真衣の思う壺だ。 私は頭を垂れ、平静を装って言った。 「いいえ。真衣さんは悪くありません。私のミスを許すように仰ってくださり、ありがとうございます」 「……まあ、ずいぶん素直なのね。やっぱり葉子さんは、良い方だわ」 その言葉と裏腹に、真衣は不服そうだった。 私が怒りだせば、また慎司に泣きつく口実ができるからだろう。 私が平静を保っていると、真衣は私の耳元に口を寄せてそっと言った。 「親がいなくて学がなくても、従うべき相手は分かってるのね。奴隷って、本当に可哀想。私は絶対になりたくないわ」 その言葉に、かっと頭に血が昇るのを感じた。 膝の上で拳をギュッと握って肩を震わせた。 怒ってはいけない、と自分に強く言い聞かせ、頭が痛くなるほど奥歯を噛み締めた。 屈辱に震える私を見て、真衣は少しだけ満足そうに顔を上げた。 そして、慈悲深い顔を作り、私に言った。 「あのね、あなたと仲直りしたいの。慎司さんと、あなたと、私の三人で、外食でもどうかしら?」 ──絶対に嫌だ。 体が反射的に拒絶しそうになる。 なんとか衝動を抑え、声を絞り出した。 「……私などがお二人とご同席するなど、身分不相応でございます」 真衣は小さく、ふんと鼻を鳴らすと、わざと大きな声を出した。 「葉子さん、まだ私のこと怒ってるのね。私と食事なんて、やっぱり嫌なんだわ……!」 熱を持っていたはずの背中に、ひやりと冷たいものが走る。 その予感通り、地下室のドアから、人影が現れた。 「葉子! いい加減にしろ!」 慎司が怒りを露にして、部屋に入ってきた。 「真衣がせっかく、贖罪の
物心がついた時にはもう、施設で暮らしていた。両親は火事で亡くなり、親戚はいなかった。施設の職員は私を優しく受け入れてくれた。しかし、その施設は、私が16の時に、資金不足で経営困難に陥った。責任者は破産し、放り出された子供たちは奴隷市場に送られた。奴隷市場の湿った空気と、ねばついた大人たちの視線が忘れられない。その時に私を買ったのが、当時の慎司だ。他の資産家が競り落としかけたところを、倍の値段をつけて買い取ってくれた。私は奴隷として、綾間家に引き取られた。「ここを自分の家だと思っていい」広くて美しい屋敷でそう言われた葉子は、自分は助かったのだと思った。慎司は優しく、私の世話をしてくれた。家事の手伝いをしながら、読み書きを教わった。「葉子は、覚えがいいな」優しく褒めてくれる慎司の言葉に、私はこの人に仕えることができて、幸せだと思った。しかし、私が18を迎えたその日……誕生日パーティーの後、慎司は私を部屋に呼び出した。そして私は──慎司の欲求を満たすための道具として使われた。「これがお前の本当の役目だ」という言葉に、ひどく絶望したことを覚えている。慎司は、自らの欲望を満たすたびに、何度も同じことを言った。「世の中には娼館に売られる奴隷もいる。安全が確保された場所で、俺一人を相手にすれば良いのだから、お前は幸せ者だ」様々な奉仕を教え込まれ、慎司の愛玩人形として、数年の月日を過ごした。慎司は、時に恋人のように甘く囁き、またある時は獣の様に身体中を貪った。私も、確かに娼館に売られるよりはましだと考えるようになり、慎司に応え続けた。時にはドレスを着せられ、職場に連れて行かれた。仕事はほとんどさせてもらえなかったが、飾りの秘書として慎司の隣に置かれると、「なんて綺麗な人の」「恋人かしら?」「奴隷だって話だよ」「きっと高かったんだろうね」と、様々に噂された。その暮らしは、本意ではなかったが、酷な暮らしでもなかった。しかしそれも──真衣という恋人が、現れるまでだった。「こんにちは、葉子さん」彼女は、綾間グループに並ぶ、一流企業の社長の娘だった。長い黒髪がさらりと美しく、いつも淡い色のワンピースを身につけていた。奴隷である自分にすら、ミントブルーのワンピースを少しつまんで挨拶をする真衣をみて、ぼうっとしたのを覚えている。私
背中が熱を持って痛む。その日も私は、ありもしない罪で鞭打ちを受け、冷たい床に倒れ伏していた。「真衣が一体何をした!? 善良な人間を傷つけるのが、お前の望みなのか!?」硬い鞭を握りしめているのは、施設が破産し放り出された私を奴隷として買い上げた……主人の綾間慎司(あやましんじ)だ。その後ろでは、慎司の恋人の雪城真衣(ゆきしろまい)が、目を潤ませて、震えていた。私は何もしていないと訴えても、帰ってくるのは罵声ばかりだった。そして、私に投げつけられたのは、私の名前が書かれた売却証明書だった。「お前を奴隷市場に送り返す。もう手続きは済ませた。自分のしたことを後悔しろ!」奴隷市場は、この世の地獄とも言える場所だった。最低限の衣類しか与えられず、鎖に繋がれ、資産家のじめじめとした視線に晒され続ける……普段通りの私なら、泣いて謝り、売却を取り下げて貰っていた。しかしその日の私は、売却証を手に、落ち着いて部屋を出ていこうとした。「待て! ……真衣に謝らないつもりか?」私は、慎司の目をまっすぐ見た。「……私はもう奴隷市場に売り渡されました。あなたはもう、ご主人様ではありません。」慎司は怒りに任せて、私に掴み掛かろうとした。その時、使用人が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。「慎司様! 大変です!」「どうした!?」「たった今、木凪葉子さんが買い取られ、別の方に所有権が移りました。手を出してはいけません!」◻︎◻︎◻︎◻︎2xxx年。この国にも奴隷制度が息づいていた。借金のカタに売られた者や、両親に捨てられた者、身寄りのない者が、年齢や性別を問わず、奴隷市場に売りに出されていた。資産家は挙って質の良い奴隷を買い漁った。買われた奴隷は、必ずしも手酷い扱いを受けていたわけではない。質の良い奴隷は、主人にとって代え難いパートナーとなり、ステータスでもあった。学があれば秘書となり、家事ができれば家政婦として、重用され、大切にされた。しかしそれは、まともな主人に買い取られた場合だ。綾間慎司は一流企業の社長で、ビジネスの場において彼の名を知らぬ者はなかった。涼しげに仕事をこなす慎司は、周囲からの評価も高く、誰もが憧れる人物だった。ただ、彼が酷く冷酷な人物であることを、知る者は居なかった。奴隷として買い上げられた私、木凪葉子(きなぎようこ







