Share

第4話

Penulis: おうぎ
謝景初が鋭く眉をひそめる。

九皇叔は自分で花嫁を迎えに行けないから、その役目は他人に頼るしかない。

沈薬であれば、おそらく自分を選ぶだろう。

そんな魂胆などお見通しだ。

口では九皇叔を慕っている、彼以外には嫁がないなどと言っているが、実際はすべて、自分の気を引くための手段に過ぎない。

今日謝長宥が宮中に呼ばれたのも、自分が断るのを心配して、わざわざ説得役として差し向けられたからに違いないのだ。

数年前、沈薬が作るお菓子が大好きだった謝長宥が、いつも沈薬につきまとっていたこともあるのだから。

だが、自分が将軍府へ沈薬を迎えに行くことなど、絶対にあり得ない。

すると、宮女が茶を運んできた。謝長宥はそれを受け取ると、息を吹きかけ、浅く一口すする。

謝長宥が何も言わないので、謝景初は眉をひそめ、口を開いた。「花嫁の迎えの件なら、皇族の中から適当な者を探せばいい。私には時間もないし、興味もない」

謝長宥は少し戸惑い、顔を上げて不思議そうに彼を見た。「けど……」

謝景初も彼を横目で見やる。「なんだ?」

謝長宥はもう一度茶を啜り、頭を掻きながら、言葉を選んで言った。「元々、皇后様は、まだ未婚の太子兄上が、九皇叔の代わりに将軍府へ花嫁を迎えに行くのが最もふさわしいって言ってたんだけど……」

謝景初は鼻で笑う。

ほら、思った通りではないか?

「でも沈薬が、太子兄上の手を煩わせるのは申し訳ないって言ったみたいで。それで皇后様が私を宮中に呼んで、私に迎えに行くように言ったんだ」

謝景初は唖然とした。

沈薬が、自分は必要ないって?

確かに謝景初は沈薬を迎えに行くことは嫌だった。しかし、沈薬が謝景初が迎えに行くことを拒んだと聞いて、肩の荷が下りたという感覚は全くなく、それどころか……胸の内に苛立ちが生まれた。

謝長宥は彼の表情をじっと見ていた。なんだか、嬉しそうな様子ではない。そう思った謝長宥は懸命に考えを巡らせて言った。「きっと沈薬は、普段公務で忙しい太子兄上のことを思って、負担をかけたくなかったんじゃないかな。それに比べて、私は毎日することがない暇人だから」

謝景初は黙ったまま。

謝長宥はますます気まずくなり、手に持っていた茶すらも、まるで熱くなってくるように感じられ、もう座ってはいられず、茶器を置いて立ち上がった。「太子兄上、私は他にも用事があるから、もう行くね……」

謝景初は冷ややかに「ああ」と返しただけで、見送りにも立たなかった。

謝長宥は外へ数歩出たが、どうしても言いたいことがあり、立ち止まって振り返る。

「太子兄上、あの時のこと……本当は沈薬のせいじゃないんだよ。だから、あのことであいつを嫌いになるのは、少し不公平かなって思う。それに、こんなことになった今、太子兄上も嬉しくはないだろうし、沈薬だって……」

「謝長宥」

謝景初が謝長宥の言葉を遮った。眉間にはしわが寄り、声には隠しきれない不快感が滲み出ている。「忙しいんじゃないのか?」

謝長宥は謝景初の目を見られなかったので、俯き「あ、うん」とくぐもった声で答えると、残りの言葉を飲み込んで東宮を後にした。

……

六月三日、婚約の儀。

目を覚ました沈薬が、まず一番初めにしたことは、窓の外を見ることだった。

窓からは日の光が差し込み、空は晴れ渡っていて、雨の気配は微塵もない。

沈薬は安堵の息をつく。確かに、今日はとても良い日だ。

寝台から降りて身支度を整え、化粧台の前に大人しく座ると、女官や侍女たちが頭の先からつま先まで、念入りに整えてくれたので、身を任せた。

一度経験しているからか、緊張などは全くなく、とても落ち着いていた。

自分にとっては、ただの通過儀礼にすぎない。

すべての準備が整った頃、謝長宥がやって来た。

本来なら、一族の男が花嫁を背負って門を出るべきなのだが、沈家の男たちは皆戦死してしまっており、唯一生き残っているのは五歳の男の子だけだった。だから、他に方法もないので、謝長宥に代役を任せることになった。

謝長宥は沈薬を背負ってゆっくりと外へ歩きながら、祝いの歓声に包まれる中、ふと小声で言った。「沈薬、太子兄上は今日来られないみたい」

沈薬は少し戸惑った。こんなおめでたい日に、なぜこんな縁起でもないことを言うのだろう。

「太子兄上は……体調を崩したみたいで。あの日、私が宮中から戻った後からずっとだったらしくて、今日になってもまだ治っていないんだって。だから、宮中は情報を封鎖して、外部には漏れないようにしていて……」

謝長宥がさらに続けようとしたが、沈薬はため息をついて言った。「謝長宥、皇太子殿下のことがどうでも良くなってから、もうずいぶん経つの。あなたの親切心は分かっているけど、終わったことは終わったことだから。人の目は前についているんだから、前だけを見て進むしかないのよ」

謝長宥が言葉を詰まらせる。

沈薬は軽く彼の背中を叩き、柔らかな声で言った。「今日はおめでたい日なんだから、もう少し楽しそうにしてちょうだい。それから、次に会う時は、叔母上って、呼ぶのを忘れないでよね」

謝長宥は目を伏せ、悲しいような、それでいて嬉しいような、複雑な気持ちになった。

将軍府の外では、銅鑼や太鼓の音が天を衝くように鳴り響き、靖王府の迎えの行列が、すでに待ち構えていた。

この婚姻は皇帝自らが決めたものであり、さらに皇后の取り仕切りのもと進められた婚儀でもあったため、ひときわ盛大に執り行われた。

しかし沈薬の気のせいだろうか。今日の靖王府の迎えは、前世の東宮の時よりもずっと盛大に思えた。まるで王府がこの日を何年も待ち望んでいたかのように。

靖王が意識不明のため、盛大な式ではあったが、儀式の内容はすべて簡略化された。

一通りの儀式を終えると、沈薬は新居へと送られた。

中庭を通る時、沈薬の視界の端に護衛の姿が映った。彼らの右手は皆、腰に下げた鉄製の剣の柄に軽く添えられている。

靖王府の警備が厳しいことは以前から聞いていたし、父もかつて沈薬にこう言っていた。「それは謝淵の命を狙う者が多いという証だろう」と。

新居は広々として風雅な造りで、見渡す限り一面、祝いの紅色に染まっていた。

前世の東宮の装飾は、これほどまでにおめでたい雰囲気ではなく、謝景初も夫婦の盃を交わした後、すぐに客の接待へ行ってしまい、沈薬は一人残されたのだった。

謝景初がなかなか戻ってこなかったため、沈薬は部屋で長く虚しく座り続けた。重い鳳冠に首や肩を圧迫され、息をするのすら苦しかったのを今でも覚えている。

今世は絶対にそんなことにはならない。そう思いながら、沈薬は新婚である自分たちの初夜のために用意された寝台の方を見つめる。

そこには両目を固く閉じ、仰向けに寝台に横たわっている謝淵がいた。

謝氏の皇族は男女を問わず、美形が多いことで知られている。

謝景初が穏やかで完璧な美しさだとすれば、謝淵はまるで正反対な美しさを持っていた。その美貌は鋭く冷ややかで、人を寄せつけない迫力を帯びている。まるで、抜き身のまま突きつけられた刃のようだった。

「丘山(キュウザン)です。王妃様にご挨拶申し上げます」

傍らに控えていた逞しい体つきの男が、沈薬に挨拶をする。

沈薬は彼を知っていた。丘山は謝淵の側に最も長く仕える副将で、どうやら今は謝淵の世話役も兼ねているらしい。

普段は失明している左目を革の眼帯で隠していたが、今日は祝言のため、特別に赤い絹布に替えているようで、随分とおめでたく見えた。

靖王府に関する噂が、巷では絶えなかったが、中には丘山は身の丈九尺の大男で、人肉を平らげるなどと言う者もいた。

しかし今、丘山はわずかに頭を下げ、沈薬に丁寧な口調で話しかけてきた。「靖王様が昏睡状態になられて半年余りになります。少しお痩せにはなられましたが、他のことは特に異常はないかと……毎朝一度薬を飲ませるのと、今は暑い時期なので一日おきに体を拭いてさしあげております」

沈薬が黙っていると、丘山は何を思ったのか慌てて言った。「これらのことはすべて私がやりますので!王妃様のお手を煩わせることはございませんから、ご安心ください!向かいの部屋にもう一つ寝台をご用意してあります。どうぞ、王妃様はそちらでお休みください」

しかし、沈薬は首を振る。

丘山は少し困惑気味に尋ねた。「では……王妃様は別の院に移られたいということでしょうか?」

謝淵が意識を失ってから、丘山は多くの下男や侍女を謝淵の世話役につけたが、彼らはいつも口では良い返事をするものの、実際は薬を飲ませたり体を拭いたりするのを面倒がり、謝淵が意識がなく言葉も発せないのをいいことに、適当に済ませていた。

かつては奔放で眩しく、皆から尊敬されていた謝淵だったが、今や昏睡状態に陥って「半ば廃人」のようになってしまい、皆の敬意の念は消え去り、果てしない嫌悪感だけが残ってしまっていたのだ。

侍女や下男でさえこうなのだから、将軍府のお嬢様ならなおさらだろうし、王府に嫁いできたとはいえ、所詮、彼女の心も謝淵にはないはずだ。

丘山はそう思った。

「別の院へ移るなんて、もってのほかよ」

沈薬が口を開く。その声は柔らかく穏やかで、まるで三月のうららかな春風のようだった。「私と靖王殿下はすでに夫婦の契りを結んだの。だから、別の院に移ったり、寝台を別にしたりすることはないわ。今夜から、私は靖王殿下と同じ寝台で寝るから」

丘山は驚き、目を見開いた。

「夜も更けてきたから、お化粧を落として寝る準備をするわ」

そう言って沈薬は優しく微笑むと、身を翻してその場から離れていった。

だから、彼女には見えていなかった。寝台で寝ている謝淵の体の横に置かれた指先が、突然ぴくりと動いたことを……

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第30話

    言葉に詰まった沈薬は、ゆっくりと目を逸らす。「いいえ、別に……」謝淵は平然とした表情で言った。「寝台まで手を貸してくれ」沈薬は彼を支えて立ち上がらせ、寝台の縁に座らせた。謝淵が突然また言った。「明日から王府を取り仕切ってもらうが、我が王府をあまりめちゃくちゃにしないでくれよ」沈薬は慌てて約束する。「そんなことはありませんから!」それ以上、謝淵は何も言わず、沈薬から手を離して横になった。しかし沈薬は、先ほど彼に掴まれた部分がまだ熱を帯びているのをはっきりと感じていた。沈薬は目を伏せ、自分の手首を見つめる。一瞬の沈黙が流れた後、寝台の上の謝淵に視線を移した。彼は再び眠りについていた。先ほど動いたせいか襟元が緩んでおり、引き締まって豊かな胸の筋肉がちらりとのぞいていた。汗で肌が微かに光っている。「王妃様!」丘山が中へ入ってくる前に、声だけが先に聞こえてきた。「靖王様はいかがですか?」その声に、沈薬は驚いて肩を震わせ、慌てふためいて、謝淵から目を逸らす。先ほど謝淵に見入りすぎていた自分が恥ずかしくなり、耳が抑えきれないほど赤く染まった。彼女は、部屋に入ってきた丘山の方を向くこともせず、冷静を装って答えた。「……また眠ってしまったわ」幸い、丘山の注意はすべて謝淵に向いており、沈薬の異変には気付かず、ただ悲しげにため息をついた。「靖王様はもう良くなられたと思ったのですが……」沈薬は気まずさから少し立ち直り、彼を慰めた。「これも靖王殿下がだんだん良くなっている証拠よ。少なくともしばらくの間は目を覚ませるようになったのだから。しっかり療養すれば、そのうち全快するかもしれないわ」丘山はそれを聞いて、深く頷いた。「王妃様のおっしゃる通りですね!」すると、丘山がすぐに謝淵の体ににじむ汗に気付き、袖をまくって沈薬に言った。「王妃様、今日は大変お疲れになったでしょうから、早くお休みになってください。私は靖王様の体を拭き終えたら、すぐ下がりますので」沈薬は頷いた。彼女は最後に謝淵をちらりと見て、隣の部屋へと向かった。寝支度をしながら、沈薬はふと思った。前世で謝淵が目を覚ましたのは、何年も後のことだった。なのに今、彼女が嫁いできて半月も経たないのに、謝淵はすでに二度も目を覚ましている。なぜだろう?

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第29話

    少年の顔は真っ白になった。「だ……だめです……」少年は細身の体だったので、あまり体力がなく、薛浣溪の相手をするだけでも、一日に二回以上となると体がもたないことがあった。なのに、一日に二、三十人の客を取るなんて?干からびてしまう!沈薬は彼の怯えた表情を捉え、眉を上げた。「それで、黒幕が誰か話す気になったかしら?」少年は服の袖を握りしめる。眉をひそめ、長く葛藤していた。今にも口を開こうとする少年を見て、周氏は極度に焦り始め、突然叫び声を上げた。「あああああ!」そして、大の字に倒れ込んだ。「周叔母様が!」少年ははっと我に返り、慌てて口を閉ざす。しかし、沈薬は特に何も思わなかった。彼が誰の差し金かなど明白で、周叔母か薛浣溪のどちらかしかいない。侍女や女官たちが慌てて周叔母を抱き起こした。謝淵は落ち着き払った様子で、再び口を開いた。「以前の私は多忙で王府の家事に手が回らず、全ての事務を一時的に叔母様に一任していた。だが今、私は妻を娶った。王府の様々な仕事は、明日から全て妻に取り仕切らせることにする」沈薬の胸が微かに高鳴った。これは、彼女に家政を任せてくれるということだ。すると、周氏の体は二度ほど痙攣し、完全に気を失った。沈薬がその様子を見ていると、謝淵の声が聞こえた。「いっそ椅子でも持ってきて、ゆっくり見物するかい?」そのからかうような口調に、彼女は恥ずかしそうに笑った。「別に、そんなに見たいわけではありませんので……」謝淵は眉を上げ、それ以上は何も言わなかった。だから、沈薬から切り出す。「靖王殿下、帰りましょうか?」謝淵は「ああ」と返事をした。丘山が残って少年の対応をし、周叔母は晩香堂へと運ばれていった。沈薬は謝淵の車輪のついた木椅子を押す。道中、二人の間に会話はなかった。中庭に戻ると、沈薬は抑えるように咳き込む音を聞いた。うつむくと、謝淵の唇に全く血の気がなく、額に細かな汗がにじんでいるのに気づいて驚いた。「医者を呼んできます!」沈薬は言って立ち去ろうとした。しかし謝淵は彼女の手首を掴んだ。「待て」沈薬は心配そうに彼を見つめる。「でも、殿下のお体が……」「無理やり起きているからな。少しの間なら持ち堪えられるが、長くは持たないだろう」謝淵は簡潔に説明した。

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第28話

    木の車輪が地面を転がり、ガタガタという音を立てた。沈薬が顔を上げると、謝淵が車輪付きの木椅子に座り、青白くも端正な顔で、丘山に押されてゆっくりと近づいてくるのが見えた。彼女は驚きと喜びに満たされた。謝淵がまた目を覚ましたの?でも……どうしてこっちへ向かってきてるの?沈薬は不安にならずにはいられなかった。先ほどの会話を、謝淵はどこまで聞いていたのだろう?考えている間に、車輪のついた木椅子は近くも遠くもない場所で止まった。「靖王様、良いところへいらっしゃいました!」周氏は言葉を取り戻し、沈薬を指差して謝淵に訴えた。「ご覧なさい、これが沈家の娘の正体です!嫁いできてまだ数日だというのに、靖王様が昏睡状態なのをいいことに、裏で馬番を囲い込み、夜更けにこんな場所で破廉恥な真似をしていたのですよ!」何も悪いことはしていないが、沈薬はやはり不安だった。無意識に謝淵を見ると、薄明かりの中、その細く引き締まった顎がわずかにこわばるのだけが見えた。「先日も、彼女は私のところへ来て、遂川が靖王様を暗殺しようとしたと言ってきました。ですが、遂川が幼い頃から靖王様を敬い慕っていることは、靖王様もご存知ですよね?彼がそんな恐れ多いことをするはずがありません!この女が嘘八百を並べ立て、私の通行札を騙し取ったのです!これほどまでに腹黒いとは……」周氏は目を細め、きっぱりと言い放った。「今日のことすら、すべてはこの女の計算のはずです!彼女は靖王府の財産を奪うことしか考えていないのです!全く盗人猛々しい!」沈薬は驚いた。まさかこんな風に責任転嫁をしてくるとは!だが考えてみれば、数日前の薛遂川が謝淵を暗殺しようとしたという話は、確かに彼女が内容を誇張したものだ。沈薬は自信がなくなり、謝淵をちらりと見た。何しろ薛遂川は彼の従弟であり、周氏は彼の叔母だ。彼が味方するのはきっと……謝淵は長く骨ばった指を車輪のついた木椅子の肘掛けに乗せてトントンと叩き、静かに命じた。「引きずり出せ」周氏は誇らしげに顎を上げた。「聞こえたでしょう?早くこの恥知らずな女を引きずり出しなさい!」謝淵の背後にいた護衛が進み出たが、周氏が想像したように沈薬を取り押さえるのではなく、周氏の両腕を強く掴み上げた。周氏は愕然として謝淵を見上げた。「これ……これはど

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第27話

    しかし少年はなおも囁いた。「身分など要りません。ただ王妃様のおそばにいられれば。私は何でもできますから……」沈薬は彼を遮った。「何でもできるくせに、馬を一頭死なせたのね?」少年は呆気にとられた。「え……?」「もともとあなたは筆一本の代金を返すだけだったんだから、数日馬の世話をすれば借金は返せたはず。それなのに、あんな立派な馬を死なせて。あれは北の草原で買い付けた優良な品種で、軍馬なの。あなたよりずっと価値があるわ。私が今日、王府の馬の数を確認しに来なかったら、こんなことになっていたなんて気づかなかった」沈薬は本気で怒っていた。将軍府で育った彼女は、軍馬がいかに貴重なものかよく知っているのだ。その上、こんなことさえ起きなければ、とっくに帰って寝られたのに、こんな時間まで無駄に過ごすことになった。少年は明らかに呆然としていた。「私は……」「こんなことなら、あなたを馬小屋へ送るんじゃなかった。馬に餌をやるくらいなら、頭を使わなくてもできると思ったのに、まさか馬を死なせるなんて……何でもできるって言ったのにね」沈薬の言葉の端々に軽蔑が溢れていた。少年は恥ずかしさから、顔を真っ赤にした。「私ができるというのは、馬の世話ではなく……」しかし、沈薬は不機嫌そうに言った。「分かってるわよ。寝台での男女の交わりのことでしょう」沈薬はよく分かっていなかったが、熱心に学ぼうとする姿勢はあった。この二日間、彼女は趙女官に教えを請い、もはや純真で何も知らない以前の沈薬ではなかった。少年は唇を噛んだ。少し間を置き、彼は階段を降りて、地面に沈薬に向かってひざまずいた。「王妃様がそのようにおっしゃるのは、まだご経験がないからにすぎません……今日、私に会いに来て、わざわざこんな場所へ来られたのは、まさかただ叱るためだけではないでしょう?」少年は顔を上げ、細い首筋から顎にかけて優美な曲線を描いた。彼はひざまずいたまま膝を動かし、一段、また一段と階段を上って彼女に近づいた。「王妃様。今夜は、私にお世話をさせてください……」彼の手が沈薬の両足に伸び、沈薬が蹴り飛ばそうとしたまさにその時。遠からぬ場所から、突然罵声が弾けた。「この恥知らずな女!深夜に馬番と密会するとは!」沈薬が目を向けると、周氏が大勢の侍女や女官を連れて、物凄い

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第26話

    周氏は一瞬呆気に取られた。馬小屋?「まさか馬小屋とはね!」薛浣溪は鼻で笑い、口元にからかうような弧を描いた。「王妃も用心深いこと。馬小屋に人を隠しておいて、こんな時間にこっそり密会に行くなんて!」外はもう暗くなっている。二人が干し草の山や小屋の裏に隠れてしまえば、何をしていようと、他人はしばらく気付けないだろう。周氏は興奮のあまり顔を赤らめた。「それなら、早く現場を押さえに行かなくては!」しかし薛浣溪は彼女の手首を掴んだ。「お母様、焦らないでください!」「これが、焦らずにいられるもんですか!せっかく巡ってきた機会なのに!」周氏は声を荒らげる。「今行っても、まだ服も脱いでいないかもしれないわ」薛浣溪はこの手の経験が豊富だった。「半刻ほど待って、盛り上がっているところを捕まえるんです。そうすれば逃げようにも逃げられず、素っ裸のまま捕まえることができますから!」周氏はその光景を思い浮かべ、思わず笑い出しそうになった。……今日、沈薬は青雀だけを連れて馬小屋へ向かった。人員と馬の数を確認したが、問題が起きた。馬の数が合わないのだ。一同を集めてまで調べた。馬が貸し出されたのか、それとも以前の記録が間違っていたのか?長い時間をかけて、ついに真相が判明した。馬は貸し出されてもいないし、記録違いでもなかった。その馬は、死んでいたのだ。しかも今日、死んだばかりだった。あの少年が、餌のやり方を間違えて殺してしまったらしい。沈薬が向かうと、遠くから怒声が聞こえてきた。「……お前の首の上に乗ってるそれは一体何なんだ?中には何が詰まってるんだ?泥か?王妃様が寄越した奴だからと思って、重労働はさせずに、ただ水や干し草をやるだけの仕事にしたってのに!一日中サボって疲れただの文句を言うだけならまだしも、今夜とうとう馬を死なせやがって!」沈薬が声のする方へ行くと、背の高い男が数日前の少年を叱りつけていた。少年は確かに謝景初に似ており、粗末な布の服を着て、鼻先を指さされて散々に罵られているその姿は、見ていて実に痛快だった。沈薬はその光景をしばらく楽しんでから、前へ進み出た。少年は彼女を見るなり瞳を輝かせ、「王妃様」と呼んだ。その声の調子は艶めかしく、まるで恋人同士の甘い囁きのようだった。沈薬は聞いていて鳥肌が

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第25話

    作業を終えた頃にはすっかり日が暮れており、沈薬は寝支度をして寝台に横になったが、興奮して眠れなかった。謝淵は彼女が隣で寝返りを繰り返すのを感じていた。その心地よい茉莉花の香りが、時に濃く、時に淡く漂ってきた。鼻先を香りにくすぐられ、少しむず痒い。すると、突然沈薬が横向きになって謝淵の方を向き、小声で言った。「私、もう我慢できないんです……」謝淵は困惑した。彼女は……何をするつもりだ?続いて、沈薬が苦悩するように言った。「靖王殿下……私、実はおしゃべりなんです。これ以上黙っていたら、苦しくておかしくなっちゃいます」謝淵は言葉を失った。なんだ……話すのか。てっきり、別のことかと……「そうだわ」沈薬はふと思いつき、寝台にうつ伏せになり、両手を枕について上半身を起こした。「靖王様にお話ししますね。どうせ寝ていて聞こえていないようなので」自分が何を言っても、彼には聞こえない。沈薬はそう思い、話し始めた。両足を立てて悠然と揺れながら、上機嫌で語り出す。「今日、帳簿を全部整理したんです。過去一年の帳簿を見直して、今月の祝言の収支も大体計算しました。次は王府の人員を確認しようと思っています。下男や侍女、護衛も、馬だって見逃しませんよ」謝淵は眉を上げた。将軍府は確かに彼女をしっかりと教育しているようだ。「今日、皇太子殿下に目が似た少年にも会ったんです。薛遂川の筆を盗んで壊したとかで、下男が彼を蹴ったり殴ったりしていました。なのに、その少年は、なぜそんなことを言うのかは理解できないのですが、私のそばに来て、私を気持ちよく世話ができるなんて言うんですよ……」謝淵の頭に疑問が浮かぶ。「でも、青雀や丘山、銀朱が十分よくお世話をしてくれていますから、もう十分気持ちいいんです」謝淵は沈黙した。将軍府はそういうことを、彼女に全く教えていないのか。「だから、彼らには少年を殴らずに、馬小屋へ送るよう命じました。実は、私なりのちょっとした下心もあったんです……」謝淵は内心不快になった。下心と言っても、彼が殴り殺されるのを黙って見ていられなかっただけだろうし、どうせ謝景初に似ているから、憐れみを感じたに違いない。しかし沈薬はにこにこと笑って言った。「だって私、謝景初が馬の世話をしている姿を、どうしても見てみ

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第6話

    青雀は眉をひそめ、沈薬のために抗議する。「王妃様は今起きられたばかりなんですよ。なのに、なぜそんなに急かして行かせようとするんですか?」女官は鼻で笑った。「ええ、王妃様は将軍家の御出身で身分も高く、おまけに陛下から直々にお言葉を頂戴してのご婚姻ですからね。周叔母様のような未亡人など、眼中にないというのも無理はありませんわ」青雀ははっとして目を丸くした。「私がいつそんなことを言いましたか?」「ご自身の仰る意味すらご説明できないのなら、最初から何もおっしゃらないことですよ?」女官は二言三言で鮮やかに青雀を黙らせると、沈薬に向き直った。「王妃様、いかがでございますか?」こんな口う

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第5話

    化粧台は隣の部屋に用意されていた。楠の木で作られた精巧な品で、全体が艶やかな光沢を放っているため、新調されたものだと一目でわかる。台の上には指紋一つない菱花鏡と、彫刻が施された化粧箱が置かれていた。「王妃様の祝言の衣装をお召しになったお姿を、靖王様にご覧いただけなくて、本当に残念です」沈薬の付き人である侍女の青雀(セイジャク)が、沈薬の髪を梳かしながら細い声で言った。沈薬はそっと笑みを浮かべる。「残念なことなんてないわ。世の中には星の数ほど美しい人がいるもの。私なんて大したことないから」沈薬はまだ十七歳だが、謝淵は彼女より十も年上だった。自分より十年も長くこの世を経験し

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第3話

    しかし、意味が分からなかった沈薬は、少し戸惑いながら聞き返す。「太子殿下、今のお言葉、どういう意味なのでしょうか……」「お前は九皇叔に嫁ぐと言ったんだ。だったら、これ以上私に付きまとう必要はないだろう?こんな風にしつこくされると、吐き気がする」さらに戸惑った沈薬だったが、謝景初が何か勘違いしていることに気がついた。前世でもこういうことが何度もあった。誤解を解かなければならないと分かってはいても、どう説明したらいいのか分からず、さらには、嫌われるのではないかと恐れて、なかなか口を開けなかった。しかし今は、謝景初のことなど好きでもない。だから、彼にどう思われようと、特に問題はなかっ

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第2話

    きらびやかな御殿の中は、たちまち騒然となった。「靖王殿下だと?」「よりにもよって靖王殿下に嫁ぎたいだなんて……」「皇太子殿下に嫁ぐ方がずっと良いだろうに。なぜわざわざ靖王殿下を選ぶんだ?」「まさか、靖王殿下の身に起きたことを知らないのでは?」沈薬の耳にも周りの者たちの話は届いた。皇帝も親切心から彼女を諭す。「それではそなたが不憫すぎる。やはり朕が他の皇族の中から、ふさわしい夫を選んでやろう」しかし沈薬の決意は変わらない。「陛下のお気遣いには深く感謝いたします。ですが、私はすでに仏前で誓いを立てましたので、この一生、靖王殿下以外の方に嫁ぐつもりはございません。どうか、私の

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status