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第5話

Author: しょうこ
裕康の心臓が激しく跳ね上がった。

勢いよく振り返ると、血の気を失った顔のまま和佳奈が倒れ込んでいった。

裕康は弾かれたように駆け寄り、ぐったりとした妻を抱き上げると、脇目も振らず病院へ車を走らせた。

騒然とした空気の中、和佳奈は鋭い痛みに引き戻されるように薄くまぶたを開けた。

視界の端で、裕康が必死の形相で医師に頭を下げていた。

「妻は妊婦なんです。妊娠3ヶ月に入ったところなので、使う薬にはどうか細心の注意を払ってください」

処置室へ運び込まれ、服をめくった看護師が、平らな下腹部を目にして小さく声を上げた。

「3ヶ月……?何かの間違いでしょうか。とても妊娠しているようには見えませんが……」

不審そうに首を傾げ、カルテを確認しようとする看護師を、和佳奈は激痛を堪えて必死に呼び止めた。

「看護師さん……その、流産してしまって。夫には直接伝えたいので……どうか内緒にしていただけませんか」

詳しい事情は分からずとも、流産の重さは想像がつくのだろう。看護師はそれ以上追及せず、和佳奈の願いを受け入れてくれた。

麻酔を使えない状態での傷口の洗浄と処置は、気を失いかけるほどの激痛だった。

焼けただれた皮膚から灼熱感が走り、息を吸うことすら苦行に変わった。

全身から冷や汗が噴き出し、1分1秒が永遠のような拷問に思えた。

ようやく処置が終わり、和佳奈は病室のベッドへ移された。

付き添っていた裕康は痛ましそうに寄り添い、何度も詫びの言葉を繰り返した。

「こんなにひどい火傷を負っていたなら、どうして声をかけてくれなかったんだ」

奥歯を強く噛み締めすぎて、口の中に鉄の味が広がっていた。脚の上でずっと炎が燃え盛っているかのようだった。

全身の熱が上がっていく中、和佳奈は乾いた唇から辛うじて声を絞り出した。

「ヒロさんが……あまりにも早く、行ってしまったから」

「俺が悪かった……本当にすまない」

裕康の瞳に濃い罪悪感が滲んだ。

和佳奈が固く握りしめていた拳の中へ、自分の手をそっと滑り込ませた。

彼女の爪に皮膚を突き破られ、手の甲から一筋の血が伝い落ちた。

赤く滲む血を見つめながら、和佳奈の意識は急速に暗闇へと沈み、深い眠りへ落ちていった。

*

再び目を覚ましたときには、すでに深夜の静寂が病室を包んでいた。

ぼんやりと目を開けると、薄暗がりの中に清良の後ろ姿が浮かび上がっていた。

「あなただって火傷を負っているじゃない。今すぐ手当てを受けてきて。和佳奈の看病は私が代わるから」

「駄目だ。和佳奈が目を覚ましたとき、そばに俺がいなかったら心細がるだろう。手当てなら明日でいい」

清良の声が苛立ちを孕んで一段と高くなった。

「今すぐ行きなさいって言ってるの!自分の体を粗末にするのはやめて!」

その語気を聞いた瞬間、裕康の険しかった眉間がふっと緩んだ。

すかさず清良の手首を強く握りしめた。

「清良……もう意地を張るなよ。お前の心の中に、ずっと俺がいることは分かっている。頼むから認めてくれ。お前さえ頷いてくれるなら、今すぐすべてを捨てて、お前とやり直す」

清良は感情的になりすぎたことにハッとし、慌てて手を振り払った。

狼狽する表情を目にして、裕康は堪えきれずに口元を綻ばせた。

「分かった、もう追い詰めたりしない。お前が首を縦に振ってくれるまで、いくらでも待つよ。お前の言う通りにする。今から傷の手当てに行ってくる」

そう言い残し、裕康は軽やかな足取りで病室を後にした。

共にしてきた3年間、和佳奈の記憶にある裕康は、いついかなる時もすべてを完璧に掌握する上位者だった。

和佳奈がどれほど腹を立てようが、どんな悪ふざけをしようが、常に子どもをあやすような大人の包容力で微笑み返してきた。

理性的で、成熟していて、冷徹なまでに冷静。

まるで隙のない仮面を貼り付けているかのように、生々しい素顔を決して見せなかった。

夫がそういう人間なのだと思い込んでいた。

まさか、感情を制御できなくなる瞬間があるなど思いもしなかった。

清良の冷淡な言葉一つに激しく取り乱し、わずかな気遣いを感じ取っただけで破顔した。まるで初恋に浮かれる少年のように、愛する女の言葉へ無条件に従ってみせた。

和佳奈の知らない裕康が、そこにいた。

あまりの落差に呆然と見つめていると、我に返った清良と視線が真正面からぶつかった。

瞳に走った隠しようのない動揺を逃さず捉え、和佳奈は静かに口を開いた。

「清良さん……ヒロさんは?」

先ほどのやり取りを聞かれていなかったと察し、清良はあからさまに安堵の息を漏らした。

「怪我の手当てをしに行ったわ。どこか痛むところはある?遠慮しないで何でも言ってね」

皮膚を炙るような激痛が神経を苛み続けていた。

だが和佳奈は表情に出さず、かすかに首を横に振った。

「大丈夫。清良さんも、もう休んでください」

清良はその場を立ち去ろうとはせず、グラスに水を注いで差し出してきた。

形式的な気遣いの言葉を並べた後、顔色を窺うように問いかけてきた。

「和佳奈……昨日、倒れる前に……何か聞こえたかしら?」

グラスを受け取ろうとした和佳奈の指先が一瞬だけ止まった。

だがすぐに、探るような視線をまっすぐに見据え返した。

「いいえ、何も」

表情一つ変えずに、和佳奈は淡々と嘘をついた。

清良の疑念を拭い去るため。

そして何より、あの残酷な言葉の数々を記憶の底へ葬り去るよう、自分自身に言い聞かせるために。

どうせあと少しすれば、自分は2人の人生から完全に消え去るのだから。

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