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第8話

Auteur: 炭酸が抜けたコーラ
すべての手続きを終え、心愛は社長室の外側に設けられた小さなブースへ案内された。

そこにはデスクと椅子、そしてパソコンが一台あるだけで、これ以上ないほど簡素な造りだった。

今の心愛の肩書きは、名目上は社長秘書だ。だが、彼女がコネで入社したことは、誰もが知る事実だった。

心愛がパソコンを立ち上げると、画面には桐生社内共通の壁紙が映し出された。中身を確認してみても、データは何も入っていない。

一時間が経ち、内蔵されていたマインスイーパーを三回クリアし、しばらくぼうっと過ごした後、彼女は様子を見に外へ出てみようと考えた。

そのとき、オフィスの外がにわかに騒がしくなった。

貴臣が戻ってきたのだと気づいた心愛は、自分に割り当てる仕事をもらおうと彼を訪ねることにした。

ブースを出ると、ちょうど重役や幹部たちに囲まれた貴臣の背の高いシルエットが、ガラスのパーテーション越しに通り過ぎ、一番奥の社長室へ入っていくのが見えた。

心愛は、社長室のドアが閉まるのを見届けて足を止めた。

深水家は破産したが、彼女は無能な人間ではない。貴臣と結婚する前、彼女は名門大学を卒業し、全額給付の奨学金を得ていたデザイン科期待の新星だった。

だが、そんな事実に貴臣が目を向けたことは一度もなかった。

心愛は深く息を吸い込み、固く閉ざされたそのドアへ歩み寄った。

ノックをすると、中から男の低く冷ややかな声が響いた。

「入れ」

心愛はドアを押し開けて中へ入った。

貴臣は大きなデスクの向こうに座り、手元の資料に目を落としたまま、彼女に視線を向けることすらしない。

静かな室内にあっても、彼が放つ圧倒的な威圧感は少しも衰えていなかった。

「社長」心愛が口を開くと、その声は波風ひとつ立たぬほど穏やかだった。

貴臣はようやく顔を上げ、それが心愛だと分かると、眉間にわずかな皺を寄せた。

「何の用だ」

心愛は真っ直ぐに彼を見据えた。「何か、私に任せていただける仕事はないかと思いまして。ただ、じっとしているわけにもいきませんから」

貴臣の視線が、二秒ほど彼女の顔に留まった。その眼差しに探究心はなく、ただ品物を検品するかのような冷淡さだけが宿っている。

桐生家に釣り合う嫁にするため、深水家がどれほどの金を積んで心愛を名門校にねじ込んだか、彼が知らないはずがない。

草花を描くしか能のない、ただの飾りの女に、いったい何の仕事ができるというのか。今こうして入社させること自体、俊輔の件に対する彼なりの償いに過ぎなかった。

「仕事か」

貴臣は手にしていた資料を閉じ、椅子の背にもたれかかると、デスクの上を指先で軽く叩いた。

「あるぞ。下の階に新しくできたカフェがある。そこでハンドドリップを一杯買ってこい」

言葉を切り、財布からブラックカードを一枚取り出して付け加える。

「ブルーマウンテンのNo.1だ。常温でな」

心愛の顔から、一瞬にして血の気が引いた。自分にちゃんと能力があることを証明したくて求めた仕事に対し、貴臣は彼女をただの使い走りの使用人として扱ったのだ。胸の奥を針で刺されたような、ちくちくとした痛みが広がる。

……それでもいい。

心愛は心の中でそう言い聞かせた。痛がって何になる。とうの昔に慣れておくべきだったのだ。

「かしこまりました」

心愛は歩み寄り、そのブラックカードを受け取ると、余計な感情を見せることなく背を向けた。

貴臣は彼女の後ろ姿を見送りながら、なぜか言いようのない苛立ちを覚えていた。喚き散らすか、惨めな顔をするか、以前のように目を真っ赤にして問い詰めてくるだろうと思っていたのだ。

だが、心愛はそうしなかった。澱んだ水のように、ただ静まり返っていた。

心愛は社長室を出て、静かにドアを閉めた。外では、たむろしていた数人の女性社員たちが彼女の姿を見て、即座に含みのある視線を交わし合った。

ウェーブヘアの女が腰をくねらせて近づいてくると、心愛のデスクに寄りかかり、嫌味ったらしい口調で言った。「あら、深水さん。もうお仕事かしら?ずいぶん手際がいいのね」

心愛は取り合わず、真っ直ぐエレベーターへ向かった。

「そんなに急がないでよ」

もう一人の短髪の女も後を追い、心愛の前に立ちふさがる。

「どうやらコーヒーのお買い物みたいね。社長秘書自らパシリなんて、本当にお疲れ様だこと」
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