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第4章:3

Author: 社菘
last update Last Updated: 2025-07-24 18:00:26

その夜、王宮の大宴会場は三国の使節団を迎えて華やかに飾られていた。金色のシャンデリアが煌々と輝き、各国の国花を模した装飾が会場を彩っている。ロレインは深い青色のイブニングドレスに身を包み、シルヴァンの隣で来賓を迎える準備をしていた。

宴会が始まると、料理人の腕によりをかけた豪華な料理が次々と運ばれてくる。アストライア帝国の伝統料理を中心に、グラシアル王国の魚料理、そしてヴァルモン魔国の香辛料を使った料理まで、三国の食文化を織り交ぜたメニューが並んでいた。

「まさかこちらでもこんなに美味しい魚料理がいただけるとは」

「お三方に楽しんでいただけるよう、料理長に特別にお願いいたしました」

宴会は順調に進行していたが、ロレインは次第に頭が重くなってくるのを感じていた。緊張からか、それとも慣れないワインのせいか、少し気分が悪くなってきたのだ。

「陛下、少し席を外させていただいてもよろしいでしょうか?」

ロレインがシルヴァンに小声で告げると、彼は心配そうな顔を向けた。

「大丈夫ですか? 体調が悪いようでしたら……」

「いえ、少し空気を吸えば大丈夫です。すぐに戻ります」

シルヴァンは迷ったが、ロレインの様子を見て頷いた。

「分かりました。フィオナに付き添ってもらいましょうか?」

「大丈夫です。少しの間だけですから」

ロレインは席を立ち、会場の人々に軽く会釈をして宴会場を後にした。廊下に出ると、宴会場の熱気から解放されて少しほっとした。

月明かりが差し込む回廊を歩いていると、庭園に面したバルコニーが見えてきた。そこで夜風に当たれば、頭もすっきりするだろう。

バルコニーに出ると、確かに涼しい夜風が頬を撫でて心地よかった。ロレインは手すりに寄りかかり、深呼吸をする。眼下には美しい庭園が広がり、ルナ・ブルーの花々が月光の下で仄かに光っている。

「美しい夜ですね、皇后陛下」

突然かけられた声に、ロレインは振り返った。そこには、いつの間にかダミアン・ヴォルガが立っていた。黒いローブをまとった彼の姿は、夜の闇に溶け込んでいて

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