ログイン親友に実らない片想い中の俺の前に現れた年下の大学生――運命の相手 は誰なんだろうか。 アレルギー専門の小児科医院を経営している周防武。 秘かに想いを寄せる高校からの親友が、以前恋していた相手と再会する衝撃的な場面に立ち合い、心の傷をさらに深く負った。 失恋して間がなく、「自分は重病人だ」と言い張る名前を絶対に名乗らないひとりの大学生と出逢い、ひょんなことから面倒を見ることになったことが、はじまりだった。
もっと見る運命の人は、この世にふたりいるらしい。ひとりめで人を愛することと失うつらさを知ったのちに、ふたりめで永遠の愛を知るという。
だがそんなのは嘘っぱちだ。だって俺の場合、後にも先にも進まないのだから。
実らない恋愛だとわかっているのに、どうして諦めきれないのだろう。手を伸ばせば届きそうなのに、寸前のところで相手と俺の未来に不安を覚えた瞬間、思いっきり躊躇して固まったように動けなくなってしまう。
だから彼は、俺の手の届かない遠くへ行ってしまった。
俺が経営する病院に急患を持ち込んだ、同級生の桃瀬とその患者が、仲良く並んで挨拶してくれた。
「周防悪かったな。おまえの病院は小児科なのに、大人の急患を持ち込んで」
「本当にありがとうございました。死にそうなくらい具合が悪かったのに、一気に治せちゃうなんて、すごいです!」目と目を合わせてほほ笑み合いながら俺に告げる、ふたりの仲のよさで、なるようになったと安堵した。
俺は彼らにつられるように瞳を細め、ニッコリと笑い返してやる。まさか何十年前の恋が叶った瞬間に、自分が立ち合うことになろうとは、夢にも思わなかった。
(あ、でもなんとなくだけど、当たり前のような奇跡にも感じる。桃瀬が心の奥底で、無意識にずっと彼を想っていて、彼に似たような相手ばかりを恋人にしていた、そんな気がする)
だから俺がどんなに想っても、アイツの好みじゃないせいで親友どまり。どんなに好きになっても、けしてこの想いは届かない。
病院を去っていくふたりの後ろ姿に、そっと手を伸ばす。もう何度目だろうか。溢れ出しそうな気持ちをぐっと噛み殺して、桃瀬が他の誰かと歩いていく姿を、こうやって眺めるのは。
燃えるような夕焼けの中、影が長く伸びる。あっちは仲良くふたり分の影が伸びて重なり、俺の背中には寂しくひとり分の影。それがまるで、未来の自分の姿であるように思えてならなかった。
***「えー、今週のカンファレンスを実施します。季節柄、これからインフルエンザの予防接種者と患者が増えるので、それぞれ物品の確認やこまめな補充と――」 毎週月曜にやっている、カンファレンスという名の医療会議。働いている看護師三名に伝えつつ、それぞれの意見を持ち寄り、病気の予防対策や季節によって変わる患者に対する接し方など、病院の運営を円滑に行うべく話し合いをする。「あと病院の前で行き倒れていた、自然気胸の男性患者が一名、入院しています。治療は安静だけなんだけど、じっとしていない人なので、見かけたら注意を促してください。以上!」 「珍しいですね、入院させるなんて。名前はなんていうんですか?」 年配の看護師に不思議顔で訊ねられ、ちょっとだけ、たじろいでしまった。「見た感じ、俺よりも若いのは確実なんだけどね。名前や年齢を明かさないので、太郎という仮の名前をつけていますが、誰か名前を聞き出してほしいかなぁと……」 苦笑いをしながら告げると、目の前にいる看護師たちは信じられないといった表情を、それぞれ浮かべた。「子どもに人気のある周防先生がそんなに手こずるなんて、すっごく珍しいです。入院させたことといい、なにかあったんですか?」 「……あ、いや。特になにもないんだ。あの年頃はどうも、なにを考えているのかわからなくて、手を焼いちゃってるの」(俺自身になにかあったら、今頃ここにはいないと思われる)「だったら周防先生が学生になった気分で、気軽に接してみればいいんじゃないですか?」 学生時代の周防先生見てみたい! なぁんて声が上がってしまったが――。「もう無理だわ。心はくたびれたオッサンだから、若返る気力もなーい」 事実、朝からくたびれ果てて、食欲もなかった。 いつもより賑やかに看護師たちと話し合い、カンファレンスを終了してから、午前中の診察を開始する。 ふと視線を感じ、診察室をぐるっと見渡すと、仕切ってあるカーテンに隠れて、太郎がこっそりと俺を見ていた。「……太郎、ちゃんと安静にしてろよ」 思わず声をかけてやると、苦笑いしながら一言。「タケシ先生の喋り方、どうしてオネェみたいにしてんの? すっげぇ似合わない」 「このままだと、子どもが怯えるからだ。しょうがないだろ」 「変な気遣いしないで、そのまま接したらいいのに。笑った顔が超かわいいんだ
くつろぐことのできる自宅にいるのに、まったく気が抜けない。ギラギラした目で見つめてくる太郎の視線が、俺を欲しいと言ってるからなんだけど。 とにかく今夜は安心して寝られるように、遅めに薬を渡した。目の前で薬を飲み干したのを確認し、布団に入ってくるなとしつこく念押しして、一日の疲れをこれでもかと引きずりながら、ベッドに寝っ転がった。「どうやって頑固な太郎に、治療を受けさせればいいんだか」 額に手をやり、いろいろ考えても思いつかない。医者として、俺の中にある使命感――早めに手を打ったほうが、太郎のためにもいいはず。それだけで生存率が、ぐんと上がる。「いっそのこと、この身を提供――って、無理無理っ!」 そこまでしてやる、義理もなければ愛情もない。迷案ですら思いつかなくて、軽い頭痛を抱えながら、なんとか就寝した。寝入りばながこんなだったので、疲れが相当溜まっていたのだろう。目覚まし時計が鳴るまで、しっかりと眠ることができたのに。「ん~、目覚ましマジうっせー……」 背中に伝わってくる、あたたかい太郎の存在。目覚ましの音を綺麗にかき消す声にショックを受けて、一瞬で全身を硬直させた。「コラッ! なんでまた、勝手に寝室に入り込んでるんだよ!」(太郎になにもされてないのが、せめてもの救いだ) 慌てて起きあがり、自分の肩を抱きながらベッドの隅に移動して、しっかりと距離をとる。「俺の定位置っていうか、居場所みたいな感じだから」 顔を思いっきり引きつらせる俺に、太郎はじりじり這いつくばって、にじり寄ってきた。「ふざけんな! なにが定位置だ……」 さぁここで運命の選択だ。やってくる太郎に――。 1ぶん殴る 2引っ叩く 3蹴っ飛ばす 4黙って押し倒される まず4はあり得ない、阻止することが優先だから。 とりあえず手っ取り早く右手を振りかぶって、思いきりぶん殴ろうとしたら、簡単に腕をとられてしまい、ぐいっと体を引き寄せられてしまった。振り上げた腕の勢いも見事に加算されていたので、拒否る間もなく太郎の体に向かって、バカみたいにみずから倒れこんでしまう。 ――ヤバイっ!! 肩をすくめながらぎゅっと両目をつぶったとき、右目尻に柔らかいなにかが、そっと触れた。そして耳に聞こえる、クスクスという笑い声……完全にバカにされている。「おはよ、タケシ先生。
渋々着替えて行き着いた先は、行ったことのある公園の高台だった。「秋は夕暮れって、清少納言が言ってたろ。だけど俺は、朝焼けだって思うんだ」 まるで自分が清少納言から直接聞いたように語りだしたが、眼下を望む町並みは、夜明け前の見慣れた景色があるだけで、特に変った様子もない。「これのどこが、後悔させないものなんだよ。夜景の方が、もっと綺麗だったぞ」 「もう少し……」 空がどんどん白みはじめ、徐々に太陽の光が見えはじめたとき、太郎が俺の右手をぎゅっと握りしめた。「おい、コラ――」 眉根を寄せ、苦情を言おうとした瞬間、隣で嬉しそうに瞳を細めて笑みを浮かべ、俺の顔を見てから顎で景色を指す。「黙って見てなって。日の出とともに侵食していく太陽の赤い色が、夕日の赤い色とは全然違う、透明感のある綺麗な色なんだよ。なんつーか一日の応援を、町に降り注いでるって感じなんだ」 確かに、見慣れた景色が言われたとおりに、澄んだ緋色に染まっていく。最初から真っ赤ではなく、じわじわと赤く染まっていく様子を、握りしめられた手を振り解くのを忘れ、じっと見入ってしまった。(しかし朝日って、こんなに眩しかっただろうか? 体に光がグサグサッと深くつき刺さってくる感じがする) 目にする景色に感動しつつも、ちゃっかり自分の年齢を地味に考えさせられた。心から清々しく思えないって、本当に悲しすぎる。「な? すげー綺麗な景色だろ」 「ああ、すげーすげー」 「なんだよ、その棒読みみたいな口調。せっかくこの感動を、一緒に分かち合いたかったのに!」 「赤に対する、認識の違いだろうな。いい加減、この手を放してくれ」 目の前に持ち上げて、わざわざ見せたのだが、放すどころかさらに握りこんでくる始末。「タケシ先生にとっての赤ってやっぱ、救急車の警光灯の色とか赤十字の色だから、イヤな感じなのか?」 「まぁ仕事柄、医療従事者として赤は、緊急の治療を要する色だけどね。個人的には、嫌な感じではないけど」 災害や大事故で大勢の患者が出た際、治療の優先順位をつけるタグを付ける。黒・赤・黄・緑の色で、それぞれ振り分けられる仕組みになっている。 これを踏まえて太郎の病状を考慮した場合、きっと黄色に分類されるだろう。今のところ俺の見立てからは、そのレベルでしか測れない。病院に着いてから軽く診察したとき、ほかに
その日の夜は計画どおりに、睡眠薬を太郎に手渡し、無事に就寝させることに成功した。 しかし安心しきって寝ていたベッドの中で、妙な違和感を覚えた朝方、ふと目が覚めてしまった。背後に人の気配がする。 そのぬくもりをじわじわと背中に感じて、たらりと冷や汗が流れた。しかも寝息まで聞こえる、距離にいるっていったい……。 首を少しだけ動かし、恐るおそる背後を窺うと、予想どおり太郎がいて、俺の肩口に頬を寄せているだけじゃなく、すごくしあわせそうな顔で、すやすやと寝ているではないか!(――コイツ、いつの間に……) 俺の貴重なサンデーモーニングが、ぜーんぶ台無しじゃないか、この野郎! くっついている体を、素早く引き離そうとした瞬間、「わんっ!」 太郎は目を閉じてる状態で口元に笑みを浮かべ、俺の耳元で犬のように鳴いた。「起きていたのか。さっさと出て行ってくれ。俺の休暇である日曜を、わざわざ奪い取ってくれるな!」 「散歩に連れて行ってよタケシ先生。朝の新鮮な空気は、すっげー気持ちがいいんだぜ」 散歩って――マジで犬化しているのかコイツ。「散歩なら、ひとりで行って来い。俺はまだ寝ていたい」 「わかった。ひとりで行って来るけど、途中で発作が起きたら、死ぬかもな俺」 その言葉に、奥歯をぎゅっと噛みしめる。面倒くさい犬を拾ってしまった――って、ちょっと待て。冷静になれ俺。一緒に寝ていたことに、気をとられすぎていた。「危うく散歩を許したが、おまえは安静にしなきゃならないんだった。ゆえに外に出るの、絶対に禁止な」 「はい、そーですかと言うことを聞く、素直な犬じゃないんでね。勝手に行かせてもらいますよ」 止める俺の手から逃れるべく、太郎は素早く身を翻し、飛び出すように寝室を出て行った。「こらっ、待ちやがれ!!」 どうして朝から青筋を立てて、これでもかと怒鳴り声をあげなきゃならないんだ。絶対に体に良くない。 すたすた玄関に向かって歩く、太郎の首根っこをなんとか掴み、強引に引き止めることに成功した。「わん♪」 ぜーぜー息を切らして見上げる俺に、太郎はくるりと顔だけ振り向いて、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。「早く着替えてきなよ。一緒に行こうぜ! タケシ先生に見せたいものがあるんだ」 ……おいおい、なんで一緒に行く設定になってんだよ。「行かないってば」