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この世界では、生まれた瞬間に「あなたは何転生目ですか?」と聞かれるのが当たり前だ。
……はずだった。
でも私は、たぶんこの国でたったひとりの「例外」。
「ヒスイ、また“前世で風を操った”って言ってたな」
「う、うん! あの時は空飛ぶ魔獣と戦って――」
終わった。
兄は楽しそうに笑ってカップを置く。
テーブルの端で母が紅茶を注ぎながら小さく笑う。
設定、ね。
その日の午後、私は兄と一緒に魔法の訓練をしていた。
両手をかざして地面に意識を向ける。
「……あれ?」
次の瞬間、地面がぼこっと盛り上がり、庭がぐらりと揺れた。
「おい!? ヒスイ、やめろ!」
轟音とともに地面が一斉に光り出し、咲き乱れる――
兄が目を見開く。
そこに母が駆けつけた。
「フェルスパー、ヒスイを押さえて!」
母が掌をかざし、淡い水の光がヒスイを包む。
淡い光が一瞬だけ弾け、次の瞬間、母の顔色が変わった。
「……転生の痕跡が、ない?」
兄も黙り込む。
母はゆっくりと私を見つめて、呟いた。
「ヒスイ……あなた、転生していないのね。」
心臓がきゅっと掴まれる。
「わ、私、どうなるの……? 王都に連れていかれる? 処刑されちゃうの?」
ドンッと音を立てて扉が開き、父が入ってきた。
母が静かに告げる。
沈黙。
「誰にも言うな。……この秘密は、家族だけのものだ。」
その腕の力強さに、涙がこぼれた。
沈黙が落ちた。遠くで夜風が、花びらを揺らす。私はそっと、レオンの胸元を見上げた。「……レオン、わたし……」喉の奥が震える。言えない。“転生してない”なんて言葉、一度出したら戻れない。それでも、伝えたかった。「ありがとう。……私のことを、信じてくれて。」「信じています。」レオンが微かに微笑む。その笑顔に、ほんの少しだけ痛みが混じっていた。「ヒスイ嬢、これを。」彼が差し出したのは、小さな青い宝石のペンダント。「これ
暴走事件の翌日。学院中がざわついていた。「昨日の訓練、地面が割れたんだって?」「無転生の魔力暴走じゃないかって噂もあるらしい」(……! やっぱり、そうなるよね……)みんなの視線が痛い。私の名前はまだ出ていないけれど、時間の問題だ。“無転生”という言葉が、棘みたいに胸に刺さる。「ヒスイ様」廊下の角を曲がったところで、低い声が響いた。レオンだ。学院の制服姿でも、どこか凛としていて。その表情には、昨日とは違う硬さがあった。「お話があります。……少し、時間をいただけますか?」夜。学院の中庭にある大きな温室へ。生徒は滅多
「戦闘終了! 模擬戦は引き分けとする!」審判の声が響く。 観客席はざわめき、教師たちが駆け寄ってくる。でも、私は何も聞こえなかった。 ただ、レオンの手の温もりだけが確かだった。その夜、 学院の医務室で休んでいると、レオンがそっと見舞いに来た。「具合はいかがですか?」 「うん……少し眠ったら楽になったよ。」「それは良かった。」しばしの沈黙。 蝋燭の灯が揺れる。レオンは窓の外を見つめながら、低く言った。「私は、貴女に——もっと“知りたい”と思ってしまいました。」「……私を?」「ええ。貴女の力の本質も、その心も。」
「本日から二週間後に行われる“学院合同実戦訓練”に向けて、模擬戦を行う!」教官の声が演習場に響く。 空はよく晴れ、石畳の地面が熱を帯びていた。私は列の端で息を整える。 (実戦訓練……いやな予感しかしない……)各クラスから選ばれた代表が戦う模擬戦。 魔法の制御と応用、連携を試す場。 失敗したら一瞬で“お荷物扱い”される。「対戦カード、三組目——リシャール嬢と、グランティス様!」「えっ!?レオンと!?」周囲がざわめく。 「さすが学院注目の二人」「リシャール嬢とグランティス様って、最近いつも一緒よね」 (いやあぁぁ言わないで!!)当のレオンはとい
夕暮れ、訓練を終えて外に出る。学院の庭は橙色に染まり、噴水の水音が静かに響く。「ヒスイ嬢。」背後から声がして振り返ると、レオンが小さな包みを差し出していた。「これは……?」「疲労回復のハーブティーです。私の家の侍女が調合しました。魔力消耗が激しい方に良く効く。」「ありがとう、ございます。」「いえ。……あなたが倒れてしまっては、私の調律の意味がなくなりますから。」彼の言葉は、どこまでも穏やかで。でもその奥には、確かな関心と誠意があった。その夜。寮の窓辺で、私は小さなティーカップを両手で包んだ。香草の香りがふわりと広がる。(嘘を守るために近づいた人が、ほんとうの“優しさ”をくれるなんて、思ってなかった。)でも。
魔力制御の授業が始まって数日。私は、何度も失敗していた。「うわあっ!? また庭が揺れてるぞ!」「リシャール嬢の防壁、規模がっ……っ!?」周囲の生徒たちが慌てて避難する。石造りの演習場の地面からは、淡い緑の光が走り、土の柱が勝手に立ち上がった。「ま、またやっちゃった……!」先生が頭を抱える。「ヒスイ嬢、魔力量は申し分ないのですが……出力の制御を!」(出力の制御って言われても、わかんないよぉ……!)その日の授業後。私が演習場の片隅で一人、溜め息をついていると——「お困りのようですね。」静かな声がした。振り向けば、銀髪の少年。レオン・グランティス。「……また、監視に来たの?」「監視? まさか。ただ——気になりまして。」彼は少し笑って、袖を軽くたくし上げる。「先日の件からずっと考えていたのです。あなたの魔力は“純度が高すぎる”。 そのままでは、出力が制御を超えるのも当然でしょう。」「……それって、どういうこと?」「まるで……“濾過されていない原水”のようだ、ということです。」(なんか言い方がやたら上品……でも刺さる……)「少し、お手伝いしてもよろしいですか?」彼の手が差し出される。真っ直ぐで、冷たくも柔らかな光を帯びた手。「私の魔力を重ねて、波長を整えます。不安であれば、拒んでいただいて構いません。」(断る理由なんてないけど……怖い。でも、助けてほしい。)私は小さく頷いた。