Chapter: EP.春の庭で数か月後。空はやわらかな陽光に包まれ、街には新しい芽吹きの香りが満ちていた。ビルの一角、小さなガラス張りのオフィス。その扉には、新しい社名が掲げられている。株式会社 四季コンサルティング― 代表取締役 西條 春《さいじょう はる》 ―机の上には、白いカーネーションの花が一輪、陽を受けて小さく揺れていた。「社長、そろそろクライアントとの打ち合わせの時間です。」落ち着いた声が背後から届く。冬だった。黒のスーツを少し緩め、いつものように穏やかに微笑んでいる。春は手帳を閉じ、顔を上げた。「ありがとう。準備はできてる?」「もちろん。あなたの完璧さに合わせようと努力してますから。」冗談めかした口調に、春は小さく笑った。「昔は“誰かの影”として完璧でいようとしてた。 でも今は――“自分のために完璧”でありたいの。」冬《ふゆ》は頷きながら、その瞳で春を見つめる。「あなたの“春”は、やっと咲いたんですね。」春は少し頬を染めて微笑んだ。「ええ。でも、これからが本番よ。」二人は並んで窓の外を見た。通りの桜並木が満開を迎え、風に舞う花びらが陽の光の中を踊る。「四季って、不思議ね。」春がぽつりと言った。「移ろうたびに寂しさを残していくのに、 それでも、次を信じさせてくれる。」冬はその言葉に微笑を深めた。「季節がめぐるように、人も変わっていく。 でも、君の春は――もう、奪われない。」春は静かに息を吸い、心の中でそっと呟いた。――ありがとう。 あの嵐を越えて、ここにいる自分へ。 そして、あの日、手を伸ばしてくれた人たちへ。外の風が、オフィスのカーテンを揺らす。花びらが一枚、窓の隙間から入り込み、彼女のデスクの上に、ふわりと落ちた。春はそれを指先でそっと摘み上げる。
Last Updated: 2025-11-13
Chapter: 静寂の果て夜明け前、まだ街が眠っている時間。東雲《しののめ》グループの本社ビルの屋上に、一人の女性が立っていた。白いワンピースが風に揺れ、髪が月光に透けて見える。南 夏花《みなみ なつか》。かつて社交界で“氷の華”と呼ばれた女。その姿は、いまや儚い影のようだった。手に持つスマートフォンの画面には、ひとつの送信ボタン。そこには、東雲家の不正会計を示す証拠と共に、彼女自身の告白文が添えられている。「これで、終わりね……」夏花は微笑んだ。「私が壊したものは、もう戻らない。 でも、せめて――愛した人の未来だけは残していきたい。」彼女はそっと風に顔を向けた。夜が明ける。その瞬間、彼女の頬を伝う涙が、光に照らされて消えた。⸻翌朝。ニュースは、南夏花の失踪と同時に、東雲グループの会計不正を告発する匿名情報を報じた。社内は混乱。だが、その中心で、東雲 秋《しののめ しゅう》は静かに立っていた。顔には疲労の影。だが、以前のような虚飾の笑顔はもうなかった。「……これが、俺の罪の形か。」秋はすべてを記者会見で語った。自分が経営の多くを秘書に頼りきり、能力を偽り、妻の孤独を見過ごしていたこと。会場に沈黙が落ちる。だが、誰かが拍手した。それは、一番後ろにいた一人の女性――西條 春《さいじょう はる》だった。⸻数日後。春は北宮グループのオフィスの窓辺に立っていた。季節は冬の始まり。吐く息が白く、街の灯りがやわらかく滲む。そこへ、冬が入ってくる。彼は無言でコーヒーを差し出した。「冷える夜ですね。」「……ええ。でも、嫌いじゃないです。」二人の間に、少しの沈黙。そして春が静かに言う。「私、あの会社を出てから、やっと気づいたんです。 “
Last Updated: 2025-11-12
Chapter: 愛という名の檻夜、雨が降っていた。東雲《しののめ》邸の灯りは、いつもより強く揺れている。夏花《なつか》は、窓の外の雨を見つめていた。手にはワイングラス。中身はもう空で、指先に残る赤が血のように滲む。彼女の目は静かに笑っていた。「愛してるわ、秋《しゅう》。だから――全部壊してでも、私の方を見てほしかったの。」テーブルの上には、一枚の報告書。“内部調査報告書:南夏花によるシステム改ざんの疑い”。冬《ふゆ》の署名入りだった。夏花はゆっくりと紙を丸め、指で潰す。「あなたたちが……私の世界を、汚した。」⸻同じ夜。春は会社の会議室で、秋と向かい合っていた。デスクの上には資料も何もない。ただ、互いの沈黙だけがあった。「……ずっと、気づかないふりをしていた。」秋が口を開いた。「君がどれほど支えてくれていたかも、 妻が君にどんな視線を向けていたかも。 全部、わかっていたのに。」春は静かに首を振る。「私は社長のために働いてきただけです。 それ以上でも、それ以下でもありません。」「それが嘘だってことも、俺には分かる。」秋の声は、少し震えていた。「君が笑わなくなってから、会社の空気まで変わった。 ……俺は、君がいることで救われてたんだ。」春の喉が詰まる。「そんなこと……言わないでください。」「なぜだ?」「そんな言葉、今さら意味がない。」「ある。」秋が立ち上がり、机越しに一歩近づく。その瞳は、痛みを抱いたまま真っすぐだった。「俺は、君を――」その瞬間、ドアが勢いよく開かれた。「やめて。」夏花がそこに立っていた。濡れた髪、乱れた呼吸。手には一枚の写真。――春と冬が並んで歩いている写真だった。「あなた、本当に最低ね。」夏花の声は静かで
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 崩壊と真実朝の光は灰色だった。ビルの窓に打ちつける雨が、いつもより重く感じる。春は出社してすぐ、周囲の視線に違和感を覚えた。挨拶をしても、返ってくる声がどこかよそよそしい。コピー機の横で、ひそひそと囁く声。「見た? あのメールの件……」「まさか春《はる》さんが、ね……」“あのメール”――何のことか分からなかった。だが、数分後。人事部からの呼び出しが届く。⸻応接室には秋《しゅう》がいた。そして隣には、夏花《なつか》。彼女は淡いグレーのスーツを着こなし、いつもよりも落ち着いた表情をしていた。「西條《さいじょう》さん。」秋の声は、どこか硬い。「機密資料の一部が外部に流出した件で、調査が入っている。」春は息を呑んだ。「……そんな、私は……」「あなたの端末から、外部送信が確認された。」「そんなはずありません!」「落ち着いて。」夏花がそっと声を差し挟む。「私、昨日あなたのデスクの近くで、USBを見かけたの。 誰のものか分からなくて……まさか、と思ったけど。」優しい声。だが、その言葉が刃のように刺さる。「ちがいます……私はそんなこと――」「調査が終わるまでは、自宅待機にしてもらう。」秋の表情は冷たくはなかった。けれど、どこか“信じ切れない”色があった。春の中で、何かが崩れた音がした。⸻デスクに戻ると、引き出しが開けられていた。中に入れていたはずの契約書控えは消えている。代わりに、小さなメモだけが残されていた。「形ある忠誠ほど脆いものはないわ。」文字は整っていて、あの女の筆跡だった。夏花。春は拳を握りしめ、震える指でスマホを掴む。けれど、秋に連絡を取ることはできなかった。信じてくれないかもしれない。それが一番怖かった。⸻雨の中
Last Updated: 2025-11-09
Chapter: 北宮冬の介入春《はる》が朝のオフィスに入ったとき、空気が少し違っていた。社員たちが小声でざわめき、いつもより早く会議室が準備されている。「今日、北宮《きたみや》グループの方が来社されるらしいよ。」同僚の言葉に、春は小さく頷いた。北宮――東雲《しののめ》と並ぶ大企業。社長の秋とは同世代で、業界でも常に比較されてきた存在。だが春にとって、それは遠い名前でしかなかった。今までは。⸻午前十時。会議室のドアが開かれ、北宮冬《きたみや ふゆ》が現れた。彼は黒のスーツに、薄いグレーのネクタイ。無駄のない所作で席につくその姿は、冷たく洗練された印象を与える。けれど、目だけは穏やかだった。深く静かな灰色――まるで冬の空を閉じ込めたような色。春は資料を配りながら、そっと視線を合わせた。その瞬間、彼が一度だけ微かに微笑んだのを見た。挨拶でも、礼儀でもない。――“あなたを見ている”という静かなサイン。⸻会議が始まる。秋はいつものように堂々とした口調で話を進めていた。だがその発言の多くは、春がまとめた資料に沿ったものだ。冬は一言も挟まず、ただ聞いていた。しかし、時折春のほうに視線をやる。それが何度も繰り返されるうちに、春は不思議な感覚に包まれた。――この人、私の“役割”を見抜いている。会議の終盤、秋《しゅう》が少し言葉を詰まらせたとき、冬が静かに助け舟を出した。「資料のページ七、補足が抜けていますね。こちらは……秘書の西條さんが作成された?」「えっ……あ、はい。そうです。」春が答えると、冬はごく自然に頷いた。「論理が明快でいい。数字の流れも無駄がない。非常に参考になります。」秋が軽く笑い、「彼女は優秀なんです」と返す。だが、春の胸の奥では別の何かが動いた。久しぶりに、純粋な評価を受けた気がした。誰かに認められるという行為が、こんなにも温
Last Updated: 2025-11-08
Chapter: 揺らぐ支配朝の空は曇り、雨上がりのアスファルトがまだ湿っている。 その上を、春《はる》はゆっくりと歩いていた。 出社停止から一週間。 その間、冬《ふゆ》は水面下で動いていた。 社内の監査ログ、通信履歴、関係部署の権限記録―― 全てを調べ、彼女の潔白を裏づける証拠を集めた。 「あなたは戻れる。」 冬のその一言が、春の背を押していた。 けれど、オフィスの空気は冷たいままだった。 「戻ってきたんだ」 「よく顔を出せるな」 ――小さな囁きが、まるで針のように背中を刺す。 春は何も言わなかった。 ただ、デスクに手を置く。 何も変わらない位置、同じ机。 けれど、もうその上に置く手は、以前の自分のものではなかった。 ⸻ 午前十時。 役員会議室に、秋《しゅう》と夏花《なつか》、そして冬が並んでいた。 冬は、冷静な口調で調査結果を述べる。 「結論から申し上げます。 資料流出に関して、西條春氏の関与は認められません。 送信記録の改ざんが確認されました。 内部IDを不正に使用した痕跡があります。」 室内がざわめく。 夏花は、すぐに微笑みを整えた。 「まあ……そんなことが? 恐ろしいわね。 でも、社の信頼を揺るがせないためにも、慎重に進めなければ。」 冬はその笑みを、まっすぐに見つめた。 「同感です。 ただ――奇妙なことがひとつ。 改ざんに使われた端末は、社長室のサブPCでした。」 秋の眉が動いた。 「それは……俺の部屋の?」 「はい。使用ログによれば、当日、その部屋に入っていたのは――」 冬は一瞬だけ、言葉を切った。 「南 夏花様、お一人です。」 室内に、沈黙が落ちた。 夏花はゆっくりと目を伏せ、 静かに笑みを浮かべる。 「私が? まさか。 夫の部屋に入ることくらいあるでしょう?」 「ええ、もちろん。ただ……その時間帯は夜の八時半。 通常、オフィスは施錠されています。」 「……夜、主人を迎えに来たのよ。」 「鍵の記録は手動開錠でした。 あなたのカードキーで。」 その言葉に、空気が冷たく張り詰める。 秋が口を開いた。 「夏花……どういうことだ?」 「あなた、私を疑うの?」 夏花の瞳に、薄い光が揺れる。 「私が何のためにそんなことを? 全部、この女のため? あなたが“彼女を守
Last Updated: 2025-11-06
Chapter: 第11章2節「翡翠の光は隠せない」会議が終わり、夕方の風が吹き始めた頃。レオンはヒスイを庭園へ連れ出した。日暮れの光が花々を照らし、影は柔らかく長く伸びていた。「お疲れさま、ヒスイ。」「……ありがとう。あなたが側にいてくれなかったら、たぶん……」ヒスイが言うと、レオンは小さく笑う。「君は強いですよ。僕はただ……君の心が折れないように手を添えただけです。」夕風がヒスイの髪を揺らし、翡翠色の光を含んで輝く。レオンはその光に釘付けになっていた。「レオン……?」ヒスイが覗き込む。レオンはそっと言う。「ヒスイ。君が“無転生”でも、いや……“だからこそ”、僕は君に惹かれたんです。」ヒスイの喉がつまる。「ずっと……怖かったの。ばれたら、きっと……全部壊れるって。」レオンは首を横に振る。「壊れるどころか、救われたのは僕の方ですよ。」ヒスイの目が丸くなる。「え……?」「君が正直に向き合ってくれたから。僕は……君を守りたいと、心から思えるようになったんです。」その声はいつも通りの丁寧語なのに、どこか震えていて、真剣で、切実だった。ヒスイの胸が熱くなる。「……レオン。」「はい。」「私……あなたが好き。」レオンの目が大きく揺れる。「……もう一度、言っていただけますか?」ヒスイは夕日の中で微笑んだ。「好き。 あなたが……大好きよ。」レオンの表情
Last Updated: 2025-12-23
Chapter: 第11章1節「翡翠の光は隠せない」クロードが拘束され、調査局の内部監査が開始された翌日。ヒスイは家族とともに“正式な会議室”に呼ばれた。そこには、多くの監察官と上層部が揃っていたが──空気は以前とは全く違っていた。かつて向けられた警戒と疑念は消え、誰もが彼女の姿をまっすぐに見つめていた。議長が静かに口を開く。「ヒスイ・リシャール嬢。あなたの提出した魔力量データ、そして今回の件で発揮された“結界視認能力”……これは極めて貴重な【特異感応型】能力と判断される。」部屋にどよめきが走る。「特異……?」ヒスイは戸惑ってレオンを見る。レオンは優しい笑顔でうなずいた。「君の体質は、“数ある転生魔力”とは全く別系統なんです。だからこそ、封印や結界に敏感に反応し、今回のように“奥の構造”まで見通せた。」議長が続ける。「君の能力は、むしろ転生より希少だ。これを組織として評価しない理由はない。」ヒスイの胸が熱くなる。ずっと隠し、怯え、偽ってきた“無転生”。それが、こんな形で……(……認められた……?)そこへ、兄フェルスパーが穏やかな声で言った。「よかったな」フェルスパーは目を細め、優しく髪を撫でた。「お前は……誇っていい力を持っている。」その一言で、ヒスイの胸の奥がじんわりと温まる。
Last Updated: 2025-12-22
Chapter: 第10章4節「翡翠と蒼が穿つ終焉」二人の魔力が放たれた瞬間、世界そのものが軋んだような音が響いた。「……くっ……!?」クロードの顔から余裕が消える。翡翠の奔流と蒼の斬撃が複合魔術陣を飲み込み、緻密に積み上げられていた術式が次々と崩壊していく。「馬鹿な……!その出力……神経質な術式を、それほど綺麗に破壊できるはずが……!」ヒスイが一歩踏み込み、光の尾が揺れる。「あなたの術式……全部“見えているの”。」レオンが続ける。「ヒスイの感覚は、あなたの想定を超えている。そして――俺がそれを支える。」クロードの魔術が暴発を始めた。幾つもの結び目が弾け、黒煙が渦巻く。「まだだ……! まだ終わらない!!」叫びとともに、クロードは最後の強化陣を起動させる。彼の周囲に巨大な黒い球体の結界が展開された。だがヒスイはもう怯えない。「レオン……次、行ける?」「もちろん。君が向かう場所なら、どこへでも。」レオンの蒼がヒスイの背を押し、ヒスイの翡翠がレオンの魔力に道を描く。二人は同時に跳んだ。空中でヒスイの魔力がしなやかに曲線を描き、レオンの魔力の刃がその中心に重なった瞬間、光は一つの形を結んだ。――『翡翠蒼閃〈ジェイド・ブルー・ブレイク〉』二人が無意識に同じ名を呟くほど自然な融合。ヒスイ「行くよ、レオン!!」レオン「合わせる!!」光が奔り、黒い球体を――斬り裂いた。裂けた結界は悲鳴のような音を立てて破壊され、クロードの身体は衝撃に耐え切れず床へ叩きつけられる。黒い魔力が霧のように散り、彼の術は完全に崩壊し
Last Updated: 2025-12-22
Chapter: 第10章3節「翡翠と蒼の共鳴」クロードの背後で展開された複合魔術陣が唸り声のような音を立てて回転を始めた。「あれが……!?」ヒスイが目を細める。レオンが低く告げる。「禁術級の多重連結魔術だ。普通の魔術師なら近づくだけで焼ける。」クロードは余裕の笑みを浮かべ、静かに手を振った。闇色の刃が十数本、空中で形を成す。「さあ……資源候補一号。君たちの“絆”とやら、見せてもらおうじゃないか。」目にも止まらぬ速さで刃が放たれた。しかし――「レオン、三時方向!」「任せて!」ヒスイの声と同時に、レオンの蒼い魔力壁が閃光のように張られ、闇刃を弾く。次の瞬間、ヒスイは反対側へ駆けた。彼女の足元に翡翠色の紋が走り、風のように加速する。(……見える……!)覚醒した特異感覚は、クロードの魔術陣に潜む“弱点の流れ”を捉えていた。「レオン、右上の接続点が薄い!」「了解!」レオンは即座に跳躍し、蒼い魔力で結節点を叩き割った。魔術陣全体が一瞬だけ揺らぐ。クロードの眉が僅かに動く。「ほう……仕組みを理解したか。」ヒスイは息を荒くしながら叫ぶ。「まだよ! もう一か所ある!レオン、下層の“補助陣”を押さえて!」「そのための俺だろう?」レオンの笑みは血に濡れているのに、優しくて頼もしかった。クロードが片手を振り下ろすと、床一面に黒煙が走った。重力のような魔力が押し寄せ、ヒスイの足が止まりかける。(……くっ……この重圧……!)その時、レオンが横から手を取った。「ヒスイ、俺の魔力をとれ!
Last Updated: 2025-12-21
Chapter: 第10章2節「怒りと真相と対峙へ」「ヒスイ、後ろに下がれ!」レオンが即座に彼女の前に立つ。「レオン、危ない……! 私も戦える……!」「分かっている。でも奴は上層部最強格だ。君を狙ってくる。」クロードが乾いた声で笑った。「守る? 無駄だ。レオン、君の魔力は確かに美しいが……ヒスイほどの価値はない。」ズッ──床を砕いて闇色の魔術が襲いかかる。ヒスイが咄嗟に魔力を構えようとした瞬間――レオンの腕が伸び、彼女を抱き寄せた。「レオン!?——」次の刹那、爆ぜる衝撃。レオンの背中に黒い刃が深く突き刺さる代わりに、ヒスイは無傷だった。「っ……は……!」
Last Updated: 2025-12-21
Chapter: 第10章1節「怒りの真相と対峙へ」ヒスイの視界に“黒い影”が見えてから、わずか数分。二人はその魔力痕が示す、局の深層部──禁秘管理室へ向かった。重々しい扉の前に立つと、ヒスイの心臓がドクンと高鳴る。「……この奥だ。」レオンも表情を引き締める。「覚悟はいいか、ヒスイ?」「うん。行こう。」扉が軋みながら開いた。そこで二人を出迎えたのは──局の上層部に君臨する人物のひとり、副局長・クロードだった。「……やはり来たか、ヒスイ。そしてレオン。」ヒスイの喉が僅かに震える。「クロード副局長……どうして、こんな……」クロードは深いため息をつくと、まるで叱るような声音で言った。「私としては、君には“気づかれずに”退職してもらいたかったのだがね。」「なんで……?」レオンが一歩前へ出る。その目は怒りに燃えていた。「ヒスイの魔力体質に目をつけて、“封印破片”で誘導したのか……!」「誘導? いや、もっと単純だよ。」クロードの瞳が薄く笑う。「ヒスイの魔力は――“私が手に入れたかった”。」クロードは淡々と語り始めた。「この国の最高位結界の更新には、膨大で純質な魔力が必要だ。だが、近年は供給源が減り続けている。そこで私は考えたのだよ。」「まさか……」ヒスイは息を呑む。「才能ある若手を、徹底的に“磨り減らす”仕組みを作り、負荷に耐えた者だけを資源として利用する。」レオンが怒声を放つ。「それでヒスイを狙ったのか!!」「ええ。彼女の魔力量は規格外だった。あとは“追い詰めて開花さ
Last Updated: 2025-12-20