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転生ショコラティエは白銀の騎士にとろける恋を捧げる
転生ショコラティエは白銀の騎士にとろける恋を捧げる
Auteur: 相沢蒼依

プロローグ

Auteur: 相沢蒼依
last update Date de publication: 2026-04-21 23:00:33

 バレンタイン前夜のホテルの厨房は、いつだって戦場だった。

 テンパリングされたチョコの香ばしい甘さ、焦げた砂糖の匂い、金属の音。だけどその喧騒の中に、もう僕の居場所はなかった。

「ショコラティエ・清水真琴として、この厨房に立つのも……今日で最後か」

 静かに息を吐き、最後のボンボン・ショコラを丁寧に並べ終える。白衣の袖で額の汗をぬぐった瞬間、わずかに指が震えた。

 職を失うのは初めてじゃない。今回は、自分の好きを貫いて高級食材にこだわったせい――それで原価が跳ね上がり、オーナーと経営方針でぶつかった。理想の味を追うことが、誰かの迷惑になるなんて――そんな現実を、心はまだ飲み込めずにいる。

 ふと、前の職場でのクリスマスの夜がよみがえる。あの時も、オーナーが「安いカカオで十分だ、コストを抑えろ」と言い張った。

 厨房の灯りを落とした後、こっそり忍び込んで独断で高級カカオビーンズをすり潰し、大量のチョコ生地に混ぜ込んだ。

 翌朝、イベントの客たちが「この深みのある風味、忘れられない!」と大騒ぎ。オーナーにバレて大目玉を食らったけど、あの群衆の中の一人――有名パティシエの老人が、僕の肩を叩いて「君のチョコは魂が入ってる」と囁いた。

 告げられたセリフが、せめてもの救いだったのに……結局、そこも長くは続かなかった。

 並べたボンボンのひとつを手に取り、天井のライトにかざす。艶やかな表面に映るのは、疲れ切った自分の顔。

「あーあ。これが僕の最高傑作、なのにな……」

 指先に残るぬくもりが、やけに切なかった。

「食べてくれる人は、もういないんだな」

 その言葉が空気を震わせた瞬間、胸の奥で何かがひび割れる。それでも心のどこかでまだ信じていた。もう一度、誰かを幸せにしたいと。

「僕が作ったこれを食べて……それでも誰も幸せになれないなら、せめて理由を知りたかった」

 祈るように呟いたら、ふわりと甘い風が頬を撫でた。厨房の熱気とも、外の冷気とも違う。それは、どこにも属さない温度の風だった。

 チョコの香りが揺れ、空気がきらりと金色に滲む。

 ――え?

 手のひらのボンボン・ショコラが、かすかに脈打った。ほんのり暖かく光を吸い込み、そして内側から薄く発光しはじめる。表面の艶が波紋のように広がっていき、瞬く間に光が膨らむ。

 次の瞬間――全ての音が消えた。厨房の喧騒や外の車音、自分の呼吸音さえも消え失せて、世界がひっくり返ったように静まり返る。

 視界の端がほどけるようにゆらぎ、金色の粒子が空間を裂くように舞い上がった。

「――っ」

 床の感触が消える。重力も体温も輪郭さえ曖昧になっていく。目を閉じる間もなく、眩いばかりの光に吸い込まれた。

 あまりの眩しさに両目をぎゅっと閉じて体を強ばらせたら、冷たい風が頬に当たった。草の香りと、どこか懐かしい甘い匂いが混ざり合うのを鼻が感知する。

 恐るおそるゆっくりと目を開けると、そこは見知らぬ草原だった。夜空には二つの月がぽっかり浮かび、遠くの丘の上には金色の塔がかすかに輝いている。

 目の前の状況に、胸がどくんと跳ねた。

(――ここは……どこ?)

 呆然と立ち尽くす僕の前に、淡い光の粒が集まっていく。やがて手のひらほどの大きさで、ひとりの姿を形づくった。

 長い白金髪にうさ耳のような飾りをつけ、背中につけた大きなリボンを羽ばたかせて空中を飛んでいる。

 その小さな存在は、まるで香りそのものが形になったみたいだ。

「ようこそ、アルセリアの地へ。あなたの“甘さ”を、この世界が必要としたのですぅ」

 鈴の音のような声が、胸の奥に響く。

「え……あなたは?」

「わたしはフェリシュ。恋と幸福を司る精霊。あなたを呼んだのは、わたしなのですぅ」

 フェリシュはふわりと宙を舞い、僕の胸に小さな手を当てた。その瞬間、体の奥で光が生まれ、やわらかな熱がじわりと広がる。

「あなたの作る甘味には、人の心を癒す“可能性”があるのだわぁ。ただし――それは、相手の心と向き合えたときだけ」

 光の波が全身を包み込み、頭の中に文字が浮かぶ――《スイートセンス》香りと甘さを読み取り、心の“甘さ”を感じ取る祝福。ただしそれは作り手自身が迷っているうちは、決して完全には働かない。

 目を瞬かせて驚く僕を見たフェリシュは嬉しそうに微笑み、くるりと回る。

「あなたの作るチョコは、幸福の香気をまとうのですぅ。きっと、たくさんの人を救うのだわぁ」

 その声が消えると同時に、光も静かに薄れていった。

 草原に夜風が流れ、二つの月が僕を照らす。遠くには、街の灯が優しく揺れていた。

 ――失ったと思っていた場所の代わりに、もしかしたらここで“誰かを幸せにできる”かもしれない。

 そっと息を吸い込み、僕は歩き出した。手の中には、最後に作ったボンボン・ショコラ。その温もりは、まだ確かに残っていた。

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  • 転生ショコラティエは白銀の騎士にとろける恋を捧げる   もし、子どもができたら5

    *** 事件の発端は、騎士団食堂だった。団員Aがぽつりと言った。「もし、副団長に子どもができたら」 団員Bが頷く。「騎士団で支えないと」 団員Cが腕を組む。「副団長、育児経験ないですよね」 全員が沈黙した。そして、同時に頷いた。「……訓練だな」 その翌日、騎士団訓練場。机の上に並ぶもの。毛布、人形、哺乳瓶。 そこに、副団長リオンが入ってきた。「……何をしている」 団員たちは敬礼する。「副団長、本日は育児訓練です!」 リオンは人形を見てから、哺乳瓶を見る。そして鋭い目で団員を見る。「なるほど」 団員たちが固まる中、副団長は腕を組んだ。「合理的だ」 騎士団全員が一斉に頷いた。「ですよね!」 その頃、団長室。ラディスは報告書を読んでいた。副官が入ってくる。「団長」 「なんだ」 「訓練場で」 副官は少し言いづらそうに言った。「副団長が赤ん坊を抱いています」 ラディスはペンを止めた。「それ……人形だよな」 「はい」 「よし」 団長は立ち上がった。「止めに行く」 訓練場、リオンは真剣な顔で人形を抱いていた。腕の角度と姿勢、すべて完璧に決める。その姿に団員たちが感心した。「安定してる」 「さすが副団長」 リオンが言う。「首を支える」 「はい!」 「急な動きは避ける」 「了解!」 完全に指揮官だ。 次、哺乳瓶。リオンが真剣に観察する。「温度は?」 団員が答える。「ぬるめです」 副団長は満足げに頷く。「火傷防止だな」 団員たちがメモを取る。そこへ団長が入ってきた。「お前ら、何してる」 団員たちが振り向く。「団長!」 ラディスは目の前の光景を見る。副団長と人形。手には哺乳瓶。そして、それを見守る騎士団員たち。「戦場より意味が分からん」 その時、訓練場の入口に影。真琴だった。差し入れの箱を抱えている。「……なにしてるの?」 全員が振り向く。「育児訓練だ」 リオンの言葉に、真琴の肩が震えた。「っははははは!」 爆笑しながら床にしゃがみ込む。「騎士団で!?」 団員たちは真面目に答える。「副団長のためです」 真琴は涙を拭く。「リオンが人形抱いてる!」 副団長は静かに言う。「練習だ」 真琴は笑いすぎて息ができない。「だめだ、もう!」 団長は額を押さえる。

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  • 転生ショコラティエは白銀の騎士にとろける恋を捧げる   もし、子どもができたら

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    私は戦場で竜と対峙したことがある。王都に魔獣の群れが押し寄せた夜も、最前線に立った。だが、あれほど冷や汗をかいた日はない。「副団長の様子はどうだ?」 王宮魔術師に問うたとき、私は半分覚悟していた。魔力暴走の数値が上がっていることは、結界塔の揺らぎで分かっていたからだ。「暴走すれば、王都半壊の恐れが」 半壊、ずいぶん優しい言い方をする。リオン・ヴァルハートが本気で魔力を解放すれば、“半壊”では済まない。王都の地図が間違いなく書き換わる。 私は団長だ。冷静でいなければならない。「リオン、国を消すな」 我ながら、雑な命令だと思う。しかしながら、あの男に回りくどい言葉は通じない。「……努力はする」 努力、だと。その一言で、私は悟った。(――ああ、これは国難だ) リオンは優秀な部下だ。剣も魔術も指揮能力も、忠誠心も申し分ない。王家に対する忠義は本物だ。 でも真琴殿が絡むと、話は別だ。彼の忠誠順位はこうなる。1位:真琴 2位:真琴 3位:王国 4位:その他全部 間違いなくそうだ。今回も、医官から報告を受けた瞬間のあの顔。戦場で仲間が倒れたときですら、あそこまで動揺しなかった。 真琴殿が「副団長様」と距離を取ったと聞いたとき、結界塔の数値が跳ね上がった。 国より伴侶、法律も神も味方している関係。だからこそ厄介だ。正当性がある。 廃教会に向かうべく転移陣を開いたとき、私は覚悟していた。もしリオンの魔力が暴走していれば、止める手段は私にもない。 目に映った状況は、だだっ広い荒野のみだった。廃教会はおろか、石も祭壇も闇すら残っていない。中心に立つ副団長は、ところどころ血に濡れていた。それでも剣を抜いていない。魔法だけで制圧した証拠だ。「処理完了です」 疲れ切った声に、私は肩を竦める。「あーあ、派手にやったな」 本当は叱りたい。禁忌級三重展開など、軍規違反もいいところだ。だが、叱れない。あの目を見ればわかる。あれは王国の守護騎士ではない、伴侶を奪われた哀れな男の姿だった。 だから私は言った。「疲れが吹き飛ぶ報告をしてやる」 あの瞬間、あれほど安堵した顔を私は初めて見た。国が守られた瞬間ではない。真琴殿が名前を呼んだときだ。 工房の前に、私はついて行かなかった。夫婦の再会に、上司が立ち会う趣味はない。だが結界塔の数値は見ていた。

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  • 転生ショコラティエは白銀の騎士にとろける恋を捧げる   第四章 凱旋と祝祭、甘く溶ける想い3

    *** 春の訪れとともに、王都アルセリアでは年に一度の《祝祭》が開かれた。広場いっぱいに屋台が並び、笛や太鼓の音楽と笑い声が絶え間なく響く。 この日の目玉は――“精霊の祝福を受けた新しい甘味”の発表。そして、それを任されたのが僕だった。「はぁ……人が多いな」 工房から運んできたチョコレートの香りが、風に乗って通りいっぱいに広がっていく。準備を手伝ってくれているニナが、籠を抱えながら駆け寄ってきた。「真琴さん! 王城からの使いの方が来てましたよ! リオン様もお手伝いに来るって!」 「えっ……リオン様が⁉」 彼が来ると分かり、心臓が軽やかに跳ねる。リオン様が北の砦から帰ってきたあ

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