로그인「もう納品は済ませました。先ほど藤岡様と直接お会いしましたが、大変ご満足いただけたようです」紬は、かすかな微笑みを浮かべながらそう告げた。「何だって!?」直輝は眉をひそめる。「そんな重要なことを、なぜ会社に報告しなかったんだ。もし何か問題が起きたら、どれほど深刻な事態になるか分かっているのか?次からは、せめて事前に一言相談しなさい。それに、麻衣も君の作品に憧れていて、見習って勉強したいと言っていたんだから」紬は淡々と応じた。「申し訳ありません。次回からは必ず善処いたします」直輝の顔からは、いつもの温和な表情が消えていた。さらに言葉を重ねようとした、その時――紬がふと口を開く。「そういえば、藤岡様は今回のデザインを大変気に入ってくださり、追加で一千万円をお支払いくださるとのことでした。それから、こちらにあるものは私が購入したものではなく、藤岡様からの贈り物です」麻衣は、机の上に積まれた高級品の数々を、嫉妬の入り混じった目で見つめた。どれも一流ブランドの品ばかりだ。いくら直輝が自分を甘やかしてくれるとはいえ、ここまでの大盤振る舞いはさすがにない。どうして、いいことばかりあの女に降りかかるの?麻衣はそっと直輝の袖を引き、合図を送った。直輝は軽く咳払いをした。「紬さん、厳密に言えば、それは顧客から贈られたギフトであり、会社の財産に当たる。一緒に努力した他の同僚たちと分かち合うべきものだろう」「ええ、元々そのつもりでした」紬は紙袋を持ち上げ、ちらりと麻衣へ視線を向ける。麻衣は誇らしげに顎を上げた。――やっぱり私はツイてるわ。紬がどれだけ苦労して図面を引いたって、結局そのご褒美は私にも回ってくるんだもの。彼女は先ほどから、LOLOのジュエリーに目をつけていた。あの一粒のダイヤだけでも、数百万円はくだらない。喉から手が出るほど欲しかった。だが――紬はその贈り物を、先ほど自分を気遣って声をかけてくれた同僚へと手渡したのだ。「えっ、これ……私にですか!?」思いがけない幸運に、その同僚は目を見開く。紬は穏やかに頷いた。「ええ、どうぞ受け取ってください」続いて三人目、四人目……次々と紙袋が配られていく。そして最後に残った一つを、紬は迷うことなくカナへ差し出した。カナは慌
その言葉を聞いた瞬間、二人は繋いでいた手に視線を落とし、慌てて弾くように振りほどいた。瑠衣は潔白を示すかのように足早に数歩進み、文人との距離を取る。「私がこいつを好きになるなんて、あるわけないじゃない」文人は引きつった笑みを浮かべた。「紬さん、誤解ですよ。私と夏目さんがどうこうなんて、そんなのあり得ません……」「ちょっと、どういう意味よ。私は理玖さんに相応しくないだけじゃなくて、今度はあんたにも不釣り合いだって言うの!?」瑠衣がむきになって噛みつく。文人は慌てて両手を振った。「いえいえ!夏目さんには私なんて勿体なすぎます!私めには身に余るお方です、はい。私なんかが不釣り合いだと言いたかったんです」そのやり取りに、わざと怒ってみせていた瑠衣も、傍で見ていた紬も、思わず吹き出した。――案外、この二人はお似合いなのかもしれない。紬はそんな感想を胸に、そっと笑みを浮かべた。彼女がその場を離れると、文人はすぐさま理玖へ電話をかけた。あまりにも不気味だった。まさかこの場で、蘭と紬が同時に現れるなど。――おかしい。絶対に、何か裏がある。蘭と瑠衣はどちらも理玖に想いを寄せている。だが、その立ち回りの巧みさは比べものにならない。天然で世間知らずな瑠衣とは違い、蘭は一枚も二枚も上手だった。海外にいた頃、蘭に目をつけられた恋敵がどうなったか――その結末を、文人は知っている。文字通り、死因すら分からぬまま消える。そんな世界だった。瑠衣が今日まで無事でいられたのは、ひとえに彼女が無垢すぎたからに他ならない。先ほど二人が密着していたのも、カフェから出てきた蘭の姿に動揺し、思わず身を寄せてしまっただけのことだ。「早く、理玖さんに電話して!あの恐ろしい女が帰国したんだから、絶対に見つからないように隠れてもらわなきゃ」瑠衣は切迫した声で言った。彼女にとって蘭は恐ろしい存在だった。かつて蘭の正体を知らなかった頃、騙されて「友達」にされていたことがある。文人が間一髪で気づかなければ、瑠衣は海外の鉱山に売られ、挙げ句にはその利益を蘭のために笑顔で数えることになっていたはずだ。それ以来、彼女の中にあるのは、蘭への恐怖と嫌悪だけだった。できる限り距離を取り、関わらないようにしてきたのだ。――会社
「ええ、ありが……」紬は思わず言いかけて、慌てて言葉を飲み込んだ。「……そうね。私たちは友達だもの。今度、ご飯をご馳走するわ」理玖は鼻で軽く笑った。「ああ。待ってるよ」また待ちぼうけになるんだろうけど。それでも彼はいくらでも待つつもりだ。――その夜、自宅に戻った紬は、蘭のウェディングドレスに最後の調整を施した。翌朝、改めてデザイン案を提出すると、今度は差し戻されることはなかった。安堵の息をついたその時、蘭からカフェへ誘うメッセージが届く。「最新版のこのデザイン、とても気に入ったわ。型にはまらず自由で、結婚式という束縛を感じさせない。それでいて、ドレスとしての神聖さは失われていないもの」蘭は紬の手描きのデザイン画を手に取り、惜しみない賛辞を贈った。これまで紬が提出してきた案も、どれも完成度は高かった。だが、蘭にとっては「着たい」と思わせる決定打には欠けていたのだ。欲望が湧かないということは、心が動かされていないということ――だからこそ、彼女はそれらをすべて却下してきた。「あなたのデザインに感謝しますわ。これならきっと、あの人と一緒にバージンロードを歩ける……そんな確信が持てるもの」紬は穏やかに微笑み、祝福の言葉を口にした。「お気に召していただけて光栄です。作品が相応しい持ち主に出会い、大切にされることは、作り手にとって何よりの喜びです。どうか末永くお幸せに」「ふふっ」蘭は思わず吹き出した。「縁起のいいことを言ってくれるのですね。彼を落とせたら、真っ先に紬さんに知らせてあげますわ」紬の思考が一瞬止まる。「……えっ?」「このドレス、自分のために買ったのですよ。あの人は私が好きな相手で、今はまだ追いかけている最中です。とはいえ、両家の親同士はもう顔合わせを済ませているわ。彼さえ頷けば、すぐにでも私からプロポーズして、その日のうちに籍を入れるつもりです」あまりにも大胆で前衛的な発想に、紬は言葉を失った。――今どきの結婚とは……こんな形もあるのかしら。新郎が決まる前に、先にオーダーメイドのドレスを仕立てるなんて。「藤岡様は、愛情や結婚に対して、本当に独自の哲学をお持ちなのですね」蘭は口角を上げた。「あら、嫌味かしら?」「いいえ」紬は苦笑した。「現代では、恋愛は
望美は腕の中の子どもをじっと見下ろし、その瞳の奥に、底知れぬ嫌悪の影を走らせた。一刻も早く、成哉との間に自分の子を授からなければならない。悠真の反応は、彼女に強い警戒心を抱かせるには十分すぎるものだった。どれほど芽依と親密になろうとも、所詮は血の繋がりという絶対的な絆や、実の母の姑息な手段には敵わないのだ。その夜、望美は芽依を寝かしつけると、足音を忍ばせて成哉の寝室へと向かった。ベッドに横たわる男を、飢えたような眼差しで見つめる。成哉は記憶を失ってなお、彼女との間に明確な一線を引き続けていた。少し前まではわざと距離を置くことでで彼の関心を引こうとしていたが、記憶を失った今の彼は、まるで木魚のように融通が利かない。望美は羽毛布団の端をそっとめくった。物音を立てぬよう慎重に、成哉の胸元へと身を滑り込ませる。だが――彼の体に触れた瞬間、突如として逞しい腕が伸び、彼女の喉を容赦なく締め上げた。「誰だ!」低く響く声には、凄まじい殺気が込められていた。あと一瞬遅ければ、そのまま首の骨を折られていたかもしれない。望美は必死に彼の腕を叩き、掠れた声で訴えた。「成哉……私よ……放して……」成哉はようやく夢から覚めたかのように力を緩め、枕元のランプを点けた。腕の中の望美は、首元を赤く腫らし、激しく咳き込んでいる。「望美ちゃん、どうしてここに……?痛かっただろう」成哉は痛ましげに問いかけた。望美は涙を滲ませ、殊勝な様子で彼にすがる。「大丈夫よ……ただ、少し怖くて。悪い夢を見て……あなたの顔が見たくなったの」その言葉に、張り詰めていた成哉の緊張は、ようやくわずかに解けた。「夢だ。怖がる必要はない」宥めるような声音でそう言うと、望美は彼の胸に顔を寄せ、柔らかな手で背中をなぞるように触れた。「成哉……今夜は一緒に寝たいの。いいでしょう?」あまりにも露骨で、甘やかな誘いだった。だが、男は微動だにしない。さらに踏み込もうとした、その時――枕元のスマホが不意に鳴り響いた。「望美ちゃん、悪ふざけはやめなさい」成哉の目には、今の望美はなお「幼い少女」の面影を残した存在として映っていた。実年齢を重ねていようと、失われた時間が二人の間に厚い壁となって横たわっている。望美の内で、怒り
今の悠真は、望美という存在に対して、異様なほど神経を尖らせていた。芽依はその剣幕に圧倒され、しばし呆然としていたが、やがて我に返ると、再び悠真を激しく責め立てた。「お金、お金って!お兄ちゃんは本当にお金のことばっかりね!やっぱりママと一緒にいると、そんなに現金な人になっちゃうの?そんなにママが好きなら、ずっとママの子でいればいいじゃない!私は望美さんが好きだし、望美さんの娘になるわ。もういい、お兄ちゃんとは話すことなんて何もない。用がないなら、これからはもう連絡してこないで」言い放つや否や、芽依は一方的に電話を切った。悠真が慌ててかけ直したものの、耳に届くのは虚しく響く話中音だけだった。どうしてもこの状況に納得がいかず、悠真は今度は征樹に連絡を入れた。「悠真か……いいかい。パパが意識を取り戻したこと、それから記憶を失っていることは、まだママには内緒にしておくんだ。君はそのままママのそばにいなさい。時期が来たら、一緒にこちらへ戻れるよう手配するから」征樹は重々しい口調でそう告げた。悠真は拭いきれない違和感を覚えたが、今の彼には他に頼れる相手もいない。征樹にまでそう言われてしまっては、この胸のざわつきを心の奥へ押し込めるしかなかった。一方で芽依は、悠真をブロックしたものの、彼の言葉が何度も頭の中で反芻されていた。まだ幼いとはいえ、「相続権」がどれほど重大な意味を持つかは理解している。――もし本当に望美さんに子供ができたら、その時も、今と同じように自分に接してくれるのだろうか。その夜、芽依は望美を引き止め、なかなか離そうとしなかった。「望美さん、もう一冊だけ読んでくれる?」望美は絵本を閉じると、芽依の頭を優しく撫でた。「どうしたの、芽依ちゃん。眠れないの?」芽依はその慈しむような表情を見つめながら、頷きかけては首を振り、複雑な思いを抱えたまま逡巡していた。「芽依ちゃん、誰かにいじめられたの?私に話してごらん。絶対にお仕置きしてあげるから」望美は真剣な表情でそう言った。――ママだったら、きっと道理や正しさを説くだけ。でも、望美さんだけは違う。正しいかどうかなんて関係なく、ただ一心に私の味方でいてくれる……芽依はそっと望美の胸に顔を埋めた。「望美さん……もし将来、自分の子供が生まれ
征樹の胸中には、彼なりの冷徹な打算が渦巻いていた。ここ数日、成哉は海外拠点の企業経営に復帰し始めていたが、その様子には危うさが見え隠れしていた。実務能力そのものは以前と遜色ないものの、重要な意思決定において、かつての彼には見られなかった刹那的で衝動的な傾向が目立つようになったのだ。数年分の記憶を失った代償として、慎重さを欠く側面があることは否定しがたい事実だった。征樹とて、望美に好意を抱いているわけではない。だが、彼女が献身的に付き添うことで、成哉の回復が目覚ましく早まっていることもまた、動かしがたい事実であった。長年にわたって息子を己の支配下に縛り続けてきた征樹だったが、その心には今、抗いがたい疲労が忍び寄っていた。紬との結婚生活を振り返れば、二人の子宝に恵まれこそしたものの、家庭内は常に諍いが絶えず、安らぎとは程遠い歳月を重ねてきたのだ。成哉自身、ついには命を落としかけるほどの事態にまで陥った。もし、彼がどうしても望美を妻に迎えたいと切望するのであれば、この機にその願いを叶えてやるのも、ひとつの潮時かもしれない。成哉の強張っていた表情が、わずかに綻んだ。「……ありがとう、父さん」傍らで絵美が何かを言いかけたが、結局、言葉を飲み込んで口を閉ざした。望美という狡猾な女が、息子をこれほどまでに骨抜きにする手腕だけは大したものだと、苦々しく思った。――まあ、せいぜい形ばかりの式を挙げるという「通過儀礼」に過ぎないわ。いずれ成哉が記憶を取り戻せば、あんな体裁だけの儀式など無意味に帰す。その時こそ、息子に相応しい家柄の令嬢を、改めて選んであげればいいのだから。芽依はソファの隅で息を潜め、大人たちの応酬を黙って見守っていた。成哉と望美が結婚するという知らせに、彼女はこらえきれない興奮を覚え、すぐさま悠真に電話をかけた。「お兄ちゃん、聞いて!私たち、もうすぐ帰国するんだよ!それにね、パパが望美さんと結婚することになったの!これで私たちにも新しいママができるんだよ。もう『お母さんのいない子』だなんて、誰にも言わせないんだから!」午前十一時、悠真は芽依からの電話でまどろみから引き戻された。覚醒しきらぬ意識が、スマホから漏れる彼女の浮き立った声を聞いた瞬間、一気に現実へと引き戻された。「……何だって?パパがど
紬は、成哉と望美が重ねている手を、静かに見つめていた。双子を産んだばかりの頃、産後ケアセンターで静養していた日のことが脳裏に蘇る。あるセレブ風の女が突然現れ、何の証拠もないまま「この部屋は私が先に予約していた」と言い張った。十二月の極寒の中、紬は赤ん坊を抱いたまま、スタッフに部屋から追い出された。その女は権力を盾に、紬を廊下に閉じ込め、立ち去ることすら許さなかった。成哉がようやく現れたのは、五時間も経ってからだ。その時、彼は二人の我が子を淡々と一瞥しただけで、紬にこう告げた。「騒ぎを起こすな」結局、別の高級センターに移された、それだけだった。彼女はずっと、成
紬は、レイの目尻に浮かんだ涙をそっと拭った。「もう泣かないで」「うん。泣くとブサイクになっちゃうもんね」レイは泣き笑いのまま顔を上げた。紬は小さく笑って首を振る。「ううん、そんなことないわ。涙に濡れた顔は、もっと美しいものよ」意外な答えだったが、不思議と胸に落ちる響きがあった。レイの涙はすっかり止まり、その笑顔は初春のやわらかな日差しのように、曇りなく輝いた。午後、屋外用のドレスも届いた。レイが袖を通すと、どこにも問題はなく、まさに完璧だった。誰もが、明日の授賞式を心待ちにしていた。一方ネット上では、渚が五百二十個ものダイヤモンドを散りばめ、望美のために仕立てたイブ
芽依は望美の胸に顔を埋め、しゃくり上げながら泣き続けた。望美の言葉の一つ一つが、彼女の心に深く刺さる。――やっぱり、望美さんだけが私のことを分かってくれるんだ。先生の言った毒母の話なんて嘘よ。パパまでママと同じくらい嫌いになっちゃいそう……ううっ……成哉は、娘の悲痛な様子を目にして、それ以上厳しく追及する気になれなかった。「……君は、あの子を甘やかしすぎだ」望美は唇を噛み、小さく笑みを漏らした。「ええ、私のせいね。でも成哉、芽依ちゃんの今の状態は心配だわ。しばらく私の家に連れて行ってもいいかしら?ちょうど今の撮影も終盤で、前ほど忙しくなくなるの。私がそばにいれば、あ
男が、空から降ってきた。まったくの想定外――あまりにも唐突な出来事だった。紬は相手の顔を確かめる間もなく、驚愕のあまり足首をひねってしまう。そのまま体勢を崩し、花壇の脇に植えられた、鋭い棘を蓄えたばかりの薔薇の茂みへと倒れ込みそうになった。早春の硬い棘が、今にも肌を貫こうと牙を剥いている。血の気が引き、紬は心の中で「終わった」と叫んだ。抗う術もなく、せめて顔だけは守ろうと両手で覆い、ぎゅっと目を閉じる。一秒、二秒、三秒。覚悟していた痛みは、訪れなかった。代わりに鼻腔をくすぐったのは、どこか聞き覚えのある淡い香り。恐怖で激しく打っていた鼓動が、その馴染み深







