LOGIN翌日。馨のもとに、見知らぬ番号からメッセージが届いた。【あなたが理玖のことを好きだって知っているわ。彼を手に入れたいなら、午後、カフェ・時雨月に来なさい。私が力を貸してあげる】メッセージを目にした馨は、すっと目を細めた。直感的に、間違いなく誰かのいたずらだと思ったのだ。しかし次の瞬間、立て続けにもう一通のメッセージが送られてきた。【私は詐欺師でもなければ、いたずらをしているわけでもない。私を信じるなら、カフェに来て少し話をしましょう。あなたにとっても悪い話ではないはずよ。それに何より、私も綾瀬紬という女が気に入らないの】それを読んだ途端、馨の顔に浮かんでいた見下すような笑みが消え、代わりに瞳の奥で野心の炎が燃え上がった。見知らぬメッセージの送り主がわざわざ自分に接触し、しかも紬が嫌いだとはっきり口にしている。となれば、敵の敵は味方というものだ。相手がいったい何者なのか、確かめに行く必要がある。もし手を組めるのなら、それに越したことはない。たとえ手を組めなかったとしても、隙を見つけて理玖を紬のもとから奪い取るつもりだった。馨は険しい目つきで呟いた。「紬、このまま調子に乗らせておくもんか。理玖は絶対に、私が手に入れてみせるわ!」彼女は画面の上で指を滑らせ、【わかった】とだけ返信した。――一方その頃、喜久子はメッセージを送り終え、馨からの返信を確認すると、その瞳に、必ず目的を果たしてみせるという強い決意を宿した。新古典主義デザインコンペでは、あれほどさまざまな手を尽くしたというのに、結局は失敗に終わってしまった。――あの紬には、それなりの運と実力があるらしい。どれほど困難な目に遭っても、最後にはすべて解決してしまう。そう考えると、喜久子の胸には悔しさが募るばかりだった。そんな中、彼女はインターネットで、設立されたばかりのあるスタジオが紬のスタジオに勝負を挑もうとしている、という情報を手に入れた。部下に調べさせたところ、そのスタジオの代表は井上馨という名で、やはり設立からまだ間もないことがわかった。さらに、馨の父親は理玖と仕事上の取引があるという。喜久子はインターネットで詳しい資料を調べ、馨が華やかで洗練された容姿の持ち主だと知ると、たちまち胸を躍らせた。あの紬なんかより、よほどいい
文人もネットのニュースには気づいていたが、彼は何も言わず、理玖の傍らに立ったまま、静かに手柄を隠していた。――幸い、社長には先見の明があった。事前にこれらの手を打たせておいたおかげで、多くのトラブルを未然に防ぐことができたのだ。ランディがどんな人間かを知った上で、彼女を警察送りにできたことは、文人にとっても胸のすく思いだった。これも世のため人のため、というやつだ。一方、ネット上では「刹那」の名が広く知れ渡っていた。雅乃はスマホを取り出し、「刹那」のブランドに関するニュースをチェックしていた。その情報を詳しく分析するうちに、驚きと喜びの声を漏らした。「紬さん、今回うちのブランドは大反響ですよ!たくさんの人がコメント欄に押し寄せてきて、いつ新作を出すのかって聞いてきてます!」紬は目を輝かせた。「それは良いことね!」雅乃はさらに続けた。「それから、誰があんな凄腕のカメラマンを呼んだのか分かりませんが、今ネット上は紬さんのステージ写真で持ちきりなんです。その写真がまた絶妙で、紬さんの魅力も服の美しさも、完璧に引き出してるんですよ!」雅乃が一気にまくし立ててから、ふと我に返ると、いつの間にか全員の視線が自分に集まっていた。雅乃は鼻の頭を掻き、少し照れくさそうに尋ねた。「どうして皆さん、私を見つめてるんですか?」紬はにっこりと笑った。「あなたがこんなにたくさん話すのを聞くのは初めてだからよ」カナも頷いた。「そうそう。私の印象だと、雅乃はいつもクールで、仕事も堅実で、何事にもあまり興味を示さないって感じだったから」雅乃は呆れたように額を押さえた。「そりゃあ嬉しいですよ。うちの会社のサブブランドの評判に関わることですからね。私もスタジオの一員ですし、一蓮托生ってことくらい分かってますから」紬は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。スタジオを立ち上げた当初に掲げた目標へ、また一歩近づいたのだ。理玖の瞳が揺れ、彼もまた、スタジオの仲間たちの絆に心を動かされていた。「紬、優勝のお祝いに、今夜は俺の奢りで食事に行こう」「そんなのだめよ」紬は納得がいかないという顔で理玖を見た。「どう考えても、ここは私がご馳走するべきでしょ」理玖は紬の真剣な黒い瞳と視線を交わし、彼女が冗談を
ランディはその言葉を聞いた瞬間、顔から血の気が引いた。――あれほど周到に隠していたのに、どうしてバレてしまったのだろうか?ランディは唇を震わせ、何か弁解しようとしたが、ここまで事が露見してしまっては、何を言っても無駄だった。この国の警察については、彼女もよく分かっている。確かな証拠がなければ、むやみに人を逮捕したりはしない。今回ばかりは、どうやら逃れられそうにない。ランディがパトカーに乗せられる場面は、ネット上で瞬く間に拡散された。その写真の閲覧数は、これまでのどんな投稿よりも跳ね上がった。ネット民たちはその写真を見て、みな胸のすく思いだった。さらに、次々と暴かれていく一連の証拠も相まって、誰もが拍手喝采を送った。【前から怪しいと思ってたんだよね。あいつ、絶対に裏があるって!】【それな。新古典主義の第一人者だって?ふざけんなよ。訳わかんねぇわ】【やっぱり類は友を呼ぶね。前もあいつのファン、狂犬みたいにネットで噛みつきまくってたじゃん。通りすがりの一般人まで攻撃されてたし】【コンペの時から、紬さんを露骨に目の敵にしてたのもバレバレだったし】【新古典主義の大御所なんて、やっぱり全部嘘っぱち。他人のデザイン画を盗んでただけって暴かれたしな。実家がちょっと金持ちなだけじゃん】【ざまあみろ。悪事の報いだな。これでもう、誰が庇おうとランディの潔白は証明できないね!】――海原市立病院。紬が千鶴の病室の前に立つと、中からカナの聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。呆れたように首を横に振り、ドアを押し開けて言った。「何がそんなにおかしいの?」カナはその声を聞くや否や、駆け寄ってきて紬を抱きしめ、そのままぐるぐると二回転した。「あああ、紬先輩、本当にすごすぎます!決勝戦の映像、一コマも逃さずに全部見ちゃいましたよ」カナは大げさな仕草で天を仰ぎ、尊敬の眼差しを向けながら言った。「私から言えるのは一言だけです。女神様、最高!」紬は思わず吹き出し、カナの頬を軽くつねった。「はいはい、大げさなのはそこまで。おふざけはなしよ。今は千鶴の体のほうが大事なんだから」千鶴はベッドに座ったまま、笑顔で首を横に振った。「私は大丈夫ですよ、紬さん。心配しないでください。それより、あのランディのほうが大変なこ
結衣は腑に落ちない様子で呟いた。「まさか、準優勝だったから機嫌が悪かったとか?だったら私なんてどうなるのよ、三位なのに」――私みたいな人間は、いっそ死んだほうがマシだって言うの?紬は結衣の言わんとしていることを察し、彼女の肩を軽く叩いた。「あまり深く考えないで、自分のことにだけ専念していればいいのよ」そう言い残し、紬はトロフィーと賞状を手にステージを降りた。しかし結衣は、紬の後ろ姿を見つめたまま、しばらく呆然と立ち尽くしていた。――紬がステージを降りると、普段は落ち着いている雅乃が、珍しく興奮した様子で駆け寄ってきた。「紬さん、本当にすごいです!ステージでの振る舞いも完璧でした!」目を輝かせる雅乃を見て、紬はかえって照れくさくなった。「あなたまでそんなに興奮してどうしたの?いつもの冷静さはどこへ行ったのよ」雅乃はそんな言葉も気に留めず、すっかりただのファンのようになって紬の周りをうろちょろしている。「トロフィーと賞状、私が持ちますよ!先輩は休んでください」紬はそんな雅乃の様子に、苦笑するしかなかった。顔を上げると、理玖の灰色の瞳と視線がぶつかった。紬が何かを言うより早く、理玖は大股で彼女の前まで歩み寄ると、長い腕を伸ばして、その体を胸元へ強く抱き寄せた。紬は軽く押し返そうとしたが、びくともしない。傍らにいる雅乃と文人の二人が、思わず息を呑む気配がはっきりと伝わってきた。紬は内心の気まずさに耐えきれず、顔を一瞬で真っ赤に染めた。声を潜めて言う。「周りにこんなに人がいるのに、何で抱きしめたりするの」理玖は顎を紬の首筋にそっと擦り寄せた。「構うもんか。ただ君を抱きしめていたいだけだ」先ほどステージの上で眩いほどに輝いていた紬の姿を、理玖はずっと見つめていた。彼女の美しさがこれほど多くの人の目に触れたことで、理玖はたまらなく不安になっていた。何しろ、紬はまだ正式に彼との交際を受け入れていないのだから。紬は理玖の不安を感じ取り、手を伸ばして彼の背中を優しく叩くと、小さな声で慰めた。「話なら、帰ってからにしましょう?どんなことでも相談に乗るから」紬の言葉を聞き、理玖は頷いたが、その灰色の瞳の奥には、読み取れない光が揺らめいていた。彼は紬を抱きしめていた腕を解き
二人は小躍りして喜び、まさに天にも昇るような心地だった。興奮が少し落ち着くと、カナはたまらず不満を口にした。「あのランディさん、絶対にわざと嫌がらせしたんだよ。あんな中途半端な9.5点をつけるなんて、ほんと悪趣味」千鶴も深く頷きながら、画面に映るランディの顔を睨みつけた。「確かに!でも、結果オーライですし、もう心配することはありませんわね」カナもほっと息をついた。「ほんとそれ。一つのコンペでどんだけ波乱万丈なのよ。私に心臓の持病がなくてよかったわ。じゃなきゃ、こんな刺激に耐えられなかったもん」千鶴はおどけるカナを見て、呆れたように首を振った。そのままスマホをスクロールしていた彼女は、不意に視線を止めた。「ねえ、カナさん。ちょっと見て、この人、ランディさんじゃないですか?」千鶴はそう言いながら、カナにスマホの画面を見せた。そこには、ランディがここ数年にわたって行ってきた悪行を詳細に分析した投稿が、堂々と掲載されていた。しかも、確かな証拠や時系列まで整理されている。瞬く間に拡散され、リポスト数はすでに十万を超えていた。それどころか、この話題は瞬く間にXのトレンドを駆け上がった。#新古典主義デザインの第一人者?笑わせるな!#デザイン界の新人潰し#ランディのせいで自殺者が#ランディはデザイン界から消えろ!これらの見出しを目にしたカナは、次々と目を見張り、口をあんぐりと開けたまま固まった。やがて、怒りを露わにして声を荒らげる。「このランディさんって、マジでヤバすぎ!うちらの作品にいつもケチをつけるから、わざと粗探ししてるだけかと思ってたけど。こうして見ると、ただの純粋な悪党じゃん」千鶴もため息をつかずにはいられなかった。今回ばかりは、ランディも完全に終わりだろう。一方、新古典主義デザインコンペの会場。紬は願い通り、見事に優勝を果たした。彼女が表彰式でステージに上がった時、ふと、馨が踵を返し、足早に会場から立ち去るのが目に入った。そして、「カオリ」のトロフィーを受け取りに来たのも、デザイナーではなくモデルだった。紬は少し不可解に思った。準優勝という結果にすら不満だということだろうか?三位に輝いたのは、桜井結衣(さくらい ゆい)という活発で可愛らしい女の子だった。彼
【この目、三日間光を浴びても治らないと思ってたのに、紬さんの登場で一瞬で治ったわ。まさに神】【なんか変な薬でも飲んだ?体が熱いんだけど……】【ていうか、みんな気になってるよね?あのランディさんの番、紬さんに何か仕掛けてくるんじゃないかって】【ランディさん、空気読めよ。でなきゃ、退場してもらうからな】【ずっと待ってたのは紬さんの服を見るためなんだよ。ランディのところで変なクソつけられたら、主催者に抗議文送るからな】コメント欄は、紬を支持する声で溢れかえっていた。ランディを脅すようなものまであり、暗に彼女へ公平かつ公正な審査を求めていることは明らかだった。紬が披露したプレタポルテと、彼女自身の美貌を目の当たりにして、視聴者は皆、すっかり彼女の虜となっていた。審査員である美咲と信彦の二人も、鋭い視線でランディを見つめていた。本来なら、ランディはここで口を挟み、わざと紬のステージにケチをつけるつもりだった。何しろ、彼女が出場するコンペでは、毎回のようにハプニングが起きている。これが人目を引くための話題作りではないと、誰が言い切れるだろうか。ランディは、こうして見え透いた小細工を弄し、姑息な手段を使おうとする人間が何よりも嫌いだった。ネット上のコメントを見ても、彼女は鼻で笑うだけだった。ネット民がどれだけ自分を攻撃しようが、それがどうしたというのか。どうせあの連中は自分のいる高みに一生手が届かないし、自分の生活には何の影響も及ぼさないのだから。だからこそ、ネット上の言葉などまったく意に介していなかった。ランディが良心を無視して辛口の評価を下そうとした、その時だった。スマホが「ブー、ブー」と二度震えた。スマホを開いて確認すると、なんと主催者からのメッセージだった。その内容をはっきりと確認した瞬間、スマホを握りしめるランディの指先から血の気が引き、白くなった。【まともな審査をしてください。さもなくば、どうなるか分かっていますよね】この言葉は、まごうことなき脅迫だった。どんなに鈍い人間でも分かる。紬の背後には、間違いなく強大なスポンサーがついているのだ。そうでなければ、主催者がこんな脅しを送りつけてくるはずなどない。ランディは、紬に対して警戒心を抱き始めた。会場中の視線が、ランディに







