ログイン紬は気持ちを切り替えると、カナに言った。「気にしなくていいわ。それより雅乃には、オンラインでの宣伝をもっと強化するよう伝えておいて。スタジオの知名度だけに頼るんじゃなくて、一番大事なのは作品そのものなんだから。カナもモダン・コルセットのデザインをもっと勉強して、決して手を抜かないようにね」「はい、わかりました」カナはタブレットを受け取り、瞳に強い決意を宿した。Nirvanaスタジオと勝負したいというのなら――どちらが最後に勝つのか、思い知らせてあげればいい!カナが部屋を出ていくと、紬は再び椅子に腰を下ろした。机の上に広げた図面へ視線を落としたものの、先ほどまでの集中力はどこかへ消え、なかなか考えがまとまらない。馨に対する印象は薄い。ただ、以前ディーラーで会った時の様子を見る限り、彼女は思ったことをそのまま行動に移す、裏表のない性格なのだろうという印象だけは残っていた。それ以外に、これといった接点はない。それなのに今になって、なぜ馨はモダン・コルセットを手掛け、わざわざNirvanaへ挑戦状を叩きつけてきたのだろう。紬はそれ以上、この件を深く考えるのをやめた。所詮、他人の選択に口を挟む権利など自分にはない。自分は、自分の信じる道を貫けばいい。そうして余計な雑念を振り払い、再びデザインに没頭しようとした、その時だった。理玖から電話がかかってきた。紬は小さく首を傾げた。――こんな時間に、一体どうしたのだろう。通話ボタンを押すと、受話口から聞こえてきたのは聞き慣れた理玖の声ではなく、愛らしい子供の甘えた声だった。「きれいなおねえちゃん、私だよ」紬は一瞬きょとんとしたが、すぐに目元を和らげて微笑んだ。「唯ちゃん。今、おじさんのところにいるの?」「うん。きれいなおねえちゃんに会いたくなっちゃって」唯の声には、少しだけ寂しさが滲んでいた。「だから、おじさんにお願いして電話してもらったの。お仕事の邪魔しちゃった?」紬は小さく笑って首を横に振った。「そんなことないわ。じゃあ、あとで唯ちゃんとおじさんに会いに行くわね」「やったー!」唯は嬉しそうに両手を叩いた。次の瞬間、受話口の向こうで元気いっぱいの声が響く。「おじさん!きれいなおねえちゃんが来てくれるって!早
最後、唯一の条件として、馨がプロジェクトの責任者を務めることになった。馨は赤い唇の端を吊り上げ、瞳には勝利を確信したような光を宿していた。紬を完膚なきまでに叩きのめしたあと、それでも理玖が、あんな魅力の欠片もない紬を愛し続けるのか、見ものね。――紬がモダン・コルセットを作るというのなら、それこそ私が最も得意とする分野だ。ならば、この場で私がどれほど彼女より優れているか、理玖に思い知らせてやろう。光司は、強い決意に満ちた馨の瞳を見つめ、それ以上は何も言わなかった。娘の性格は、誰よりも彼自身がよく理解している。まあいい。娘ももう立派な大人だ。一度、自分の力でやらせてみるのも悪くないだろう。――その頃、スタジオ・Nirvana。紬は図面の作成に没頭していた。一度モダン・コルセットをデザインすると決めた以上、中途半端なものを作るつもりはない。その時、オフィスのドアがノックされた。思考を遮られた紬は、顔を上げる。「入って」「大変です、紬先輩!」カナがタブレットを抱え、慌ただしく部屋へ飛び込んできた。顔には焦りが色濃く浮かんでいる。紬も思わず身を乗り出した。「何があったの?」普段のカナはお調子者でも、肝心な場面では冷静さを失わないタイプだ。そんな彼女がここまで取り乱している姿を、紬は初めて目にした。カナはタブレットの画面を表示し、そのまま紬の前へ差し出した。「情報を掴みました。SNSで新興ブランドがうちの公式アカウントをメンションして、堂々と挑戦状を叩きつけてきたんです。しかも、向こうもモダン・コルセットをメインにしているんですが、改良型モダン・コルセットを打ち出していて……」そんな偶然があるだろうか。紬は眉をひそめ、タブレットを受け取って内容をじっくりと確認した。案の定、見覚えのないブランド名がSNS上にあり、その投稿にはスタジオを挑発するような文面が並んでいた。それを読み終えても、紬の表情は少しも揺るがなかった。だが、カナは落ち着かない様子で部屋の中を行ったり来たりしている。「このブランド、どう考えてもわざとですよ」カナは苛立ちを隠せない様子で言った。「完全にうちを狙ってます。私たちがサブブランドの立ち上げを発表して準備を進めている、このタイミングを狙って
井上グループ。馨は父・光司のオフィスに座り込み、その腕にしがみついて甘えた声を出していた。「お父さん、お願い。このプロジェクトに投資してよ」光司は眉間を押さえ、深いため息をつく。この一人娘には、本当に頭が上がらない。「まったく、どうして急にモダン・コルセットのプロジェクトなんかに投資したいと思ったんだ?」どっと疲れたような声で尋ねる。娘がどれほどの実力かなど、父親である自分が誰よりもよく分かっているのだから。三日坊主。何をやっても長続きしない。思いつきで始めては、いつも中途半端なところで放り出す。これまで何年も投資してきたが、そのほとんどは水の泡になっていた。「今回は違うのよ」馨は父親へ本音を打ち明けた。「お父さん、やっぱり私は神谷理玖が一番好きなんだもん」「あのカーディーラーの営業はどうした?もう飽きたのか?あいつなら今でもあんたのそばにいるだろう」光司は首をかしげた。以前、娘がディーラーで騒ぎを起こしたことも耳に入っている。それなのに今になって、また理玖の名前を口にするとは。どうやら、また遊び飽きたらしい。案の定、馨は不満そうに鼻を鳴らした。「偽物はやっぱり偽物よ。本物には敵わないわ」馨は光司の肩にもたれながら、最近知った情報を打ち明けた。「お父さん、紬とあの元夫、離婚したのよ。前まではね、『私が手に入らないなら、理玖だって手に入れられない』って自分に言い聞かせてた。でも今は違うの。二人とも独身なんだから!」紬が離婚したと知ってからというもの、彼女は夜も眠れないほど焦っていた。今では、理玖にどこか似た冷たい雰囲気を持つ泰一を見ても、もう何のときめきも感じない。ただ退屈なだけだ。泰一のことを思い浮かべるたび、興味は冷めていく。高級車を一台与えたとき、最初は戸惑いながらも、やがて当然のように受け入れ、図々しくなっていく様子も全部見てきた。金になびく男など、身体の欲求を満たすだけで十分。心から惹かれるのは、やはり理玖のような男だった。「お父さん、私、本当に危機感を感じてるの」馨は真剣な表情で訴えた。「それで、どうするつもりだ?」光司も少し興味を引かれた。この娘の発想は、いつだって常識の外にある。時には彼ですら理解できず、次に何をし
成哉は目の上のたんこぶだった舞絵を追い払うことができ、ようやく胸を撫で下ろした。望美も、ようやくいつもの甘い笑みを取り戻す。「成哉、やっぱり私の味方をしてくれるって信じてたわ。それにしても、あなたの会社の従業員、本当に教育し直した方がいいんじゃない?クビになったくらいで、あんなふうに喚き散らすなんて」成哉はそんな望美の笑顔を見つめていた。だが次の瞬間、ふいに気持ちがすっと冷め、どっと疲労感が押し寄せてくる。成哉は椅子に深く腰を下ろし、ファイルを開くと、顔も上げないまま淡々と言った。「もういい。用がないなら先に帰ってくれ。まだ仕事が残ってる。君に構っている暇はない」突然の冷たい態度に、望美は胸の奥で強い屈辱を覚えた。それでも必死に笑顔を作り、何事もなかったように答える。「ええ、わかったわ。お家で待ってるわね」しかし成哉は、その言葉に何一つ反応を返さなかった。望美も、これ以上いても無駄だと悟り、仕方なく部屋を後にする。せっかく用意したサプライズだったのに、舞絵というあの忌々しい女のせいで、すべて台無しになってしまった。望美が立ち去るのを見届けると、成哉はようやく顔を上げた。誰もいなくなったオフィスをぼんやりと見つめながら、彼の頭の中は絡まり切った毛糸玉のように混乱していた。解こうとすればするほど、余計にもつれていく。望美と舞絵、二人の言葉が頭の中で何度もぶつかり合い、まるで耳元で延々と繰り返されているようだった。成哉はこの異常な感覚を、すべて交通事故の後遺症のせいだと自分に言い聞かせる。きっと最近、疲れが溜まりすぎているだけなのだろう。成哉は大きく息を吐くと、再び仕事へ意識を戻した。――舞絵は解雇された。彼女は天野グループのエントランスに立ち、振り返ってビルを一瞥する。案の定、受付の女性たちの目には、あからさまな嘲笑が浮かんでいた。舞絵は手のひらに爪が食い込むほど拳を握り締めたが、その痛みすら感じなかった。――全部、あのアマのせいだ。よくも私にこんな屈辱を味わわせてくれたわね。絶対に代償を払わせてやる。舞絵は踵を返し、そのまま会社を後にした。角を曲がるとスマホを取り出し、どこかへ電話をかける。「もしもし、私よ。成哉にクビにされたわ」電話の向こうで何
舞絵は拳をぎゅっと握りしめ、今にも火を噴きそうな目で望美を睨みつけた。――本当に性根の腐った女だ。やがて彼女は机の上のスイーツへ視線を移し、わざとらしく尋ねた。「社長、このスイーツ、とても可愛らしくて美味しそうですね。どちらのお店で買われたんですか?私も買って食べてみたいと思いまして」「これは望美が作ってくれたんだ」成哉は望美へ優しい眼差しを向けた。「お金を積んでも手に入らない特別なスイーツだよ」「そうなんですか?」舞絵は不思議そうに首を傾げた。「でも以前、社長は橋本さんはスイーツ作りができないとおっしゃっていましたよね……それはどういうことでしょうか」成哉の表情がわずかに曇る。望美へ向ける視線にも、探るような色が滲んでいた。ここ数日、監視カメラの件がずっと頭から離れなかった。何度も考えた末にたどり着いた結論は、望美は自分を愛しすぎるあまり、あの二人の子供の存在を受け入れられず、だからこそ自分を騙すような真似をしてしまったのだ、というものだった。望美の気持ちは理解できるが、それで彼女のやり方まで正しいとは思えない。たとえ自分があの子供たちを嫌っていたとしても、子供たちに罪はないのだから。「どういうことだ?」成哉は問い詰めるような口調で尋ねた。「このスイーツは君が作ったって言ってたよな」「私……確かに、お屋敷の厨房の人たちには少し手伝ってもらったわ」望美は成哉の手をそっと握った。「でも、あなたを愛してるっていう気持ちは本物よ。ただ、私、本当に料理が苦手だから、少し教えてもらっただけなの。それなのに、この女はこんなところで私たちの仲を裂こうとしてるのよ!あなたにどんな下心を抱いてるかなんて、もう見え見えじゃない」望美は舞絵を指差し、容赦なく言い放った。成哉は眉間を揉み、深く息をつき、苛立ちばかりが募っていく。目を覚まして以来、何一つ思い通りにならない。舞絵はすぐに口を開いた。「橋本さん、どうか落ち着いてください。私は通常の業務を行っているだけです。そのようなことをおっしゃるのであれば、きちんと証拠をお示しください」「自分のその格好を見てみなさいよ。私の言ってることにはちゃんと根拠があるわ」望美は舞絵の服装を指差し、値踏みするような目で見た。「どうせ何か
彼は望美のその艶やかで美しい顔を見つめた。記憶にある姿と少しも変わらないはずなのに、なぜか心の底から一抹の拒絶感が湧き上がってくるのを感じていた。望美の瞳から次第に光が失われ、口元の笑みも不自然に強張った。成哉はどうしてしまったの。まさか、記憶を失ってまで、まだあの忌々しい紬のことを考えているというの。だが次の瞬間、成哉はふっと話題を変えた。「望美ちゃん、考えすぎだ。君が会いに来てくれて、俺は本当に嬉しいよ。何を持ってきたんだ?少し味見させてくれ」成哉が話を逸らした以上、彼女もそれに調子を合わせるしかなかった。望美はスイーツの箱を開けながら、偽装した火傷の跡をさりげなく成哉の目の前へ晒した。「私が手作りしたスイーツよ。どれも成哉の好きなものばかりだから」案の定、成哉は望美の手をきゅっと掴み、痛ましそうな顔つきになった。「どうしたんだ、これ」望美はにっこりと微笑み、成哉を安心させるように言った。「ああ、ちょっと不注意で火傷しちゃっただけ。気にしないで。それより、早くアフタヌーンティーにしましょう」しかし、成哉の表情は依然として険しかった。「望美ちゃん、俺のために君が怪我をするなんて嫌だ。俺の心が痛むんだ」望美は甘く囁き、自分の想いを伝えた。「ええ、わかったわ。あなたは私の愛する人だもの。当然、私が心を込めて作ったスイーツを食べてほしいわ。あなたのためなら、どんなことだって喜んでできるの」成哉はゴクリと喉を鳴らした。望美からの真っ直ぐな告白を聞きながら、彼は心の底で自分自身を激しく嫌悪した。さっき俺は何を躊躇っていたというのか。なぜ素直に愛の言葉を口にできなかったのか。成哉は腕の中にいる望美を見つめた。ふいに衝動に駆られ、その薄い唇をゆっくりと彼女へ近づけていく。望美は成哉の胸元のシャツをきゅっと掴み、とうに心の準備を整えていた。彼女がそっと目を閉じようとしたその瞬間、ドアをノックする音が響き渡った。望美の瞳の奥には邪魔をされたことへの不快感が掠めたが、成哉は彼女に立ち上がるよう目で合図した。ここはあくまで会社であり、人目につくのは体裁が悪いからだ。仕方なく、望美はしぶしぶと立ち上がった。成哉は声のトーンを整え、扉越しに呼びかけた。「入れ」舞絵はタイトスカート