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第25話 気高き魂

ผู้เขียน: 霜月イヅミ
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-08-26 20:30:54

 辺境伯の城での日々は、静寂に満ちていた。

 セレスティナに与えられた部屋の窓からは、雪に覆われた城下と、その向こうに広がる荒涼とした大地が見渡せる。それは彼女が数日前までいた世界と地続きでありながら、今は分厚いガラス一枚を隔てた、遠い世界の風景のよう。

 温かい食事、清潔な寝具、そして風の吹き込まない部屋。失われた人間としての尊厳が、一日一日と、ゆっくりと修復されていくのを感じる。侍女マルタの無愛想だが実直な世話も、今では心地よい距離感に思えた。

 だが、その穏やかな日常は、セレスティナの心を完全には癒さなかった。むしろ、体の傷が癒えるにつれて、心の混乱はより深い場所で渦を巻き始めていた。

 辺境伯、ライナス。

 あの男の存在が、彼女の思考の中心を占めて離れない。

 路地裏で絶望の淵にいた自分を救い出した、圧倒的な力。有無を言わさず、この城へ連れてきた独善的なまでの支配力。そして、その一方で示される、不可解なまでの優しさ。

 彼は自分を「使える」と言った。その言葉は、冷たい刃のように彼女の胸に突き刺さったままだ。駒として、道具として、自分に価値を見出したに過ぎない。そう頭では理解しようとする。だが、夜中に届けられた毛布の温もりや、彼女の知識を「宝」と称したマルタの言葉が、その単純な結論を許さなかった。

 あの男は、一体何を考えているのか。自分を、どうするつもりなのか。

 その答えを得られない限り、この城での生活は、見えない鎖に繋がれた、居心地の良い牢獄と何ら変わりはなかった。

 このままではいけない。

 あの日、父の無念を晴らすと誓ったはずだ。この男に利用されるにせよ、されるがままの駒で終わるつもりはない。そのためにはまず、敵であり、主であり、そして恩人でもある、あの男の真意を知らねばならなかった。

 セレスティナは、静かに決意を固めた。

 その日の夕刻、彼女はマルタにライナスの居場所を尋ねた。マルタはわずかに驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの無表情に戻ると、「閣下は、おそらく執務室におられます」と短く答えた。

 セレスティナは、一度だけ深呼吸をすると、彼の執務室へと向かった。重厚な木の扉の前に立ち、心臓が早鐘を打つのを感じる。今、引き返せば、また穏やかだが不確かな日常に戻れる。だが、それでは何も変わらない。

 彼女は、意を決して扉を叩いた。

「入れ」

 中から、低く、落ち着いた声が返ってくる。

 セレスティナが扉を開けると、ライナスは机に向かい、山と積まれた書類に目を通しているところだった。部屋に灯されたランプの光が、彼の真剣な横顔に深い陰影を落としている。その姿は、噂に聞く「蛮族」のイメージとは程遠い、勤勉な統治者のものだった。

 彼は、セレスティナの姿を認めると、意外そうに少しだけ眉を上げた。

「どうした。何か、必要なものでもあったか」

「いいえ…」

 セレスティナは、部屋の中ほどまで進み出ると、その場に立ち止まった。そして、真っ直ぐに、彼の金色の瞳を見つめ返す。

「閣下にお伺いしたいことがあり、参りました」

「ほう」

 ライナスは、手にしていた羽ペンを置くと、椅子の背にもたれかかり、興味深そうに彼女を見つめた。その視線は、獲物を観察する狼のように鋭く、セレスティナは一瞬、怯みそうになる。だが、彼女は奥歯をきつく噛みしめ、言葉を続けた。

「なぜ、私を助けられたのですか」

 単刀直入な問いだった。ライナスの金色の瞳が、面白そうに細められる。

「その問いに、何の意味がある」

「意味はございます。私は、閣下にとって何なのでしょうか。反逆者の娘として、いずれ断罪なさるおつもりですか。それとも、アルトマイヤー家の名に、何か利用価値を見出しておられるのですか」

 彼女の声は、緊張で微かに震えていた。だが、その瞳に宿る光は、決して揺らいではいなかった。

「あなたは、私を『使える』とおっしゃいました。ですが、与えられるものは、駒に対するものとしては、あまりに過分です。あなたの真意が分からなければ、私は、この城でどう振る舞えばよいのか分かりません」

 それは、彼女の魂からの叫びだった。

 ライナスは、腕を組み、しばらくの間、黙って彼女を見つめていた。その沈黙が、セレスティナには永遠のように長く感じられた。彼の金色の瞳の奥で、どんな感情が渦巻いているのか、全く読み取ることができない。

 やがて、彼は重々しく口を開いた。

「お前が、アルトマイヤーの娘であろうとなかろうと、関係ない」

 その声は、静かだった。だが、部屋の空気を震わせるほどの、絶対的な響きを持っていた。

「俺は、あの夜、路地裏でハイエナどもに嬲られていた『女』を助けた。それだけだ」

「ですが…!」

「俺の民が、俺の目の届く場所で、不当に虐げられる。俺は、それを許さん。ただ、それだけのことだ」

 彼の言葉は、あまりに単純で、飾り気がなかった。そこには、政治的な計算も、彼女個人への特別な配慮も感じられない。ただ、彼の統治者としての、揺るぎない信念があるだけだった。

 理不尽を、許さない。

 弱き者が、強き者に一方的に蹂躙されることを、決して見過ごさない。

 その、あまりにも真っ直ぐで、力強い言葉が、セレスティナの心の最も深い場所に、どすん、と重い音を立てて突き刺さった。

 彼女の脳裏に、遠い日の記憶が鮮やかに蘇る。

 それは、まだ彼女が幼かった頃。アルトマイヤー家の領地で、悪徳な商人が小作農たちから不当な搾取を行っているという事件が起きた。報告を受けた父は、激怒した。そして、自ら現地に赴き、小作農たちの声に耳を傾け、悪徳商人を厳しく断罪した。

 その夜、父は書斎で、幼いセレスティナを膝に乗せ、こう言ったのだ。

『いいかい、セレスティナ。力を持つ者の務めは、その力で弱い者を守ることだ。決して、虐げるためではない。身分や富を恃んで、人を不当に苦しめる者を、父は決して許さない。それが、アルトマイヤー家の正義なのだよ』

 父の言葉。父の背中。父が命を懸けて守ろうとした、その気高い魂。

 目の前の男は、父とは全く違う。平民の成り上がりで、粗野で、暴力的だ。彼のやり方は、法や作法を重んじた父とは、正反対と言ってもいい。

 だが。

 その根底に流れるものは、同じではないか。

 理不尽を憎み、弱き者を守ろうとする、その魂の在り方は。

 父が「正義」と呼んだものを、この男は「俺の法」と呼んでいる。ただ、それだけの違いではないのか。

 気づいた瞬間、セレスティナの心の中で、何か硬く、冷たいものが、音を立てて砕け散った。

 それは、父を失い、婚約者に裏切られ、民衆に石を投げつけられ、男たちに尊厳を踏みにじられてきた中で、彼女の心を守るために築き上げてきた、最後の氷の壁だった。

 壁が崩れた場所から、熱いものが、奔流となって溢れ出してくる。

「……う…」

 彼女の唇から、嗚咽が漏れた。

 一度溢れ出した感情は、もう止めることができなかった。

「う…ああ…あ…」

 すみれ色の瞳から、大粒の涙が、次から次へと止めどなく流れ落ちる。それは、牢獄で流した悔し涙でも、路地裏で感じた絶望の涙でもなかった。

 父を失ってから、ずっと一人だった。誰も信じられず、誰も頼れず、ただ独りで、暗く冷たい世界に耐えてきた。

 だが、今、目の前にいる。

 父と同じ魂を持つ人間が。

 その事実が、彼女の心を、安堵と、悲しみと、そして言葉にできないほどの懐かしさで満たした。

「うわあああああああ……っ!」

 セレスティナは、その場に崩れ落ちるように膝をつき、子供のように声を上げて泣きじゃくった。これまでの苦しみ、悲しみ、恐怖、その全てが、涙となって体の中から流れ出ていくようだった。

 ライナスは、突然泣き出した彼女の姿に、狼狽の色を隠せなかった。彼は、椅子から立ち上がったものの、どうしていいか分からずに、その場で立ち尽くしている。戦場で敵の大群を前にしても眉一つ動かさないこの男が、一人の少女の涙の前で、完全に無力になっていた。

 彼は、おろおろと手をさまよわせた後、意を決したように、彼女のそばに屈みこんだ。そして、不器用に、ぎこちなく、その震える肩に、大きな手をそっと置いた。

「…おい」

 慰めの言葉など、知らなかった。ただ、彼の無骨な手が、確かな温もりをもって、彼女の悲しみを少しでも受け止めようとしているのが分かった。

 その不器用な優しさが、セレスティナの涙をさらに誘う。

 彼女は、彼の手にすがるように、その場で泣き続けた。

 それは、虐げられた白百合が、その気高い魂を理解する者と出会い、初めて心の底から解放された瞬間だった。

 狼の巣の中で、彼女の魂は、ようやく長い冬の眠りから覚め、再生の時を迎えようとしていた。

 ライナスは、ただ黙って、彼女が泣き止むのを待ち続けた。彼の金色の瞳には、いつもの鋭さはなく、深い戸惑いと、そして、傷ついた小さな生き物を見守るような、不器用なまでの優しさが宿っていた。

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