LOGIN次の日、教室に入ると彼が声をかけてきた。
「よぉ、スバル、元気か」
「まあ、一応」 「それは重々」何が面白いのか口元が笑っている。
一体僕に何の用だろうか。 僕と絡んでも何も渡せるものはないのに。僕たちの会話を見て中野さんが近寄ってきた。
彼女は口数が多く交友関係も広い。 下手な対応をして機嫌を損ねたらほぼ全ての女子から嫌われる、そんな人だった。「え、赤井君ってスバルなんて名前だっけ?」
「俺が決めたんだ、いいだろスバル」 「へぇー、淳君が決めたんだ」 「……良い名前だったと自負している」 「なんでそんなに自信があるのよ」そんな中野さんを簡単にあしらえるのはすごいと思う。
そして以降も彼はことあるごとに声をかけてきた。 「スバルー、一緒にチーム組もうぜ」 「いや……僕がいても迷惑じゃ」 「俺は迷惑と思わない、よし解決だな」 「強引すぎる」 「お、いいツッコミ、そういうのをもっと頼む」爽やかな笑顔で言われると反応に困る。
断ろうとしても流されてしまい、そのまま一緒にチームを組むことになった。 明らかに僕が足を引っ張っているのに、気にすることなく笑っているのが印象的だった。そしてまたある日の下校時。
「スバル、どっか寄っていこうぜ」
「なんで僕に……?」 「そりゃあ俺がスバルと一緒にどこか行きたいからだな」 「君と一緒にどこか行きたい人はたくさんいるよ」 「俺はスバルと行きたい」真剣なまなざしでそんなことを言われると照れてしまう。
特段断る理由もないし一緒に行っても良いかなと思った時のこと。「あれ、淳君、どこかいくんじゃ?」
中野さんが声をかけてきた。
そして僕の方を見ると怪訝そうな顔をする。「赤井君……?」
探るような目で見られた。
あの様子だと先に誘っていたのかもしれない。「あ、僕は用事あるから、ごめんね」
断りを入れて、返事を聞く前にその場を去る。
人間は利益を奪い取るものに厳しい。 こういうちょっとしたことが後で大惨事を招くので避けるに越したことはない。そんなこんなで過ごしていたある日。
クラスの男子達が不機嫌な雰囲気を醸し出しながら声をかけてきた。 「赤井、お前三浦に媚売ってどういうつもりだ?」苛立ち交じりの言葉。
彼にかなりの敵愾心を持っているように見える。 その理由は女子の人気を全て持っていかれているからかもしれない。「あいつの周りは女ばかりだから、おこぼれもらう気なんだろ?」
「そんなことないよ」たしかに僕も男子高校生だし彼女という存在には憧れる。
でも女子と話すのは苦手だった。 彼女達はまるで何かの駆け引きをしているかのように常に主導権を取ろうとしている。 多分付き合うに値するかを値踏みしているのだと思う、その心情は理解できなくはない。 だけどそんな関係を維持したいと思わなかった。 僕が欲しい関係はもっと静かで飾らなくて気兼ねせず何でも話せて……。 そう、もっと"透明な関係"が欲しいんだ。「ならなんであいつと一緒にいるんだよ」
「なんで……?」 「一緒にいる意味ねーだろ」彼と一緒にいる意味、改めて聞かれると分からなかった。
熱心に声をかけてくるから、ただそれだけのつもりだった。 でも本当に嫌なら断っているじゃないだろうか。 どうして僕は断っていないのか……。 「お、みんな揃ってどうした?」 「あ、三浦……」教室に戻ってきた彼が声をかけてきた。
男子達のトーンがガクッと下がる。 彼はいつも注目されているので、ここで変なことを言うとまずいと考えているのだと思う。「そういえば志野達も合コン誘おうと思ってたんだ」
「え、紹介してくれるのか」 男子達は彼の言葉を聞いて一瞬驚きすぐに少しにやけた顔になる。 何を考えたかは一目瞭然だった。「もちろんさ、スバルから面子に入れてほしいって言われてたし」
「そうか、そうだったのか、ごめん赤井」 「いいよ、気にしないで」あっという間に手の平を返してすりよってくる男子達。
ああ、やっぱりな。 異性間は言うまでもなく同性間であっても打算にまみれて汚れている。 しょせん利害関係という薄汚れたものでつながっているだけなんだ。「は? 告白が?」 「告白が」 告白されたことが気持ち悪い、それは今まで聞いたことのない考え方だった。「一生懸命気持ちを語ってくれるんだよ、出会った時から好きだったとか普段のこういう所が好きだったとか」 「うん」 「え、そんな目で俺を見てたのって冷めた心で聞いてた」 「その子から好かれていたのが嫌ってこと?」 友達としてはOKでも恋人としてはNGってことだろうか? それなら理解できる。「違う、隠していたことが気持ち悪いんだ」 隠していたことが? それは意味が分からない。「いやいや、仲良くなるまでそういう所を見せないのが普通なんじゃ?」 普通に考えて見知らぬ相手から突然告白されても困る。 まずはある程度仲が良くなって受け入れてもらえる下地を作って告白すると思う。「俺が仲良くなったのは友人としての彼女であって恋人候補としての彼女ではないんだ」 「まあそうだけどまずは友人として仲良くなってステップアップするのが……」 「まさにそれだ、どうして友人の次のステップは恋人なんだ?」 「え?」 普段淳之介が見せていない熱がこもった言葉。 これこそ隠していた本音なんだろう。 「友人は友人、恋人は恋人だろう? 友情は偽りで最初から愛情だったんじゃないのか?」 たしかにその可能性はある。 突然告白するよりまずは仲良くなってからというのはそういうことだろう。 それを嫌うのは理解できなくもない。 でも。「友人として接するうちに愛情が芽生えたってことも考えられるよ」 仲良くなってその人の良さを知って惹かれるというのも考えられる。 その場合は友情に偽りはなく、新しく愛情が芽生えただけ。 どちらなのか区別するのは難しいと思う。「その通りだ」 僕の言葉を肯定する淳之介。 でもその目からは納得していないことが伝わってくる。「そうなった時、俺の友人はどこにいった?」 「え?」 「俺は恋人なんて求めていない、俺が欲しいのは友人だった、なのに受け入れろというのか、友人だと思っていた相手が突然消えるのを」 「あ……」 「友達面をしておいて実際は恋人狙いでした? ふざけるな、俺の気持ちを、俺の感情をなんだと思っている」 「淳之介……」 声を荒げて胸の内を吐き出す淳之介。 それは今までで一番魂のこもっ
それからも淳之介は僕に声をかけてきた。 「スバルー、一緒に組もうぜ」 「なぜに?」 「ほら、黒木さんとか相沢さんとかも一緒だぜ」 「何が『ほら』なのかも分からない」 二人は淳之介に興味があるだけで僕に興味はない。 一緒にいた所でギスギスするだけだと思う。「そうか、好みじゃないか、なら二人には断りを」 「いやいやいや、そういう話じゃないけど」 そんなことを伝えたら大変なことになる。 どんなに二人が僕に興味がなかったとしても、僕の方から興味ないと言えば怒るだろう。「じゃあ組むか?」 「組む、組むよ」 「よかった」 淳之介は楽しそうに笑っている。 悪意とかはなく、たんに僕と女子を一緒のチームにしたいだけ。 本当に僕に彼女を作らせようとしているみたいだった。「もしかして中野さんの方が良かったか?」 「いやいや、そういう話じゃないから」 それなのに淳之介自身は彼女を作る気配がない。 女性が嫌いという訳ではなさそうなのに不思議な話だ。 そしてある日の放課後。 日が暮れ始めてきたころベンチの端に座っていると淳之介がベンチに座ってきた。 4人掛けベンチの端と端。 その距離感が心地よい。「スバルはさ、女に興味ないのか?」 唐突な質問だった。 男子にとって女子に興味があるのは普通のこと。 でもなぜか即答できなかった。「俺さ、女が苦手なんだ」 「そう、なんだ」 こちらを向かず話し出した淳之介の言葉に相槌を打つ。 顔の良い男が女を苦手とすることはたまにある。 熱心にアピールしてくる女をわずらわしく感じるうちに苦手になっていくらしい。 数は多くないがそれなりに聞く話だったし、僕も同じ意見だった。「恋人にしてくれとかさ、そういう直球なのはいいんだ」 「へぇ」 思っていたのと違った。 てっきりそういう打算で濁ったものが嫌いだと思っていたのに。 淳之介の方を見ると目の前を見据えて独白のような形で話していた。 どうみても僕のリアクションを見て言っている話じゃない。 そういえば前に聞いた時に『純粋な人間が好き』と言っていたような。 「友d「淳之介くーん」 彼が続きを話そうとした時、中野さんが声をかけてきた。「なに、独り言?」 「いや、ちょっとスバルと話をしてたんだ」
「ん、しまった、寝過ごした」 昼休みに仮眠していたら予鈴が鳴るのを聞き逃したらしい。 周りには誰もいなかった。 時計を見るともう授業が始まる時間で、みんな技術室に移動したみたいだった。 今日は金槌で加工するんだったよな。 さっそく移動しようと立ちあがる。「あ、赤井君……」 「え?」 「せ、先生、赤井君が!?」 教室の入り口でクラスの女子と出会った。 だけどその女子は僕のことを見て逃げ出すように離れていく。 一体何があったんだろう? 思い当たる節がないのでとりあえず技術室に向かおうと足を動かした時のこと。「痛っ!?」 痛みの原因はガラスだった。 とがった先端が上履きを貫通している。 慌てて周りを見ると、なぜか足元付近にガラスが散乱していた。 どこからガラスが来たんだ……? 顔を上げて周りを見てみると教室と廊下の間の窓が割れている。 どうやらあれが原因だったようだ。 「赤井!!」 先生に大きな声で呼びかけられてびくりとしてしまう。 思わず手に持っていた金槌を落としてしまった。カシャン 足元のガラスの割れる音がひどく耳に残った。「どういうことだ、これは?」 先生の言葉で周りの状況に気づく。 教室と廊下を仕切る窓のガラスが軒並み割れて足元に散らばっている。 そして僕の手には金槌が握られていた。「違うんです、僕が起きた時はこうなっていて」 「金槌を持った状態で寝てたと言うのか?」 「それは技術室に向かおうとしていたから」 「足元がこんな状況で、か?」 説明すればするほど泥沼にはまっていくのを感じる。 違うんだ、僕はやってないんだ。「どうしたんですか!?」 そんな時、彼がやってきた。 遅れて他のクラスメイトもやってくる。 事情を聴いた彼がぽつりとつぶやいた。「俺はスバ、赤井君の言うことを信じます」 「ほお……現場がこの状況なのに?」 先生が矛先を変えた。 どうやら同意してもらえると思っていたみたいだったらしく不機嫌そうな顔だった。「俺は彼を信じる」 「根拠もなくそのようなことを言うのはね」 呆れたように答える先生。 状況を見て分からないのかと言いたげだった。「根拠ならありますよ」 そう言うと彼は僕の足元を指さす。 そこにはた
しばらくして少し気になることがあった。「淳君は~」 彼はいろいろな人から淳君と呼ばれている。 でも淳君と呼ばれるたびに一瞬だけほんのわずかに雰囲気が変わるように感じたんだ。 それを感じ取れたのは僕が彗星と呼ばれた時に近いからだと思う。 「あの……、淳君って呼ばれるの、いやなの?」 その言葉は無意識に口から出ていた。 僕の言葉に彼が目を細める。 でもそれは一瞬のことだった。「いや、好きに呼んでくれていいけど」 その言葉に違和感はない。 でも僕には分かる。 それは本音ではないことを。「だって名前気に入っているんじゃ?」 初対面でわざわざ名前の由来を話した時に気になっていた。 よほど名前を気に入っていない限りそんなことはしないと思う。 だって僕は絶対に話したいと思わないから。「えー、そうなの?」 「気になるー」 僕たちの会話に周りにいる女子が混ざってきた。 彼はさきほどと同じ言葉を言ったけど女子たちはその言葉を疑うばかり。 僕は想定外の事態におろおろして何も出来ない。 そして彼があまりのしつこさに耐えかねたように口を開く。「あー、うん、そうだな、気に入っている、俺は淳之介って名前が好きだ」 「ごめんねー、淳君じゃなくて淳之介君って呼ぶね」 「あたしもー」 聞きたかった言葉を聞けて満足下に帰っていく女子たち。 ちょっと申し訳ないことをしたな……。「ごめん」 「何のことだ?」 「名前のこと」 「あー、まあたしかに言いづらかった面はある」 彼は頭をかきながらあらぬ方向を向いて答えた。 それがまるで怒られた子どものようで、少し笑ってしまった。「あ、何笑ってんだよ」 「だって面白かったから」 「……面白ければ笑うんだな」 「それはそうだよ」 僕の言葉にうなずく彼。 そして何が面白かったのか彼も笑い出した。 釣られて僕も笑う。 周りは不思議そうに僕たちを見ていた。・・・ そこから彼は以前にもまして親しく声をかけてくるようになった。「スバル、もっと気軽に話そうぜ」 「別に意図してやってる訳じゃないんだけど……」 「なら意図して気軽に話そう」 「なかなかに難しいことを」 彼は僕が何を言っても答
次の日、教室に入ると彼が声をかけてきた。「よぉ、スバル、元気か」 「まあ、一応」 「それは重々」 何が面白いのか口元が笑っている。 一体僕に何の用だろうか。 僕と絡んでも何も渡せるものはないのに。 僕たちの会話を見て中野さんが近寄ってきた。 彼女は口数が多く交友関係も広い。 下手な対応をして機嫌を損ねたらほぼ全ての女子から嫌われる、そんな人だった。「え、赤井君ってスバルなんて名前だっけ?」 「俺が決めたんだ、いいだろスバル」 「へぇー、淳君が決めたんだ」 「……良い名前だったと自負している」 「なんでそんなに自信があるのよ」 そんな中野さんを簡単にあしらえるのはすごいと思う。 そして以降も彼はことあるごとに声をかけてきた。 「スバルー、一緒にチーム組もうぜ」 「いや……僕がいても迷惑じゃ」 「俺は迷惑と思わない、よし解決だな」 「強引すぎる」 「お、いいツッコミ、そういうのをもっと頼む」 爽やかな笑顔で言われると反応に困る。 断ろうとしても流されてしまい、そのまま一緒にチームを組むことになった。 明らかに僕が足を引っ張っているのに、気にすることなく笑っているのが印象的だった。 そしてまたある日の下校時。「スバル、どっか寄っていこうぜ」 「なんで僕に……?」 「そりゃあ俺がスバルと一緒にどこか行きたいからだな」 「君と一緒にどこか行きたい人はたくさんいるよ」 「俺はスバルと行きたい」 真剣なまなざしでそんなことを言われると照れてしまう。 特段断る理由もないし一緒に行っても良いかなと思った時のこと。「あれ、淳君、どこかいくんじゃ?」 中野さんが声をかけてきた。 そして僕の方を見ると怪訝そうな顔をする。「赤井君……?」 探るような目で見られた。 あの様子だと先に誘っていたのかもしれない。「あ、僕は用事あるから、ごめんね」 断りを入れて、返事を聞く前にその場を去る。 人間は利益を奪い取るものに厳しい。 こういうちょっとしたことが後で大惨事を招くので避けるに越したことはない。 そんなこんなで過ごしていたある日。 クラスの男子達が不機嫌な雰囲気を醸し出しながら声をかけてきた。 「赤井、お
人間関係は利害関係。 相手に適切な利益を与えられなければ関係は維持できない、そう思っていた。「三浦淳之介です」 女子の目は壇上で挨拶する男子にくぎ付けだった。 そこらのアイドル顔負けの顔で優し気に微笑んで自己紹介をしていれば目を引くのは分かる。「自己紹介はこれぐらいだけど質問はあるかな?」 「えー、どうして淳之介って言うの?」 「気になるー」 今までの男子には何も質問しなかったのに、彼には媚びたような声と表情で質問している。 彼女達にとって見た目というのはそれだけの利益なんだろう。「親が芥川を好きでさ、本当は龍之介ってつけようとしたけど母から駄目だしされたから淳之介なんだ」 「そこでなんで淳之介になるのよー」 「そうそう」 「それがすごいんだ『龍の次といったら虎だろ、でも寅之助はいかついから次の順ってことで淳之介』だってさ、意味分からないだろう?」 「意味分かんないー」 「あたしは分かるな」 女子同士楽しそうに笑いながら話しているけど、目は笑っていない。 彼の話を理解しようと話しているというより、誰が会話の主導権を握るかで争っているようだった。 見た目……か。 彼以外が同じことを話してもあそこまで反応してもらえないだろうなとは思う。 奇しくもそれは直後の体育の授業で証明された。「え、また入れたよね」 「すごいよねー」 「さっき聞いたけどサッカーばかりでバスケットはやったことないって」 「スポーツ万能なんだ」 女子が話すことは全て彼のことばかり。 同じぐらい活躍しているはずの男子には視線すら送っていない。 運動能力を褒めている訳ではないのは一目瞭然だった。「舐めやがって」 それを男子が面白く思うはずがない。 ねたまれるのは当然の結果だった。「おっと」 ある男子が彼に足をひっかけようとした。 ほぼ完ぺきなタイミングでやり慣れているのが分かる。 でも彼には簡単に避けられてしまった。「すまない、足を踏みそうになったよ」 屈託のない笑顔でそう言われると、どうにも恥ずかしくなったようだ。 小さい声で返事して足を引っ込めた。 彼は誰に対しても明るく気軽で優しかった。 誰でも仲良くなるし、嫌われても態度を変えない。