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遅すぎた後悔と静寂の海
遅すぎた後悔と静寂の海
Author: 広野

第1話

Author: 広野
「真実か挑戦か」のゲームで負けた笠井宥丸(かさい ゆうまる)は、今までで一番刺激的だったことは何かと尋ねられた。

彼は片腕で篠崎千穂(しのざき ちほ)を抱き寄せ、気だるげな表情を浮かべていた。

「この耳の聞こえない出来損ないとやる時に、七緒の名前を呼ぶことだな。こいつは聞こえないから、自分の名前を呼ばれていると思い込んで、愛情たっぷりの目で俺を見つめてくる。喘ぎ声もさらに大きくなるんだ」

その瞬間、個室にいた全員が歓声を上げ、割れんばかりの拍手と囃し立てる声が鳴りやまなかった。

誰一人として、千穂の顔から血の気が一気に引いたことに気づく者はいなかった。

千穂はその場で完全に硬直した。周囲の騒がしい笑い声やからかいの言葉が、容赦なくその耳に流れ込んでくる。

「耳の聞こえない身で、宥丸さんに気に入られて囲ってもらえるなんて、一生分の運を使い果たしたレベルだぜ!宥丸さんに群がる女なんてごまんといるのに、七緒に少し似ていなかったら、あいつに順番なんか回ってくるわけないだろ?」

「でも、七緒が宥丸さんと復縁することに同意したって聞いたぜ。それなら、この耳の聞こえない身代わりはお役御免ってことか?宥丸さん、こいつは障害者だけど、顔はけっこう清純派で俺の好みなんだ。飽きたなら、俺に少し遊ばせてくれない?」

その言葉を聞いた瞬間、宥丸の顔から笑みがスッと消え失せた。

その美しい瞳に冷徹な光が宿り、鋭利な刃物のような視線で、口を開いたドラ息子を射すくめた。

「千穂に手を出してみろ、殺すぞ」

個室の空気は一瞬にして氷点下まで冷え込んだ。

しばらくの静寂の後、ようやく誰かがビクビクと愛想笑いを浮かべながら、その場を取り成した。

「冗談だって、宥丸さん。そんなにみんなを怖がらせないでくれよ。この界隈で、宥丸さんが目をつけた女に手を出す命知らずなんて、いるわけないよ」

「そうそう、怒るなって。みんな悪気のない冗談だよ。だけど、そこまで千穂のことを庇うなんて、まさか本気で惚れちまったわけじゃないだろ?」

それを聞くと、宥丸はフッと鼻で笑い、無造作な口調で答えた。

「本気になるわけがない。七緒は体が弱くて、ベッドの上のことにはあまり興味がないんだ。今回やっと俺との復縁に頷いてくれたんだ、ただ掌の上の宝物のように大切に甘やかしてやりたいだけさ。無理させるなんて可哀想でできないね。

こいつは18歳の時から俺についていて、体の相性もすごくいい。欲を処理する身代わりとして残しておくのに、ちょうどいいんだよ」

彼の口調が和らいだのを見て、個室にいる者たちもホッと息をつき、また軽口を叩き始めた。

「愛は七緒に、欲望はこの耳の聞こえない女に。宥丸さんのやり方はマジで完璧だな。この女はともかく、七緒はちょっとワガママが過ぎるから、しっかり機嫌をとってやらないとな」

「宥丸さんがこの数年、どれだけ尽くしてきたと思ってるんだ?七緒がアイドルの追っかけを好きだからってだけで、宥丸さんが自ら芸能界に入ってトップスターになったんだぞ。

彼女が拗ねて別れて海外へ行った時も、宥丸さんは週に三回も飛行機で飛んでいって復縁を求めたんだぞ。あらゆる祝祭日やイベントには必ずプレゼントを用意して、一度だって欠かしたことがない。その上、胸元に彼女のイニシャルのタトゥーまで彫り込んだんだからな」

「まったくだよ、七緒も相当薄情だよな。宥丸さんが4、5年も追いかけてやっと復縁に同意したんだから。俺ならとっくに諦めてるね!お前らに聞くけど、宥丸さんほど一途に、ここまで深く愛せる男が他にいるか?」

一つ一つの言葉が鋭い刃となって千穂の心に突き刺さり、胸が締め付けられて息もうまくできなかった。

彼女はこれ以上聞いていられず、全身を強張らせながら宥丸の腕の中から抜け出した。声まで震えていた。

「私、眠い……帰りたい」

彼女の顔色が優れないのを見て、宥丸が口を開こうとしたが、ふと何かを思い出したようにポケットから補聴器を取り出し、彼女の耳に着けてやった。

「ここはうるさすぎるからね、気分が悪くならないように補聴器を外しておいたんだ。何も聞こえないままここにいても、確かに退屈だろう。疲れたなら、先に帰っていい子にして俺を待っているんだよ、ね?」

彼はそう甘く囁いて機嫌をとりながら、彼女の口元に軽くキスを落としてから、ようやく手を離した。

千穂はうつむいたまま、ふらつく足取りで個室を後にした。

バーを出た途端、ずっとこらえていた涙が溢れ出し、頬を伝い落ちた。

体の力がすべて抜け落ちてしまったかのように、彼女は力なくその場へへたり込んだ。

耳元の補聴器が滑り落ちると、押し殺した自分の泣き声がはっきりと聞こえてきた。

千穂の耳が昨日すでに完治していたことなど、誰も知らない。

だから、先ほど個室で行われていた会話は、すべて千穂の耳に届いていた。

初めて宥丸に出会ったのは、ある交通事故の現場だった。

生死の境をさまよう千穂を置き去りにして運転手がひき逃げする中、偶然通りかかった宥丸が病院へ運んでくれたからこそ、一命を取り留めることができた。

九死に一生を得て目を覚ますと、彼が笑みを浮かべながら補聴器を差し出し、優しい声で語りかけてきた。

「医者がお前は耳が聞こえないと言っていた。これを着ければ、風や雨の音、蝉や鳥の声が聞こえるようになる。またこの世界と繋がることができるんだよ」

12歳の時に両親を亡くし、不慮の事故で失聴して以来、千穂はまるで世界から見捨てられたかのような日々を送っていた。

6年間も孤独に生活し、卑屈で敏感になり、他人との接触をひたすら拒んできた。

宥丸に出会うまでは。彼との出会いによって、千穂の暗闇に包まれていた人生にわずかな隙間ができ、そこから温かな太陽の光が差し込んできた。

彼女はその優しい眼差しに溺れ、自分を心から案じ、気にかけてくれるこの少年に一目惚れした。

身寄りのない哀れな境遇に同情したのか、宥丸も彼女を格別に世話してくれた。

宥丸は千穂を側に引き取り、他人との接し方を教えた。特別支援学校と連絡を取り、無事に大学へ進学できるように手配した。春夏秋冬の景色を共に眺め、無数のサプライズを用意してくれた……

日々の寄り添いに、千穂はすっかり彼を好きになり、恋に落ちていった。とうとう堪えきれなくなって想いを打ち明けた。

彼女は当初、世界中にファンを持ち、数え切れないほどの崇拝者がいる国民的アイドルの彼なら、きっと自分を拒絶するだろうと思っていた。

しかし、彼は微笑んでラブレターを受け取ってくれた。「千穂、俺もお前が好きだよ。ただ、俺の立場をわかっているだろう?この恋を公にすることはできないんだ」

その答えを聞いて、千穂は喜びで胸がいっぱいになり、彼と一緒にいられるなら何も気にしないと、必死に首を振って伝えた。

こうして二人の秘密の恋が始まり、宥丸は以前と変わらず彼女を溺愛した。

けれど、耳の障害のせいで、千穂は常に自分が彼にふさわしくないと感じていた。

堂々と彼の隣に立つために、彼女は密かに医師と連絡を取り、長く苦しい治療を始めた。

そして今、ついに聴力を取り戻した。

今日こそこの素晴らしい知らせを彼に伝えるつもりだったのに。まさか、自分が救いだと思い込んでいたものが、緻密に仕組まれたペテンに過ぎなかったとは思いもしなかった。

最初から、宥丸は彼女が白川七緒(しらかわ なお)に似ている顔立ちに目をつけ、意図的に近づいたのだ。

だから、彼の胸元にある「N・O」のタトゥーは、七緒のイニシャルであり、彼が言っていたような「適当に彫った模様」ではなかった。

欲情に身を任せている最中に補聴器を外すのは、別の女の名前を呼ぶためだった。

頻繁に海外の仕事をこなしていたのも、七緒に会いに行くためだったのだ……

この数年間の数々の不自然な出来事を思い返し、千穂は心が引き裂かれるような絶望に陥った。

目が赤く腫れ上がるまで泣き続け、心に抱いていた熱い愛情は、涙と共に次第に冷めきっていった。

絶望の淵に沈んでいた時、一本の電話が崩壊寸前の彼女の理性を引き戻した。

震える手でスマートフォンを取り出すと、大学の先輩の秋元実鈴(あきもと みすず)からの着信だった。

「千穂、本当に国立研究院への加入を諦めるつもりなの?この数年、あなたが示してきた驚異的な研究の才能には、私たちも到底及ばないわ。その若さでこれほどの成果を出すのは容易なことじゃないのよ。

今、宥丸と一緒にいるのは知っているけれど、あなたと彼は住む世界が違うの。少し年上の立場から忠告させて。そんな対等になれない恋にのめり込んではダメよ。彼が心からあなたを好きだとは限らないんだから」

その一言が、彼女をハッと覚醒させた。

もうこれ以上、自分を騙し続けることはできない。身代わりでいることも二度とご免だった。

だから彼女はゆっくりと涙を拭った。

この滑稽な恋に終止符を打ち、宥丸との関係を完全に断ち切る決意を固めた。

「先輩、私、行きます」

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