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新たな英雄の誕生

Author: 吉乃椿
last update Last Updated: 2025-06-23 18:34:47

若者の名はリアム。辺境の村で、ただ黙々と鉄を打ち、剣を振るう日々を送る、名もなき青年だった。彼が振るう剣は、父の形見である古びた一振り。いつか、この村を、大切な人々を守れるだけの力が欲しい――その一心だけが、彼の全てだった。

神託が下された夜、リアムはいつものように月明かりの下で素振りをしていた。

その時だった。天からの啓示と共に、手の中の古びた剣が、まるで溶けた月光を注ぎ込まれたかのように、まばゆい白銀の光を放ち始めたのだ。

「こ、これは……」

驚きに膝をついたリアムの手に、剣はまるで生きているかのように脈動し、馴染んでいく。錆びつき、刃こぼれしていた刀身は、曇りひとつない鏡のような輝きを取り戻し、その切っ先は、遥か彼方の王都を指し示していた。

彼の魂に直接流れ込んでくる、戦神セイ=ラムの意志。それは、彼がこれまで感じたことのない、厳しくも力強い神聖なエネルギーだった。

『偽りの英雄』『星を脅かす混沌』――

言葉の意味は完全には理解できない。だが、リアムにはわかった。自分が焦がれてやまなかった「力」は、この神聖なる剣と共に与えられたのだと。そしてその力には、果たすべき「使命」が伴うのだと。

夜が明け、リアムは旅支度を整えた。村長にだけ事情を話し、父の形見でもあるマントを羽織る。村人たちは、いつもと違う彼の決意に満ちた表情と、神々しい輝きを放つ剣に、ただ息を呑むばかりだった。

「行ってしまうの?リアム……」

幼なじみの少女が、不安げに彼の袖を掴んだ。

「……ああ。行かなければならないんだ」

リアムは、彼女の頭にそっと手を置き、微笑んだ。その笑顔は、以前の彼にはなかった、大きな覚悟と自信に満ちていた。

「必ず、帰ってくる。この村を守れる、本当の英雄になって」

リアムは振り返ることなく、王都へと続く道を歩き始めた。

彼の旅は、決して平坦なものではなかった。神の力を授かったとはいえ、彼自身はまだ、戦いの経験も乏しい若者だ。道中で出会う魔物との戦いや、荒くれ者とのいざこざを通じ、彼はセイ=ラムの剣技を身体で学び、英雄としての器を少しずつ磨いていく。

そして、彼の耳には、旅の先々で不吉な噂が届くようになった。

「あの高潔だったカイル様が、豪商の屋敷を襲い、財産を根こそぎ奪ったらしい」

「それだけじゃない。屋敷にいた貴婦人たちを我が物とし、夜な夜な酒池肉林の宴に溺れているそう
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