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第5話

Auteur: 恙なく
愛禾里の頬の腫れは、二日がかりでようやく引いていった。

心配して電話をかけてくる同僚たちに、彼女は笑って言い放った。「ちゃんと二発、倍返ししたから。結果オーライよ」

これでようやく、時也も彼女の覚悟を理解したはずと、愛禾里はそう思っていた。

ところが、たった三日後。

時也の新しい番号から、メッセージが届いた。

【お前のその強情なところは承知している。だが、俺が少しずつ矯正してやる。ただし、間違ったことは謝る。それが教えなくてもわかるんだろう?

それに、柚魚が、昔俺たちが一緒に作った潜水艦の模型を気に入ってな。いくつか選んで譲ってくれ。お前のあの時の衝動に対する償いだと思えばいい。

柚魚は心が広いから細かいことは気にしない。お前も大人しくしてくれ】

たった数行の文章を見つめながら、愛禾里は思わず嗤いた。

そして心の奥で、静かに呟く。

――見てよ。これが、かつて私の青春の全てだった人だ。

どうして、こんなにも……みすぼらしくなってしまったの?

彼女は指先で軽く打ち込んだ。

【模型なら、古い家の屋根裏に全部置きっぱなしよ。好きなだけ持っていって。ちょうどゴミを捨てる手間が省ける】

その「古い家」にはもう何年も住んでいない。

仕事に追われ、片づける暇もなく、荷物は二年間そのままだった。

メッセージを送って間もなく、時也から電話がかかってきた。

どこか得意げな含み笑いを帯びた声だ。「なあ、愛禾里。興味ないとか言いながら、まだ模型を全部取っておいたじゃないか?ん?」

彼はわざと言葉の最後を伸ばし、軽い笑いが混じる。「やっぱり、心の底では忘れられないんだろ。口では強がっても、本当は繊細な女だからな」

「ただ片づけるのが面倒だっただけ」愛禾里は淡々と遮った。「全部持っていって。邪魔だから」

それだけ言って、彼女は電話を切った。スマホを置き、こめかみを揉みながら深く息を吐いた。

少し疲れを感じていた――が、ほどなくして、再びスマホが震え出した。

知らない番号から、何枚もの写真が送られてきた。

映っていたのは、あの古い家の屋根裏。

埃をかぶった中で、ガラスケースに守られた潜水艦の模型たち、一つ一つが小さく、精巧で、かつては宝物のように大切にしていたものばかり。

それらは、かつて愛禾里と時也が、限定販売を求めて何時間も並び、幾晩も徹夜して、時にケガをしながらも一緒に組み立てたものだった。

年月を重ねるごとに模型は増え続け、全ての壁を埋め尽くしていた。

――その写真の中で、柚魚がいくつかの模型を何気なく手に取っていた。

背後には、それを優しく見守る時也の横顔。

送り主も、意図も、明白だった。

これは単なる報告などではなく、誇示であり、宣言だった。

「かつてあなたが大切にしていたものも、あなたが愛した人も、今はすべて私のもの」と。

愛禾里は、画面を見つめながら、ひとつひとつの模型の形を、心の中でなぞった。

どれも彼女が自らの手で丁寧に磨き、愛情を込めて飾ってきたものだ。

なのに今、そこにあるのは、ただの虚無だけ。

ふと、記憶の底からある光景が鮮明によみがえった。

――数年前、深海任務の最中。

潜水艦が機械故障で動力を失い、彼女と時也は暗く冷たい深海の底に残された。

救助がいつ来るかも分からない、その閉ざされた闇の中で、時也が彼女の手を強く握り、低く、しかし確かな声で囁いたあの言葉――

「愛禾里、怖がるな。永遠にお前を離さない。

もし、もう二度と戻れなかったら……

次の人生でも、同じ学校に通おう。同じ潜水艦に乗って、俺が艦長で、お前が副長だ。

また一緒に、もっと深い海を見に行こう」

――その言葉は、絶望の底で確かに彼女の心を支え、永遠さえ信じさせた。

けれど、今ならわかる――「永遠」ほど、儚く、脆く、移ろいやすいものはないと。

愛禾里はゆっくりと目を閉じた。

そして指先で画面をなぞると、ためらいなくその新しい番号をブロックリストに登録した。

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