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第7話

Author: 欠月うさぎ
勢いよく顔を彼の胸に埋めた。

分厚いダウン越しに、激しく早まる鼓動が聞こえた。

距離が近すぎて、その心音が彼のものなのか、私のものなのか、もう分からなかった。

しばらくそうしていると、行野はようやくゆっくり私を離した。

「……もういないよ」

顔が真っ赤に熱くなった私は、彼に帽子を掴まれたまま、されるがままキャンプ場に連れ戻された。

和也はすでに戻ってきており、真っ黒に曇った顔で、何を思ったのかいきなり行野に質問し始めた。

「お前、あんなにイケメンなら彼女も多かったんだろ?」

明衡が代わりに答えた。

「はは、こいつ見た目は良さそうに見えるけど、実は超無口で、追いかけてくる女の子も全部逃げ出すんだよ」

和也はふと、こう尋ねた。

「で、お前と言織はどういう関係だ?」

突然の質問に、場が一瞬静まり返った。

行野は私をじっと見つめ、まるで私の返事を待っているようだった。

私は目を閉じて答えた。

「付き合ってる」

行野、ごめん、ちょっとだけあんたを盾にさせて。

もう和也にこれ以上まとわりつかれるのは嫌だった。

行野は否定せず、私の椅子の背に腕を回し、まるで「俺の女だ」と言わんばかりの態度を取った。

和也は完全に顔を曇らせ、最後は仕事を理由にそそくさと帰っていった。

甘寧は目を見開き、「マジで?うそでしょ?うそ!?」と大騒ぎ。

私は真っ赤になりながら彼女の質問攻めに耐え、ありもしない話をそれっぽくでっちあげた。

明衡は急に納得したように、

「ああ!この前の食事会で分かってたよ!言織の目線、どう考えても怪しかったもん!」

――気のせいかもしれないけれど、行野がふっとわずかに笑ったように見えた。

キャンプから戻った後、和也はしつこく私に電話をかけてきた。

ブロックしても、また別の番号でかけてくる。

あまりにもしつこくて、とうとう私は電話に出た。

「言織……やっと出てくれたんだな」

彼はとても嬉しそうだった。

「俺、彼女と別れたんだ。この間ずっと、どうしてもお前のことばかり考えてしまって……本当は、俺……自分の気持ちに気づいてなかったんだ」

和也は、毎回、私の中の彼のイメージを見事に打ち壊してくれる。

その言葉は、むしろ私への侮辱にしか聞こえなかった。

「前に一緒にスキー行きたいって言ってたよな?俺、休み取って一緒に行く
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