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第13話

Author: みかん大福
秘書はおそるおそる答える。「小栗さんを追い出したあと、急に姿が消えてしまって。ご報告しようとしたんですが、大城さんから余計なことを言うなと指示があって、三上社長を怒らせたくないからだそうです」

「じゃあ結菜は?」重人はスマホを握りしめ、顔がさらに暗くなる。

「わ、分かりません……」秘書はしどろもどろになる。

彼の目が冷たく光り、低い声に怒気が押し込められる。「まだ調べに行かないのか」

通話を切った瞬間、重人は椅子を思いきり蹴り飛ばし、怒りをぶつける。

まさか菜月の手がここまで伸びて、自分を飛び越え、部下の判断まで左右しているとは思いもしなかった。

衝撃で机の上の箱が落ち、お守りが転がり出た。

重人は一瞬動きを止め、かがんで拾い上げる。それが柚希とビデオ通話をした時、彼女が結婚記念日のプレゼントに渡すと言っていたものだと気づく。

彼女は礼をし、地に額をつけ、三千段もの石段をひたすら膝で登り続けて、ただ彼の無事と幸せを祈っていた。

重人はリビングの中央に立ち、初めて無力という言葉を思い知る。

柚希が丹精込めて育てていた花はすでに枯れ、彼のためにいつも灯していた常夜灯もどこかへ消えていた。

重人は柚希の愛に甘え続け、何でも許されると錯覚していた。だが今回は違う。胸の奥から焦りがせり上がる。

スマホの画面を瞬きもせずに見つめ、彼は落ち着かない足取りで革靴の底がフロアを行ったり来たりする。

突然スマホが震える。

秘書の怯えた声が聞こえてくる。「三上社長、小栗さんの行方、どうしてもつかめなくて……」

「バカが」重人は思わず怒鳴る。「じゃあなんの電話だ」

「でも結菜さんの死亡証明が見つかりました」秘書は腹をくくったように言う。

重人の手からスマホが落ち、床で粉々にひび割れる。

押し寄せる悲しみに頭が真っ白になり、思考が止まる。

「三上社長、ご愁傷様です」スピーカーから秘書の声が続く。「鑑定では、結菜さんの致命傷は……ナイフによるものと」

重人は身体が揺らぎ、スマホを拾おうとして膝をつきかける。

もし結菜がそんな目に遭ったのなら、柚希は……

彼はその先を考えるのが怖い。

娘を失った現実が重すぎて、身体の動きさえ鈍くなる。なんとか冷静を保ち、秘書に指示を出した。「航路を調整しろ。菜月に会いに行く」

重人は険しい表情のまま、三上家の私立病
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