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5話 不屈のランウェイと、覚醒の降臨

last update publish date: 2026-09-28 02:44:37

会場の照明がゆっくりと落とされ、静寂が広がった。

​スポットライトが照らし出したのは、ランウェイの中央。Eがこの夜のためだけに仕立てた新作ドレスを纏った、トップモデルの姿だった。

​夜空の星々をそのまま織り込んだかのように輝く、繊細で完璧なシルクガウン。

息をのむような美しさに、集まった各国のセレブやメディアから惜しみない感嘆の溜息と拍手が沸き起こる。

​「……素晴らしい。さすが、世界のファッション界を震撼させる天才『E』だ」

「レガシーの買収はヴァレンタイン・グループの最高の大勝利だな」

​喝采のなか、VIPエリアに立つイザン・ヴァレンタインもまた、その出来栄えに満足げな笑みを浮かべるはずだった。

​だが、彼の瞳は冷たく澄み切っていた。

視線はランウェイではなく、会場の隅——先ほどから姿を見せない、あの地味なアシスタント「エマ・ローラン」の行方を追っていた。

​一方、会場の壁際では、クロエが唇の両端を吊り上げてほくそ笑んでいた。

​(ふん、せいぜい中で泣き崩れていればいいわ。イザン様がわざわざ用意してくださった極上のドレスを台無しにしたんだもの。あの芋女、今夜で完全にクビよ!)

​クロエの策略は完璧だった。イザンが用意したドレスに赤ワインをぶちまけ、エマを失脚させるはずだったのだ。

​モデルがお披露目を終え、ステージから静かに退場する。

誰もがショーの終了を確信し、拍手が鳴り止もうとしたその時——。

​ふいに、会場のすべての照明が暗転した。

​「……? 何事だ?」

「停電か?」

​ザワつく会場に、重厚で低音のチェロの旋律が響き渡る。

マイクを通した司会者の困惑混じりのアナウンスが流れた。

​『……皆様、大変失礼いたしました。ここで急遽、もう一人のモデルによる特別なお披露目がございます』

​「もう一人……?」

​イザンの眉が不審そうに跳ね上がった。そんな演出は予定にない。

​直後、一筋の鋭いスポットライトが、ランウェイの最奥を照らし出した。

​そこに立っていたのは——。

​会場中の息が、一瞬で止まった。

​ゆっくりと歩みを進めてくるのは、プロのモデルをも圧倒する、気品に満ちた絶世の美女。

​光を吸い込むような漆黒の黒髪をなびかせ、滑らかな白磁の肌、そして誰も寄せ付けない高貴で冷ややかな瞳。

彼女が纏っているのは、深紅と漆黒が狂おしく交差する、情熱的なオートクチュールドレスだった。

​「な……ッ!?」

​クロエの手から、グラスが床へ落ちて砕け散った。

顔から血の気が引き、恐怖でガタガタと震え出す。

​(嘘……嘘でしょ!? なんで……なんであの女が……!?)

​そこにいたのは、さっきまで蔑んでいた地味な芋女——エマ・ローランだった。

​クロエに赤ワインをぶちまけられ、無残に汚されたはずのドレス。

エマはそれを悲しむどころか、ワインのシミが広がった胸元から腰にかけてをハサミで大胆にカット。残った鮮やかな赤のラインを、まるで「漆黒の夜に咲き誇る一輪の深紅の薔薇」のように再構成し直していたのだ。

​汚れを隠すのではなく、悪意そのものを最高峰の芸術へと昇華させて見せた、圧倒的な手腕。

​エマがランウェイの中央で立ち止まり、優雅に振り返る。

歩くたびにチラリと覗くしなやかな脚と、完璧に計算されたドレスのドレープ(ヒダ)が、彼女の美しさを凶器のように際立たせていた。

​「素晴らしい……! なんだあのドレスは!?」

「元々の新作も完璧だったが、あのドレスはまるで『命』が宿っているようだ!」

「あのデザイン……あの縫製……! あれを着こなしているあの大胆な美女は一体誰なんだ!?」

​会場は割れんばかりの歓声と、フラッシュの嵐に包まれた。

誰もが「さすが E のデザインだ」「Eの真骨頂を見た」と絶賛し、興奮に酔いしれている。

​エマは万雷の拍手の中で、冷ややかな笑みを浮かべた。

視線の先には、青ざめて腰を抜かしているクロエ。

​(私をハメたつもり? 浅はかなお姉様。あなたの悪意すら、私の作品の材料にすぎないわ)

​そして——エマの視線は、VIPエリアで凍りついたように立ち尽くす男と交差した。

​イザン・ヴァレンタイン。

​彼の持つグラスが、指の力でミシリと音を立てていた。

氷のように冷徹だった彼のアイスブルーの瞳は、いまや激しい衝撃と狂おしいほどの欲望で燃え上がっている。

​完璧な美貌。圧倒的な才能。

そして、あの空港ですれ違った高嶺の花であり——5年前のあの夜、暗闇の中で自分にしみついて離れなかった“あの香り”の主。

​地味だったはずの女が、今、目の前で世界をひざまずかせている。

​「エマ……ローラン……」

​イザンの口から、呪文のように彼女の名が漏れ出た。

​ランウェイを降りたエマは、フラッシュの光を背に受けながら、静かに会場の奥へと消えていく。

​イザンは側近の制止も聞かず、衝動に突き動かされるように、彼女の後を追って走り出していた。

​静まり返った薄暗い舞台裏の廊下。

​ヒールの音を響かせて歩くエマの腕が、背後から強靭な力で掴み上げられた。

​「待て……っ!」

​壁に押し付けられる。

目の前には、荒い息を吐き、理性を失いかけた瞳で自分を見下ろすイザンがいた。

​「正体を隠していたな……お前があの空港の女で……このドレスを作ったというのか?」

​壁と彼の体躯に挟まれながら、エマは動じることなく、妖艶で冷ややかな微笑みを浮かべた。

​「お気に召しましたか、CEO? でも……私の本当の秘密は、まだこれだけじゃありませんよ」

​イザンの顔が歪み、彼女の唇を奪おうと顔を近づけた瞬間——

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