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第7話

last update Last Updated: 2025-04-17 17:00:12

「ふんっ! あのお高く留まった公爵令嬢が大事にしてるっていうからどんなのかと思ったら、全然大したことないじゃないっ!」

 ……さようでございますね。

 アン様は確かに素晴らしいお方ですが、たかが同室なだけの田舎令嬢が素晴らしいかどうかは別問題だと思うし。

「髪の色も目の色も地味だしっ!」

 ……護衛職は地味な方が目立たなくていいんですよ?

 貴女様の金髪は護衛職に向かなそうですね。ぐるんぐるんの縦ロールも目立ち過ぎです。

「顔だって平凡だしっ!」

 ……護衛職は平凡な方が……以下略。

 貴女様の派手なお顔立ちは護衛職に……以下略。ていうか、せっかく整ったお綺麗な顔なのに、元々ネコみたいに釣り目気味の目尻も、しっかりと整えられた柳眉もキリキリと上がっていて、幼子が見たら泣いちゃいそうなお顔になってますよ?

「タヌンそっくりだしっ!」

 うっせえわっ! 誰が害獣だっ!!

 ていうか、なんで一国の王女サマがタヌン知ってるのよっ!!

 と叫びたくても、口元を布で縛られているので声を出す事もできない。うーと唸るくらいしかできないし、そうするとますますケモノっぽくなってしまうので、とりあえず黙っている。

「ホントにこの女を人質にすれば、あのティボー家の女は言う事聞くのっ?!」

 いえ、聞かないと思いますよ? さすがに一介の田舎令嬢が攫われたからといって、たかだか同室なだけの公爵令嬢様が動くとは考えにくい。

 ……むしろ女装の秘密を知ってるわたしを、手を汚さずにポイ出来るから万々歳とか……って流石にソレはないか。

 そこまで薄情なお方ではないだろう。アン様は。

「もうっ! とりあえずあの女に道理をわからせるわよっ! この小娘はここに閉じ込めておきなさいっ! ……今はまだ……ね」

 そう言ってにやりと微

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    「……という訳で護衛をクビになったんですが……」 ここはティボー公爵家の一室。  目の前のテーブルにはさっき食べ損ねた美味しそうなお菓子の数々。  だけど、さっきとは違う場所、違う人物が目の前にいらっしゃるので気軽に手を出せない。くぅ!「ははっ! 僕は君をクビにした覚えはないかなぁ?」 面白そうに笑うのはティボー公爵様。アン様の……アラン様のお父君であり、わたしの依頼主だ。「はい。わたしもご依頼主様から解任を命じられた覚えはございません。  ただ、護衛対象者が明確に拒否を示されましたので、こちらとしても別の手を考えるしか……」 ふむと思案の表情になってみると、未だ笑いを含んだままティボー公爵様がわたしに訊ねた。「だいたい何を言ってあの子を怒らせたんだい? 見た感じウチの息子の方が君を離さないよう必死だろう?」 田舎令嬢一人捕まえるために、公爵令息様が必死にならないでください。  さて、そんな公爵令息様、いや令嬢様か? を怒らせた原因ねぇ。……一つしかないけど。「ティボー公爵令嬢様の周囲に最近黒い怪鳥が出没しております」 単刀直入にそう告げれば、未だ笑っていたティボー公爵様が硬直した。「それは……」「はい。恐らく『厄介な隣人』が関わっているかと……」 わたしの言葉にティボー公爵様の纏う雰囲気が重くなる。  その反応に……やっぱり……という気持ちが浮かぶ。  それと同時にズキリとした胸の痛みとむかむかした気持ちが湧いてきた。「……そうか。それで彼女は君を遠ざけたということか……」「はい」 ふむ、と顎に指をあて、思案する公爵様。  チラリとわたしを見て目を伏せ、すごい勢いでわたしを再度見た。  この前王宮で見たお兄様の二度見に負けず劣らずの、お手本のような二度見だった。「あのね……?」「はい」「もしかしてなんだけど……」「はい」「レリアーヌちゃん、君……滅茶苦茶怒ってる?」

  • 銀のとばりは夜を隠す   第二章 第3話

    「もう、貴女は不要よ。同じ部屋にいるのも不愉快だわ。この場から去りなさい。レリアーヌ・バタンテール」 高貴なご令嬢らしく、扇で口元を隠し、特徴的なロアを冠する由来でもある紅い瞳を曇らせたアン様がそう告げた相手は……わたしだった。「……突然どうしました?」 何か悪いものでも食べました? と呟きながらテーブルの上を見やる。  そこにはこのお部屋では恒例となっているアン様が公爵家から持ってきた美味しいお菓子と、わたしがせっせと淹れたお茶が並んでいた。 そう、この恒例の小さなお茶会を始めるまではアン様はいつも通りだった。  いつも通りわたしを揶揄って、わたしの淹れたお茶をわかりにくく褒めてくれて、そして……。 突っかかってくるご令嬢と一緒にいた時に遭遇した黒い怪鳥の話をしたんだ。 そしたらこの有様である。  さすがに急転直下過ぎて訳が……わからなくもないけどさぁ。「どうもしてないわ。わたくしも気づいたの。貴女をわたくしの側に置くのは相応しくないって」「はぁ……」「だから......。もうこの部屋は出て行って。寮母には別の部屋を用意させるわ。  だからもう……二度とわたくしに近づかないで」「……本気ですか?」 真っすぐにアン様の紅眼を見つめる。  一瞬揺れた瞳は確固たる意志を持ってわたしを見返してきた。「あたりまえじゃない」「理由をお伺いしても?」「……理由なんてないわ。ただ……貴女を側に置くことは止めたの」 内なる感情を抑え込んでいることが明らかにわかる、僅かに震えた声でそう告げるアン様の方が……傷ついてるのに。「……さようでございますか」 わたしの返事に、アン様の瞳がぐらりと揺れる。  だけどそれを無理やりに押し込む。扇を掴んでいる手が僅かに震えているのに気付けるのは……鍛錬を重ねて動体視力を鍛えてきた成果だろう。「……そうよ」「畏まりました。……今までお世話になりました」 そう言ってアン様の

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