LOGINアドリアンは、アリエルを妻に任せ、前王妃マーガレットの多くの罪の後始末をどう処理していくか頭を悩ませていた。
マーガレットの部屋から見つかったのは、かねてから噂のあった若い騎士たちとの不貞や常軌を逸した行為の数々だ。
こともあろうに、それを全て映像記録として残していたのだ。
「……普通なら、証拠なんて残すはずがないだろう」
それはマーガレットだって、首を絞める行為のはず。
だが、彼女にとっては、それが彼らを脅迫するための道具に過ぎない。嗜虐か、支配欲か。
何だったらこの映像を見て彼女に従う姿まで更に収めている。アドリアンは思わず顔を覆った。
これが外に出れば、元とはいえ王妃と不貞関係であり続けた者は全員身の破滅を意味する。
そして、このような恐喝行為に及んでいる段階で、王や王妃の犯した罪が表に出たら王家の存在意義にも影響が出る。
セドリックと話し合った末、アドリアンたちは当事者を呼び出し、一人ずつ「処理
レオンハルトとミレイユは、アドリアンからの言葉をお互い意識しすぎて、アドリアンの家を出てから無言で帰路についていた。アドリアンめ――レオンハルトは苦々しくも、的確な指摘にぐうの音も出ない。アリエルは、まだダリウスの名前を知るところから始める。 昔の記憶もなく、ダリウスに再び恋心を持つかどうかも怪しい。 むしろ、前はどうやってダリウスに恋をしたのか知りたいぐらい、今のアリエルは感情に乏しかった。そんな二人の恋の成就と結婚を待っていたら、いつになっても自分とミレイユの仲が進展するとは思えなかった。 そんな悩みなんて、アドリアンには全部見透かされていたみたいじゃないか。「師匠とダリウスの恋は十年以上の積み重ねで出来ていたものなんです。また一からなんですよね……あの二人……」ミレイユは、無言の道のりを破るように、レオンハルトに呟いた。「う、うん。焦らせてはいけないけど、確かに二人の結婚を待っていたら、俺たちが婚期を逃してしまうかもしれないよね」レオンハルトは、冗談のように笑い飛ばして話をしようとした。 だが、再び何かを考えるように黙り込むミレイユに、どう声をかけていいかわからない。自分たちはお互いの想いも伝え合って、両思いだ。 何度もレオンハルトから結婚したい話も伝えている。 本当に後はタイミング。 だが、アドリアンから言われて仕方なくというのではなく、ミレイユがその気持ちになった時に結婚したいと思っていた。だけど……本当は、ミレイユと早く結婚したいなあ。レオンハルトは、ちらっと隣を歩くミレイユを盗み見る。◆ミレイユもまた、考えていた。師匠が意識を取り戻した後からもいろんなことがあった。 まず、アドリアン様に賛同したレオンハルトさんは、騎士を辞めると爵位までも返上する意思を示した。 そして、王家が必死に慰留するような人物だったが、迷わず国の騎士団長という名誉ある仕事を辞めてしまった。更には、大きなタウンハウスを手放し、世話にな
「ダリウス、今までどこに消えてたんだ?カイルに聞いてもらってもダリウスがどこに行ったかみんな知らないというし……公爵領に帰ったのかと思ったぞ」ダリウスに会おうと思っても、結局居場所は分からなかった。「まさか樹海防衛部隊にいるとは思わないだろう。他の奴らはどうしたんだ?」レオンハルトが問いかける。「樹海防衛部隊を極秘部隊に戻していたんだ。樹海の魔物は増えても、錬金道具はアリエルかミレイユしか作れない。王都の街道用のやつは効き目が弱いから、隊員を俺の防御魔法で守っている状態だ」ダリウスは眠るアリエルの手をそっと撫でながら、淡々と答える。「でもそれも限界があって、結局、ほとんど一人で魔核を取りに行っている」「一人で?」レオンハルトは思わず目を見開いた。自分はかつて、ヘルカーン一匹にすら泣かされたというのに。しかも魔核なんて、一つの魔物に一個しか取れない。「兄はどうしてるんだ?」不機嫌そうにアドリアンが割って入る。ダリウスは、首を横に振った。「父も俺も話はしているが、兄の上級貴族意識は変わらない。今は魔導炉の担当をしている。兄が選んだ元魔術師を、育てつつやっているが、魔核が足りない上に、魔導炉を整備できる人がいない」長く高濃度の魔核を入れ続けた結果、魔導炉から王都へ向かう魔力がうまく送られていないという。やがてダリウスは、王太子のことにも触れた。「王太子のエリオットは10歳だ。アルベルトでは、考えに偏りが起こることを危惧して、父が直接教育することになった。ただ、まだ10歳だ。父親と引き離されたと思ってずっと泣いている。実父のことや離した理由も説明はしているが、理解できる歳じゃない」「それは、かわいそうだな」レオンハルトは思わず呟いた。「歪んだ愛情を注がれるよりはマシだが、慣れない王城に連れて来られ、父親と離されるだけでも不安だよ」更には、お前の本当の父は幽閉された王だと告げられ、突然王になるための教育が始まるのだ。
ダリウスは、崩れ落ちるアリエルを急いで抱き止め、慌ててその口元に耳を寄せた。かすかな息使いが聞こえる。血流も流れている。それなのに、体は冷たい。「……もしかして、魔力欠乏か?」暗い拠点では顔色までは分からない。眠れば回復するかもしれないが、医師の診断を仰ぐべきだろう。ダリウスは厳しい表情になったが、通信室からアドリアンへ報告を入れる。【アリエルが倒れた。樹海防衛部隊の拠点にいる】【すぐ迎えに向かう】その返答も早く、なぜそんなところにいると言うアドリアンの叫び声が聞こえてくるようだった。「アリエル……もう、会えなくなるな」ダリウスの胸の奥は締め付けられ、絶対に忘れないとアリエルの寝顔に視線を注いだ。急いでアリエルを抱き上げて、かつて彼女が使っていた隊長室のベッドへ運ぶ。ベッドに横にした後、ゆっくり離れようとしたその瞬間、アリエルはダリウスの服をぎゅっと握った。「……そばにいるよ。迎えにくるまではね」無意識に求められることが嬉しかった。けれど困ったことに、今度は何がなんでもダリウスの服を掴んで離さない。仕方ないのでベッドには寝かせず、座ったままアリエルを抱きしめることを選んだ。アリエルの眠る横顔は子供のように安らかだった。まだ二十歳そこそこと言われても信じてしまいそうだ。ダリウスはそっと周辺を見回す。そして、誰もいないことを確かめて、そっとアリエルの唇に自分の唇を重ねた。罪悪感に震えながらも、これはお別れのキスだと言い聞かせる。アリエルの髪を撫で、額に触れ、頬に触れ、ただひたすらその温もりを確かめる。「……さよなら、アリエル」ダリウスはアリエルに呟いた。迎えは早かった。一時間もかからない。魔物よけを張って急げば、アドリアンの領地から拠点は近いこと
ダリウスは、魔物を思うように退治できずぐったりして戻ってきた時、目の前の光景に息を呑んだ。幻を見ているのかと思った。「……アリエル?」会ってはいけないはずなのに、会いたかった。相反する思いが胸の奥でぶつかり合う。そこに立っていたのは、やはりアリエルだった。無表情で、淡々と話す。会話は噛み合わず、言葉をそのまま受け取る。出会ったばかりの頃と同じ様子で、人にあまり関心がなさそうだ。(やはり、俺のことは何も覚えていないんだな……)嬉しさよりも切なさが勝つ。あの頃の彼女は、もういない。28歳になったはずなのに、心はあの頃の少女のまま。(彼女にとって俺のことなんて覚えてなくて良かったんだ)アドリアンの言葉が胸を抉った。《お前と出会わなかったら、アリエルは幸せだった》このような言葉をずっと彼女は言われて、そして彼女を苦しめてきたと思うと胸が張り裂けそうになる。だから自分のことは覚えていなくていい。自分だけが、居なくなったアリエルを忘れずにいる。それでいいと思っていたのに……それでも、また出会ってしまった。しかもアリエルは、今、自分が喉から手が出るほど欲している魔核を袋いっぱいに詰め、無造作に「やる」と言って置いていこうとする。相変わらずすごい奴だな。ダリウスは、その魔核の量に驚きを隠せない。「これが、会えるのは最後かもしれない」無意識に、なんとか繋ぎ止めようとしてしまう。噛み合わない会話の中、ダリウスは懐から飴を取り出した。初めて出会った時の、再現ができるかもしれない。舐めれば、少しでもあの日の事を思い出してくれるかもしれない。だが、彼女は飴を知っていた。なぜか貴族の作法を口にし、淡々と語る。過去をなぞることは、もうできない。それどこ
アリエルは、塔で生活しながらかつてのようにひたすら魔物を狩っていた。 だが以前と違うのは、それが無駄な殺生のように思えることだ。それだけではなく、魔物の死骸もたくさんあるが、かつてのように全部解体する体力も残っていなかった。前の感覚ほど、一晩中動けない…… ポーションを飲んでも回復が遅い気がする。ミレイユに素材を持って帰って帰るものだけ解体しようかな…… 前は……時々、解体も誰かが手伝ってくれた気がする。「ん?気のせいかな……そんな人はいない……」アリエルは首を傾げた。 困った。 とりあえず魔核だけは取ってみたけど、使い道がないぞ。「魔核……誰も欲しがらないのかな」気がつけば、樹海防衛部隊の拠点前にいた。たくさん魔核がとれた。 ウロウロして、パッと渡してダッと逃げたらいいんじゃないか。そうだ!そうしようもう違う人がこの仕事してるっていうけど、誰がいるんだろう。 アドリアンは、もう魔術師もいないって言ってたけど……拠点の中は、記憶とほとんど変わらない。 ただ、前よりは広くて、あちこちに部屋のような穴ができてる。 前は一人だったけど、今は防衛部隊は人が多いのかな? だから、魔核はいらないのかもしれない。「どこに魔核置いて帰ろう?」スタスタ歩くと、真ん中に広い空間とテーブルがある。 そこには防具がたくさんおかれている「すごい!月影狼の毛皮だ。あれ?何か加工してる」見慣れない錬金術を施した防具に見入ってしまう。 どうなってるんだろう? もう少し見たいぞ!アリエルはそのまま迷わず進み、思わず防具に触り、どう加工したのか調べていく。「……あれ?これ私の術式と似てる。作った記憶はないなあ?」錬金術の術式はみんな違う。 似ているとしたら、自分と同じミレイユが作ったものだろうか? アリエルは首を傾げた。「誰だ!……え?まさか……アリエル?」
アリアの病気が治ると同時にカイルはさっさと結婚した。今では、すっかりラブラブだ。それを横目に見たレオンハルトは、大きくため息をついた。「レオンハルトさんも早く結婚したらいいじゃないですか」すっかり軽薄さの抜けたカイルが、当然のように言う。こいつは誰だ?アリアに夢中で一途であることを隠そうともしない。アリアも娼館出身であることを気にしていたが、意外と馬1時間のこの領地には知り合いもいなくて安心して過ごしている。今はふっくら健康的になって表情も落ち着き、カイルとアリアは穏やかな夫婦に見えた。「結婚……押し切った方がいいのかな」レオンハルトは口には出してみたが、不安は消えない。「俺だって早く結婚してしまいたいんだよ。問題はミレイユがアリエルを一人にしていいか気にしているんだ」「会話も成立しませんよね。人が目の前にいても、意識してるのかどうか……」カイルも、アリエルの様子を思い出して眉を寄せた。アリエルはこちらからコンタクトを取らなければ、一方通行である。向こうからこちらを求めてくることはない。ミレイユが心配しているのは、このまま自分と結婚したら、やり取りがもっと減りそうで、接点がなくなりそうで怖いという。「……あれが過去の彼女なら、よっぽどダリウスが声をかけて、人らしくしていったんだろうな。昔の日記の彼女はあんな感じじゃなかった」ただ、忘れている記憶もあるらしい。アドリアンが教えたことは軽く説明すれば思い出す。「記憶の蓋が外れれば、もう少し今までのことを思い出して、人間らしくなるのかもしれない」そう話すアドリアンに、最近はエレオノーラ夫人がマナーや礼儀、ダンスまで仕込んでいるそうだ。「アドリアン。あれだけ啖呵を切ったのに、あんな貴族のマナーを教えたところで活かしようがないだろうに。やっぱりダリウスと一緒になる道を残そうとしてるんじゃないかな。それとも、別の縁組を狙ってるのか&h







