……泣いてる?
自分がおとす影のせいで視界が悪く、後ろへ引くまで気付けなかった。
組み伏せていた華奢な青年は、大きな雫を零して泣いていた。不憫に思うほど小刻みに震え、唇を噛んで声を押し殺している。
てっきり自分と同じで色事が大好きだと思ったのに。……そういえば勃つのも遅かったし、緊張し過ぎる。最初はわざと嫌そうな態度をとってるんだと思ったが、この涙は演技には見えない。
そう分かった途端焦りと罪悪感が波のように押し寄せてきた。美しい見目の上好みの顔立ちだったからつい調子に乗ってやり過ぎてしまった。
大変なことをした……!
「すっすまん! 怖がらせるつもりはなかった……!」
狼狽えて何度も謝る紫弦に、千華も驚いて言葉を失った。先程とは打って変わり、申し訳なさそうに手を合わせている。
自尊心が高そうに見えたのに、こういう時は簡単に謝ることができるらしい。そう思うと何だか可笑しくて、涙は自然に止まっていた。
紫弦は不安そうに千華の頬に触れ、そっと本音を零す。
「俺なんか比にならないほど箱入り娘だったみたいだな」
娘じゃないと訂正したかったけど、ここで反抗しても拗れるだけだと思い口を噤む。
「中途半端にしてすまなかった」
紫弦は気まずそうに後退ったが、千華の性器は昂ったままだ。それに気付き、紫弦は気まずそうに咳払いする。
「後は自分でするか?」
「え! ……ど、どうしたらいいのか分からない」
千華は目元を袖で拭い、声を震わせた。
「こんなのしたことないから……」
「し、したことない、って……まさか自慰を?」
躊躇いながら頷く彼に、紫弦は今までにない衝撃を覚えた。
自慰をしたことない男がこの世に存在するのか。それは有り得ないだろう。貧民だろうと一国の王だろうと、生理的現象だし、欲望も等しく与えられるし、誰から教わらなくてもやることだ。
なんて細かいことを考えるのも段々馬鹿馬鹿しくなってきた。それより自分のせいで戸惑い、震えている青年を早く楽にしてあげたい。
「痛いことはしないから、ちょっとだけ我慢しろ」
白いが、熱の中心だけは椿のように紅い色を帯びている。素直に綺麗だと思った。これで今まで誰にも襲われなかったのが奇跡だと思うほど。
上下に激しく扱くと、千華はますます泣き喚いた。可哀想だと思う気持ちが半分。そしてもう半分は生まれて初めて抱く加虐心。可愛らしく泣く彼をもっと見たいと思ってしまった。
「やっ、何か……怖い、出ちゃう……!」
子どものように縋り付く彼を強く抱き締める。
陰茎を擦ってやってるだけなのに、不思議と、今彼と身体を繋げているような気がした。
「大丈夫。だから出して」
「ああぁっ!」
亀頭を指で強く押した時、彼は派手に仰け反った。手の周りに白濁の飛沫が跳ねる。何故かそれすら美しく見えて、口付けしたくなった。だが寸での所で我に返り、気持ちを留める。
「は、あ……っ」
「初めて……なんだよな。えらいぞ。気持ちよかったか?」
快感の余韻が強烈だったのか、千華は床に倒れたままだ。細い脚を淫らに広げ、震えている。その姿がまた妖艶で、つい端から貪りたくなった。
「これ、何……?」
自身の腹に飛び散ったものを指に絡ませ、不思議そうに見つめる。
「精液。本当に知らないのか」
「自慰も禁じられていたから……」
自慰を禁……っ!?
そんなところに生まれていたら自分は発狂していた。紫弦は戦慄しながら千華を抱き起こす。
ところが、彼はそのまま眠りに落ちてしまった。
「大変だ……」
大変な拾いものをしてしまった。
とても冷静ではいられない。宝石のような存在を抱き締め、紫弦は深いため息をついた。
身体が宙に浮いているようだ。でも手足に枷をつけられているように、下へ引っ張れている気もする。所々引き攣って、重い痛みをぶら下げている。
目を覚ますと、また同じ部屋で眠っていた。
「あれ……」
全身の倦怠感を覚えつつも、千華は寝床から這い出して衣服を整えた。窓からは強い斜陽が輝きを放っている。
痛みや怠さももちろん気になるが、……それ以上に下の方がムズムズする。
初めて経験したことなのに、身体は懸命に順応しようとしていた。性欲を抑えるのも修行の一環だったし、大して気持ち良いものじゃないと思ったから気にしてなかったけど……さっきの衝撃は、意識が飛びそうになるほど気持ちよかった。
佇んだまま、服の上から太腿をなぞった。あの感覚をもう一度味わってみたい。できれば自分の手ではなくて……“彼”の。
「あ、起きたか」
「はあっ!」
背後から掛かった声に驚愕し、後ろの壁に張り付いた。声の主は朗らかに笑う紫弦で、いつの間にか部屋の中に戻ってきていた。
おっかしい。
人の気配を感じないなんて、やはりどうかしてしまったのかもしれない。それか、紫弦が気配を殺すのが特別得意なのか。どちらにしても深刻な問題だ。
「驚きすぎだろ。……まあいいや。もう夜になるし、腹減ったろ。厨房を借りて粥作ってきたから一緒に食べよう」
「え?」
どう返せばいいのか分からずに呆けてしまう。しかし紫弦は上機嫌で踵を返し、今度は大きな鍋を持って戻ってきた。
促されるまま座布団の上に座り、器を受け取る。鍋の中には野菜や茸のような具がたくさん入っていた。
「初めて作ったけど、料理って楽しいな。これからは毎日したいぐらいだ」
「は、はぁ……」
変な気分だ。
さっきはあれだけ淫らに絡まり合ったというのに、今は和やかに二人で鍋を囲んでいる。
あの情事を思い出すと気が遠くなりそうなので、努めて意識を鍋に向けた。
天界に生きる者は基本何も口にしない。ところが紫弦がよそってくれた粥には猛烈に惹かれた。今も湯気が立ち上り、美味しそうな匂いを漂わせている。
香草だけでなく肉も入っているが、鶏だろうか。天界では絶対食べてはいけないけど……。
「んっ!」
意を決してひと口飲み込む。その時の感動は筆舌に尽くし難いものだった。
「美味いー!」
「本当? 良かった、じゃあもっと食べな」
やばい、本当に美味しい。
天界で気紛れに口にしていた木の実や野菜の淡白な味とまるで違う。ひとつひとつの食材が持つ旨味、そして出汁が抽出され、見事に調和している。米もそうだけど、人が手がけた料理を食べたのは初めてだ。
「こんな美味しいもの食べたことない……っ!」
一息つきながら零すと、紫弦は目を丸くし、それから頬を赤らめた。
「あは、俺も何か夢見てるみたいだ。料理を作って、それを誰かと食べているなんて」
「……貴方は、今まで何をして生きていたんですか?」
「何をしてた、って訊かれるとちょっと困るな。生まれた時から城から出たことはほとんどなかった」
文武を極め国政を統治するように言われて育ったと彼は言った。
「王朝の象徴と言えば聞こえは良いけど、俺はお飾りみたいな存在だった」
持っていた箸を置いて、改めて向き合う。
「王族ですか」
「ああ、でもまだ王位は継承してない。現王、扇帝陛下の第一皇子だ。……ところで俺の名前も知らないということは、やはりお前はよその人間だな?」
警戒混じりの問い掛けは難なく流され、鋭い視線で逆に追い詰められる。
恐らく、大多数の人間は天界の存在を知っている。正直に天界からやってきたと言えば信じる可能性はあるが、逃げてきたと言うのは少々都合が悪い。
奇特な術を狙い、無茶苦茶な要求をされたら面倒だ。彼は正義感が強いように見えるが、人間性まで完全に理解してるわけではない。
沈黙を貫いていると、彼はにっこりと笑って器を置いた。
「お前も訳ありみたいだな。心配するな、言いたくないなら言わなくていい。とりあえず今晩はここに泊まろう」
「……」
人間性……は分からないが、性格は大雑把。良く言えば大らかのようだ。
紫弦は自分と同じに酷い世間知らずだ。洗い物はともかく洗濯も下手だし、布団を敷くのも適当だし、小さな虫に大層驚く。
でも、本来居るべき場所が嫌で逃げ出してきた。それだけが自分と共通している。
差し出された手を取る。紫弦の笑顔は太陽のように眩しくて、正直困っていた。嬉しい気持ちと、このままではいけない、という切迫感の板挟み。人として渡っていきたいから、道士であることは隠しておきたい。だが彼とずっと一緒に居ると不器用な自分は必ずどこかでボロが出る。天界の者が人界へ下ることはまずなく、その珍しさや秘術を求めて悪巧みをする人間もいると父から聞いたことがある。恐らく人界については師叔よりも父の方が詳しい。人の素晴らしさも醜さも、きっと天界の誰より熟知している。「俺は普通の人とは違うと思っていた。良くも悪くも目立ってしまう」前を行く紫弦に続き、長い通路を渡る。彼は振り返ることもせず、一定の速度で先を歩いた。「子どもの頃は本当にたまに、城の外へ出ることが許されたんだ。けど長く付き合える友人はもつくれなかった。やっと気が合った奴は、俺が王族だと分かると離れていった。同い年の中で遊離していると気付いたら、さすがにちょっと虚しかったよ。共にひとりつくれないなんて……」国王の父には数えきれないほどの友がいる。だがそれはほとんど親類で、身分が近い者ばかり。権力に頼りたくない。自分は、立場を越えた友を作りたかった。「結局大人になるまで交流関係は全然広がらなかったけど。お前と会えて良かったよ」「あ……ありがとうございます」気恥ずかしくなって、礼を言いつつ顔を逸らした。俺達も“友人”とは違うと思うけどな……。昨夜のことを思い出して鳥肌が立ったとき、紫弦は急に手を叩いた。「そういえば。幼い時に、とても綺麗な青年と会ったことがあるんだ。ただ昔のことだから綺麗だったことしか覚えてない。困ったもんだな」「子どもの頃なら仕方ありませんね」「あぁ。告白したことは覚えてるんだけどな」「あはは! それは大胆……」笑いながらおどけた時、突然過去の映像が脳裏に流れた。────僕のお姫様になって。自身の前髪を軽く掻き上げる。馬鹿な。あれは……いや、そんな偶然あるわけない。「千華、着いたぞ。俺の後に来てくれ」前を歩く彼の声でハッとし、急いで襟元をなおした。両側に大きな柱がいくつも並び、前方には立派な絨毯が直線上に敷かれている。紫弦はその上を躊躇いなく進んだ。いいや、待てよ……。以前父と人界へ下りたときから、人界の王は変わってないはずだ。ならば王と会うのはこ
骨の髄まで溶かされた。愛情と欲情が綯い交ぜになった、本気で自惚れそうな情事だ。紫弦は千華の細い腰を支え、首から爪先まで愛撫を繰り返した。既に性器は萎えており、それは千華も同じだったが、相変わらず寝そべって密着していた。動く度に淫らな糸が引き、自分達の卑猥な行為を自覚する。恥ずかしい……。慣れずについつい離れようとしてしまうが、紫弦はこれまで幾度と経験してきたのだろう。そう思うと何だかやりきれない気持ちになる。息苦しさもあって自身の首を加減せずに掴んだ。それに気付いた紫弦が律動を止め、千華の腕を掴む。「何してる。窒息するぞ」「ん……っ」傷を負いそうなところでしっかり止めてくれる、その優しさが今は煩わしい。このまま本当に息が止まれば……彼は少しは慌ててくれただろうに。でもこんなことで死ぬのは馬鹿だ。情事中に自死なんて、冥界へいくこともなく消滅しそうである。ほとんどヤケになって、せめて声を出さないよう唇を噛み締めた。だがそれも早々に阻まれる。彼は千華の鼻を掴み、無理やり口を開かせた。「だから、自分の身体を傷付けるな」「そん、な……っ!」気が狂いそうなほど攻めてくるくせに、あんまりだ。この絶倫め。思いつく限りの罵詈雑言を浴びせたいけど、これでも彼は国父の息子だ。下手に憤激させたら惨いやり方で処刑されるかもしれない。でも……ないかな。そんなことをする奴には見えない。と言うのも、またひとつの自惚れなのか。「あっ、ん、ふあ……っ」両腕を押さえられ、口付けをせがまれる。女のような喘ぎ声が、千華の耳元でずっと聞こえている。自分のものと思いたくないのに、それは紫弦が身動ぎする度にはしたなく響く。本当に、一番会ったらいけない人。一番捕まったらいけない人に捕まってしまった。意識が水にとけていく。押し寄せる後悔と快楽は、透明な世界に飲み込まれた。快楽から解放された頃────。窓から陽光が射し込み、鳥の囀りが聞こえた。微かではあるが、人が慌ただしく動いてる音も聞こえる。小さな変化を感じつつ、千華は未だ紫弦と同じ毛布にくるまっていた。きっと城の者は朝餉や朝会の支度などで忙しいのだろう。ぐうたらしていることに罪悪感が募るが、動きたくても動けないのが実情だ。紫弦は後ろから千華を抱き留め、長いこと放そうとしない。「あの~……。そろそろ起きないと誰か来
そんな無茶な。だが文句を言う間もなく、愛撫は激しさを増す。いやらしい水音が大きくかる毎に、羞恥心も肥大した。頭の中では混乱の渦が巻き起こっている。”愛されること”って、何なんだ……。どれだけ考えても答えに辿り着けない。けど紫弦の必死な表情を目にすると思考が止まってしまう。これらは全て欲求を満たす行為のはずなのに、どうしてそんな顔をするのだろう。分からないから、尚さら困惑して力が抜ける。「千華……俺を見ろ」今度は仰向けに寝かされる。舌は離れたが、紫弦の冷たい指が柔らかくなったそこに入り込んできた。「見て……」鈍い痛み。冷や汗をかいた。怖い……怖いけど、真っ直ぐ見てくる彼から目が離せない。片手だけ繋いだ。紫弦のもう片手の指は、自分の中に潜り込んできている。どう受け止めていいのか分からず、何度も腰を揺らした。彼の指は角度を変え、中の出っ張りを擦る。時に優しく、時に激しく。指の数も増え、圧迫感に呼吸が荒くなる。その息すらも奪われ、本気で殺されると思った。「ん……紫、弦様……っ」けど何故か、全身の緊張は解けてきている。殺され方としては酷く情けないけど、さっきよりも悪くない。彼がこちらの視線や仕草に神経を注ぎ、分かろうとしている。心で繋がろうとしている。そう気付くと小さな光が灯った。どれほど時間が経過したか分からないが、指は引き抜かれた。彼の指には卑猥な液体が絡みついている。それは彼が千華の為に用意した潤滑油だったが、自身の体内から零れているところを見ると羞恥でおかしくなりそうだった。「すごいな。とろとろ」「わざわざ言わないでください……!」「すまんすまん」紫弦は申し訳なさそうに笑い、千華の額に口付けした。「酷いことはしない。つもりだけど、お前が可愛いせいでやり過ぎる可能性があるから、先に謝っておく」もっと真剣に防ぐ努力をしろ。怒りを通り越して呆れ返ってしまう。けどそれすらも笑い流し、彼は千華の腰を掴んだ。「不思議なんだ。最初は鎮めてやろうと思っただけなのに……お前に触れてる時が今までで一番、気持ちいい」白い衣がはらはらと落ちる。紫弦のものはとっくに勃ち上がり、千華以上に熱をまとっていた。その先端が小さな入口に当たり、優しく刺激を与える。「気持ちよくておかしくなる。何でなんだろうな。出会った時からずっとだ。お前といると不思議な経験
理性を投げ打って快楽に溺れるなんて許されざることだ。頭では分かっているのに、彼に見つめられると自分が今いる場所すら忘れそうになる。自分を受け入れてくれる世界に溺れたいと思ってしまう。ここは人の為の世界で、天が決めた仕来りはない。だから尚さら揺らぎそうになった。またあの快感を……。紫弦の手に自分の手を重ねようとした、その寸前で我に返った。「すみません! ……もう寝ます」「え。おい、千華?」彼は自分を呼び止めようとしていたが、聞こえないふりをして部屋を飛び出した。暗いため壁に手を宛てながら先へ進む。今のは本気で危なかった。なにか悪い気に当たっている気がする。でもこちらが影響されるほどの気を人間が発することなんてできないし、単に自分が血迷っているだけだろう。自分と彼では立場が違い過ぎる。今以上の関係になってはいけない。「は……っ」だが、まださっきの熱が下がってくれない。長い廊下を歩きながら、とうとう堪えられず近くの柱の影に隠れた。身体中が火照って苦しい。ずり落ちるようにして床に座り、衣の中に手を伸ばした。怖々確認すると、性器はまた真っ赤に反り返り、刺激を求めている。「何で……っ」あまりに卑猥なので咄嗟に視界から外した。醜い、浅ましい、怖い。何十年も生きていながら、自分の身体に恐怖を覚えた。今この身体は地上に馴染みつつある。それは即ち、人に近付いているということだ。それとは別に、紫弦といると異常なまでに反応してしまう……自分が歯痒くて仕方ない。無人の広間は冥々たる闇が広がり、無力感を助長していく。こんな不安定な身体でこれからやっていけるんだろうか。地上へ下りた時はあれほど自信に満ち溢れていたのに、もうよく分からない。ただの人間になったらどうしよう。熱を帯びた性器を握ったとき、恐怖や不安はわずかに薄れた。生理的な反応だろうが、涙が流れて床にぱたぱた落ちる。訪れる熱い快感に対し、孤独はやたらと冷めた目で自分を見ている。「千華!」ふいに自分の名が響いたとき、胸がぎゅっと締め付けられた。遠慮がちに顔を上げると、肩で息をしながら佇む紫弦がいた。わざわざ追いかけてくれたらしい。けど最悪だ。よりにもよって一番酷い姿を見られた。追いかけてきてくれたことは嬉しかったけど、羞恥心に打ち勝つことはできなかった。気まずくて俯くも、抱き抱えられた
どれだけ考えても答えに辿り着けない。けど紫弦の必死な表情を目にすると思考が止まってしまう。これらは全て欲求を満たす行為のはずなのに、どうしてそんな顔をするのだろう。分からないから、尚さら困惑して力が抜ける。「千華……俺を見ろ」今度は仰向けに寝かされる。舌は離れたが、紫弦の冷たい指が柔らかくなったそこに入り込んできた。「見て……」鈍い痛み。冷や汗をかいた。怖い……怖いけど、真っ直ぐ見てくる彼から目が離せない。片手だけ繋いだ。紫弦のもう片手の指は、自分の中に潜り込んできている。どう受け止めていいのか分からず、何度も腰を揺らした。彼の指は角度を変え、中の出っ張りを擦る。時に優しく、時に激しく。指の数も増え、圧迫感に呼吸が荒くなる。その息すらも奪われ、本気で殺されると思った。「ん……紫、弦様……っ」けど何故か、全身の緊張は解けてきている。殺され方としては酷く情けないけど、さっきよりも悪くない。彼がこちらの視線や仕草に神経を注ぎ、分かろうとしている。心で繋がろうとしている。そう気付くと小さな光が灯った。どれほど時間が経過したか分からないが、指は引き抜かれた。彼の指には卑猥な液体が絡みついている。それは彼が千華の為に用意した潤滑油だったが、自身の体内から零れているところを見ると羞恥でおかしくなりそうだった。「すごいな。とろとろ」「わざわざ言わないでください……!」「すまんすまん」紫弦は申し訳なさそうに笑い、千華の額に口付けした。「酷いことはしない。つもりだけど、お前が可愛いせいでやり過ぎる可能性があるから、先に謝っておく」もっと真剣に防ぐ努力をしろ。怒りを通り越して呆れ返ってしまう。けどそれすらも笑い流し、彼は千華の腰を掴んだ。「不思議なんだ。最初は鎮めてやろうと思っただけなのに……お前に触れてる時が今までで一番、気持ちいい」白い衣がはらはらと落ちる。紫弦のものはとっくに勃ち上がり、千華以上に熱をまとっていた。その先端が小さな入口に当たり、優しく刺激を与える。「気持ちよくておかしくなる。何でなんだろうな。出会った時からずっとだ。お前といると不思議な経験ばかりする」「それは……」自分も同じだ。体内中の気が、紫弦によって掻き乱されている。唯一可能性があるとすれば、彼を助けたときだ。全ての神気を注いだことで、人と同じ存在に成り下がった
理性を投げ打って快楽に溺れるなんて許されざることだ。頭では分かっているのに、彼に見つめられると自分が今いる場所すら忘れそうになる。自分を受け入れてくれる世界に溺れたいと思ってしまう。ここは人の為の世界で、天が決めた仕来りはない。だから尚さら揺らぎそうになった。またあの快感を……。紫弦の手に自分の手を重ねようとした、その寸前で我に返った。「すみません! ……もう寝ます」「え。おい、千華?」彼は自分を呼び止めようとしていたが、聞こえないふりをして部屋を飛び出した。暗いため壁に手を宛てながら先へ進む。今のは本気で危なかった。なにか悪い気に当たっている気がする。でもこちらが影響されるほどの気を人間が発することなんてできないし、単に自分が血迷っているだけだろう。自分と彼では立場が違い過ぎる。今以上の関係になってはいけない。「は……っ」だが、まださっきの熱が下がってくれない。長い廊下を歩きながら、とうとう堪えられず近くの柱の影に隠れた。身体中が火照って苦しい。ずり落ちるようにして床に座り、衣の中に手を伸ばした。怖々確認すると、性器はまた真っ赤に反り返り、刺激を求めている。「何で……っ」あまりに卑猥なので咄嗟に視界から外した。醜い、浅ましい、怖い。何十年も生きていながら、自分の身体に恐怖を覚えた。今この身体は地上に馴染みつつある。それは即ち、人に近付いているということだ。それとは別に、紫弦といると異常なまでに反応してしまう……自分が歯痒くて仕方ない。無人の広間は冥々たる闇が広がり、無力感を助長していく。こんな不安定な身体でこれからやっていけるんだろうか。地上へ下りた時はあれほど自信に満ち溢れていたのに、もうよく分からない。ただの人間になったらどうしよう。熱を帯びた性器を握ったとき、恐怖や不安はわずかに薄れた。生理的な反応だろうが、涙が流れて床にぱたぱた落ちる。訪れる熱い快感に対し、孤独はやたらと冷めた目で自分を見ている。「千華!」ふいに自分の名が響いたとき、胸がぎゅっと締め付けられた。遠慮がちに顔を上げると、肩で息をしながら佇む紫弦がいた。わざわざ追いかけてくれたらしい。けど最悪だ。よりにもよって一番酷い姿を見られた。追いかけてきてくれたことは嬉しかったけど、羞恥心に打ち勝つことはできなかった。気まずくて俯くも、抱き抱えられた