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#1

Penulis: 七賀ごふん
last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-23 12:05:24

既に酷いことをやらかしているけど、人を傷つけて(殺して)逃げ去るなんて真似は死んでもできない。急いで階段を駆け下り、地面に伏せている青年を抱え起こした。

血だらけで見るも無残な姿だが、首に手を当ててみるとまだ脈があった。

「良かった……!」

死者を甦らせるような大術は千年かかっても自分は習得できないが、生きていれば望みがある。

自分が持っている全ての生気を、唇の一点に集めた。青年の体内に注ぐ方法だけは簡単である。ただ、青年からすれば災難でしかない。

わるいな……。

彼の後頭部を引き寄せ、口を塞いだ。

いきなり階段から叩き落とされて瀕死状態に陥り、男に接吻までされるなんて、この青年はなんてついてないんだろう。

なけなしの神力を、底が尽くまで青年の体内に送り込む。

頼む。……生きてくれ。

願いが通じ、青年の傷はみるみる塞がっていった。

規則的な寝息も微かに聞こえる。青白い顔だった青年は、今は穏やかな表情で眠っていた。

彼を起こさないよう、そっと横にする。脈拍も安定しているし、何とか大丈夫そうだ。ほっと息をついた途端、急激な目眩に襲われた。

「……っ!」

ただでさえ慣れない地上の空気。激しい頭痛と動悸に襲われ、意識が遠のいていく。

でも、彼が助かるなら……。

全身の力が抜け、千華は地面に倒れた。最後に見えたのは綺麗な青年の顔で。こんな時に意味が分からないが、……ほんの少しだけ、触ってみたいなんて思った。

パチパチと耳元でなにかが鳴っている。

それに温かい。……近くでなにか燃えているようだ。

火は何もかも灰にしてしまう危険なもの。嫌というほど知っているので、反射的に飛び起きた。

狭い正方形の天井が真上に広がっている。千華は暗い民家の中で目を覚ました。寝台の上に横になり、腹には薄い毛布が掛けられている。

暗い……静か……。

小窓から射し込む光と、灰だらけの暖炉に灯る炎がいくらか仕事している。

あの程度の火なら燃え移る心配はないか。胸を撫で下ろし、乱れた髪を適当に整えた。

「起きたか」

「ハイッ!」

心臓が飛び出しそうなほど驚いてしまった。おそるおそる声の方へ向くと、先程千華が階段から叩き落とした、黒髪の青年が佇んでいた。

すっかり顔色も良く、着替えをしたのか服のどこにも血はついていない。

大体の年齢も予想がつく。恐らく人間の中で一番元気な時代だろう。一番元気な……確か二十歳ぐらい。

「気分は? 痛い場所はないか?」

「……大丈夫です。久しぶりに寝たからむしろ元気になりました」

本当、三十年ぶりぐらいによく眠った。

「そうか。俺が目を覚ました時に隣で倒れているから驚いたんだよ。ここは街の宿だ。金は心配ない」

「あ、ありがとうございます」

そこまでしてくれるなんて、随分親切なひとだ。

師の言葉が蘇る。人間は弱いが、慈愛に満ちた者が多い。そういう者は天から見守って時に助けてやるべきなのだと。

まったくもってその通り。だのにそんな優しい青年を殺しかけたというのは心痛である。

「俺の名は紫弦(しげん)。お前は?」

「私……俺は、千華といいます」

一瞬ドキッとしたが、彼に自分の正体など分かるはずもない。人間ということにして、素知らぬ顔で立ち去ろう。  

「それじゃ、色々ありがとうございました。俺は用があるのでもう行っ!」

さりげなく横を通ろうとしたのだが、腕を掴まれ再び床の上に倒れてしまう。突然のことに視界だけでなく思考も反転した。

「な、何するんですかっ!」

「まぁ待て。色々訊きたいことがあるんだ」

両腕をひとまとめに押さえつけられ、体重を乗せられる。視界は青年の顔で覆われ、薄暗い影を落とした。よく見れば精悍な顔つき、白皙な肌。天上でもそうそう見な美貌の青年だ。しかし今はそんなことどうでもいい。

彼はただの人間のはずだ。どれだけ屈強な相手でも簡単に振り解けるはずなのに、慣れない地上の空気を吸っているせいかビクともしない。力関係に気付き、ようやく焦りを覚えた。

「お前、さっき俺にしたこと覚えてるか?」

「えっ?」

さっき……って、あぁ。首に一撃を撃ち込んで叩き落としたことか。やっぱり覚えていたか……!

「お、覚えてます! でもその、わざとじゃなくて。この街に来たばかりで色々興奮してたっていうか……初めて解放されてはしゃいじゃったんです! 色々抑圧されていたものが弾けて、周りが見えないまま走り出しちゃって! 身体以上に、心が!」

焦り過ぎて言い訳にもならない、支離滅裂な訴えをした。しかも色々を二回言ってしまった。色々……、色々って色々便利な言葉だ。

「抑圧? じゃあお前も隠して生きてたのか?」

「は、はい。隠してというか、隠れてというか」

「そうか。じゃあ一緒に逃げるか?」

「はい! ……はい?」

一度は肯定したものの、意味が分からず聞き返す。

一緒に逃げるって、一体何の話だ。

理解できず呆然とする千華の髪を梳き、青年は苦しげに顔を歪めた。

「お前も同性愛者なんだろう? 俺もそうだ。家の仕来りや周りの目が嫌で逃げ出してきたばかりなんだ。さっきは何故か、気付いたら地面で倒れてたんだけど……これも何かの縁だし、この街から出て共に東に行こう。この王国よりは寛容で自由な生き方ができる場所だから」

「…………」

馬乗りにされたまま、恐ろしい誘いを受けている。

一生分の汗を流した気がする。自分は不死だが、それでも身体の全水分が蒸発したような感覚だった。

いや、でも待て。そもそも何で。

「何で……俺が同性愛者だと?」

「何でって。俺に接吻したことが何よりの証拠じゃないか。しかも今色々興奮してた、って自分で言っただろう」

あぁ……!!

ようやく合点がいった。確認してみると、彼は自分が口付けして生気を与えたことを覚えていたのだ。

だが階段から叩き落としたことは覚えていなかった。

彼は突然目に見えない速さで何者かに攻撃され、気付いたら空を見上げていた。そこへ千華がやってきて、突然接吻をして倒れたと思っているようだ。

いやいや何でそこだけ覚えてんだ。いっそ全部忘れろ!

こういう時のために記憶を奪う術も教わっておくべきだった。

「でも不思議だな。あれだけ出血もして痛かったのに、お前に口付けされてからどこにも怪我がないんだ」

「へ、え……貴方が強靭な身体をしてるんじゃないですか? 俺は……その、そこに唇があったから塞いだだけで」

とても痛い沈黙が流れる。寝起きで尚さら頭の回転が遅いのか、言い訳が思いつかない。

彼は呆気に取られた様子だったが、途端に吹き出した。

「お前身なりは立派なのに変わった奴だな。口付けは、俺の家ではとても特別な行為だ。永遠に連れ添うことを誓い、入内する為の大切な儀式……」

入内?

聞き慣れない言葉に千華は眉根を寄せる。しかし彼……紫弦はその視線に気付くとハッとして首を横に振った。

「いや、それはいい。もう家は捨てたんだ。新しい人生を歩まないとな」

「はぁ……でも俺はその、口付けとか接吻……が特別な行為、ってわけではないので」

地上ではそういうものらしいが、天上では何でもない。強いて言うなら肌に触れること自体が特別で、それ以上の行為は全て同じ重さなのだ。ひとたび触れてしまったのなら、接吻しようが交合しようが同じこと。

だがこの言い方が良くなかった。紫弦は途端に目を輝かせ、満面の笑みをたたえて千華を抱き締める。

「おお! ということは、お前もかなりの好色だな? ますます気が合う」

「ち、違うっ!」

とんでもない期待を与えてしまった。全力で否定したものの、紫弦は止まらない。照れ隠しと思われ、むしろ悪戯に首筋を愛撫してきた。

「そうだな……大丈夫、心配するな。こう見えて俺は後宮中の使用人を抱いた。お前が今まで寝た誰よりも上手い自信がある」

わ。なんて嫌な自信だ。

しかもさっきから恐ろしいことを言っている。後宮と言うからには、恐らく彼は人間の中でも身分の高い存在だ。それが家出して、行きずりの男を襲う男色強姦魔だなんて。

「あっ!」

内心罵詈雑言を吐いていたが、下から差し込んできた手に全ての思考を持っていかれた。そんな場所を他人に触られるのは生まれて初めてのことで、息をすることすら忘れそうになる。

「い……いやっ、どこ触って……」

冷たくて大きな手のひらが、自分の陰茎を包み込んでいる。怒りやら羞恥心やらで気を失いそうだった。なにかの間違い……いや、夢であってほしい。そう願うものの、性器を激しく扱かれた途端、脆い理性は全て弾け飛ぶ。

「あっ! や、そんな……っ」

「ウブな反応だな。ますます気に入った」

熱を発する根元を握り、先端へ向かって滑らす。下の袋に詰まっているものを搾り取るような動きに戸惑った。

初めは緊張していたはずなのに、徐々に高まる順応性が憎い。柔かった性器は硬度をもち、次第に自ら上を向いた。

「あっ……やだ、や、いや……っ」

下半身だけじゃない、どこもかしこも熱い。腰が痙攣する。つま先が痺れる。

冷たい床に倒れ、仰向けで天井を見上げていた。

おかしい。いや、おかしくなる。何でこうなった……。

少しずつ腰紐を解かれ、道士服を剥ぎ取られる。突き飛ばして逃げ出したいのに、昂った性器を握られていると抵抗できない。

手足が小刻みに震え、女のように喘いでしまう。自分の身体ではないような恐怖を覚え、涙を流した。

肩を震わせて嗚咽する千華にようやく気付き、紫弦は息を飲んだ。

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