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第4話

Author: ラーメンは空を飛ばない
愛莉は言い終えると部屋に戻って眠りについた。陽平は愛莉の言葉に、ただ立ち尽くしていた。

こんな愛莉を見たのは初めてだった。彼女は嫁いで来てから、感情を一切表に出さなかった。

まるでロボットのようだと思っていたが、今日の彼女を見て、彼はようやく思い出した。彼女も人間で、感情があるのだと。

……

翌朝早く、陽平は市内で最大規模のオークションの招待状を受け取った。招待状を見た彩花は、興奮して彼の腕を組んだ。

「わあ、オークションだなんて、楽しそう!海外に行ってから、もうずっとオークションに行ってないわ」

優翔も声を上げた。

「パパ、今回のオークションには、僕と彩花おばちゃんを連れて行ってよ。ママは連れて行かないで。連れて行くと恥ずかしいよ。うちはあんなにお金持ちなのに、この前一緒に行った時、ママは入札さえしなかったんだ」

それを聞いた愛莉は、手のひらを強く握りしめた。彼女はただ、坂井家のお金を使いたくなかっただけなのに、息子にそんな風に思われているとは知らなかった。

普段は子どもを甘やかす陽平だが、今回はすぐには頷かなかった。昨日のアルコールアレルギーの件を思い出したのだ。

陽平はしばらくためらった後、愛莉に声をかけた。

「支度をしろ。一緒にオークションに行くぞ」

愛莉は断ろうとしたが、陽平はすでに車に乗り込んでいた。

愛莉は仕方なく服を着替え、オークション会場へ向かった。

オークション会場では、彩花が少しでも目を向けたものは、陽平がためらうことなく全部落札した。

たとえそれが億単位の価値があるものであっても、陽平は躊躇なく手を挙げた。

彩花は得意げに愛莉を見て、甘えた声で言った。

「木崎さん、こんなに長く見てるのに、一つも落札してないじゃない?お金が足りないって心配してるの?

心配しないで。もし気に入ったものがあったら、私に言ってね。陽平に頼んで入札してもらってあげるわ」

彩花の親切ぶった様子を見て、愛莉は淡々と言った。

「早見さん、お気遣いなく。坂井家の夫人を何年もやっているから、この程度のお金は持っているよ」

彩花の顔は青ざめた。

まもなくして、一つの出品物が運び込まれてきた。それは、とても古びた翡翠のペンダントで、苔の跡までついていた。

誰にも落札したいという気持ちを起こさせないような代物だった。

彩花はペンダントを嫌悪のまなざしで見ていた。長い間、誰も札を上げなかった。

そんな中、一度も札を上げなかった愛莉が、ためらうことなく手元の番号札を上げた。

それは、愛莉の父の形見だった。昔、家にお金がなかった頃、父が彼女の学費を捻出するために、この代々伝わる翡翠のペンダントを売ってしまったのだ。愛莉はお金持ちになってから買い戻そうと探していたが、ずっと見つからなかった。

まさか、何年も探し続けたペンダントがこのオークションに出てくるとは思いもしなかった。

「100万円、一回!」

「100万円、二回!」

「100万円、三回!」

競売人がハンマーを打ち下ろそうとしたその瞬間、彩花が急に口を開いた。

「待って!」

彩花は陽平に寄り添い、彼の腕を軽く揺すった。

「陽平、このペンダント、私がコレクションにしたいの」

それを聞いた陽平は、ためらうことなく番号札を高く掲げた。

そして、愛莉を冷たい目で見て言った。

「このペンダントは彩花が欲しがっている。競り合うのはやめろ」

しかし、愛莉は聞く耳を持たず、ただ頑なに手元の番号札を上げ続けた。

陽平は眉をひそめた。

「お前が欲しいものなら何でも買ってやる。どれだけ高価でもだ。だが、彩花が目をつけたものだけは、諦めろ」

優翔も腰に手を当てて言った。

「意地悪ママ、彩花おばちゃんが欲しいんだから、あげたらいいじゃん。たかがボロボロのペンダントでしょ?何がそんなに珍しいの?」

坂井家の父子が全員自分に味方しているのを見て、彩花はさらに得意になった。

「そうよ、木崎さん。それに、ペンダントは手入れが必要なのよ。あなたは自分のことすらまともに手入れできないんだから、ペンダントなんてなおさらでしょう?」

だが、愛莉は彼らの言葉に耳を傾けず、ペンダントを見つめながら、迷うことなく「青天井の値付け」のジェスチャーをした。

「青天井の値付けします」

「木崎さん、冗談はよして。青天井の値付けなんて、どこにそんなお金があるっていうの?いくら資産があっても、陽平に勝てるわけないでしょう?」

彩花は嘲笑的な口調だったが、その言葉が終わるやいなや、係員の声に彼女は驚いて固まった。

「こちらの女性、青天井の値付けされました。この翡翠のペンダント、落札成功です!」

「ありえない、間違ってるわ!彼女に青天井の値付けできるようなお金があるわけないじゃない!」

係員は彼女を不思議そうに見て、そのまま立ち去った。

愛莉は冷たく笑った。

「早見さん、言い忘れていたわ。私がこの家に嫁いだその日に、おじいさまが私に無制限に使えるブラックカードをくれたの。そのカードの権限は、陽平よりも上よ」

「だからね、私が一日でも坂井夫人である限り、あなたに勝ち目はないわ」

彩花は悔しさで指先が手のひらに食い込み、その目は隠せないほどに赤くなっていた。そして、陽平の顔は恐ろしいほどに曇っていた。

愛莉は丁寧にペンダントを片付け、オークション会場を後にしようとした。

しかし、優翔が駆け寄ってきて、彼女の足に抱きつき、何度も叩きつけた。

「意地悪ママ、彩花おばちゃんのものを奪っちゃだめ!早く彩花おばちゃんに返して!」

愛莉は狂ったように暴れる優翔を気にせず、目が赤くなった彩花をじっと見つめ、一言一言はっきりと言った。

「他人のものは、欲しがったりしない。でも、私のものは、誰にも奪わせない。

それに、早見さんが何か欲しいものがあるなら、自分で手に入れなさい。人は山に頼れば山は崩れ、人に頼れば人は離れていくものよ。

男に依存することで、一生安泰だなんて、本当にそう思っているの?」
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