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第7話

Author: くまちゃんは必ず輝く
怜司はさらに眉を寄せた。彼は動かず、自分が聞き間違えなかったかを確認しているようだった。

雪乃はきっぱりと繰り返した。「警察を呼ぶ」

怜司は今度ははっきりと聞き取った。彼は唇を固く結び、冷たい視線を向けた。「その必要はない。翔吾もわざとやったわけじゃない……」

雪乃は目の前で他人を庇う男をじっと見つめた。「わざとじゃなければ、私は死んでもよかったと?」

怜司は顎に手を当て、二秒ほど黙った後、ふっと笑った。「願いを一つ叶えてやる。仲間を刑務所に入れるわけにはいかないんでな」

雪乃は心が微かに震え、布団の下で拳を固く握りしめた。

以前の怜司なら、こんなことは言わなかった。

雪乃はついに、今の怜司が自分を微塵も愛していないという事実を受け入れた。

二人はそのまま睨み合った。やがて、雪乃が折れ、冷たい顔で要求を出した。「明日、オークションがある。それに付き合って」

怜司は眉を上げた。「それだけ?」

雪乃は鼻で笑った。「ただし、若葉は抜きで」

怜司はあっさり承諾した。「いいだろう」

怜司が去った後、雪乃はスマホの時間を確認した。予約した飛行機は明日の夜だ。

翌日、オークション会場。

雪乃は革張りのソファに腰掛け、給仕が運んできたフルーツの盛り合わせを、銀のフォークで口にしていた。

オークションの最後を飾る目玉商品が披露された時、雪乃は視界の端に、見慣れた人影を捉えた。入り口のそばで、いかにも哀れを誘うような姿でたたずんでいた。

怜司は入り口の若葉に気づいていないようだった。

怜司の視線はオークションの最後を飾るその目玉商品に釘付けになっていた。

カット、透明度、カラット、そのすべてが完璧の域に達しようかという、ピンクダイヤモンドのジュエリー一式である。

雪乃はためらわずに札を上げた。

他でもない、雪乃もそれが気に入ったからだ。

数回の競り合いの末、価格は十四億円まで跳ね上がった。

雪乃がさらに札を上げようとすると、怜司が自分の番号札を上げ、その声は、まるで退屈しているかのように散漫だった。「五十億!」

会場はどよめき、好奇の視線が怜司に集まった。

「高遠社長じゃないか。隣は奥さんか?」

「らしいぞ。まさか奥さんにお金を出させたくなくて、愛のためにこんなに高い価格で?」

「そりゃそうだろ。奥さん、ちょっとアレだけど、社長はまだ愛してるんだな!」

周りの声は羨望に満ちていたが、雪乃だけは知っていた。このピンクダイヤモンドのジュエリーは彼女のために落札されたものではないことを。

怜司が札を上げる直前、「若葉がきっと気に入る……」と呟くのがはっきりと聞こえたからだ。

雪乃は視線を落とし、うつむいた。頬にこぼれた髪が、赤く潤んだ目元を隠す。耳に届くのは、高揚した司会者が「他にはいらっしゃいませんか」と繰り返す、甲高い声だけだった。

雪乃はスマホを取り出して時間を見た。飛行機の出発まで、あと八時間。

ちょうどスマホの画面をスリープにしようとした、まさにその瞬間。LINEの通知が視界に飛び込んできた。

【怜司があのジュエリーを落札したの、あなたのためじゃないでしょう?

私が指を鳴らせばすぐにでも靡く男を、あなたがいくら足掻いたところで取り戻せるはずないじゃない】

雪乃はスマホの画面をスリープにして、振り返ると、若葉の得意げな視線とぶつかった。

雪乃は皮肉たっぷりに笑うと、視線を落とさず、スマホで【馬鹿みたい】と打ち込んで送信した。

メッセージを受け取った若葉が顔を青ざめさせながらも何もできない様子を見て、雪乃は満足して微笑んだ。

そばにいた記者が寄ってきて、雪乃と怜司に向かって盛んにシャッターを切った。「高遠社長、奥様との不和が噂されていますが、今回、高額なジュエリーをプレゼントされた理由は?」

怜司の顔から笑顔が消えた。だが、機嫌は悪くないようだった。「いつ、これを彼女のために買ったと言った?

彼女とこれが、釣り合うとでも?」

雪乃の顔が青ざめたが、気丈にカメラに向かって宣言した。「私と怜司は、五年前にすでに離婚しています。今はただの友人です」

雪乃は、背筋をピンと伸ばして座っていた。それは、ありったけの自尊心で、かろうじて最後の尊厳を保っているかのようだった。

記者たちは一瞬、あっけに取られた。まさか自分たちが、これほどの大スクープを掴むとは、信じられないといった様子だ。

怜司も雪乃が公の場でこのことを持ち出すとは信じられず、何か言う間もなく、頭上のシャンデリアが突然揺れ始めた。轟音と共に、人々は頭を抱えて逃げ惑った。

地震だ!

雪乃が振り返ると、怜司の姿はすでになかった。

遠くから若葉の怯えた声が聞こえた。「怜司、助けて!」

声のする方を見ると、出口からわずか五メートルの場所に若葉が立っており、涙ながらに駆け寄ってきた怜司の胸に飛び込んでいた。

雪乃は必死に立ち上がり、出口の男に向かって叫んだ。「怜司!」

怜司は若葉を庇ってその場を離れ、振り返りもしなかった。

ドン!

安全な場所へ着いた直後、入り口の石柱が轟音と共に崩れ落ち、舞い上がった土煙が怜司の視界を遮った。

怜司の胸に、突然、鋭い痛みが走った。

周りの人々は九死に一生を得たことに胸をなでおろしていた。

怜司だけが、瓦礫と化したオークション会場を、ただ呆然と見つめていた。やがて、遅ればせながら事態を飲み込んだかのように、ぽつりと口を開いた。「雪乃は……逃げられた、よな?」

若葉はとうに恐怖で我を忘れていた。地震のような天災は、彼女の計画には入っていなかった。

彼女がここに来たのは、ただ雪乃への当てつけ、それだけが目的だったのだ。

救助活動は夜まで続いた。

その頃、雪乃は手ぶらで搭乗口に立っていた。

あまりに突然の出来事だった。雪乃は体の痛みをこらえ、オークション会場の裏口から走り出た。

雪乃が飛び出した次の瞬間、建物全体が完全に崩壊した。

もう、怜司の記憶が戻ることを望むのはやめよう。

北都での馬鹿げた物語は、雪乃の「死」をもってようやく幕を閉じた。

若葉は救助現場で半日、怜司に付き添った。

救助隊が担架を運び出すたび、怜司はそれが雪乃ではないかと確認しに行った。

だが、どれも違った。

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