Mag-log in「ん……」
口づけて漏れた陽菜の声に煽られて舌を絡めた。唇の端から唾液が溢れ出て、こくりと喉を鳴らして俺たちの唾液を飲み込む様に欲情した。
「あぅ……」
陽菜はとろんと蕩ける顔をして……俺とのキスを気持ちいいとまだ思ってくれることに、安堵した。
―― 実は、キスってあまり好きじゃな……かったんです。
陽菜を初めて抱いたとき、「でも藤嶋さんはなぜか大丈夫」って言われた。
『なぜか』と困ったように陽菜は笑っていて、陽菜があのとき困った理由は、なんとなくだけど分かった。
陽菜とするまで、俺もキスは好きじゃなかったから。
キスをしなくてもセックスはできるから、「キスは好きじゃない」で避けてきた。それに対して可愛く膨れてみせる女もいたが、最終的には「それでもいい」でキスすることなくセックスを終えていた。
キスしたいと思えるほど好きな人とセックスするのは陽菜が初めてだったし、陽菜にとっても俺はそうだったのだと思う。でも、優しくて気のいい女というのが陽菜だから、そういうセックスをしてきたってことがちょっと意外だった。
―― 心に触れられても構わないって思ったのは蒼が初めてだったの。
陽菜を知ると、陽菜が実はとても臆病なのだと知った。
家族に恵まれず施設で育った陽菜は『家族』を切望していたけれど、
俺のことは、近づけさせてくれた陽菜。
俺とのキスは気持ちよくなれるのだと陽菜がいったとき、俺のキスに全身を委ねくたりと力を抜いてくれる陽菜は俺のものだと独占欲がわいたとき、俺は陽菜にプロポーズしていた。
「う……あぁ……」
夜間照明の仄かな灯りの中、陽菜の足を開いてゆっくりとナカに指を埋めた。陽菜のナカは温かいけれど狭くって、柔らかくないそこに誰も入り込んでいないことにホッとする俺がいた。
「そ、う……蒼……」
しがみついて
あの子は、蒼の子どもじゃない。……私、いま喜んでいる。あの蒼に似た子どもがいたから、蒼は白川茉莉と関係を持ったと思っていた。でも、裏切ってはいないのではないかと思ったりもしていた。何かしらの手段で白川茉莉との関係を強要されたのではないか、とか……仕方がないという状況をそれなりに想像していた。だから、蒼にお兄さんがいて、あの子どもが蒼のお兄さんの子どもかもしれないという今、裏切りはなかったという可能性が高まって嬉しい。女として白川茉莉に負けたかなって思ってもいたから、そうじゃないかもしれないと気分も上がる。でも……それなら離婚はなしにしよう、とはやっぱり思えない。やっぱり、それとこれは別。これを聞いても、知らなかった蒼のことを知って、それなりに事情を理解しても、離婚するという気持ちは変わらない……変わらなかったことに、ホッとしている。我慢させられたという屈辱はあった。 この屈辱を海には味あわせない。 おそらく、蒼はあの子どもを守ろうとしているのだろう。経緯は分からないけれど、あの子どもの父親が西山蓮というなら、母親は白川茉莉なのだろう。あれだけ堂々と連れ歩いているのだから、あの子どもをどこかから攫ってきたとは考えにくい。子どもに対して母親が何をするのか、実母から虐待を受けていた蒼は白川茉莉に子どもを預けることを危惧した。でも、白川茉莉から親権を奪うことは難しい。私も調べたから、子どもがまだ幼い場合の親権争いは母親のほうが有利だということは知っている。父親が勝つのは大抵は母親が子どもに適した環境を与えられない場合で、白川家が背景にあることを考えれば環境を理由に子どもの親権は奪えないだろう。それに、なによりも父親が意識不明。二年も意識がないということは目覚めない可能性も高い。それでは親権争い……「祖母」や「叔父」でも争えるが、相手が白川茉莉では勝ち目はない。親権を奪えなくても、子どもの傍にいる……そのための条件が、恐らく、あの子どもを白川茉莉と蒼の子どもだという周囲の勘違いを蒼が否定しな
「怪我で私は足が不自由になり、夫と共にバリアフリーに改装したこの屋敷で暮しはじめたの。蒼と蓮も誘ったのだけど、学校もあるし、二人で大丈夫と言われたわ。あの子たちは優しいから、足が自由に動かない生活に私が慣れるのを邪魔したくないと思ったのでしょう……あのとき、強引にでもあの子たちを連れてくればと思わなかった日はないわ」翠さんは手を強く握った。「私がいなくなった屋敷で、香澄さんはあの子たちを虐待していた。最初は蓮だったけれど、誰もそれに気づかなかった。高校生の男の子だから虐待されることはないだろうという先入観もあったし、なによりも蓮自身がそれを隠した。蓮は、香澄さんがああなったのは司の隠し子である自分のせいだと思っていたの」「隠していたなら……どうして、それが分かったのですか?」「蒼が、証言したの。私たちと、そして父親を呼び出して、自分たちが母親に虐待されていたこと……母親に、性的暴行をくわえられそうになったと言ったわ」!「母親に襲われたなんて、言いたくなかったでしょうに……ただの暴力ならば躾ですまされるかもしれない、自分たちは男だから理解してもらえないと、だから自ら恥部を明かしたのだとあのあと蒼は言っていたわ」恥部……。「蒼のその行動は蓮を動かした。蓮は自分が香澄さんに虐待されていたこと、蒼と違って未遂ではなく被害にあったのだと言ったわ。襲われている間、自分は『司』と呼ばれていたと……だから香澄さんが蒼のことを『司』と呼んだから危険だと思い、執事に注意を促していたことも……。限界だったのでしょうね。まるでコルクの栓が抜けたみたいに蓮は全てを話したわ」……蒼は、母親から性的暴行を受けた。そんな母親がいるなんて、同じ子の母親として信じられない思いだけど、この世にはたくさん「あり得ない」が溢れている。蒼はそれを私に知られたくなかった。だから、養子にいった理由が
お手伝いさんが女性を連れてきた。西山三奈子と名乗ったその女性は、私の親世代になるだろうか。上品だけど、どこか疲れた雰囲気がある。「三奈子さん、そんなに不安がらないで。大丈夫よ、蒼に怒られるのは私だけだから」「そんな、あの温和な蒼君が怒るだなんて」蒼が怒ることを信じられないという西山さんに私のほうが驚いた。私としては「怒ります、むしろ短気です」と言いたかった。……あの蒼を“温和”なんていう女性。蒼とはどのような関係だろう。 「実はね、蒼には異母兄がいるの」……蒼にも?「名前は蓮。蒼の四歳上で、彼は十八歳のときに西山家に養子にいったわ」養子……西山家ということは、彼女は……。「私は蓮の養母です」「蒼さんから異母兄さんがいたと聞いたことはありません」さっき翠さんは蒼のお兄さんは彼が十八歳のときに養子にいったと言った。つまりそれまで彼は藤嶋家で育ったということになる。四歳差だから、お兄さんが養子にいったとき蒼は十四歳。流石に「知らない」はないだろう。「どうして教えてくれなかったのですか」二人は不仲だったなら敢えて教える必要はないと思ったのか。それなら、なぜ今になって彼の存在を私に教えているのか。 「陽菜さんは、蒼の母親が遠くにいることは知っているかしら?」「それは……まあ……」蒼の両親が別居状態であることは、藤嶋の社員なら誰でも知っている。妻が病気療養中であることから、蒼の父親はあの白川百合江を公然とパートナー扱いし、藤嶋がホストのパーティーでは彼女がホステス役を務めている。「息子の司と蒼の母親の香澄さんは政略結婚だったけれど、香澄さんは司を愛していた。司には幾人も愛人がいたけれど、公の場では香澄さんを妻として厚遇はしていたし、蒼という司の子どもの唯一の母親という矜持が彼女を支えていた。そんな香澄さんのもとに、生母が亡くなったからと引き取った蓮を司は連れていったの。その日から香澄さんの精神状態は目に見えて悪くなり、私と夫は蒼と蓮が彼女に近
「陽菜さん、いらっしゃい」「お久しぶりです、翠さん」帰国した日からずっと白金の屋敷で会おうと翠さんから誘われていたけれど、仕事を理由にして先延ばしにしていた。 「ようやく来てくれたということは、蒼が離婚に同意したということなのかしら?」……翠さんは何でもお見通しだ。「ごめんなさい。翠さんに会ってしまったら離婚の決心が崩れちゃいそうだったので」「あら、それなら会社に押しかけて崩しちゃったほうがよかったわね」反応に困る言葉に曖昧に笑って返すと「困らせてしまったわね」と翠さんも苦笑した。 「ごめんなさい、陽菜さんを困らせたいわけではなかったの……二人がこうなってしまったのは……誰が悪かったのかしらね」「……翠さん?」そう言って笑う翠さんはとても、疲れてみえた。年齢と言ってしまえばそれまでかもしれないけれど、私の知っている翠さんはコロコロと軽やかに笑い、行動力があり、私にとって品のある遊びを教えてくれる明るい人だったのに……。「陽菜さん、蒼のことを……」憎んでいるか? 恨んでいるか? もう、嫌いか?どの言葉も、蒼を大事にしている翠さんには続けたくない言葉なのだろう。 「蒼さんのことは……気持ちは複雑で、言葉にしにくいです。でも……憎んだり、恨んだりはしていません。ただ……彼のことを……彼との時間を思い返すと……空しいんです。彼が私を大事にしてくれなかったわけではないし、優しかったです……でも、他にも大事な人がいた。私ではない人のほうに優しくしていた。その遣る瀬なさに私が耐えられなかっただけなんです」「……そう」そう言って笑う翠さんの顔に、お祖母様の顔が重なった。 お祖母様は息子である父のことを無責任だと嘆くことはあっても、そういう時は彼のことを許してやってほしいという目で私を見ている。子どもとして私が父に対して思うことがあるのを理解しつつも、お祖母様にとって父は『息子』だから……というところなのだろう。子どもだから甘や
「……これは?」会社に行くと、蘇さんが薄いファイルをいくつも持ってきた。さっと眺めたところ賃貸情報なのだけど?「李社長と朝霧さんが同じホテル住まいで、その理由が朝霧さんの住むところが決まらないからだとか? いくら妹とはいえ、忙しい李社長の手を煩わせるのはいかがかと思いますわ」「それで……これ、ですか?」「ええ。あなたが忙しいから家が見つからないと李社長が仰っていましたから」蘇さんはなぜか勝ち誇った顔をする。「忙しさを理由にする稚拙な手が李社長に通じると思ったのですか? それは李社長に探すようにと言われた物件情報です」聞けば、蘇さんは不動産関係者に知り合いが多いとのこと……凱ったら。「どこも問題ないと思いますよ。駅から徒歩三分、間取りは居間スペースとは別に独立している部屋が三つ以上、そして近くにスーパーマーケットと病院があるところ。ふふふ、こんな条件が難しいとでも?」難しかったから見つからなかったんだけど……うわ、すごい。どの物件情報も私の希望通り。なるほど、「使えるものはなんでも使う」と凱が言っていたのはこれか。確かに、彼女、仕事はできる。「どれにするか決めてください。忙しいからなんて言えないように、私が手続きしておきますわ。それにしても小児科のある病院なんて……李社長は朝霧さんのことを「妹」としか思っていないことをいい加減にお気づきになってはいかがですか?」蘇さん、そろそろ凱にいいように使われていることに気づいたら?……なんか、蘇さんも蘇さんだけど、凱も凱だよね。この前も、なぜか凱が藤嶋にくるときに蘇さんを連れてきて、しかもご指名だったと聞いて、彼女の「私は李凱の彼女」気分を助長させるようなことをなぜするのだろうと思った。その理由は、翌日に藤嶋にいったときに知った。蘇さん、あの白川茉莉と受付で、大勢が見ている前でガチンコ勝負を繰り広げたとか。白川茉莉を非常識だと嘲笑い、良妻
副社長室に行くと、そこに黒崎はおらず、最近蒼さんの第二秘書になったという女だけがいた。「蒼さんは?」「副社長はお席を外しております」この第二秘書は本当に使えない。私がここに来た理由なんてひとつしかないのに、聞かなきゃ答えないなんて気がきかない。「蒼さんはどこにいるの?」「部外者の方にはお教えできません」……部外者、ですって? 「私は蒼さんと結婚するのよ。それなのに部外者だというの?」「副社長から何も言われていないので私にそれは判断できませんが、会社の業務に積極的に関与しておらず特定の役職にも就いていない者は一般的に部外者と判断されます」「もういいわ! 中で待っているから、紅茶を持っていらっしゃい」「副社長がご不在のときに部外者を中にお通しすることはできません」 なんなの、この女は!気づけば副社長室を追い出されていて、さらにエレベータにまで乗せられいた。チンッという電子音に顔をあげれば、階数を表示するパネルの数字は「1」。一階に降りてきていた。「白川様だ」誰かが言ったから、乗ろうとした者たちが両側に分かれて私を通そうとした。両脇に社員が並ぶ光景は、いつもなら気分のいい光景だけれど、追い出されている様な気がして気分が悪い。いつもなら秘書が呼んで正面に待機しているはずの白川家の車もなく、車のある場所まで歩かされたこともイライラさせられた。 「待って!」買い物でもして気晴らしをしようと思っていた矢先、正面から出てきた一団に気づいて私は車を停めさせた。「……朝霧陽菜」集団の中心にいたのは朝霧陽菜。蒼さんと李凱も傍にいたけれど、それよりも目立つのは朝霧陽菜。 朝霧陽菜という女は、いま思えば最初から気に入らなかった。蒼さんのお気に入り。