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3.

Auteur: 酔夫人
last update Date de publication: 2025-11-19 19:00:02

人によっては蒼は理想的な上司だったといえる。

蒼は人を純粋に能力で評価していた。

そして能力がある人をチームリーダーに起用し、実績をつけさせて昇進させていった。

この点は素晴らしい。

でも、求める能力が自分基準だった。

蒼自身も努力して身につけた能力かもしれない。でも蒼自身が自分をすごいと分かっていなかったから、同じことを周りの全員ができると思っていた。

「できない」を理解できなかった。

「できない」をできるはずなのにやらないだけの「甘え」や「怠慢」と誤解し、そう評価していた。

蒼は能力を評価するから、彼が手掛けるプロジェクトに参加すれば評価されると喜んで参加していた人たちも、複数のタスクを同時並行でこなす化け物の蒼の要求に応えられず、責め苦に耐えられず、数日後にはゲッソリしてフラフラと社内を歩いていた。

「できないは甘えである」という蒼の考えを全否定はしない。実際にそう言う人もいるから頭ごなしに否定できない。

でも、自分の態度が周りを威圧していることに気づかず、周りを委縮させて「できない」を大量生産してしまっていた。

そんな自分に気づいていただろうに、態度を改めなくてもいいと蒼が判断したのには、藤嶋建設の花形といえる設計部には仕事ができる上にメンタルも強いという人たちが大勢いたからだろう。

蒼の周りが人手不足になることはなかった。

こうして自己を振り返ることなく、立場とその才覚から最強のチームを作り上げた蒼。

今の心理状況から非難気味にこき下ろした気もするが、その豪快さと強気の姿勢に当時の私は憧れた。いや、いまもその点には憧れている。

蒼は周りが自分に向ける負の感情を気にすることはない。

凱ほど常に自信満々ではないが、蒼の振る舞いは自分に自信のある人の振る舞いだ。

私には無理。

どうしても人の目を気にしてしまう。

人間には性格があるし、今さら変えるのは難しいから、蒼や凱のように振る舞えなくてもいいけれど、ないものには憧れる。

きっと、この憧れが蒼が好きになるキッカケだったと思う。

この憧れが恋に変わるのはあっという間、では全くなかった。

憧れはするけれど、でき過ぎ設定の蒼は現実味がなさ過ぎた。

恋愛対象として有り得なさ過ぎた。

スーパーマンに恋をする?

それはないでしょ?

こんな感覚だった。

 *

 

蒼とはじめて話したのは、蒼と同じ藤嶋の姓をもつ先輩の尻拭い。

「頼むね」なんて軽い一言で、お願いする気の欠片もない尊大な態度で、彼は私に失敗が目に見えている大きなプロジェクトのリーダーを押しつけた。

一族経営の藤嶋建設だから、“藤嶋”の姓をもっているというだけで社内カーストの上位。

その大きなプロジェクトのリーダーに、その藤嶋先輩は“藤嶋”のネームバリューで就いたが、納期も近いというのに“いい報告”が一切ないそれは失敗確実と目論まれていた。

藤嶋先輩は、“失敗”のレッテルを嫌がった。

だからそのレッテルを、代わりに私に貼ることにした。

なぜ私だったのか、多分丁度良かったのだろう。

入社して三年以上、小規模プロジェクトとはいえプロジェクトリーダーをそこそこ経験している。どれも低予算かつ少人数の小さなプロジェクトだったけれどリーダーはリーダー。

押しつけられたことはみんな、特に藤嶋先輩の取り巻き社員たちは分かっていただろうに、途方に暮れる私から目を逸らし、失敗の余波を受けないことに彼らは必死だった。

そんな状態で、失敗目前のプロジェクトを成功に導ければそれはそれは格好いい。

しかし私にそんな能力はない。

そしてそのプロジェクトは失敗に終わり、社に莫大な損失を出した。

あれは私の力不足だから、失敗を陳謝する報告書を何枚も書いた。

そう、私の力不足。

お願いを断る力が足りなかったのがいけなかった。

小さなプロジェクトの終わりは課長への報告で終わるが、大規模プロジェクトの場合のラスボスは部長、つまり蒼だった。

課長から時間を提示され、嫌なことは早くすませたい性分だから最も早い日時で面談を申し出て、私はいろいろと脳内で言い訳のシミュレーションをしながらラスボスの部屋に向かった。

「一人か?」

初めて交わした会話がこれ。

この言葉、あの雰囲気、部屋で待ち構えていたラスボスが「よくぞここまできた」的なものを体感した。

大きく口を開けた、『暴君』の名を持つ恐竜Tレックスに見えた。

「……そう、です」

言い訳の『い』の字でも口にしたらぱくっと捕食されてしまいそうな恐怖に震えながら答えれば、蒼が立ち上がった。私は恐怖の最高潮。

机をまわってくる蒼の姿に悲鳴を挙げなかった自分を褒めてあげたい。

でも、まあ、それは杞憂だったのだけれど。

「――え?」

私の目の前に立った蒼は、驚いたことに頭を下げた。

信じられなかった。

信じられずに、私は現実逃避をしていた。

蒼の頭につむじを見つけて「暴君にもつむじがあるんだな」なんて阿呆なことを考えていた。

「俺の配慮が足りず、失敗とその後始末を君一人に押しつけて大変申しわけなかった」

頭を下げただけでなく謝罪の言葉も加わって、思考が停止して――。

「暴君竜が謝った!」

……そう叫んだ私は悪くないはずだ。

「え、暴君?」

蒼のぽかんとした顔に一層慌てた私。

「安心してください、暴君竜と言っているのは私だけ、他の人は『暴君』ですから。いや、でも、褒めていますよ? 暴君竜ってあの有名な恐竜映画にも出てくるT-REXのことで、格好いいではありませんか。言葉が一切通じない傍若無人ぶりが特に……」

……ないわ。

いま思い出しても、あれはないわ。

「部長、そろそろ出る時間ですが……えっと、どうしました? 何がありました?」

あの時間が止まった部長室に入ってきた黒崎さんの言葉で私は我に返り、「お忙しいところ、大変申しわけありませんでした!」とまくし立てて走り去った。

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