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48.交渉

Author: 酔夫人
last update Last Updated: 2025-12-24 11:00:04

「ここ、ホテルの何階なの?」

「ど、どうしてそんなことを知りたい?」

今度は何だと言わんばかりに男の一人が予想通りのことを口にするから。

「窓から飛び降りたときに即死できればいいなと思って」

あっけらかんと言ってみせれば、案の定、男たちは明らかに怯んだ。

もともと『死』という言葉には人を怯ませるものがある。

そしてこの二人、粗野な振る舞いで大きく見せてはいるが、逮捕されるということに動揺する小者だ。

「じゅ、十五階から飛び降りたら死ぬぞ?」

「死ぬつもりがなきゃ聞かないわよ。言ったでしょう、即死できるかどうかを知りたいの。同じ死ぬなら、痛みを感じないで即死するほうがいいに決まっているわ」

当然という顔をしていってやれば、男たちは信じられないという顔で見る。

お前たちのほうが信じられない。

性的暴行を受けても強く生きている女性は多くいるけれど、そのショックに耐えられず命を絶つ人だっているのだ。

性的暴行は、それだけの罪だ。

想像することさえも怖い暴力なのだ。

それを同じ女として性的暴行を唆すなど……この恐怖を、同じ女としてどうして分からないのだろうか……いや、あの女の中では彼女と私たちは「違う」のだろう。

選民意識とでも言えばいいのか。

自分は絶対に安全だと思っているから、そんなことを想像したことがない。

想像できないから、こんなことを思いつく。

これはもう、悪ふざけの域ではない。

怖がらせてやろうにしては、やり過ぎだ。

……絶対に許さない。

「私が死んだらあなたたちは掴まって、拉致監禁、暴行、被害者死亡で牢獄生活は20年を超えるわね」

お前たちのやったことは犯罪だ。

「捕まるもんか!」

「え、どうしてそう思うの?」

どういう思考回路?

「ホテルの窓は飛び降りられないよ

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