INICIAR SESIÓN目覚めた蓮さんは、長く昏睡状態にあったため動くことはもちろん、意思疎通をするためにもリハビリが必要だった。
目覚めてからすぐはYESかNOの視線反応しかできなかったが、意識は明瞭で周囲を認識できていること、事件当時の記憶があること、そして判断力や理解力などの認知機能に問題がないことから、蓮さんの証言次第では転落事件の犯人として白川茉莉を再調査できる可能性が出た。
*
私を誘拐したあの犯人たちは公務執行妨害で逮捕された。
公務執行妨害では一時的な足止めでしかなく、私は急いで彼らを訴える準備を始めたが三奈子さんにストップをかけられた。
犯罪に慣れていた男たちなら他に余罪があるかもしれない、すぐに訴えなくても公訴期間があるから様子を見たほうがいいと言われた。
三奈子さんの予想通り、公務執行妨害で逮捕された男たちは、事件の数日前に都内のクラブで若い男性を暴行、金銭を奪っていたことが警察の捜査で判明。
また過去に似たような暴行罪で逮捕されていたことから、西山さんの知人の検事さんがガンガン攻めて執行猶予なしで3年の懲役になった。
――これで共犯者は動くわ。そうすれば白川茉莉さんまでの太い線ができる。
三奈子さんにそう言われたとき、その場にいた蒼も凱も驚いていたのに、翠さんは三奈子さんの言葉に深く同意していた。
――事件のことを陽菜さんが沈黙しても白川茉莉がSNS上で吹聴するわよ。
翠さんの言葉に、自分の罪を煽るような馬鹿な真似をするわけがないと反論したが、私も、三奈子さんも翠さんの言葉に賛成だった。
ちなみにお祖母様と伯母様も同意見。
――こういう女性は24時間主人公じゃなきゃ嫌なのよ。
伯母様のこの一言は名言だと思う。
三奈子さんによれば公訴時効は3年だが、海を騒ぎにできるだけ巻き込みたくないので早めに仕掛けることにした。
白川茉莉は何かを我慢して耐えるような性格はしていない。
煽ればボロを出す。
喧嘩は派手に、白川茉莉が得意とするSNSを合戦の舞台に選んだ。
お祖母様と
*** 苦みが消えないのは、白川茉莉との決着がついていないからだろうか。でも、もう決着をつける手段がない。だから、私の白川茉莉に対する感情は不完全燃焼だ。 白川茉莉はいま精神病の患者として入院している。 白川茉莉には蓮さんの転落事故に対する逮捕状が出ていたが、逮捕状を持った捜査員の登場に白川茉莉の精神は異常をきたした。警察は叫んで暴れる白川茉莉を逮捕したあと、一連の法的手続きを経て彼女を「精神的な疾患のある罪人」として病院に措置入院させた。患者の安全や他者の安全を確保するための強制入院。精神保健福祉法に基づいた法的な措置。 今後、白川茉莉が社会に出てくる可能性はほぼない。 白川茉莉に害されることがなくなったことは、安心するし、嬉しい。でも、この結末には納得しきれない自分がいる。 私は、暴行はされなかった。 でも怖かった。あのときの恐怖は今も何かの拍子に湧き上がってくる。白川茉莉は有罪で逮捕された。でも、いま精神を病んでいる白川茉莉に罪を犯した自覚があるのか。ないとしたら……被害者ばかりが白川茉莉の罪に苦しんでいるのではないか。 ……いや、正義のヒーローの振りはやめよう。私は白川茉莉に勝ちたかっただけだ。 蒼の隣に立ち、みんなの前で「蒼さん」と蒼を呼べた白川茉莉に……。 「ごめんなさい」なんて謝罪はいらない。「もうやらない」なんて誓いもいらない。 私は白川茉莉に「負けた」と言わせたかっただけ。 白川茉莉は病院という監獄にいる。その姿を見れば満足するかもしれないと、面会の許可をとり病院にいったこともあった。行ってよかったかというと……微妙。 白川茉莉がい
渡辺さんに案内されて私と蒼は広報部に行った。企業の顔となる情報発信をする広報部には設計部と違ったやりがいがあるなど、そんな話をしていた。「あまり人がいないのね」「広報部は最近リモート中心の働き方ができるようになったの。私も育休が明けたらリモートで復帰する予定」藤嶋建設と言えば昔気質というイメージだったから、“リモート”や“育休”と今どきの働き方を象徴する言葉の登場に驚いた。「それで、私たちに何か?」「見てほしい写真があるの」渡辺さんが見せたのは私が蒼に先制パンチを与えたあのパーティーの写真。スクロールすると赤いドレスを着た私がいた。 「これがどうしたの?」「白川様がこのパーティーの写真を全部消すように言いにきたの。本人が。しかも目の前で消せと、急げと……怪しいでしょ?」「怪しいと言えば怪しいけれど……消さなかったの?」「消したわよ。これはバックアップ。別のハードに保存していたから結果的にはなかったんだけど……」渡辺さんは私の後ろにいる蒼に頭を下げた。「白川様に誰にも言うなと言われ、部長も黙っているようにと……産休に入る前でトラブルは困ると思って、私も黙っていました。大変申しわけありませんでした」あの写真は渡辺さんの広報としての仕事。いくら白川茉莉が我が物顔で藤嶋建設内を闊歩していたからといっても、白川茉莉は部外者。仕事の指示系統にいれてはいけない。「何かあるのかしら」雰囲気を変えたくて明るい声を出せば、渡辺さんは画面に一枚の写真を出した。「多分、これ」「あっ、この人!」そこに写っていたのは、あの日私を攫った男。白川家の運転手ではない。ホテルで映像を撮ろうとした男だった。咄嗟に蒼を見ると、蒼は首を横に振った。「知らない。誰かの連れか?」招待した男その連れであれば記録にないのも仕方がなかった。誰の連れかは分からなかった。でも、白川茉莉と談笑していた。私には先入観があったから知人っぽく見えた。つまり先入観を与えてしまえば、それっぽく、知人といえば知人っぽい、初対面といえば初対面っぽい二人の写真だった。私たちはその写真をSNSにあげた。警察に不信感はないし戸田刑事も頑張ってくれているのは分かっていたが、私は白川茉莉を落としたいという気持ちに駆られていた。【パーティーに来ていたみたい】、と。結局、私も白
「何を言っているのかしら……分かるでしょう?」「分かりませんわ」私はにっこり笑って見せた。「藤嶋さんと仲がいい? 体を使って誘惑している? お友だちと悪口三昧、これは私は白川さんに恋のライバルと思われているのですか?」それなら仕方がない、という風に私はため息を吐いてみせる。「恋は戦争ですものね。他人を蹴落として上に行こうとするその姿、ナイスガッツとも言えますわ」優雅さを売りにしている白川茉莉にとって「ナイスガッツ」は痛恨だったらしい。白川茉莉の顔が赤く染まった。 「白川さん、あなたは私と藤嶋さんの関係を完全に誤解しています」「どういうこと? まさか蒼さんとも兄妹というつもり?」「まさか」なかなか面白い白川茉莉の言葉を私は笑い飛ばした。あれは、断罪する悪役令嬢の気分だった。「私と蒼は元夫婦よ」「…………え?」白川茉莉の唇がハクハクと動いた。呼吸すらままならないようだったのに、言葉はなぜかしっかりしてはいた。「元夫婦……つまり、妻? あなたが、蒼さんの、妻?」「離婚したての、ホカホカの元夫婦よ」周囲のざわめきが大きくなった。 「最近離婚って、副社長は浮気していたってこと?」「白川様って副社長の愛人だったんだ」「愛人のくせに次期社長夫人って顔してたんだ」 「それならあのご子息は?」「愛人の子ってことだろ……うわあ、修羅場だな」「だから離婚したんだろ」 一夫一妻制の日本において、妻は敬意を払われるが愛人は軽蔑される。手のひら返した「愛人扱い」に白川茉莉の顔はどんどん赤くなり、警備員の手を振り払うと取り巻きを見捨てて一人で立ち去った。そのあとを失笑が追っていった。 白川茉莉が去っても、蒼は一人で周囲の批難を聞いていた。
「蒼さん! 私にこんな真似をして、許さないから!」藤嶋建設に行くと、ロビーは騒然としていた。誰もが騒ぎの中心に夢中で、私は誰にも気づかれることなく騒ぎの中心に向かうことができた。そこは、修羅場だった。白川茉莉は両側を警備員に挟まれ、蒼に向かって喚いていた。取り巻きの四人も、それぞれ警備員につかれて顔を青くしている。 蒼はそんな白川茉莉に目を向けることなく、身を護るように小さく丸まっていた田山さんに「もう大丈夫、ゆっくり呼吸をしなさい」と優しく声をかけていた。蒼の気遣いは分かるけれど、田山さんの性格は例えるなら小動物。暴君竜の蒼が近づくだけで「ゆっくり呼吸」なんて無理な話。 「田山さん!」周囲を囲む人垣から内側に入ると、あちこちから「朝霧陽菜だ」という声が聞こえた。まるで何かの舞台のようだった。蒼が顔をあげたけれど、首を横に振って何も話させなかった。ただ持っていたスマホを振って、あらかた事態は把握していることは伝えた。「朝霧先輩……」「田山さん……全く、慣れないことをして……」田山さんの無事な姿に、思わず涙が浮かんだ。「名探偵はじめましたって……そんなの始めちゃだめよ、危ないでしょう」「だって、毎日この人たちここで朝霧先輩の悪口を言っていて、我慢できなくて……」とうとう堪忍袋の緒が切れてライブ配信したのだというが、それにしてはタイトルもサムネイルもしっかりしていた。それを言うと「準備はしておいて損はないと教えられたから」と田町さんは泣き笑いで応えた。「ありがとう」後先考えなかったことについては、ちょっと言いたいことがあるけれど、田町さんにはいまも感謝している。へへっと笑う田山さんの目尻にある涙を私はハンカチで拭った。 「朝霧……さん!」「……パーティー以来ですね、白川さん」白川さん。
【名探偵ごっこ、はじめました】普段は20分でできる時短料理を紹介していて、私もフォローしている藤嶋建設の後輩の田山さんがそんな動画を投稿した。しかも、ライブ投稿。タイトルもだけど、タグに「#朝霧陽菜」とあって、このタグでSNSが私に“おすすめ”してきたのだと思いながら再生した。 《そうそう、朝霧陽菜さんってそういう方なのよね》引きこもっていたホテルの部屋に響いたのは白川茉莉の声。映像は周囲を撮り、私には藤嶋建設の受付の傍にある打ち合わせスペースだと分かった。《昔は施設で育った不幸な身の上話で男性を誘惑して、いまはSNSでご兄弟を自慢なさって……きれいな方だから甘えられれば男性のほうも悪い気はしないでしょう?》白川茉莉の声は、明らかに盗み聞きと分かるもので、私は急いで出かける準備を始めた。 《そんなことをしているから、男性に暴行されたりするのよ》《街中で突然攫われたりします? しないですよね? つまり、そう言う如何わしい場所にいたに違いありませんわ》白川茉莉の声はなかったけれど、白川茉莉の取り巻きらしい女性たちの同意する声が続いた。《もしかしたら、朝霧陽菜さんのほうが誘ったのかも》《藤嶋さんも、男性だからああいう女性にころりといくのも仕方がないのかもしれませんけど、ねえ》《でも、白川様への裏切りですわ!》《やめて頂戴》白川茉莉の声で、全員が静かになる。《蒼さんはそういう方ではないわ。それに、ちょっとよそ見しているだけですもの》白川茉莉の言葉のあと、周りの賛美する声が続く。劇場型というか……芝居を見ているようだけれど、この人たちはその芝居を何人もが見ていることを知らないだろう。 《朝霧陽菜さんも必死なのよ。働いてお金を稼がなくちゃいけないから》視聴者数も、コメント数もすごい勢いで増えている。働
イライアス、ノア、ルカ。母親はそれぞれアメリカ人、オーストラリア人、ジョージア人。蒼は多国籍だなと呆れていた。同感。 *イライアスは都市再生プランナーで、『建築政策アドバイザー』という肩書きも持っていた。私たち兄弟の中で最も年上の彼はニューヨークで生まれ育ち、幼少期に住んでいた地区が再開発で姿を変えたことが原体験となり奨学金でMITの都市計画学科へ。現在は国際機関や都市政府と連携して「誰もが住みやすい都市空間」を設計していると聞き、私と凱は藤嶋とのプロジェクトの臨時アドバイザーとしてイライアスに協力を頼んだ。冷静で理知的で「お兄ちゃんだな」と思わず感想を漏らしたら、自分は違うのかと凱が不機嫌になったけど兄オーラみたいなものは凱にはない。年齢的にイライアスは私たちの長兄なのだけど、まだ見つかるかもしれないので「長兄」とはしていない。お母さんが舞台美術家でメルボルンで育ったというノアは建築ビジュアライザーで、アーサーがヘッドハンティングして現在はキャメロットで建築プレゼンや展示空間の演出を担当している。感性派で社交的なノアは、妹の私には優しくて愉快な兄だが、同い年の弟である李凱とはデザインの話でよく議論している。海を見る目は二人ともキラキラしていてそっくりで、どちらも華やかなイケメンなので双子に見えなくもない。ルカは私たちの中で最年少で、ルカは藤嶋建設でいま働いている。トビリシで育った彼は旧ソ連時代の建物の老朽化に危機感を抱き、奨学金でドイツの工科大学に留学して構造工学を専攻。目標は高層建築の構造解析のスペシャリストになることで、耐震・免震設計、地震多発地域の建築安全などから日本の建築に興味があったらしい。元看護師のお母さん、タマルさんも一緒に来日。タマルさんはいま蓮さんの看護師として西山家に滞在している。看護師と聞いたときはクリストファー・アシュフォードの体調はこの頃から悪かったのかもしれないと私たちは少ししんみりしたけれど、彼女は外科の看護師でクリストファー・アシュフォードとは彼がぎっくり腰で病院に来たのをきっかけに知り合ったらしい。凱とノアは「ヤリ過ぎだ」と、同じ表情を浮かべて呆れていた。私たち五人兄妹はイギリスのアシュフォード邸で会い、クリストファー・アシュフォードの写真を真ん中に写真を撮った。更新したSNSは評判に、







