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第2話

Auteur: 風間純
振り返りもしない。

背中で拒絶を示し、今日こそはこの家を出ていくという不退転の決意を突きつける。

しかし、二人の屈強なボディガードが立ちはだかり、行く手を阻んだ。

私は彼らを冷ややかに見据え、それからもう一度、瑛太の方を振り返った。

リビングの中央に立ち尽くす彼の顔には、激しい怒りと屈辱がない交ぜになっていた。

従順だった妻が、不貞を働いて泥を塗っただけでなく、公然と反抗してきたのだ。彼にとって、それは万死に値する大罪なのだろう。

「乗り換え先を見つけたからって、好き勝手できると思うなよ」彼は冷ややかに笑う。

「由衣、考えが甘いぞ。俺から離れれば、お前なんて何者でもないただのゴミだ」

私は動じることなくスマホを取り出し、ある番号をタップした。

コール音はすぐに止まる。

「もしもし、私。今は桐生の家にいるの……出られなくなってしまったわ」

受話器の向こうから、低く深みのある男の声が響く。

「待って」

たった一言。通話はそれで切れた。

瑛太の顔色が、瞬時に険悪なものへと変わる。

彼は私のスマホを食い入るように睨みつけた。

「久我蓮司(くが れんじ)か?」

久我蓮司。この神南市で唯一、桐生家と対等に渡り合える名門・久我家の跡取りであり、瑛太にとっては幼い頃からの宿敵でもある男だ。

私は何も答えず、ただ静かにその場に佇む。

時として、沈黙は肯定よりも深く相手を傷つける。

瑛太の眼光は、怒りの炎で私を焼き尽くさんばかりだ。

そこへ、静江が火に油を注ぐように喚き立てる。

「なんてこと!よりによって久我の小僧とデキてたなんてね!

あんたみたいな尻軽女を嫁にするなんて、桐生家の末代までの恥だわ!」

私はその雑言を聞き流した。

十分も経たないうちに、屋敷の外から急ブレーキの音が聞こえてくる。

続いて、玄関のドアが凄まじい勢いで押し開かれた。

蓮司が数人の部下を引き連れ、疾風のごとく室内に踏み込んできた。

彼は一目でボディガードに阻まれている私を見つけると、次に瑛太へ、そしてその手首の時計へと視線を走らせた。その瞳の奥に、一瞬だけ刺すような痛みと悔しさが過る。

蓮司の視線が私の上で一秒だけ止まり、彼は迷うことなく私の元へと歩み寄ってきた。着ていたジャケットを脱ぐと、私の肩にふわりとかける。まるで私という存在すべてを、彼のテリトリーに囲い込んで守るかのように。

「由衣。迎えに来ると言っただろう」彼は私の耳元でそう囁く。

そして顔を上げ、瑛太を見据えた瞬間、その瞳の温度は氷点下まで下がった。

「桐生社長。俺の女に、指一本でも触れてみろ」

蓮司が私を庇う姿を目の当たりにして、瑛太の両目は充血し、血が滴りそうなほど赤く染まっている。

「お前の、女だと……?」歯噛みしながら絞り出された言葉。

蓮司は鼻で笑うと、私の肩を抱き寄せ、見せつけるように親密な距離を作った。

「そうだけど、桐生社長は誰の女だと思っていたんだ?」

その言葉は、瑛太のプライドを最も残酷な形で抉った。

彼のこめかみに青筋が浮かび上がり、ピクピクと脈打っている。

「由衣、こっちへ来い」彼は低い声で命令した。

私は蓮司の体により一層寄り添う。

その仕草が、瑛太の理性を完全に決壊させた。

彼は怒号と共に突進し、私を蓮司の腕から強引に引き剥がそうとする。

しかし、蓮司が連れてきた部下たちが即座に壁となり、彼を阻んだ。

場が騒然となる。

「いい加減にして!」私が叫ぶと、その場の全員の動きが止まった。

私は瑛太を真っ直ぐに見つめ、一言一句、噛み含めるように告げる。

「瑛太、離婚届はもう渡したわ。今日から私とあなたは他人よ。もう何の関係もない」

言い切ると、私はもう彼を見ようともせず、蓮司に向き直った。

「行きましょう」

蓮司は無言で頷き、私をエスコートして出口へと向かう。

真香の横を通り過ぎようとしたその時、彼女が突然私の腕を掴んだ。

「由衣さん、行かないで!赤ちゃんのことがまだはっきりしていないじゃない!」切迫した声色だが、その瞳の奥には勝利の光が宿っている。

彼女を見て、私は不意に可笑しさが込み上げてきた。

「そうね、はっきりしていなかったわ」私は足を止め、衆人環視の中で真香の目を覗き込む。

「今日は検査結果を届けてくれてありがとう。おかげで瑛太に、彼がいかに滑稽なピエロか教えてあげることができたわ」

真香の顔から血の気が引いた。瑛太もまた、石のように固まっている。

彼らに反撃の隙など与えない。私は蓮司と共に、三年間私を窒息させていたこの牢獄を、一度も振り返ることなく後にした。

……

車内。蓮司がお水を渡してくれた。「大丈夫か?」

私は首を振り、それから頷いた。

なんの前触れもなく、涙がこぼれ落ちる。

蓮司はそれ以上何も言わず、黙ってティッシュを差し出してくれた。

車は都心にある高級マンションの車寄せに滑り込む。

「当面はここに住めばいい。誰も邪魔はしない」と、蓮司は言う。

私は彼を見つめた。

「蓮司、ありがとう。でも、どうして私を助けてくれるの?」

蓮司はハンドルを握ったまま前を見据え、淡々と言った。

「桐生社長がお気に召さなかったからといって、他の男も放っておくとは限らないだろう」

「……この借りは、必ず返すわ」

「気にしないで」

彼はエンジンを切り、こちらを向く。

「今の君にとって一番重要なのは、体を大事にすることだ」

彼の視線が、意味ありげに私の腹部を掠めた。

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