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last update Last Updated: 2025-05-10 01:11:56

「相野さん、お疲れ様」

 自分の席でパソコンに向かっていると部長に声をかけられ立ち上がる。部長が直接話しかけてくるのはめずらしいことだ。

「例の企画が高評価だった。来春発売のゲームのパッケージもうちでやれるよう頑張ってほしい。なんせ世界的に有名なゲーム会社『パルティ』の案件だ。会社にとっても素晴らしいことだから期待しているよ」

「ありがとうございます。精一杯頑張らせていただきます」

「この仕事を取るとデザイナーとして大きく羽ばたいていけると思うぞ」

 去っていく部長に私は頭を深く下げた。

 ゲームのパッケージデザインを手がけるのは私にとっての大切な夢だ。昨年、病気で他界した親友の亜希子との約束だった。

 入院生活が暇すぎるという亜希子にゲームをプレゼントすると、かなり熱中してくれた。

『ゲームの世界を教えてくれてありがとう』

『私は詳しくないけどさ』

『真歩がパッケージをデザインしたゲーム、やってみたいなぁ』

『そうだね。頑張る』

『約束だよ』

 夢を叶える前に亜希子は亡くなってしまったが、今もきっと天国から見守ってくれているに違いない。

 気合いを入れて頑張ろうとした時、修一郎と目が合う。なぜか不機嫌そうだった。そして立ち上がり部署から出ていく。

『ティーオーユーデザイン企画』のデザイン部に所属する私は、この会社で夢を追いかける二十七歳。一九〇〇年に創業した企業でデザイナーや写真家を中心に作った会社だった。

 それからだんだんと業種が広がっていき、広告代理店として成長し、現在では日本とアメリカに関連企業が五百あり、デジタル広告とパッケージデザインに力を入れている。

 私の部署にはデザイナーが二十人いて、その他に補佐的要員も含めると全員で三十人いる。

 私の恋人、田辺修一郎(たなべしゅういちろう)は大学時代からの付き合いだ。私と彼は芸術大学を出た。学んだことを活かせる会社に行きたいと話をして同じ会社を受け、二人ともまさかの内定だった。しかも同じ部署で働いている。

 入社当時はただの同期ということで話をしていたけれど、だんだんと知り合いが社内に増えていくと、同棲していることが知られてしまい今では公認の仲になっている。

 同棲のきっかけは、私の両親が旅行中に他界したことだ。

 一人っ子で孤独な私に優しくしてくれたのが修一郎だった。

 初めは彼の家にお邪魔していたがだんだん荷物が増えていって一緒に住むようになっていた。

 年齢的に結婚間近と言われているけど、ここ三年ほどキスやハグをしていない。休みの日も別々に過ごしている。

 私たちは本当に恋人という括りの中にいるのだろうか。もしかするとただの同居人になってしまったという可能性もありえる。でも本当のことを聞くのが怖くて私は何も言わずにただ一緒に過ごす日々。

 掃除、洗濯、食事の準備は、すべて私の役割だ。お互いに正社員で仕事で忙しいので、少しは分担してほしいが、彼には私が必要なんだと言い聞かせていた。

 ……やっぱり、最近、心から笑ってないかも。

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