それから、二日後のことだった。コンペの締め切りが明日に迫っている。
いいアイディアがまとまったと思って、今回ばかりは私の作品が選んでもらえるのではないかと自信を持てていた。
岩本君が常にそばにいて私の心を元気に保ってくれていたのも大きい。コンペが終わったら彼とのことも真剣に考えよう。
午後からは、食品系パッケージのデザイン案を決めるため会議を行っていた。
修一郎が担当することになっていて、いくつか案を作ってきたようだ。彼の案を見て意見を出し合うことになっている。
「今回はシンプルイがいいかなと思い、健康志向の方のことも考えて、こちらのデザインを提案したいと思います」
画面に映されたのは、私が考えて考え抜いたゲームパッケージのデザインを彷彿とさせるものだったのだ。
最近やたら私の画面を覗いてきていると思ったけれど、まさかこんなことをするなんて……。嘘だと信じたい。
「これは、素晴らしいではないかっ」
課長は大きな拍手を送って大絶賛している。
他の皆さんも頷いて、修一郎に羨望の眼差しを向けていた。
岩本君だけが私の努力を隣で見ていたので、私と同じ気持ちなのかもしれない。今までに見たことのないような怖い顔をしていた。
「完璧に近いデザインだと思うが、意見のある人は?」
課長の問いかけに誰も異論を唱える人はいなかった。結局、私は何も言い出すことができず、案が通ってしまったのだ。
修一郎と目が合った。勝ち誇ったような目だった。
あまりにもショックで、部署に戻ることができず屋上に逃げた。
赤く染まる夕日が、悲しみを増長させる。
応募期限が明日に迫っているコンペにはもう間に合わない。
一生懸命考えて降ってきたアイディアだった。
このまま一緒に働いていたら、これからもこんな嫌な目に遭うだろう。
世界的有名なゲーム会社と強いパイプを持つティーオーユーデザイン企画にいなければ、おそらく夢だったゲームのパッケージを担当することはできない。
友人との約束も果たしたいし、絶対ここで踏ん張って結果を出そうと思っていたのに、耐えられる自信がなくなってしまった。悔しくてたまらなくて、涙がボロボロとあふれてくる。
「ごめんね、亜希子」
私はもうこの会社で頑張っていくのは無理だと思った。退職するしかない。
「相野さん」
声が聞こえてきて、振り返ると岩本君だった。
「岩本君……」
「僕はどんな時でも、相野さんの味方です」
「ありがとう。でも、もう無理かもしれない」
岩本君は、私と同じように悲しそうな顔をした。それだけでも救われた気持ちになる。
「今は仕事中です。気持ちを切り替えてください。家に戻ったらゆっくり話をしましょう。さ、仕事してきますよ」
厳しくも温かい言葉だった。
岩本君の家に戻ると体の力が一気に抜ける。この家にあまり馴染んではいけないのに、岩本君が居心地のいい空間を作ってくれる。「まずは、ご飯を食べてください」 ささっと乾麺でうどんを作ってくれた。お出汁が美味しくて心がほっこりしてくる。「美味しい」「よかったです」 お腹がいっぱいになって少し休憩した後、私たちは向かい合って座った。「相野さん、コンペは予定通り提出されたほうがいいと思います」「私が彼のアイディアを真似したと思われたら困るから、諦める」「今回を逃すと次はいつチャンスが回ってくるかわかりません」 真剣に言ってくれるけれど、かなり心が疲弊していた。「退職を本気で考えてる」「今会社を辞めてしまうと、夢を叶えることができないと思うんです」「それはすごくわかるし途中で諦めるなんて悔しい。自分が考えた案を奪われることがこんなにも辛いなんて……。修一郎は私は会社にいる限り同じことを続けてくると思う」「そうかもしれません。でも逃げないで戦いましょう。逃げてしまってもいいんですか?」 岩本君の言葉にハッとさせられる。「自分の作品を守りましょう? ご友人と約束したんですよね?」 本当はこのままなかったことにしようかと思ったけれど、苦労して生み出したアイディアをあんな風に使われるのは絶対に許せない。 それに岩本君が言ってくれた通り、このチャンスを逃してしまえば親友との約束が守れない。 負けちゃ駄目だ。前を向いていかなきゃ。自分で自分を鼓舞していく。 岩本君のおかげで深く沈んでいた心が浮き上がってくる気がした。 恐怖心が強いけれど、明日出社したら課長に話をしてみよう。「ありがとう。頑張ってみる」「はい! 応援しています」 岩本君と一緒に過ごしていると、自分の中にある強い心が引き出されていくような感覚になった。 本来どんな人にも負けない心があると思うんだけど、なかなか出すことができないのだ。 岩本君には感謝してもしきれない。彼の存在が私の中でどんどんと大きくなっていく。 優しくしてくれたらその分、離れるのが寂しい。岩本君がどんな気持ちなのか知りたくなってしまった。そして私は核心に迫るために口を開いた。「どうして、そんなに私のことを想って……くれるの?」「同じように僕のことを大切にしてくれたからですよ」 新入社員に対して教えなけ
それから、二日後のことだった。コンペの締め切りが明日に迫っている。 いいアイディアがまとまったと思って、今回ばかりは私の作品が選んでもらえるのではないかと自信を持てていた。 岩本君が常にそばにいて私の心を元気に保ってくれていたのも大きい。コンペが終わったら彼とのことも真剣に考えよう。 午後からは、食品系パッケージのデザイン案を決めるため会議を行っていた。 修一郎が担当することになっていて、いくつか案を作ってきたようだ。彼の案を見て意見を出し合うことになっている。「今回はシンプルイがいいかなと思い、健康志向の方のことも考えて、こちらのデザインを提案したいと思います」 画面に映されたのは、私が考えて考え抜いたゲームパッケージのデザインを彷彿とさせるものだったのだ。 最近やたら私の画面を覗いてきていると思ったけれど、まさかこんなことをするなんて……。嘘だと信じたい。「これは、素晴らしいではないかっ」 課長は大きな拍手を送って大絶賛している。 他の皆さんも頷いて、修一郎に羨望の眼差しを向けていた。 岩本君だけが私の努力を隣で見ていたので、私と同じ気持ちなのかもしれない。今までに見たことのないような怖い顔をしていた。「完璧に近いデザインだと思うが、意見のある人は?」 課長の問いかけに誰も異論を唱える人はいなかった。結局、私は何も言い出すことができず、案が通ってしまったのだ。 修一郎と目が合った。勝ち誇ったような目だった。 あまりにもショックで、部署に戻ることができず屋上に逃げた。 赤く染まる夕日が、悲しみを増長させる。 応募期限が明日に迫っているコンペにはもう間に合わない。 一生懸命考えて降ってきたアイディアだった。 このまま一緒に働いていたら、これからもこんな嫌な目に遭うだろう。 世界的有名なゲーム会社と強いパイプを持つティーオーユーデザイン企画にいなければ、おそらく夢だったゲームのパッケージを担当することはできない。 友人との約束も果たしたいし、絶対ここで踏ん張って結果を出そうと思っていたのに、耐えられる自信がなくなってしまった。悔しくてたまらなくて、涙がボロボロとあふれてくる。「ごめんね、亜希子」 私はもうこの会社で頑張っていくのは無理だと思った。退職するしかない。「相野さん」 声が聞こえてきて、振り返ると岩本君だっ
コンペの締め切りまで三日に迫っていた。 もう少しでパッケージデザインの案ができそうだった。 少し無理がたたっていたけれど、もうひと踏ん張りだ。 パソコンに向かっていると、修一郎が近づいてきた。 何か言われるのかもしれないと身構えていたら、珍しく優しい笑顔を向けてくれたのだ。「いい案、浮かんだか?」「お互いに頑張ろうな」「……え? うん」「ゲームのパッケージデザイン、もし採用されたらきっと一人前のデザイナーとして認められるだろうな。独立も夢じゃないかもしれない」「私は独立したいわけじゃないけど……」 大切な友達との約束があるから。修一郎にも過去に話したことがあったけど、きっと忘れてしまっただろう。 そもそも私の話なんて真剣に聞いていなかったかもしれない。修一郎と話をしていると過去の嫌なことを思い出して、気持ちが暗くなってくる。自分の中でちゃんと消化しなければいけないと思った。そのタイミングで岩本君が戻ってきた。「まだお二人共、残っていたんですね」「どうしたの?」「忘れ物をしました」 机の引き出しを開けて「あった」と言う。「ちょっとお腹空いたから、何か買ってこようかな」 立ち上がると、岩本君が寄り添ってくる。「荷物持ち係として僕もお供します」「そんな、大丈夫だよ」「熱心な新人だな」 修一郎が感心した口調で言う。「田辺さんは何かいりますか?」「うーん、じゃあ、おにぎり、お願いしようかな。あ、ツナマヨで」「了解です」 なぜか私は岩本君と二人でコンビニに行くことになってしまった。 エレベーターに乗るとこちらをずっと見つめてくる。「な、なに?」「随分仲よさそうに話してましたね。もしかしてまだ気持ちがあるんですか?」「まさか」「嫉妬しちゃうんですが」「なにそれ」 私が呆れたように笑うと、岩本君も笑顔を作った。 エレベーターを降りたところで彼はハッとした表情をした。「あ、もう一個、忘れ物があったので、先にコンビニに行っててください」 再びエレベーターに舞い戻っていく。「慌ただしい」と呟いた私の胸の中には、温かいものが広がっていた。
一緒に住ませてもらって気がつけば八月になっていた。 土日も私は家に仕事を持ち込むことが多かったけど、休みと仕事のメリハリをつけたほうがいいからと言って、様々な場所に連れ出された。 映画館、水族館、ドライブ、カラオケ、美術館。岩本君といると楽しくて私はいつも笑顔で過ごせていた。 アイディアに煮詰まってしまった土曜日。 岩本君は朝から私にパンケーキを焼いてくれた。 生クリームとはちみつをたっぷりとかけてくれ、めちゃくちゃ甘いパンケーキだったけど美味しくて、エネルギーが湧いてきた。「ごちそうさまでした」「いえいえ」 食器も片付けてくれるので、私はその場でコンペのアイディアを練っていた。「はぁ……」「最近、ため息が多いですね」 キッチンから話しかけてくる。「うん。期限が迫ってきたから焦る気持ちもあって……。今度のゲームって、対象年齢が定まってないというか。小さな子供も遊べるし、大人も遊べる。だからどこを狙って考えたらいいかわからなくて」「難しい問題ですね」 岩本君も一緒になって考えてくれる。「出かけてきませんか? いいアイディアが思いつくかも」「そうだね。息抜きもしたいし」 動きやすいコットン生地のワンピースに着替えをする。軽くメイクをして髪の毛は一つにまとめた。 準備を終えると岩本君も着替えをしていた。シャツを羽織ってジーンズというシンプルな格好だが、雑誌から飛び出したモデルさんのようだった。 並んで歩くのが恥ずかしいと思ったけれど、せっかくの申し出だ。仕事を成功させるために協力してくれているのだから出かけることにした。 何箇所もゲームコーナーを回ったり、ゲームセンターを見に行ったりした。「試しにクレーンゲームやってみましょうか?」「学生時代以来、やったことないかも」 岩本君が小銭を入れて、ウサギのぬいぐるみを狙っていく。でも、簡単には取ることができない。「難しいね」「あともう一回だけやってみます」 クレーンがゆっくり動いていってボタンを押すと、ぬいぐるみが持ち上がった。そしてそのまま入り口に運んできたのだ。 ポトンと落ちて商品をゲットしたときには、思わずハイタッチをした。 仕事のことで、煮詰まって頭が重く、職場では私に対する悪い噂が広がって暗い気持ちでいたのに、全てを忘れて楽しい時間を過ごせていた。 岩本君が
次の日から一緒に住む生活が始まった。 岩本君がいつも朝食を用意してくれる。彼は料理が得意らしく和食も洋食も朝から出てくる。どれを食べても美味しくて幸せな気持ちになった。 朝食を終えると食べて一緒に通勤する。 同じ職場で働いてランチを共に過ごす。昼食代を浮かせるために家で簡単な弁当を二つ作るのが私の日課になっていた。 修一郎と交際するようになったのも、こうして一緒に長く時間を過ごし同棲することがきっかけだった。 私はまた同じことを繰り返すのではないかという恐怖に苛まれていた。また恋をして傷つきたくなかった。 初恋の相手だったと言われたけれど、どこで会ったかはいまだに教えてもらっていない。 仕事が終わって岩本君の家に戻り、夕食と次の日のお弁当を作っていた。 彼との生活は楽しくて居心地がすっかりよくなってしまっている。明日は給料日なので物件を探していかなければならない。 お金が使い果たし、お腹がペコペコな状態で転がり込んでしまったけど、今思えばクレジットカードで食べてしのいでいけばよかったのだ。だから給料が出たらまずは家を探して、光熱費やスマホ代金はクレジットカードを登録し食料品を買っていけばすぐに出て行くことができる。 どんなに古くてもいい。いつまでも甘えてるわけにはいかないので、目ぼしいところを見つけてオンラインで内覧させてもらうところを見つけるつもりでいた。 食事の準備を終えてリビングでスマホで物件を探していると、岩本君がバスルームから上がってきて、後ろから覗き込んできた。「そんなに焦って引っ越ししなくてもいいですよ。今はコンペに出す作品のアイディアを考えるのが先ではないですか?」「その通りなんだけど、いつまでも甘えてるわけにはいかないの」「甘えられたいです」 耳元で囁かれ溶けそうになる。逃げようとすると後ろから抱きしめられてしまった。「そういうのはちょっとやめて。し、しかもお風呂上がりってなんかっ」「僕のことを思い出してくれました?」「今は忙しくて考えている暇がない」「寂しいな」 本当に悲しそうな声を出されたので私も切なくなってしまった。「ごめんなさい。仕事に集中したくて」「そうですよね。だからこそ、引っ越しは焦らなくてもいいのではないですか?」「う……うん」 うまく言いくるめられた気がした。
連れてきてくれたのは会社の近くのタワーマンションだった。 うちの会社は給料がいいほうだと思うけれど新入社員でこんなにグレードの高いところに住むのは不可能だ。「岩本君のご実家って資産家なの?」「まぁ……そうかもしれませんね……。深いことは気にしないでごゆっくりしてください」 岩本君が住んでいる部屋は最上階だった。 長い廊下を抜けるとパーティーができるのではないかと思うほど、広いリビングルームがあり、東京の夜景を見下ろすことができた。 大きなテレビとソファーが置いてあり、キッチンの近くには六人掛けのダイニングテーブルが置かれている。 一人で住むにはさすがに広すぎる3LDKだ。「こちらの部屋、お客様が来たようにと作った部屋なんですが自由に使ってください」「いいの? リビングの端っこを貸してくれたらそれで充分なのに」「リビングで無防備に眠っていたら、それこそ襲ってしまうかもしれませんよ?」 ニコッとするので身の危険を感じ私は素直に部屋を借りることにした。「足りないものがあれば買いに行きましょうね」「ありがとう。命の恩人だと思って必ず恩返しするから」「恩返しですか。楽しみですね」 穏やかに笑っている。 部屋の中のものは自由に使っていいと言ってくれた。 私は早速入浴をさせてもらいお湯に浸かった。今までネットカフェでの生活がたたっていて、体がすごく疲れている。久しぶりに筋肉がほぐれていくような感覚に陥った。 リビングルームに戻ってくるとテーブルにはカットされたフルーツが置かれていた。「どうぞ食べてください」「岩本君が剥いてくれたの?」「ええ」「ありがとう」 先ほどの肉まんでお腹は満たされていたけれど、まだ食べ足りなかったのでありがたくいただくことにした。りんごを口に入れると甘酸っぱさが広がって幸せな気持ちになっていく。「美味しそうに食べますね。すごくかわいいですよ」 フルーツよりも甘い視線を向けられて、 どう反応していいかわからなくなってしまう。「い、いちいちそんなこと言わないで」 恥ずかしくなって怒ったふりをして感情を隠した。 岩本君も会社では見ない部屋着姿で、彼のプライベート空間に足を踏み入れているのだと実感する。「お腹いっぱい。本当にありがとう。私はこれから仕事するから」「コンペに応募する用のものですか?」「
* * * 朝まで残業したりネットカフェに泊まってなんとか食いつないできたけれど、給料日まであと一週間。 ついに私のお財布の中は残り十二円になってしまった。 もうこれ以上どうすることもできない。このままでは本当に倒れてしまう。 行政機関にお世話になろうとも思ったが、助けたいと言ってくれている人がいるので、まずはそこを頼るのが筋である気がした。 私は恥を忍んで岩本君のスマホに電話をかけたのだ。『もしもし』「岩本君……お腹が空いて死にそう。助けてもらえませんか?」『もちろんです』 会社の近くの公園で座り込んでいるとすぐに彼は迎えに来てくれた。まるでスーパーマンみたいに登場するのが早かった。 ミルクティーと肉まんを手に持っている。「まずはこれを食べてください」 私は恥ずかしいけれど空腹には勝てずにそれを頬張った。美味しくて涙が出そうになる。「美味しい」「よかったです。でも、どうしてここまで無理をするんですか?」「まさか頼るわけにいかない。岩本君は後輩だし」「そんなの関係ないです。困った時には近くの人に頼ることも大切ですよ。我慢しすぎで見ているほうが辛かったです。早くヘルプを出してほしかったなと」 プライドが邪魔をして頼ることができなかったけれど、岩本君は正しいことを言っている気がして私は素直に頷いた。 修一郎と付き合うようになってからは、自分を押し殺して彼のことを優先させることに重きを置いていたかもしれない。「もっと自分を見てとアピールしてみてもいいと思いますよ。LOOK AT MEですね パッケージたちのように」 予想もしていなかった言葉を言われたので私の胸の中にグッと刺さった。 思い返してみれば修一郎との交際時も自分の気持ちをちゃんと伝えてこなかったのだ。私という存在を消してしまっていたのかもしれない。「真歩さんのイメージカラーは白です」 修一郎と同じことを言われて身構えてしまう。「でも、僕は知っているんですよ。心の中や頭の中は色であふれているって」 私の中に隠れている素の部分を見透かされたような気がした。「万人の前でとは言いません。僕の前では素直にいろいろな色を見せてください」 心が弱っていて。仕事も大変で。お金もなくて。 こんな状況の時に優しくされたら落ちてしまいそうだ。 でも岩本君は年下だ
私の恋愛は最低最悪の状況だったが、仕事は大きなチャンスが舞い込んできた。「『パルティ』のゲームパッケージについて営業をかける前に社内コンペを開催する」と朝礼で発表されたのだ。 社内コンペで選ばれた作品がゲームパッケージの営業にかけてもらえる。私はこの夢を絶対に叶えたくて精一杯力を注ぐことにした。 仕事を終えてから、残業をしてアイディアを練る日々。 チラッと視線を動かすと、修一郎も頑張っているようで真剣な顔をしていた。 元彼とライバルになるなんて残酷だがお互いにフェアな状態で戦いたい。 新しいゲームの企画書に念入りに目を通して、イメージを膨らませていく。パッケージデザインというものは本当に難しい。 店に行けば似たような商品がそれぞれ『私を見て』とアピールしている。 消費者はパッケージに書かれている文言を見たり、雰囲気を感じ取ったりして購入する。 商品として購買意欲を高めるものでなければならない。 食べ物や化粧品などはリピートしてもらうことも大切だ。 私は今まで何度もコンペに落ちて辛い思いをしてきたが、そのたびに自分なりに改善点をノートにまとめて勉強してきた。 今度こそは大きなチャンスを自分の手でつかみたい。 それはパッケージデザインを担当している人、誰もが思う気持ちであるに違いない。 私も今持っている力を出し切ろうと考えていた。
そう思っていたら、嫌なことが次から次と起こってしまったのだ。 なぜか最近、私の仕事はかなり多くて、残業ばかり続いていた。 疲れ果てて会社の化粧室の中にいると話が聞こえてくる。「相野さんって仕事ばっかりで、恋人のこと構わなかったらしいよ」「だから別れたってこと?」「仕事ができるのはわかるけど、大切な人のことを放っておいてまでやるのはどうかと思うよねぇ」 変な噂を流されていたのだ。きっと修一郎が言いふらしているのだろう。 昼休憩を終えて部署に戻ってくると険悪な空気が流れていた。 課長が近づいてきて私に書類を見せてきた。 杏奈ちゃんが発注ミスをしてしまったそうで、その承認をしたのが私になっていた。 もちろん身に覚えのないことである。 誰かが勝手に私の印を押したのだろうが、部署内から冷たい視線が突き刺さった。「大事なクライアントなんだ。なぜこんなケアレスミスをしてしまったんだ?」「私は……っ」「相野らしくない。本当に君がチェックしたのか?」 違いますと言おうとした時、杏奈ちゃんが口を開いた。「あの時すごくお忙しそうにしていましたよね。あまりチェックできないでハンコを押してくださったのかもしれません」 あることないことを言い出したのだ。なぜ。そんな嘘をつくのだろう。「待ってください」「どうするつもりだ!」 怒鳴りつけられた。「文書の整理番号を確認すれば誰がチェックしたのかわかるのでは?」 岩本君が提案してくれ課長はハッとした。 大事な書類はパソコンで管理されている。課長はそのチェックをしないで、皆の前で大きな声で私を叱責していた。 キーボードを叩いてチェックすると、担当はやはり私ではなかったのだ。修一郎だった。 私を退職に追い込もうとしてはめようとしたのではないか。しかし、パソコンの管理画面の細工をするのを忘れていたのだろう。それぞれパスワードが付与されているから、簡単には変更できない仕様になっている。 修一郎を悪くは言いたくなかったけど、疑われたままというのは許せなかった。「田辺さんが確認したことになっています。私の印鑑を勝手に使ったのではないでしょうか」 修一郎に視線を向けると観念したというように立ち上がった。「すみません。間違えて押印してしまったかもしれません」 課長は顔を真っ赤にして修一郎を奥の部屋に連れ