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第101話

Author: 知念夕顔
郁梨は明日香に真実を打ち明けたが、明日香が番組スタッフに直接話すことなどできなかった。証拠もなく、口先だけで信じてもらえるはずがない。

明日香は賢い。どう言い、どう立ち回れば最も効果的かをよく心得ていた。

郁梨はこれから池上監督や文太郎と手を組む予定で、将来有望だ。真犯人は誰だの制作陣もその点を無視できず、清香だけを持ち上げることも、郁梨を踏み台にして話題をさらうこともできなかった。

だが明日香にとって思いがけない幸運が舞い込んだ。

折原社長が現場に姿を現し、そのアシスタントが大勢の前で郁梨を「奥様」と呼んだのだ。その一言はまさに神の助けのような響きを持っていた。

折原グループの社長夫人を、真犯人は誰だの制作陣が敵に回せるはずもなかった。

――

アーラン・プライムホテルの最上階スイートで、承平は風呂を終えてバスローブ姿のまま寝室から出てきた。髪はまだ少し濡れていて、胸元ははだけ、どうしようもないほど色気を放っていた。

隆浩は承平のこの人を惑わすような姿を目にし、心の中で神はあまりにも不公平だと嘆いた。金もかっこいい顔も与えられていれば、誰かがこの極上の獲物を狙って離さないのも無理はない。

「折原社長、ご指示の通り調べは済ませました」

承平は髪を拭きながらソファに腰を下ろした。ギプス包帯で固めたもう片方の手は、そのまま自然にソファへと垂れた。

「それで?」

「番組スタッフの話では、奥様と清香さんは一緒に秘密通路へ入りましたが、同行していたカメラマンが途中で二人を見失い、そのため通路の中で何があったのか誰にもわからないとのことです」

承平はただちに違和感を覚えた。

「見失った?」

撮影場所は広くもなく、探偵役の動きにしても走り回る必要はない。どうして見失うことなどあり得るのか。

隆浩は低い声で言った。「そこが非常に怪しいです。偶然ではなく意図的に見失った可能性もあります」

承平は肯定も否定もせずに問い返した。「なぜ二人が一緒にいた?ゲストは大勢いたはずだろう」

「聞いてみたところ、あの時は皆で一緒に捜査するコーナーでした。調べる場所が多かったから、数人のゲストが二人一組で分かれて行動するよう提案したようです。本来なら清香さんと奥様が社長の熱愛報道に関わっているのは周知のはずで、二人を組ませるべきではありませんでした。ところが清香さんが
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