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第451話
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離婚は無効だ！もう一度、君を手に入れたい 第455話
藤堂沢は九条薫に顔を上げて尋ねた。「B市に戻ってから、鼻炎は良くなったか？」九条薫は藤堂沢の隣にしゃがみ込み、息子の頭を撫でながら静かに言った。「だいぶ良くなったわ。近いうちに、もう一度病院へ行くつもりよ」藤堂沢は黒い瞳で彼女を見つめた。今日の九条薫は、すみれ色のロングワンピースを着ており、白い肌が一層際立っていた。細いウエスト、長いスカートの下からのぞく華奢な足首。そういえばあの晩も、彼はそこを掴み、掌が彼女の足の動きと一緒にひたすら揺らいでいたっけ。後になって、彼女が自分の首元に顔をうずめ、つま先をピンと伸ばした時も......彼はそこを握りながら、彼女をなだめていたんだった。確かに別れ方は後味が悪かったが、あの晩二人は互いに、最高のものを分かち合っていたんだった。それを思い出すだけでも、藤堂沢が彼女を見る視線は、意味深で悠長なものになってきた。空気も、どこか甘く切ないものになった。しばらくして、藤堂沢掠れた声で「外、暑いから、とりあえず中に入ろう」と言った。九条薫が立ち上がり、彼の車椅子を押そうとした時、彼は何か言いかけたが、結局何も言わなかった......ただ、子供たちが見ていない隙に、そっと彼女の手を握った。九条薫の手は小さく震えたが、彼女は手を離さなかった。二人の子供たちは嬉しそうに、藤堂沢に絵本を読んでくれるようにせがんだ。藤堂沢はテーブルから絵本を取り、膝の上に一人、隣にもう一人を座らせた......絵本を読んでいる彼の表情は真剣で、凛々しかった。九条薫は、彼が新しいシャツとスラックスを着ていることに気づいた。今日は外出しないのに、わざわざカフスボタンまでつけている。とてもきちんとした身なりだった。九条薫は胸が詰まった――デートでもないのに、どうして......片手しか動かせない彼が、身支度をするのがどれほど大変か、彼女はよくわかっていた。彼女は取り乱しそうになり、慌てて言い訳をした。「もうすぐお月見ね。お菓子を作って冷蔵庫に入れておくわ。この間から、言が塩味のお菓子を食べたいってずっと言ってるの。群は、甘いお菓子が好きみたいだし」藤堂沢は彼女を見上げ、深い眼差しで彼女の心を見透かすように見つめた。九条薫は足早に立ち去った。心臓がドキドキと音を立てていた。キッチンに着くと
離婚は無効だ！もう一度、君を手に入れたい 第454話
......夜、邸宅の2階。白いバスローブを着た藤堂沢は、リビングのソファに座り、膝に毛布をかけていた。山下医師がマッサージをしながら、優しい声で言った。「今日は杉浦先生が、社長の足に感覚が戻ってきたと、右腕の回復も順調だとおっしゃっていました！新しく結成された研究チームのおかげですね」新しい研究チーム？藤堂沢はそんな予算を出した覚えがなかった。山下医師は失言に気づいたが、今さら隠すこともできず、正直に言った。「九条さんが資金提供をして立ち上げたチームです。最初の投資額だけで400億円、この先はもっとかかるかもしれません。杉浦先生がおっしゃっていましたが、あの研究所を5年間維持するには、九条さんの財産がほとんどなくなるかもしれないそうです」彼女は一生懸命マッサージをしながら言った。「九条さんは、本当に社長思いですね」藤堂沢は何も言わなかった。彼はうつむき、スマホに表示された写真を見ていた。水谷燕が九条薫の手を掴んでいる写真。あの写真はトレンド入りしていたが、2時間も経たないうちに彼が圧力をかけて削除させた。彼は彼女に電話で確認することもなく、九条薫も彼に説明することはなかった。彼女には、彼に説明する義務などないのだ。あの夜、二人は関係を持ったが、彼は彼女に「遊びだ」と言った......遊びだったのなら、彼には彼女に説明を求める権利はないはずだ。しかし、彼は彼女に会いたかった......マッサージが終わって山下医師が部屋を出て行き、ドアが閉まると、藤堂沢は九条薫に電話をかけた。4、5回コールした後、彼女が電話に出た。優しい声だった。「沢？何かしら？」藤堂沢はソファの背もたれに体を預け、少し掠れた声で言った。「明日、言と群を連れて遊びに来てもらえないか？都合はどうだ？」「大丈夫よ」藤堂沢は高揚する気持ちを抑え、平静を装って尋ねた。「俺が迎えに行こうか？それとも、お前が連れてきてくれるか？」九条薫は小さく笑った。彼女の楽しそうな笑い声が、春の風のように藤堂沢の心に吹き込んだ......携帯を持つ彼の長い指が、かすかに震えた。彼は辛抱強く待ち、彼女が「ちょうど、言の入学のことについても相談したかったの。私が連れて行くわ」と言うのを聞いた。藤堂沢は安堵の息を吐いた。しばらく沈黙が続
離婚は無効だ！もう一度、君を手に入れたい 第453話
九条薫は目をそらさなかった。水谷燕を見つめ、彼女は言った。「あなたを助けることはできないわ。二人は海外へ行ってしまったの。いつ戻るのかもわからないし、戻ってきたとしても......きっと、以前の場所には住まないわ。あなたも知っているでしょうけど、この2年間で兄は香市で大きな力を持つようになった。私よりもずっと強い力よ。もし彼が本気で隠そうと思えば、私にはどうすることもできない」彼女の言ったことは信ぴょう性が高いものだと水谷燕も思った。彼は、九条薫の優しさに賭けていたのだ。それを聞いて、九条薫は皮肉っぽく笑った。「あなたの心には、優しさなんて存在しないと思っていたけど」それ以上話す気がなくなった彼女は、グラサンをかけて立ち上がった。「何かわかったらまた連絡するわ」しかし水谷燕は、彼女の手を掴んだ。何年も前と同じように、彼女の手を掴み、手首の傷跡にそっと触れた......あの頃の彼女は、まるで怯えた小鳥のようだったが、今はもう違う。羽ばたく翼を持ち、あの時のようなか弱い女ではない。彼は彼女を見上げ、ついにその言葉を口にした。「九条さん、私は君が好きだ」周囲は静まり返っていた。九条薫は二回ほど手を引いた後、ようやく彼を振りほどくことができた。そうやって彼女はそれに応じはしなかったが、拒みもしなかった。なぜなら水谷燕とは、とくにこれといった感情的な話ができる関係ではなかったからだ。かつては友人だと思っていたが、彼に好意を抱いたことなど一度もなかった。水谷燕は立ち尽くし、九条薫が去っていくのを見送っていた。呆然としていると、携帯が鳴った......見ると、九条時也からだった。彼の全身の血が凍りついた。どんな気持ちで電話を取ったのかほとんど記憶にないほど、彼は神経を緊迫させながら言った。「時也、お前は一体何がしたいんだ？苑をどうするつもりだ？」携帯の向こうから、九条時也の冷たい声が聞こえてきた。「水谷、怖くなったか？安心しろ、俺は苑を大切にしている......彼女は元気だ。俺たちには、子供もできた。ただ......お前の仕事の話をすると、彼女はいつも機嫌が悪くなる。弁護士として、お前は敵を作りすぎた。彼女はいつもお前を心配して、夜も眠れないようだ......」「水谷、苑の健康のために......」水谷燕は無
離婚は無効だ！もう一度、君を手に入れたい 第452話
九条薫は一人で2階へ上がった。彼女は2階東側の主寝室へ向かい、ドアを開けてリビングを通り抜け、寝室に入った......ベッドサイトには、結婚写真は飾られていなかった。寝室にも、少女らしい小物などはなく、ソファの上に小さな画板が置いてあるだけだった。絵は描きかけだったが、輪郭から......兄だとわかった。クローゼットには、女物の服があまり多く入っていなかった。男物はさらに少なかった！九条薫は女性らしい柔らかな生地の服に軽く触れた。兄が水谷苑を大切に思っていないことがわかった......そうでなければ、結婚して1年も一緒に暮らしているのに、服はこんなに少ないはずがない。彼女は長居することなく、1階へ下りていった。1階に着くと、太田秘書の表情は明らかに緊張していた。九条薫は尋ねた。「兄は、あまりここに来ないのでしょう？」今度は太田秘書は嘘をつかなかった。彼女は頷き、「ええ、週に一度くらいです」と答えた。九条薫はそれ以上聞かなかった。聞けば、きっと残酷な物語になるだろう。彼女は帰ろうとした......その時、数人の若いボディーガードがバケツを持って地下室から出てきた。バケツの中の水は、血のように赤かった。九条薫は驚き、太田秘書を見た......太田秘書は背筋に冷たいものが走るのを感じた。*九条薫は香市に1週間滞在した。1週間後、B市国際空港に到着すると、出口に水谷燕の姿があった......二人はサングラス越しに互いを見つめ合い、九条薫は税関を出ると、彼と共に空港内の喫茶店へ向かった。席に着くと、九条薫はサングラスを外し、冷たい表情で言った。「私をつけ回してたの？」数日ぶりに会った水谷燕は、かなりやつれているように見えた。彼は九条薫にコーヒーを注文し、コーヒーが来るまでの間、タバコを取り出したが、ここは禁煙席のため、火をつけることはできなかった。彼は九条薫を見て、少し緊張した声で言った。「尾行していたわけじゃない。ただ、苑の居場所を知りたかったんだ。香市に送った部下は、全員時也にやられてしまった。彼女と連絡が取れないんだ」そこに、店員がコーヒーを持ってきた。九条薫はうつむき、スプーンでコーヒーをかき混ぜたが、飲まなかった。実は、真実を知って以来、まさか水谷燕とこうして一緒にコーヒ
離婚は無効だ！もう一度、君を手に入れたい 第451話
彼はいつも九条薫の夢を見ていた。時が経つにつれ、彼はそれが同情ではなく、懐かしさなのだと気づいた。彼女の悲しげな声、壊れそうな表情で、結婚生活の不幸を語る姿が、そして、信頼を込めた眼差しで自分を見つめていた彼女の姿が、懐かしかった......その後、彼は出張を口実に、香市へ彼女に会いに行くようになった。水谷苑を香市美術学校に入学させたのも、九条薫に会いに行く理由を作るためだった......実際は、たまに食事をしたり、コーヒーを飲むくらいだったが。彼にとっては、それで十分だった！しかし今、それもすべて失ってしまった。彼の好意も、愛情も、九条薫の世界では口にすることさえ許されない。卑劣で、汚らわしいものだから。......九条薫が家に戻ると、佐藤清が子供たちの面倒を見ていた。足音を聞いて、佐藤清は顔を上げた。九条薫は玄関で靴を脱ぎながら、静かに言った。「香市へ行ってくるわ。苑のためだけじゃなくて、お兄さんのためにもね......やっと平穏な生活を取り戻したのに、いつまでも憎しみに囚われていてほしくないの」佐藤清も賛成だった。なくなった人に囚われて生きるより、今目の前にいる人を大切にすべきだともいわれているのだから。九条薫は航空券を予約しながら、佐藤清に言った。「2日もあれば戻ってくるわ。何かあったら......沢に頼んで。きっと何とかしてくれるわ」藤堂沢とは気まずい別れ方をしたというのに、それでも、藤堂沢は彼女にとって最も信頼できる人だった。佐藤清は頷いて言った。「大丈夫。私にも、分別はあるわ」九条薫は佐藤清の顔を見上げた。彼女の生え際に混じる白い髪を見て、申し訳ない気持ちになった。九条薫は佐藤清の手を握り、優しく言った。「おばさん、まだ若いんだし、いい人がいれば......」「何を言ってるの！」佐藤清は静かに首を横に振った。「私はあなたと時也の子供たちの面倒を見るだけで十分よ。4人か5人いれば、毎日忙しくて仕方ないわ。こんな充実した生活を送っているのに、わざわざ年寄りの面倒を見る必要なんてないわ」九条薫は笑った。佐藤清も笑って言った。「本気よ！あなたのお父様のような人は、もう二度と現れないわ。あんな素敵な人にかなう人はいないから、もう探す気にもならないの」九条薫はそれ以上何も言わなかっ
離婚は無効だ！もう一度、君を手に入れたい 第450話
バックミラー越しに佐藤清と目線を合わせ、彼女は微笑んだ。15分後、車は高級住宅街の私道に入り、自宅に近づくと、家の前に黒いレンジローバーが停まっており、その横に長身の男が立っているのが見えた。九条薫は、それが水谷燕だとわかった。彼女は何も言わず、ただ表情が少し和らいだ。佐藤清は我慢できず、言った。「よく来られるわね！九条家をあんなにひどい目に遭わせておいて、まだ何か企んでいるんじゃないの？」九条時也と水谷苑のことは、九条薫は佐藤清に話していなかった。しばらくして、ここで話すことにした。「お兄さんは1年前に、水谷燕の妹......水谷苑と結婚したの。彼女はまだ21歳よ」佐藤清は言葉を失った。しばらくして、彼女は我に返り、「そんなはずないでしょ！この1年、私たちは香市で暮らしていたのよ。あんな大事を、何の痕跡も残さずに行うなんてありえる？水谷が私たちを騙しているんじゃないの？」と言った。九条薫は苦笑いしながら言った。「電話で確認したけど、兄は認めていたわ」佐藤清は複雑な気持ちになり、何も言えなくなってしまった。話しているうちに、車は水谷燕のそばまで来た。彼は手で車を止めた。九条薫は、彼が水谷苑のことを聞きたがっているのだと察した。彼女は車のドアを開け、佐藤清に藤堂群を抱っこさせ、藤堂言を連れて先に帰るように言った。そして自分は、水谷燕と話をするために残った......夕暮れの中、佐藤清と子供たちの姿が小さくなっていく。九条薫は静かにそれを見送った。水谷燕も......彼は指に挟んだタバコのことさえ忘れ、しばらくして苦笑いしながら言った。「君と藤堂さんに、もう子供が二人もいるとはね。驚きだ」九条薫は視線を戻し、水谷燕を見た。水谷燕は彼女の視線を感じ、長身の体が小さく震えた。それから両手を合わせ、タバコに再び火をつけ、一服してから、彼女をまっすぐに見つめて言った。「妹はどこにいるか、知らないのか？」「わからないわ」九条薫は正直に言った。「香市にいた時、苑の名前を聞いたことはなかったし、兄も何も言ってなかった......ただ、二人が結婚しているのは確かよ。水谷さん、もし妹のことが心配なら、香市へ行ってみたらどう？きっと、会わせてくれるわ」水谷燕は単刀直入に言った。「時也が何か細工をして、俺
離婚は無効だ！もう一度、君を手に入れたい 第449話
彼女は、彼の言葉が本心なのか、それとも嘘なのか、確かめたかった。藤堂沢も彼女を見ていた。何年か夫婦として過ごした二人は、お互いを理解していた。彼の心の中にまだ彼女への想いが残っていることを......彼女はわかっていたはずだ。だから田中邸に現れ、彼と関係を持ち、強く抱きしめたのだ。さっきも、彼女はとっくに限界を迎えていたのに、それでも彼を満足させようとしていた。こんなことができるのは、深く愛しているからだ。藤堂沢の心は悲しみに包まれた。二人は愛し合ったが、心が通じ合ったことはなかったのかもしれない。最初は九条薫が彼を愛し、その後、彼女の心が冷めていくのと入れ替わるように、彼が彼女を愛するようになった......そして今、二人は一緒になることができない。一縷の望みが湧き上がるたびに、力なく垂れ下がった自分の足を見ると思い知らされ、希望の灯火はすぐに消え、深い悲しみだけが残る。傷ついた九条薫の姿を見て、彼は冷酷に、そして嘘を吐いた。「薫、俺たち二人の間に、まだ未来があると思うか？ああ、俺は今でもお前のことが好きだ。だが、お前のそばには他の男がいる！愛なんて言葉にするのは簡単だが、実行するのは難しい。俺はもうこんな体だ。残りの人生は、静かに暮らしたい。もし借りを返すと言うなら......俺は、お前のヴァイオリンの夢を奪った。その借りは、右腕で返したはずだ。まだ足りないと言うのか？」彼は薄らと笑った。冷たい笑みだった。そして、彼女が諦めて去っていくのを待った。女にはプライドがある。あんなひどいことを言われたら、どんな女だって彼にしがみつくことはできない。九条薫ならなおさらだ。さっきまでどれほど情熱的だったか、今はどれほど惨めなのか。九条薫の心は、徐々に冷めていった。彼女はゆっくりとシルクのパジャマを引き寄せ、白い肌に残る赤い痕を隠した。それは、藤堂沢が情熱に駆られた時に残したものだった......彼の足は動かない。後始末はすべて彼女がやらなければならなかった。藤堂沢はわざとそうしていた。彼は、もしこれからも自分と一緒にいるなら、家政婦に知られても構わないというなら別の話だが、でなければ、今後毎回こういう気まずい場面に直面しなければならなくなる......そう彼女にわからせたかったのだ。九条薫は簡単に体を
離婚は無効だ！もう一度、君を手に入れたい 第448話
*「お兄さん！」九条薫は夢から覚め、目を開けた。あたりは真っ暗だった。彼女は悪夢を見ていた。九条時也と水谷苑の夢。兄が水谷苑に優しくしている夢。そして、二人の結末が良くない夢......まるで、自分と藤堂沢のように、喜びも悲しみも経験する夢だった。九条薫は起き上がり、体を丸めて抱きしめた。体がまだ震えていた。あまりにもリアルな夢だった。誰かの手が、彼女の肩に優しく触れた。彼女は顔を上げると、暗闇の中に藤堂沢の姿が見えた。白いバスローブを着て車椅子に座っていたが、車椅子がなければ、彼が体に障害を持っているとはわからないほどだった......彼は優しい声で言った。「言の具合は、もうすぐ良くなる」「ええ、わかってるわ」九条薫は呟き、彼を見上げた。彼女の瞳には、彼を求める気持ちが溢れていた。今すぐにでも、藤堂沢に抱きつきたかった......昼間の強さは、跡形もなく消えていた。彼女は初めて、こんなにも弱々しい声で言った。「沢......抱きしめてくれない？」藤堂沢の瞳は、夜の闇のように深く、何を考えているのかわからなかった。九条薫が、彼が去ってしまうと思ったその時、彼は優しく彼女を膝の上に引き寄せた。そして、足に感覚がないこと、痛みを感じないことを告げた......それから、彼は彼女にキスをし、寝間着の中に手を入れた。彼は自分の欲望を抑えていた。すべてがゆっくりと進んでいったが、彼がどれほど緊張しているか、彼女を満足させられないのではないか、彼女が嫌がるのではないか、と不安に思っているかは、神のみぞ知る......何しろ彼は障害者で、自由に動かせるのは片手だけだったのだ......何年も性行為から遠ざかっており、この2年間は自慰行為さえしていなかった。どうしたって、ぎこちなくなってしまう。彼は彼女の気持ちを察し、優しく接した。彼女を自分の手に乗せ......暗闇の中で彼女の表情を見ながら、「大丈夫か？」と優しく尋ねた。九条薫は何も言わなかった。彼女は彼の肩に顔をうずめ、首筋に噛みついた。それは、言葉のない催促だった。しばらくして、彼女は小さな声で喘ぎ声を上げた。彼は彼女の顔をこちらに向け、じっと見つめた。大きな手で、彼女の体を何度も何度も撫でた......二人は、互いの歪んだ表情を
離婚は無効だ！もう一度、君を手に入れたい 第447話
彼は静かに河野誠を見つめていた。ボロボロの姿になっていても、知性と品の良さそうな顔立ちであることはわかった。九条時也は薄く笑い、その言葉を繰り返した。「手をつないだ？どちらの手でだ？」そう言うと、彼は立ち上がり、バットを手に取った。河野誠は顔を上げ、目の前の男をじっと見つめた。彼が水谷苑の夫だとは、まだ信じられなかった......水谷苑はあんなに繊細でか弱いのに、夫は残忍な男だった。河野誠は歯を食いしばり、声を絞り出した。「俺と彼女は、純粋な関係だ！たとえお前が彼女の体を得ても、心までは手に入らない。彼女は永遠にお前のものにはならない。いつか、自由に羽ばたいていく」九条時也は、傍らに置かれた資料を手に取った。哲学か？彼は鼻で笑い、ゆっくりと白い手袋と保護メガネを装着した。そして、何も言わず、何も聞かず、バットを振り下ろした......河野誠の両手は、使い物にならなくなった。悲鳴が響き渡る中、九条時也は目を伏せ、薄らと笑った。「これは俺の妻に手を出した代償だ。今回はここまでにしてやるが、3ヶ月後......お前の命がどうなるかは、運次第だ！」河野誠は床に倒れ伏した。痛みのあまり、彼の全身は酷く引きつり、痙攣していた。彼は何度も瞬きしながら、ようやく両手が使えなくなったことに気づいたかのように見つめていた。これで手はもう二度と、元には戻らなくなったのだな、と......カードが床に投げ捨てられた。中には200万円が入っていた。九条時也は冷酷な声で言った。「これで治療しろ」河野誠は怒りに震え、叫んだ。「必ず報いを受けるぞ！俺は彼女を心から愛している！愛しているんだ！歪んだ独占欲じゃない、本当の愛だ！」「そうか？」九条時也は余裕の笑みを浮かべたが、その表情は冷酷だった。彼はゆっくりと河野誠に近づき、彼の左手を踏みつけた。再び、悲鳴が上がった......地下室の入り口に、寝間着姿の水谷苑が呆然と立っていた。彼女は九条時也の本性を見た。河野誠が足蹴にされ、手も体も血だらけになっているのを見た......愛を知りたかっただけなのに、自分が河野誠をこんな目に遭わせてしまった。しかし、九条時也は自分を弄び、他の女とも関係を持っている。どうして......水谷苑の純粋な世界は、崩壊した。
