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第170話

Author: 桜夏
透子は助手席に乗り込み、ウェットティッシュを取り出して手と手首を拭った。

蓮司はその光景に、再び胸が締め付けられるような痛みを感じた。フェラーリが走り去ると、彼は二、三歩追いかけ、それから車で後を追った。

車内。

透子が手を拭き終わるのを待って、理恵が口を開いた。

「さあ、正直に全部話しなさい」

「ごめんなさい」

透子はうつむいて言った。

「私に謝ってどうするのよ。

知りたいのは、あなたと新井蓮司がどうやってああいうことになったのか、いつ結婚したのか、どうして私に一言もなかったのかってこと!

親友として、水臭いじゃない!」

理恵はまくし立てた。

「謝ったのは、あなたに隠してたことに対してよ。怒ってるかと思って」

透子は言った。

理恵は一瞬黙り込んだ。

「怒ってるっていうより、とにかくびっくりしてるの。驚いたわ。

だってあなた、身寄りがないって言ってたでしょ?普通に考えたら、新井家と接点なんてないはずじゃない」

透子はシートに背を預け、虚ろな目で遠くを見つめながら、事の経緯をぽつりぽつりと語り始めた。

理恵は終始、一言も発さずに静かに聞いていた。話がすべて終わると、彼女は複雑な表情を浮かべ、何をどう言えばいいのか分からない様子で、ただぽつりと、こう呟いた。

「……新井蓮司のこと、好きだったのね。しかも、そんなに長い間」

「もう、過ぎたことよ」

透子は疲れたように言った。

「大学の時も、そんな素振り全然見せなかったじゃない。あの頃、あなたが新井蓮司に気があるなんて、全く気づかなかったわ」

理恵はため息をついた。

「だってあの頃、彼はもう美月と付き合ってたから。私の片想いは、心の奥深くに隠してたの」

透子は言った。

理恵は唇を引き結び、またため息をつき、それから「ちっ」と舌打ちをして、最後にもう一度ため息をついた。

「ねえ、うちのお兄ちゃん紹介しようか?口は悪いけど、少なくとも浮気するような人じゃないし、私もあなたの味方するから」

理恵は言った。

「いいわ。私の恋愛感情は、もう枯れ果てたから」

透子は静かに言った。

「もう、たった一人のクズ男のせいで、世の中のいい男たちを全部諦めないでよ。新井蓮司なんて、あなたに値しないわ。どうせもう離婚したんだし」

理恵はまだ彼女を説得しようとした。

そういえば、と理恵はふ
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