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第185話

Author: 桜夏
警察は蓮司を見て、注意を促した。

「新井さん、言葉遣いにはお気をつけください。相手の方はもう、あなたの責任を追及しないと同意されています」

蓮司は怒りのあまり拳でテーブルを叩き、憎々しげに言った。

「俺は元々何も間違ってない!柚木理恵なんかに許してもらう必要がどこにある?!本末転倒も甚だしい!」

「ちぇっ、往生際が悪いわね。いっそ……」

理恵の声が聞こえたが、大輔がさっと駆け寄って電話を切った。

「お巡りさん、こちらも資料は提出しましたし、相手の方も口頭で示談に同意されています。もう、行ってもよろしいでしょうか」

大輔は愛想笑いを浮かべて言った。

警察が蓮司に目をやると、誓約書はまだ書かれていなかった。蓮司は怒りに任せて椅子に座り込み、その紙を破り捨ててやりたい衝動に駆られていた。

「社長、早くご署名を」

大輔がそばへ寄って促した。

蓮司は恨めしげだった。これほどの屈辱を味わったことはない。

しかし、サインしなければここを出られない。かといって、コネを使って事を収めたいわけでもなかった。そんなことをすれば、間違いなくお爺様の耳に入る。

最終的に、「新井蓮司」という四文字が書かれ、大輔はそれを受け取って警察に渡し、蓮司を連れてその場を後にした。

警察署を出て、路肩にて。

どうしても腹の虫が収まらず、蓮司はそばにあった大木を蹴りつけた。三人がかりでようやく抱えられるほどの太い幹が震え、高級オーダーメイドの革靴も台無しになった。

大輔はため息をつきながら慰めた。

「社長、今日は準備もなしにいきなり乗り込まれたのですから、追い出されるのも当然です」

「柚木理恵が邪魔さえしなければ、とっくに透子を見つけられていた!」

蓮司は憤慨して言った。

「では、奥様の具体的な階数やお部屋はご存知だったのですか?」

大輔は尋ねた。

「……知らない」

蓮司は唇を引き結んで言った。この時になってようやく冷静になり、その場に立ち尽くした。

大輔は思った。

……それで、あれほど自信満々だったとは。

社長がこれほど衝動的に行動するのを見たことがない。後先考えずに突っ走るなんて。

心配のあまり、冷静さを失っているのだ。それほどまでに、奥様に会いたいのだろう。

「落ち着いてください。奥様のお住まいの団地は分かりました。あとは詳しい住所を調べて、それ
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