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第305話

Author: 桜夏
「ん?」

翼は首を傾げた。

自分の言葉に何か問題でも?どこが?ごく自然で流暢だと思ったが。

「柚木社長があなたに仲裁を頼んだ、というのはあり得ません。私と彼はもう貸し借りなしの関係ですから、わざわざあなたに間に入ってもらう必要はないはずです」

透子は言った。

翼は言葉に詰まった。

なるほど、最初の一言目から間違っていたのか。

やれやれ、聡が去り際にわざわざ言ってきたのは、こういうことだったのか。聡を信用していなかった自分が悪かった。

「では、お電話の本当の目的は何ですか?」

「ごほん」

翼は不自然に咳払いをした。頭のいい美人の前では、さすがの彼も少しやりづらさを感じる。

「聡との間に何があったのか、何か揉め事でもあったのか、それを聞きたくてね」

「それなら、最初からそう聞いてくださればよかったのに」

翼は思った。遠回しに探りを入れようとしたら、かえって笑いものになるとは……

「分かりました。あなたみたいな頭の切れる相手には、次から単刀直入にいくよ。遠回しな言い方はやめます」

透子から話を聞き出すのは無理だ。すぐにこちらの魂胆を見抜かれてしまう。

だから、どんな手を使っても無駄だろう。昼食に誘う口実として、聡が自らプレゼントを選びに行ったなどと言ってみたが、すぐに見破られた挙句、三者で対決しようとまで言われる始末だ。

あの時は、ただ聡に興味がないだけだと思っていたが、今となっては分かる。彼女自身の知能の高さもあって、こちらの手に乗ってこないのだ。

「私と柚木社長の間に、それほど大きな揉め事があったわけではありません。ただ、彼の性格が少し……悪質だった、というだけです」

透子は聡との間にあった出来事を話し始めた。

「初めて会った時、私が彼に言い寄っていると勘違いされたんです。本当は理恵を迎えに行っただけなのに。説明しても聞いてもらえず、謝罪の一言もありませんでした。

二度目に会ったのは会社でした。彼は取引先として来ていて、理恵を通じて私のことを知っていたのに、私は彼の正体を知らなかった。それを利用して、私をからかったんです……」

透子は間に起きた一連の出来事を、要点をまとめて簡潔に話した。その説明は理路整然としており、翼にも非常によく理解できた。

透子の話は非常に具体的で、翼は話の後半になるにつれて、眉を上げて笑いを堪えるよ
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