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第758話

Author: 桜夏
その言葉を聞き、柚木の母は安心した。

「そこまで極端なことをする必要はないわ。聡が怪しんでしまうでしょう。要はメリハリよ。例えば、二人きりでの食事のような場は避ける、とかね」

透子は頷いた。ちょうどウェイターが料理を運んできたため、二人の会話は中断された。

静かな雰囲気の中、透子は向かいの女性から無言の圧力を感じていたが、今日話したことはすべて真実であり、心に後ろめたいことは何一つない。

透子は聡にそんな感情を抱いたことは一度もないのだ。むしろ、彼にはいつもからかわれてばかり。それなのに、周りの人はみな、誤解している。

そして今、彼の母までが直接会いに来た。透子は自問し始めた。やはり、自分たちの接触は多すぎたのだろうか。これからはもっと控えるべきだ。

透子が考え込んでいると、柚木の母が不意に口を開いた。

「少し興味があるのだけれど、あなたはどういう経緯で新井のお爺様に選ばれて、新井さんと結婚することになったのかしら?」

「偶然の巡り合わせ、です」

透子はそう答えた。

「本来、私のような者が新井さんと関わりを持つことなど、一生あり得ないことでした。

ただ、ちょうどその頃、新井のお爺様が新井さんと当時の恋人との仲を裂こうとされていた時期でして、私は新井グループに投資をお願いしに伺っていたのです。

当時、いくつかのスタートアップチームによる社内コンペのようなものがあり、幸いにもその席で新井のお爺様のお目に留まることができまして。

それに、大学時代に新井グループがA大学のプロジェクトコンペを後援していたご縁で、新井さんとは何度かお顔を合わせたことがありました。

そういった背景があり、最終的に投資をご決定いただく際に、『新井さんと結婚する気はないか』と、お爺様からお尋ねがあった……というのが経緯です」

柚木の母は話を聞き、すべてが自然な流れだったのだと理解した。

「では、もしあなたが断っていたら、お爺様はあなたのチームに融資しなかったということ?」

彼女は核心を突くように尋ねた。

透子は少し唇を引き結んでから答えた。

「いいえ、融資はしてくださったと思います。当時のコンペでは、私のチームの評価が他のどこよりも高かったと自負しておりますので」

それなら、双方にとって都合が良かったということか。脅迫のようなことはなかったのだと、柚木の母は理
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Comments (1)
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にくきゅう
明日、美月の口座の資金の流れが暴かれてほしいなー そして、そこから雅人の不信感がさらに募って美月をもっと徹底的に調べて欲しい
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