LOGIN両親の歪な夫婦関係を見て育つ深山果歩は、一生どこにいても 働ける職業につく。 そして大学生の頃働いていたアルバイト先で生涯を共にするパートナー 深山康文と出会い、就職後に結婚。 結婚後数年間、夫が転職をするまでは、平凡だけど幸せな結婚生活を送る。 そんな幸せな生活も夫が海外へ単身赴任が決まった後崩れさってしまう。 世間でよくある話の通り、例外なく東南アジアへ赴任した夫が現地妻を持って しまったため。 息をするように嘘をつき……って言葉があるけれど、息をするように 浮気を繰り返す夫を持つ果歩。 このような夫でもなかなか見限ることができず、何度も苦しむ妻。 いつか果歩の望むような理想の家庭を作ることができるのだろうか!
View More所謂フランチャイズ経営ていうヤツだ。
夫がやりたがった理由はひとつだけではなかった。 元々大手の企業に勤めていてそのまま行けば順風満帆なサラリーマン生活 を終え、優雅とまではいかなくとも私も手に職をもつ身であれば、ふたりの 年金でそこそこ安泰な老後を迎えられたのではなかったろうかと思う。 しかし、夫はもっともしてはいけないことをやらかして しまい、方向転換を余儀なくされてしまった。◇ ◇ ◇ ◇
私と夫との出会いは大学時代のバイト先だった。 お互い、通っている大学は違っていた。就職先もまったくお互い違う職種だった。
私の母親は結婚後はずっと専業で過ごし、結婚後 数年間を除きずっと父親に不満を持ち続けてきた人。母の口癖は『女も手に職を持たないとだめなのよ』だった。
中学生になった頃から、折に触れ母親からこの呪文を聞かされてきた 私が選んだ職種は看護師だった。 両親が些細なことで喧嘩になると、いつも下手に出て口を閉ざすしかない 母親の姿を見て、母の言い分は充分に理解できた。大学生になった頃、周りの友達たちが
『OLになって素敵な彼を見つけて、結婚したら子育てに専念したいし
旦那さんにも尽くしたいから絶対共働きなんてしないわ』……と口にするのをよく耳にしていたけれど、その頃にはすっかり私の中から
そんな甘い発想は少しも湧いてこなかった。◇モラハラ親父からの差別
私の父親は相変わらずで、家の中では言いたい放題していて
年を重ねても丸くはならず、母はいつも窮屈そうにしている。私には3つ離れた弟がいる。
何故か、いや根っ子には男尊女卑の考えが根強くあるのかも
しれない。とにかく私は父親からいつも厳しくて情け容赦ない言葉を
毎日毎日浴びせかけられてきた。そして不思議なことに同じようなことを言ったりしても
弟が嫌味を言われたりすることは皆無なのだ。 毎日がそんなだったから、私はだんだんと父親を自然と避けるように なっていった。ある日も父親が帰って来た気配で、私はこそこそと自分の部屋に逃げ込んだ。
玄関に入ってきた父親に、ちょうどその様子を見られてしまった
ようで父親が母親に『なんだあいつは、ゴキブリのようにこそこそと』
と発言したのが聞こえてきた。
その言葉に私は絶望し、死にたくなった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 私はあなたの娘になんて産まれてきたくはなかった。 勝手に産んだのは…子作りしたのは…あんただろう。なのにこの仕打ち、あんまりじゃあないか。
わたしは慟哭した。すると母親の泣き叫ぶような声が聞こえてきた。
「何言ってんのよ!
そんなふうにさせてるのは一体どこの誰なの!果歩も祐一郎もふたりとも私たちの子供なのよ。
なんでいつもいつも果歩にはきついことばかり言うのよ。 同じにしてください。同じ扱いにしてください。 自分の娘のことをゴキブリだなんて、あんまりだわ」 私は母の放った言葉にも悲しかった。 私が弟と父親から差別を受けていることを表だって つまびらかにされてしまったから。ここまでつまびらかにされてしまったら、もはや自分で
今まで必死で『自分の気のせい』と目を背けていた現実を、 見ないわけにはいかなくなったじゃないか。涙が零れた。
泣いていたら父親の反撃の言葉が聞こえてきた。
いつもは黙って引き下がるだけの母親が、今夜は一歩も
引かなかったことから、父親の言い方には少しキョドッてる ような節が見受けられた。 母の正論に向かう正当な…全うな言葉などあろうはずもなく、 父親が口にできたのはくだらない陳腐な…だがもっとも夫婦にとって 卑怯な言葉だった。 「じゃあ、離婚するか!」この呪文で私の母親の口を封じ込めたのだ。
この時高校生だった私は、心《しん》から何があっても 自分で自分を支えることのできる仕事を得るのだと決心した。 その日を堺に私の心にも母の心にもひとつの大きな杭が 大きく深く打ち込まれのだと思う。 私と母にできる唯一のこと、それは 決して父親に自分達の大切な心… 大事な気持ち…それらを向けることは一切しない、ということだった。
それは心からのやさしさであったり…気遣いであったり… 言ってみれば、真心というヤツだ。目には見えないものだけど、とても大事なものだ。
溝口さんが夫だったらどんなにいいだろうかと、叶うはずもない願いを私もまた抱《いだ》いていた。 心が通じ合っていたことを知って、すごくうれしかった。 そこで、私はあることを決心した。「溝口さん、そう言ってもらって私すごくうれしいです。 少し待っていてはいただけませんか? 」「……? 」「詳しい話しは後日ということにさせてください。 お願いします」「分かりました。 何のことやら何を待てばいいのか正直僕には良く分からないけど、待っていたら何かお話聞けそうみたいですね。待ちますっ」 ◇ ◇ ◇ ◇ その夜、私は貴重品を入れてあるチャック付きクリヤーケースからある書類を取り出し、改めて眺めた。これを有効活用する日が来ようとは……。 翌日碧を保育園に預けたその足で、その書類を持って区役所へ行き、その届けを提出した。 それは夫が商社マン時代に某国へ赴任し浮気をしていた頃に、やめてほしいと言う私との間で言い合いになった時、夫から手渡された離婚届けだった。 いくら浮気をしても私が夫を見限ることなんてできはしまいと、高を括っていた夫が私に対して取った意地悪で下衆な行為だった。「何ごちゃごちゃ言ってんだよ。 俺は別に別れてもいいんだぜぇ~。 女に不自由はしてないんだからなっ。 ほらっ、これ、見てみ! 緑の紙……知ってるだろ? ほらほら」 と言いながら夫はサインをした。 誰に書いてもらったのかすでに保証人の欄も埋められていて──本気度マックスをアピールしてきて、私の目の前で一文字一文字ゆっくりと見せ付けるようにサインし、私に手渡してきたのだった。「そんなに俺のことが気にくわないんならいいぜいつでも。 出せるものならな! 」 そう言い残して夫は外へ出て行ったことがあった。 私は悔しくて母親にサインしてもらい……『いつか出してやるぅ』~と息巻いてたっけ。
翌日は休日で──下の階に溝口さんからお茶に誘われて、碧が遊んでいる横で私と溝口さんは昨日の話題に触れた。「すみません、昨日は勝手なことを言って。 お母さんも果歩さんもお気を悪くされてないですか? 」「ええーっ、とんでもありません。 私たちのほうこそ碧がとんでもないお願いをしたのに止めも叱りもせず溝口さんにお任せしてしまって申し訳なく思っているくらいです。 ほんとにすみません。 なんか碧のお願いっぷりがあまりにもスラスラと自然で、何て諭したらいいのか分からなかったものですから」「あのぉ~、お気を悪くされてないのをいいことにでは、もうひとつ……僕の気持ちを言ってしまいます。 あのぉ、あくまでも僕の一方的な気持ちなんですけど」 もうひとつの気持ち? 溝口さんは何を言おうとしているのだろう? 私はこの時きゅっと胸が苦しくなるのを覚えた。 そして彼の次の言葉を待った。「僕は本当に碧ちゃんのお父さんになりたいと思ってます。 そして果歩さんの旦那さんになれたらいいのになっ……とも。 僕ね、天涯孤独っていうヤツなんですよ。 遠い親戚くらいはいるのかもしれませんが成人する頃までに相次いで両親失くして。 もうその時点で両親双方の祖父母も鬼籍に入ってたので。 近所のおばさんや役所の親切な担当の人も一生懸命手をつくしてくれたのですが、両家共に縁薄い家系だったようで縁者を見つけることはできなかった。 そんなだから、僕は結構寂しく暮らしてきてたんです。 でもひょんなことからあなたと碧ちゃんに出会って……そしたら果歩さんのお母さんとまで仲良くなれて……なんか気付かないうちに3人が僕の家族だったらって、夢見るようになってました。 なので碧ちゃんのお願いは本当にうれしかった。 ははっ、でも駄目ですよね。 果歩さんは今はどうあれ、人妻だから。 万が一お付き合いするようなことになったら不倫になってしまう。 でも、果歩さんと碧ちゃんと澄江さんが僕のモノならどんなに幸せだろうって、いけないことなのについ考えてしまうんですよね」 やさしさいっぱいで出来上がっている溝口さんの顔。 眉と口元が動き、表情に寂しげな雰囲気を漂わせ──彼は心の奥底に秘めていたであろう本心を吐露してくれた。『みぞぐち……さん!』
頑固な父親がいるのでそうそう何度もというわけにはいかなかったけれど、母は父親がまだ定年前で働いている間は、父親の出張や同窓会、ゴルフ旅行や冬場のカニすき旅行等々、合間を見ては泊まりに来てくれた。 メゾネット式の2階での楽しい私たち親子の交流に、やさしい性格の溝口さんもちょこちょこ顔出ししてくれるうちに、私や碧ばかりでなく母とも親しくなっていった。 母の口癖が──『溝口さんのような人が私や果歩の旦那さんだったら、どんなにか私たち幸せだったでしょうに』だった。 そういう時──『私もお母さんも男運ないんだね』って私が母に言う。 そしてふたりしてため息をつくのだった。 やさしい穏やかな男性と縁のなかった私たち親子にとって、誠実でやさしい溝口さんは心のオアシスになっていった。 そんな日々の中、6才になろうとしていた碧が、4人でクリスマスパーティーをしていた時のこと。 ほんとに、それはほんとうにへっ? っていう感じでトトトトって碧が溝口さんの背中にペタッてくっついた。 そしておもむろに、言った。 碧は、その頃溝口さんから『啓太って呼んでね』って言われてて啓太くんっていつも呼んでたんだけれども……。「啓太くんっ、碧のおとしゃんになってくださいませ。ムフフ~」って朗らかにお願いをしたのだ。 なんかその場で聞いていた私も母も、当人の溝口さんも一斉に「「「あははははっー」」」て笑った。 続けて、碧が駄目出しをした。「啓太くんはもう碧のおとしゃんだもンね。 だめよ、だめだめ。誰にもあげなぁ~いっ」「碧ちゃん、うれしいなぁ~俺でいいの? 」「はいっ……おれでいいですぅップ、デヘヘ」 「じゃあ、今日から俺は碧ちゃんのお父さんになります。 碧ちゃん、俺をお父さんにしてくれてありがとっ」 私と母は顔を見合わせてかなり焦った。 そしてこの時不謹慎にも、碧が羨ましかったのである。 碧ずるいぃ~、溝口さんにお父さんになってもらって……。 私だって……私だって……溝口さんには旦那さんになってもらいたいよ。 厚かましくもそう思ってしまったのである。 そんな私を見ている母の顔を見て……ふと想像してしまった。 まさかまさか、母よ、あなたまで私のような考えを妄想したりしてないわよ……ね?
2人が一緒に暮らしているのを知った母は激怒した。 私と会って話してくれた時、プンスカ怒りまくっていた。 そして其れと共に私が夫の元へ帰らないという負い目みたいなものも、自然と母の中からなくなっていったようだ。 母とは月に1~2度会うようにしていた。 碧のために……そして母のために。 だけど失踪者の身の上で会うとなると時間が限られてしまう。 横暴な夫と暮らす母にとっては、話し会える私と可愛い孫娘が、生きるよすがなのだ。 碧にとっても母は、私以外に無二の愛情を注いでもらえる唯一の肉親になるわけで。 何度も何度も考えて考えて……どうせ話してしまうのならと、溝口さんの家にお世話になってから半年後、コトの真相を彼に話したのだった。「じゃあ、あなたは記憶失くしてないんですね? 」「はい、今まで嘘ついてて、すみません。 溝口さんにはご迷惑おかけしたくなかったので本当はこの先もずーっと黙っているつもりでした。 だけど碧のことを考えるとやはり最善とは思えなくなってきて、こうしてお話させていただきました。 母に泊まりで来てもらえるようにしたかったんです。 我儘は承知の上なのですが、このままここに居させていただいてもよろしいでしょうか? 」「ご主人が何度も浮気を繰り返す、仕事をちゃんと真面目にしない、借金がある、あなたとの生活であなたにちゃんと向き合おうとしない、婚姻生活を続けるのは難しい、離婚したいけれど、ご主人とお父さんが反対してなかなか話が進まないだろう、ふたりに立ち向かう気力が今のあなたにはない、神様からもらったこのチャンスに乗じて新しい人生を歩みたい……とこんな風な内容ですね」 私の話を聞いた後で……『分かりました。 私はあなたが記憶を失くしているということにさせていただきます』と溝口さんは言ってくれた。 こうして溝口さんのお陰で母は、ちょくちょく碧に会いに来れるようになった。 ふたりが会える日、碧も母も楽し気で幸せそうだった。 その様子を見るにつけ、正直に早い段階で溝口さんに本当のことを打ち明けておいてよかったと思った。