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第766話

Author: 桜夏
審査員たちは皆、考え込むように黙り込んだ。

透子は数秒待っても他に質問がないのを確認し、ステージを降りようとした。その時、中央に座っていた審査員が口を開いた。

「この業界でのご経験は何年になりますか?何か特筆すべき実績はおありですか?」

その言葉に、透子の指がわずかにこわばる。入社してまだ二ヶ月足らず、実績などあるはずもない……しかし、嘘をつくわけにもいかず、正直に答えるしかなかった。

彼女の答えを聞き、会場はざわめいた。新人に見えるとは思っていたが、まさかこれほどの「ド新人」だったとは。

「ですが、経歴がすべてではないと私は考えます。

先輩方が培われた経験が素晴らしいものであることは重々承知しておりますが、私たちのような後進にしか見いだせない、新しい視点もあると信じております」

透子は質問した男性を見つめ、毅然とした表情で言った。

「今の時代は目まぐるしく変化しています。革新の最前線に立つ者だけが、時代の潮流を掴み、新たなムーブメントを生み出すことができるのです」

もしHG社が経歴だけで人を判断するような会社なら、どうやって今の地位を築き上げたというのか、彼女には想像もつかない。

そして案の定、現実は彼女が思ったようなものではなかった。

「少し誤解があるようですね。あなたの能力を疑っているわけではありません。ただ純粋に、あなたの経歴に興味があっただけですよ」

男性は微笑みながらそう言った。

透子は頷き、謝罪した。

「申し訳ありません。私の考えが浅はかでした」

男性は笑って気にしない様子で言った。

「あなたの未来には、きっと無限の可能性が秘められていますよ」

透子は彼を見つめ、再び頷いた。その言葉に、勇気づけられる思いだった。

「失礼ですが、海外留学のご経験は?」

透子がステージを降りて二、三歩歩いたところで、別の審査員から声がかかった。

透子は答えた。

「いいえ、A大学の卒業です」

その答えを聞き、審査員たちの顔には納得の色が浮かんだ。競合他社の面々も、もはや悔しさはない。

A大学出身か、なるほど。卒業したばかりでこれほどの力があるのも頷ける。トップクラスのエリートだ。

席に戻ると、透子はようやく安堵の息を吐いた。公平が彼女を見て、親指をぐっと立てる。

透子がスマホで、「プレゼン、どうでしたか?提携は取れそうですか
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