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第171話

Author: ちょうもも
悠良は、彼女の頭がおかしくなったんじゃないかと本気で思った。

理性なんて欠片もなく、頭の中には恋愛しか残っていない。

こんな人とまともに話そうとしても無駄だ。

「いいわ、勝手に頑張ってみなさいよ。伶があなたに一瞥くれるか、見ものね」

そう言って悠良は踵を返し、その場を立ち去ろうとしたが――

気づけば、戻る道が分からなくなっていた。

まずい。

里花についてきたとき、まさか罠にはめられるなんて思ってもみなかった。

数歩進んだものの、結局また引き返す羽目になり、悠良は里花の手首を強く掴んだ。

「戻る道を案内して」

里花は冷たく笑って彼女を見返す。

「なんで私があなたをここまで連れて来たと思ってるの?まさか、素直に帰れるとでも?

あなたのせいで、私が寒河江社長にどれだけ恥をかかされたか、分かってるの?

彼、言ったのよ。『たとえ小林が聴覚障害者でも、お前より百倍マシだ』って!

何なのそれ!結婚してる女なのに、私より上だなんて......!」

悠良はすぐに察した。

きっと里花は伶に告白して振られ、その理由が自分だと思い込んでいるのだろう。

伶の性格からして、里花のような恋愛脳の女の子にいちいち説明などしない。

だから、自分が罪人に仕立て上げられたわけだ。

悠良は手を広げ、侮蔑の眼差しを里花に向けた。

「私は、あなたより優れてるからよ」

その一言に、里花は全身を震わせるほど怒り出した。

そして突然、悠良の前に歩み寄り、思い切り彼女を突き飛ばした。

悠良は不意を突かれ、倒れ込んでしまう。

地面から起き上がったときには、すでに里花の姿はどこにもなかった。

悠良は一気に不安に駆られ、前方へと数歩走ってみたが、里花の影も形も見えない。

「中西!」

大声で叫んでみたが、返事はなかった。

彼女は慌ててスマホを取り出し、誰かに助けを求めようとしたが......

この場所では、まったく電波が入っていなかった。

もう、自分を平手打ちしたいくらいだった。

じっとしていても仕方がない。

空はすでに暗くなり始めていた。

とにかく戻る方法を探さないと。

記憶力には自信があったため、なんとか来た道を思い出しながら進み出す。

しかし、まもなくして分かれ道に出てしまった。

左だったか、右だったか......

たったこれだけの分岐だが、間違
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