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第207話

Author: ちょうもも
「私に任せて」

悠良が出てきたのを見て、秘書はすぐに安堵のため息を漏らした。

「お手数をおかけします」

今日もし寒河江社長の服をちゃんと着替えさせられなかったら、自分は明日クビだと覚悟していたのだろう。

悠良は伶の横に歩み寄り、彼の手をそっと下ろした。

「そんなに焦って、あなたらしくないよ」

彼女は服の両端をつかみ、少し引っ張ってみた。

確かに少しきつい。

悠良は冷や汗を拭いている秘書に顔を向け、尋ねた。

「サイズ間違えて買ったんじゃない?」

「その......店員さんが、これは寒河江社長のサイズだって言ってましたし、まさかこんなに小さいなんて......」

悠良は服を改めて見回した。

下半身は問題なかったが、明らかに上半身、特に首元が小さすぎる。

彼女は冗談めかして伶に言った。

「他の人はちゃんと着られるのに、なんであなたは無理なの?」

伶はその言葉を聞いて、また自分で引っ張ろうとした。

「俺のせいだって言いたいのか?これは完全に服の問題だろ。今すぐあの服屋に電話して、明日には店を閉めさせろ」

秘書の額にはさらに汗が浮かんだ。

「は、はい......」

悠良はようやく、伶の頭からTシャツを脱がせることに成功した。

顔は赤くなっていて、目つきはどこか切なげで、まるでいじめられたお嫁さんみたいな雰囲気だった。

悠良は思わず顔をそむけて笑ってしまった。

かなり我慢していたのだが、肩の揺れからばれてしまったらしい。

伶の低い声が背後から響く。

「俺を笑ってる?」

悠良は慌てて手を振った。

「ち、違う。ちょっと目がかゆいだけで......」

そこまで言ったところで、何かがおかしいと感じた。

彼女は伶の服をもう一度引っ張り確認してみると、まだ繋がっている部分があることに気づいた。

悠良は秘書に向かって言った。

「ハサミを持ってきて」

秘書は目を見開いた。

「小林さん、ハサミで何を......?」

まさか寒河江社長の服をまた......?

悠良はもはや我慢の限界だった。

「いいから持ってきて。安心して、社長さんをどうこうするつもりじゃないわ」

秘書は急いで隣の診察室からハサミを借りてきて、悠良に手渡した。

彼女はそれを受け取り、伶の襟をつまんで、繋がった部分を丁寧に切り始めた。

すると、伶は一気に楽にな
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