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第253話

Author: ちょうもも
[やっぱりここにいたんだ]

けれど悠良の心の中に浮かんだのは、葉を連れてきておいてよかったという安堵だった。

もし史弥が来たとき、自分がここにいなかったら、また一波乱起きていただろう。

悠良は、彼の手にあるバラを不思議そうに見つめた。

「どうしてバラを?」

[忘れたのか?あと二日で俺たちの記念日だろう。まだ日付じゃないけど、このサプライズは先に見せたくて。

これだけじゃないんだ。まだ他にもある。これはただの前菜みたいなものだ]

史弥はバラを差し出した。

悠良は一瞬だけ動きを止め、それから手を伸ばして受け取った。

だが胸の内には、愛する人から贈り物をもらったときのときめきなど、もう何一つ残っていなかった。

今の彼女の心はただ静かで、淡々とバラを受け取りながら口にする。

「ありがとう」

[それと、これも。こっちへ]

史弥は悠良をテレビの前まで連れて行き、USBメモリを挿し込む。

すると画面が切り替わり、映像が流れ始めた。

そこに映っていたのは大学時代の悠良だった。

制服を着てイヤホンをし、単語を覚えている。

突然、後ろから数人の同級生が駆け寄ってくる。

女子が彼女の腕を掴んだ。

「悠良、早く逃げて!みんな悪ふざけする気だよ!」

悠良が状況を理解する前に、後ろの何人かに捕まえられ、別の男子たちが史弥を押して前に連れてくる。

両側から二人を真ん中に押し込む声、そして騒ぐ男子たちの声。

「キス!キス!」

悠良は群衆に押されて身動きできず、頬を真っ赤に染める。

混乱の中、二人の唇が重なった。

「キスしたぞ!」

あの時の気持ちは誰にもわからない。

胸の奥で期待に満ち、初恋のような淡いときめきがあった。

だが今、その映像はただ彼女の心を嘲笑うだけだった。

あの頃の恋がどれほど滑稽だったか。

どれほど自分が愚かだったか。

そして、そんな男のために自分の聴覚まで失ったのだ。

悠良は無表情のまま、その光景を見つめた。

史弥は、唇の端に懐かしさをにじませ、完全に映像に浸りきっていた。

腕を伸ばして悠良を抱き寄せ、その瞳に深い情愛を宿しながら言う。

「悠良、これが俺たちの愛の証だ」

悠良は彼の瞳の中の柔らかさを見て、心の底から冷えた。

どうしてここまで偽れるのか。

どうしてここまで演じられるのか。

本当は答えたくな
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