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第254話

Author: ちょうもも
悠良は顔を横に向け、史弥に言った。

「そこまでしなくてもいいの。もう一緒にいるんだから、そんなの必要ないわ」

本当は、

「もうこれ以上、芝居を続ける必要はないよ」

そう言いたかった。

こんな演出、少しも深い愛情なんて感じさせない。

むしろ、ただ吐き気がするだけだった。

史弥は優しげに、彼女の頭をくしゃりと撫でる。

「バカ、面倒なんかじゃない。おじいちゃんおばあちゃんになったとき、これを一緒に見返せたら、素敵な思い出になるだろう?」

悠良の胸に、冷たい嘲りが浮かぶ。

彼の目に映る深情は、以前と何も変わらない。

視線の奥にある忍耐強さも。

けれど、今の彼女にはその顔がまるで別人のように見えた。

おじいちゃんおばあちゃん?

その言葉、本当は玉巳に言いたいんじゃないの?

おじいちゃんおばあちゃんになったとき、彼女と二人で恋の記録を振り返るんでしょう。

史弥の執着を前に、もう説得する気力もなくなった。

好きにすればいい。

「そうだね、史弥が幸せなら、それでいい」

「それじゃあ、白川奥様──

今夜は一緒に食事してくれる?君からのプレゼント、今夜開けてもいい?」

「白川奥様」という言葉。

低く響く声の奥に、愛情がにじんでいるのが伝わってくる。

もし自分が玉巳とのことを知らなかったなら。

きっと、この甘い言葉に騙されていただろう。

彼が丹念に作り上げた甘い罠。

自分はそれに絡め取られ、もがきながら沈んでいったのだ。

傍らで見ていた葉は、自分が場違いすぎると気づき、そっと背を向けて立ち去った。

気づいたときには、もう葉の姿はなかった。

悠良は小さくため息をつく。

葉がそばにいれば、それを理由に断れたのに。

仕方ない。

最後の別れの食事だと思えばいい。

「行こう」

悠良が史弥と共に歩き出そうとしたそのとき、彼がふと立ち止まり、問いかけた。

「花は?」

悠良の唇がわずかに引き結ばれる。

このまま、やり過ごせると思ったのに。

赤いバラは愛の象徴。

だが、二人の間に愛はもう存在しない。

残っているのは、欺瞞だけ。

その赤は、無言の嘲笑のように彼女を刺す。

だから、さっき彼がUSBメモリを片付けている隙に、そっとテーブルに置いてきたのだ。

「えっと......手に持ってると不便だし......これを葉の引っ越
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Comments (1)
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千恵
玉との事 バレていないと思っているんだね。 気持ち悪い 全部知ってたち気付いた時 どんな反応を見せるのか楽しみだわ
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